ドイツにおける極右地方政権への道? ―欧州議会選挙を振り返る

ドイツにおける極右地方政権への道? ―欧州議会選挙を振り返る

木戸 衛一(大阪大学招へい教授)

はじめに

 2024年6月6~9日、欧州連合(EU)加盟27カ国で、第10回欧州議会選挙が実施された。周知のように、多くの国、なかでもフランス、ドイツ、オーストリアで「自国ファースト」の極右勢力が躍進した。

 本来不戦共同体として始まったはずの欧州統合は、EU発足当初からしばしば指摘される「民主主義の赤字」に加え、2009年「ユーロ危機」で露呈した、金融政策と財政政策の齟齬、2015年「難民危機」によるシェンゲン協定の動揺など、さまざまな構造的問題を抱えている。そして、貧富の格差拡大と貧困の深刻化をもたらす新自由主義や、北大西洋条約機構(NATO)との連携を含む軍事化の傾向は、人間の尊厳、人権、民主主義、法の支配といったEUの基本理念を自ら掘り崩すことにも繋がっている[1]

 とは言え、極右がEUのキーポジションを握ることになれば、欧州統合という世界史的プロジェクトは破綻しかねない。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、今回の欧州選挙結果に最も激烈な反応を示し、9日夜早々、国民議会(下院)の解散と総選挙(第1回投票は6月30日)の実施を発表、右傾化への巻き返しを図る大きな賭けに出た。

 本稿では、まず今回の欧州議会選挙を全体的に総括した後、EU随一の大国で「民主主義の橋頭保」と目されてきたドイツにおいて極右が躍進した政治の流れを検証する。

1. 有権者の無力感

 今般の欧州議会選挙では、前回に引き続く気候変動に加え、ロシアのウクライナ侵略戦争を受けての安全保障問題、再び急増する移民・難民への対応が、主な争点となった。

 投票率は、クロアチアの21.35%からベルギーの89.82%まで平均51.08%で、ほぼ前回(50.66%)並みであった[2]。一般に欧州議会選挙の投票率は国政選挙に比べ低調であるとは言え、投票率2~3割台の国が8カ国に達し、そのうち7カ国が旧東欧圏に集中している事実は、EU内部における政治文化の深い亀裂を改めて想起させる。

 全720議席の会派別内訳は、図1のとおりである。キリスト教民主主義・中道右派の「欧州人民党」(EPP)、中道左派の「社会民主進歩同盟」(S&D)、マクロンが結党した「再生」などリベラルの「欧州刷新」(RE)に「欧州緑の党/欧州自由同盟」を加えた親EU派が過半数を維持したものの、EPPを除く3会派、とりわけREと緑の党は大幅に後退した。逆に欧州懐疑派の「欧州保守改革」(ECR)、極右の「アイデンティティと民主主義」(ID)など、欧州統合に否定的な勢力は、ほぼ2割の議席を占めるに至った。

【図1】2024年欧州議会選挙結果

https://results.elections.europa.eu/en/index.htmlより作成

 前回2019年選挙当時は、グレタ・トゥーンベリがスウェーデン国会前でたった一人で始めた「気候スト」が、「フライデイズ・フォー・フューチャー」(FFF)として欧州の広範な若者らを巻き込んで高揚し、EUやドイツの気候変動政策に影響を及ぼした[3]。それから5年の間に、コロナ・パンデミック、ウクライナ戦争に端を発するインフレ、難民の持続的流入と、次から次へと襲う難題に人々は圧倒され、その政治意識は多分に内向きかつ感情的・近視眼的なものに変化した。

 1972年に「成長の限界」を提起したローマクラブは、その半世紀後『万人のための地球』を刊行[4]、2022年8月30日、ベルリンで開かれた記者会見では、地球的な問題の7割は人口1割の最富裕国に起因しており、貧困・不平等の撲滅、女性の権利保護は焦眉の課題で、市場任せの対応はあり得ないとの警鐘が鳴らされた。だが、今日EUの政治的雰囲気は、むしろ「帝国的生活様式[5]」を維持することに腐心しているように見える。

 たとえば少数派の権利保護や気候変動に対する先進的政策は「イデオロギー的」というレッテルが貼られ、原発復活のグリーン・ウォッシングなどが横行しようとしている。昨年末来激化した、燃料費の負担増に抗議する農民の運動にしても、その粗暴な振る舞いが地球環境を好転させることはあり得ない。

 かつて1995年1月17日、当時のフランソワ・ミッテラン仏大統領は欧州議会で、「ナショナリズムは戦争を意味する」との政治的遺言を残した。それから20余年、フランス「国民戦線」(現「国民連合」RN)を率いるマリーヌ・ルペンは2016年6月29日、スイス放送協会のテレビインタビューで、「EUの墓掘り人? まあ、おじょうずね」と挑発的に応じている。山積する諸問題に直面して、既成政党やエリート政治への反発から、移民・難民を標的とした単純な「処方箋」を見せかけるデマゴギーに魅了されたその先には、果たして何が待っているのだろうか。

2. 欧州右翼陣営の内情

 もっとも、ECRおよびIDの欧州右翼陣営は、内実が一様ではなく、右翼民族派・右翼ポピュリスト・右翼保守派・極右が混在している。EPPの主要メンバーであるドイツ・キリスト教民主同盟(CDU)の出身で、欧州委員長再選を目指すウルズラ・フォンデアライエンは、選挙前しきりに「イタリアの同胞」とECRを率いるジョルジャ・メローニ首相との緊密な関係をアピールしていたが、必ずしもECRがIDより穏健なわけではない。

 「イタリアの同胞」は、ネオファシスト「イタリア社会運動」のロゴ「緑白赤の炎」を継承し、メローニ政権は文化・メディアの統制を進め、最大政党が自動的に絶対多数の議席を獲得できる憲法改正を画策している。1977年生まれのメローニが上院議長に送り込んだ30歳年長のイグナツィオ・ラ・ルッサは、自宅にムッソリーニの胸像を飾り、かつて議場でヒトラー式敬礼(本来はファシスト式敬礼)をやってのけた人物である。

 ECR会派には、昨年10月15日総選挙の結果下野を余儀なくされるまで系統的にメディア・司法を抑圧したポーランドの「法と正義」(PiS)、RN以上に人種差別が露骨なエリック・ゼムールの「再征服」(R!)や、スペインの「ボックス」(VOX)も属している。やはりECRのメンバーであるブルガリア「内部マケドニア革命組織」(VMRO)の欧州議会議員も2022年2月16日、議場で公然とヒトラー式の敬礼をした。

 他方、欧州議会最右翼と目されるID会派所属政党の筆頭格は、フランスのNRである。ただし他国を見渡すと、オーストリア自由党(FPÖ)は、EPPの一員であるオーストリア国民党(ÖVP)と2000年以来再三連合政権を組んだ経験を持つし、昨年11月22日の総選挙で第一党となったヘルト・ウィルダースのオランダ「自由党」(PVV)も、「自由民主国民党」(VVD、RE所属)などとの連合政権を成立させる見通しである。ちなみに、「ドイツのための選択肢」(AfD)は、欧州選挙筆頭候補者のマクシミリアン・クラーがイタリア紙のインタビューで「ナチ親衛隊(SS)の男がみな犯罪者だったわけではない」と発言したのをきっかけに、5月23日、FPÖとエストニア保守人民党(EKRE)の擁護にもかかわらず、ルペンの強いイニシアティヴでID会派から除籍された。

 右翼陣営に所属する政党のうち、今回の選挙で躍進が目覚ましかったのは、「イタリアの同胞」の+22.4ポイント、オランダ「自由党」の+14.2ポイント、ブルガリア「ワズラジダネ(再生)」の+13.2ポイントである。1995年生まれと若いジョルダン・バルデラを担ぐRNも得票率31.37%と8ポイント以上伸ばし、14.60%のマクロン与党連合(RE所属)に大きく水を開けた。

 逆に、2010年の政権復帰以降「非リベラル民主主義」を推し進めるヴィクトル・オルバーン・ハンガリー首相の「フィデス」(元EPP、現在無会派)は-7.8ポイント、ポーランドのPiSは-9.2ポイント、マッテオ・サルヴィーニ元内相・現インフラ交通相の「同盟」(ID所属)に至っては、「イタリアの同胞」に票を食われて-25.3ポイントと大敗した。

 以上のように、右翼陣営全体でも、またECR・ID各会派内部でも、各党の立ち位置・消長は錯綜している。そもそも「自国ファースト」を掲げる諸党の国際的団結とは、それ自体が形容矛盾と言える。たとえば対ロシア政策やウクライナ支援をめぐって、西側に協調的なメローニとルペンは正反対である。しかしながら、相互の角逐や主導権争いにもかかわらず、移民排斥や環境政策サボタージュで右翼が一致した場合の破壊力は、決して軽視できない。

3. ドイツ「信号連立政権」への不信

 かつて欧州統合は、政治力のフランス、経済力の(西)ドイツが車の両輪となって推進してきた。しかし昨今は政治的実権もドイツに移り、ユーロ危機の際は「ヨーロッパのドイツ化」が懸念されるほどであった[6]

 欧州議会直前、5月24日付の『フランクフルター・アルゲマイネ』(FAZ)紙によれば、ドイツがEU加盟国であることについての市民の評価は、「より利益をもたらす」36%、「より不利益をもたらす」20%、「相半ばする」34%、「わからない」10%という分布であった。ただし、「より利益をもたらす」の中身は、西独38%に対し東独24%、社会経済的地位の高い人56%に対し、中程度31%、低い人28%と著しい相違が示された。

 「欧州は我々の未来である」との立場に賛同するのは全体で53%であったが、ここでも西独56%、東独40%と顕著な違いが示された。党派的には、78%(緑の党支持者)から53%(左翼党支持者)まで、どの政党でも過半数が欧州統合を支持しているのに対し、極右AfDはわずか11%、新党「理性と公正のためのザーラ・ヴァーゲンクネヒト連合」(BSW)も34%にとどまった。

 表1が示すように、EUについての見方は、西独では積極的、東独では批判的である。EUの将来展望に関しては、その結束力や経済競争力の低下を反映して、「懸念」45%が「希望」34%を上回っている。ここでも、社会階層上位では「希望」47%が相対多数なのに対し、下位では「懸念」51%が絶対多数となっている。

【表1】東西ドイツにおけるEU観の相違(%)

 西独東独
「官僚主義が多い」6883
「多くの金を浪費している」4465
「規制や介入が多すぎる」4263
「鈍重で柔軟性がない」4160
「複雑で理解しにくい」3860
「大国にものを言うのに不可欠だ」5937
「欧州における平和を保証している」5539
「似たような価値をもった国家共同体だ」4326
「市民・消費者に多くの利益をもたらしている」4029
「一大経済力だ」3832
FAZ, 24. Mai 2024, S.10

 欧州議会で最多の96議席を割り当てられているドイツで、6月9日の投票率は64.8%と、第1回(1979年)に次ぐ高率を記録した。投票日当日の第一テレビ(ARD)の調査によれば[7]、投票を左右したテーマは、「平和の確保」26%(+4ポイント)、「社会的安全」23%(+3)、「移民・難民」17(+5)、「気候・環境保護」14(-9)、「経済成長」13%(+3)であった。

 国政選挙や州議会選挙と異なり、この国の欧州議会選挙では「5%条項」が適用されず、各党に応分の議席が比例配分される。今回の選挙では35の政党・政治団体が名乗りを挙げた。その結果は表2のとおりで、国政の倍の党が欧州議会に議席を持つことになった。

【表2】ドイツにおける欧州議会選挙結果

 得票率(%)(増減)議席数
キリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)30.0(+1.1)29
ドイツのための選択肢(AfD)15.9(+4.9)15
社会民主党(SPD)13.9(-1.9)14
90年連合/緑の党11.9(-8.6)12
ザーラ・ヴァーゲンクネヒト連合(BSW) 6.2(+6.2) 6
自由民主党(FDP) 5.2(-0.2) 5
左翼党 2.7(-2.8) 3
自由選挙民(FW) 2.7(+0.5) 3
ヴォルト 2.6(+1.9) 3
ザ政党 1.9(-0.5) 2
動物保護党 1.4(±0.0) 1
エコロジー民主党(ÖDP) 0.6(-0.3) 1
家族党 0.6(-0.1) 1
進歩党(PdF) 0.6(+0.6) 1
https://www.bundeswahlleiterin.de/europawahlen/2024/ergebnisse.html より作成

 BSWについては第4章に謙るとして、他の見慣れない政党に関して簡単に解説しておくと、「自由選挙民」は、フーベルト・アイヴァンガー・バイエルン州副首相を党首とし、「リベラル保守」「価値保守」などと評される政党で、欧州議会ではRE会派の一員である。「ヴォルト」は2017年、欧州に新たなエネルギーを与えようと電圧を表す単位を冠して誕生した左派リベラル的な親欧州政党のドイツ支部で、欧州議会では「欧州緑の党/欧州自由同盟」に所属している。「ザ政党」は正式には「労働・法治国家・動物保護・エリート促進・底辺民主主義イニシアティヴ党」と称し、2004年にお笑い芸人が立ち上げた政党で、欧州議会ではどの会派にも属していない[8]

 各選挙区での最大勢力を示す図2は、東西ドイツの政治的分断状況を端的に示している。西独では圧倒的にCDU/CSUで、緑の党かSPDが点在する程度、逆に東独では圧倒的にAfDで、CDUか緑の党が点在する程度である。

【図2】ドイツにおける欧州選挙での選挙区別最大勢力

黒:CDU、グレー:CSU、青:AfD、黄緑:緑の党、赤:SPD

https://www.tagesschau.de/europawahl/wahl/wahlkarte-europawahl-100.html

 2021年より国政を担当するSPD、緑の党、FDPは、「信号連立政権」の不人気を反映し、いずれも不振に終わった。勝利したCDU/CSUなどからは、国政選挙の前倒しを求める声が上がっている。

 オラーフ・ショルツ首相を輩出しているSPDは、選挙ポスターに「平和」・「結束」などの文字とともに首相の大写しの写真を掲げたが、結果的に前回より37万票近く失い、全国レベルの選挙としては戦後最低の得票率に終わった。1980年代以来の、比較的均質で平等な産業社会からポスト産業社会への社会的・経済的・文化的構造変化、言い換えると脱工業化、高学歴化、価値観の転換の影響を政党として最も被り、工場労働者層という支持基盤の縮小に苦しんできたのがこの党である。SPDは、ゲアハルト・シュレーダー首相時代の新自由主義路線・対ロ協調外交からの転換を図ってはいるものの、過去の負の遺産とともに、ショルツのリーダーシップの不明確さや有権者へのコミュニケーション不足が大きな足かせとなった。

 緑の党は、前回第2党に躍り出た面影もなく、得票数を38%も減らした。今年3月21日付のFAZ紙によれば、緑の党を嫌う人の割合は、5年前の25%から56%に跳ね上がっている。同党についての評価は、「指図しようとすることが多すぎる」67%、「しばしば住民の本当の心配とすれ違った話をする」63%、「我々の繁栄を脅かす」48%、「私に不利益をもたらす政治をしている」40%、「経済的に非常にうまく行っている人のための政党だ」26%、「まだ理想主義者がいる政党だ」21%、「先のことを考え、将来のための政治をしている」20%という具合で、否定的な声が圧倒的である。

 たしかに、暖房・給湯設備で再生可能エネルギーの利用を義務付けるいわゆる「暖房法案」が昨年4月19日に閣議決定されたものの、連邦議会での採択が9月8日にずれ込んだことに象徴されるように、緑の党のエリート色、「信号連立」内部、特に緑の党とFDPの不一致が有権者に苛立ちを与えていることは確かである。しかし、緑の党のDNAと呼ぶべき気候対策・脱原発政策が、保守・ネオリベ・極右から「イデオロギー的」との大合唱に晒されているのは、気候変動の深刻さを鑑みれば、むしろ不当ではないだろうか。

 今回の選挙では、投票年齢が18歳から16歳に引き下げられた。16~24歳の年齢層では、CDU/CSU17%(+5)、AfD16%(+11)、緑の党11%(-23)、SPD9%(+1)、FDP7%(-1)、左翼党6%(-2)、BSW6%、その他28%(+3)という投票分布であった。若年層でのAfDの躍進には、動画配信プラットフォームTikTokの効用がつとに指摘されている。ソーシャルメディアを極右の独壇場にさせてはならないとの指摘は理解できるが、思考を促すのではなく、短時間で有権者の感情を掻き立てる手法自体に違和感を禁じ得ない。

4. 逆風を乗り越えたAfD

 今回の欧州議会選挙直前、AfDは何重もの逆風に晒された。反ユーロ「教授政党」から極右・反ユダヤ・人種差別・権威主義政党へと変貌を遂げたAfDは、昨年2月6日、結党10周年記念式典を開いたが、4月26日には党青年部「若きオルターナティヴ」(JA)が連邦憲法擁護庁から「確実に極右的な動き」と認定され、12月8日にはザクセン州支部が、テューリンゲン州支部・ザクセン=アンハルト州支部に続き同様の評定を受けた。

 均質的な民族共同体を理想視するAfDの最高実力者ビョルン・ヘッケ・テューリンゲン州支部長は、既に2018年の段階で、「大規模な再移住プロジェクト」(ein groß angelegtes Remigrationsprojekt)という外国系市民の強制移送、「〈うまく調整された残忍さ〉の政治」(eine Politik der „wohltemperierten Grausamkeit“)なる暴力支配、「進行するアフリカ化・オリエント化・イスラム化に抗する力が弱すぎるか意志のない一部国民」の切り捨て(ein paar Volksteile verlieren werden, die zu schwach oder nicht willens sind, sich der fortschreitenden Afrikanisierung, Orientalisierung und Islamisierung zu widersetzen)を公然と主張し、実際に党もその方向に進んできた[9]

 今年1月10日、調査報道によって昨年11月25日ポツダムでの極右秘密会合が発覚した[10]。そこでは、オーストリアのアイデンティタリアン運動指導者マルティン・ゼルナーが、AfD関係者らを前に、移民・難民200万人を、ドイツ国籍保持の有無を問わず、北アフリカの「モデル国家」に強制移送する構想を披露した。ナチのユダヤ人強制移送を想起させるこの非人間的な計画はドイツ世論を震撼させ、その後数週間にわたって、各地で極右反対・民主主義擁護のデモが繰り返された。

 4月に入ると、バイエルン州選出の連邦議会議員で、欧州議会選挙リスト第2位のペトル・ビストロンが、金銭を受領してロシア擁護の発言を繰り返していた疑惑が浮上した。前出の筆頭候補者クラーも、同様の疑惑のほか、職員が中国政府向けのスパイ容疑で逮捕された。

 さらに5月13日には、ミュンスター上級行政裁判所が、憲法擁護庁によるAfD監視を容認、翌日にはハレ地方裁判所が、ナチの標語を使ったとしてヘッケに対し1万3000ユーロの罰金刑を言い渡した。

 しかしこれら一連の事態は、有権者の投票行動にほとんど影響を及ぼさなかった。AfDは、いずれもザクセン州のゲルリッツで40.1%(+7.7)、ザクセンスイス=東エルツ山地で39.5%(+6.6)、バウツェンで39.4%(7.2)などを筆頭に、ドイツ全体で第2党の地歩を獲得、特に旧東独5州では最大勢力にのし上がった。西独でも、たとえばノルトライン=ヴェストファーレン州ゲルゼンキルヒェン(21.7%、+5.2)のような人口流出地帯で、AfDは票を集めている。

 ARDの調査では、AfDへの投票者は労働者で33%(+10)、事務職員15%(+6)、自営17%(+5)、年金生活者11%(+1)で、労働者の比率が高い。また投票者のAfD評は、「極右政党だと思う」71%、「AfDの政治家は、ロシア・中国と緊密に協力しすぎる」60%、「AfDが外国人・難民の流入をより強力に抑制しようとしているのはよいと思う」46%、「EUを根本的に変えようとする政党が存在するのはいいと思う」21%という具合である。つまりAfDへの投票は、既成政党に対する抗議の範疇を越え、極右思想への賛同を意味しているのである。

5. 「左翼保守主義」の勝利?

 昨年10月23日、左翼党で知名度抜群のザーラ・ヴァーゲンクネヒト連邦議会議員が、離党して新党BSWが立ち上げると表明、9人の国会議員がこれに同調した[11]。左翼党から決別する理由は、「意識高い系」的なポリコレ路線や難民受け入れへの反発、ロシアとの交渉の追求などにある。こうして12月6日、連邦議会左翼党議員団は解体、BSW同様「グループ」に格下げされた。個人名を冠した全国政党の誕生も、会期中の連邦議会議員団の解散も、ドイツ政治史上前代未聞である。

 今回の欧州議会選挙で、BSWと左翼党ははっきりと明暗を分けた。BSWは、ズール市(テューリンゲン州)で20.1%、ザールフェルト=ルードルシュタット(同)で18.5%、メクレンブルク湖水地方(メクレンブルク=フォアポンメルン州)で18.3%を獲得、全国的にも5%のハードルを越え、左翼党を凌駕した。ARDの推計によれば、BSWはSPDから58万票、左翼党から47万票を奪っただけでなく、AfDから16万票、棄権層からも14万票を得ている[12]

 BSWに投票したのは年齢的には60歳代、社会層では年金生活者がそれぞれ7%で多かった。この新党に関し投票者は「より多くの社会保障、より少ない人口流入を同時に主張するのはよいと思う」86%、「ザーラ・ヴァーゲンクネヒトがいなければBSWに投票しないだろう」78%、「ウクライナへのさらなる武器供与に反対するのはよいと思う」74%、「左翼党に落胆したのでBSWに投票する」63%との評価を下している。またBSWに投票する決定的なテーマは、「平和の確保」37%、「人口流入」25%、「社会的安全」22%、「経済成長」10%であった。

 BSWの煽りを受けて、左翼党はラインラント=プファルツ州マインツ市(4.8%、+0.3)を唯一の例外として、全選挙区で得票率を落とした。最も成績が良かったのはライプツィヒ市(ザクセン州)10.5%(-4.5)、イェーナ市(テューリンゲン州)9.9%(-5.7)、ヴァイマル市(同)8.9%(-6.1)である。

 もともと左翼党の支持基盤が強固だった旧東独5州と首都ベルリンにおける同党とBSWの得票率を対比すると、表3のようになる。

【表3】旧東独5州とベルリン市におけるBSW・左翼党およびAfDの得票率(%)

 BSW左翼党AfD
メクレンブルク=フォアポンメルン州16.44.9(-9.1)28.3(+10.7)
ブランデンブルク州13.84.4(-7.9)27.5 (+7.6)
ベルリン市 8.77.3(-4.6)11.6 (+1.7)
ザクセン=アンハルト州15.04.8(-9.6)30.5(+10.2)
ザクセン州12.64.9(-6.8)31.8 (+6.5)
テューリンゲン州15.05.7(-8.1)30.7 (+8.2)

 なかでも首都ベルリンの全12区で、両党の対決はBSWの9勝3敗であった(表4)。特に、2021年総選挙で小選挙区を制したリヒテンベルクとマルツァーン=ヘラースドルフで左翼党がBSWの後塵を拝し、AfDが最大勢力になるのを許したことは深刻である。

【表4】ベルリンにおける欧州議会選挙結果(%)

 CDUSPD緑の党左翼党BSWAfD
シャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ21.116.323.5 4.5 5.3 7.1
フリードリヒスハイン=クロイツベルク 6.810.231.913.0 6.9 4.3
リヒテンベルク12.910.912.110.015.217.5
マルツァーン=ヘラースドルフ16.410.3 6.4 7.017.125.3
ミッテ11.611.926.210.0 7.2 6.7
ノイケルン18.713.419.410.0 5.810.1
パンコウ12.311.423.6 8.810.411.1
ライニケンドルフ28.215.514.0 3.2 5.913.3
シュパンダウ26.616.311.8 3.2 6.615.4
シュテークリッツ=ツェーレンドルフ25.616.121.2 3.3 4.7 7.8
テンペルホーフ=シェーネベルク20.415.323.1 5.7 5.7 8.5
トレプトウ=ケーペニック14.511.513.1 8.414.017.3
ベルリン全体17.613.219.6 7.3 8.711.6

 左翼党は、金看板であるはずの「社会的公正」で-9ポイント(6%)、「難民政策」でも-3ポイントと評価を下げている(4%)。僅かな希望は、16~24歳で6%、25~34歳で4%と、若い層で比較的善戦した点に見出せるかもしれない。

 欧州議会選挙直後の6月13日、第二テレビ(ZDF)が放送した世論調査によると、BSWが長期的に成功するだろうと考えるのは53%に達し、否定派は34%にとどまった。また重要な政治家トップ10のうち、ヴァーゲンクネヒトは第5位に上昇、仮に次の日曜日に連邦議会選挙が行われる場合、BSWの得票率は7%と予測された。だが、BSWはエゴの強いヴァーゲンクネヒトの個人政党の域を出ず、彼女の言う「左翼保守主義」がどれだけ政治的命脈を持つのか、即断は禁物のように思われる。

6. おわりに

 ドイツでは9月1日にザクセン州とテューリンゲン州、9月22日にはブランデンブルク州で州議会選挙が行われる。欧州選挙後ARD系の地方局が前2州で行った「日曜質問」(「次の日曜日が選挙なら、どの党に投票しますか?」)の結果は、テューリンゲン州(6月18日放送[13])では、AfD28%、CDU23%、BSW21%、左翼党11%、SPD7%、緑の党4%、ザクセン州(6月20日放送[14])では、AfD30%、CDU29%、BSW15%、緑の党7%、SPD7%、左翼党3%であった。AfD州首相の出現を阻止するためには、CDUとBSWの連携が必須となる。

 2017年AfDが国政に進出した頃、ドイツでは1933年のような極右による権力掌握が再び起こるのかという懸念が頻りに表明された。当時は、この国の政党制はなお堅固であるとの論調が有力であったが、今や胸を張ってそう言い切れる人はいないであろう。民主主義の敵に民主主義がどう向き合うのか、今秋以降のドイツの政治情勢は、欧州、さらには世界にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

〔2024年6月25日記〕


[1] 拙稿「EUとNATOの行方―ドイツが果たす役割と問題」『経済』2024年1月号参照。

[2] https://results.elections.europa.eu/en/index.html

[3] 拙著『若者が変えるドイツの政治』あけび書房、2022年参照。

[4] 『Earth for All 万人のための地球』丸善出版、2022年。

[5] ウルリッヒ・ブラント/マークス・ヴィッセン『地球を壊す暮らし方―帝国型生活様式と新たな搾取』岩波書店、2021年(原著は2017年)参照。

[6] ウルリッヒ・ベック『ユーロ消滅?―ドイツ化するヨーロッパへの警告』岩波書店、2013年(原著は2012年)参照。

[7] https://www.tagesschau.de/europawahl/analyse-wahlabend-100.html

[8] ドイツのお笑い芸人がおしなべて鋭い政治批評の持ち主であることは銘記されたい。

[9] Nie zweimal in denselben Fluß: Björn Höcke im Gespräch mit Sebastian Hennig, Lüdinghausen/Berlin 2018.

[10] https://correctiv.org/aktuelles/neue-rechte/2024/01/10/geheimplan-remigration-vertreibung-afd-rechtsextreme-november-treffen/

[11] 詳細な経緯については、拙稿「ドイツ左翼党の衰亡? 左翼保守主義への活路?」『科学的社会主義』2024年5月号参照。

[12] https://www.tagesschau.de/wahl/archiv/2024-06-09-EP-DE/analyse-wanderung.shtml

[13] https://www.mdr.de/nachrichten/thueringen/wahlumfrage-landtagswahl-bsw-afd-hoecke-ramelow-104.html

[14] https://www.mdr.de/video/mdr-videos/a/video-834806.html

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