ウオルデン・ベロ 2024年9月12日
グローバルな影響力をもつ活動的左翼知識人ウオルデン・ベロが、今回のアメリカ大統領選挙における新しい対決、トランプvsハリスを前に、「グローバル・サウス」という立場から、両者の対決の性格を分析し、米国の進歩的(progressive)勢力、とくに民主党内の進歩派への大胆な提案を投げかけたのが以下に全訳を紹介する文章である。9月12日の発表とともに大きい反響を巻き起こしている。トランプを阻止するためハリスを勝たせようというのが、反トランプの〈リベラル〉陣営の方針であり、それが弾みをつけて広がっている。しかしそれでいいのか、というのがウオルデンの警告的な提起である。トランプかハリスか、それはアメリカ帝国の二つの路線の衝突に過ぎない。トランプ阻止を望む米国の進歩派はハリス支持に追い込まれることで、拡張的帝国主義の人質になっている。この罠をどう壊すのか。
ウオルデン・ベロはこの文章の最後のページでそのための一つの大胆な提案を提出している。少数派がいかにして全体を変えるテコとなるか、トランプ・ハリスが僅差の接戦を展開しているという特殊事情を巧みにとらえた提案なので、政治的現実感に欠けていない。大きいリスクをはらむ提案であり、ウオルデンはかなりの覚悟を持って発表したと思う。(武藤一羊記)
米国の選挙が近づくにつれ、声を高く上げてカマラ・ハリスの立候補を支持すべしとするますます強い圧力が、われら多くのグローバル・サウスの進歩派の人びとにかけられている。この選挙に限って、君一人の行動が必ず意味を持つ、と私たちは告げられる。非常な接戦なので、米国にいる君の親戚の一票が勝敗を分ける可能性があると言う。
この議論は単純明快だ。ドナルド・トランプは米国の民主主義への脅威であり、同時にとグローバル・サウスの利益への脅威である。ハリスと民主党にも欠点はあろうが、ドナルド・トランプの4年間はもっと悪いことになる。
さらに言う。過去の民主党政権は、より平等な社を実現できなかったかもしれないし、ウォール街や大手テクノロジー企業を抑制したり、少数派の権利を拡大する上でさらなる前進を実現することはできなかったかもしれない。しかし、民主党政権下では、少なくとも失敗を検討し、修正する余地があるだろうし、人種差別は容認されず、気候危機には必要な緊急の対応が与えられ、選挙での多数決のような基本的な民主主義の規範が厚かましく侵害されることは起こらないだろう。トランプが権力を握れば、強引な行動で、米国を、ファシズムとは言わないまでも、権威主義的な支配体制の瀬戸際に引きずってゆく可能性が非常に高く、彼の政権の支配イデオロギーは、事実上、手放しの白人至上主義となるだろう。
ハリスの勝利の方がアメリカ合衆国の多数者の利益になるだろうというこの評価を私は争おうとは思わない。私が疑問に思い、広範な議論に付すべしと考えるのは、グローバル・サウスにとって、トランプ政権よりハリス大統領のほうが好ましいという主張なのだ。
帝国の二大政党
民主党と共和党はともに、米国企業の覇権を武力で拡大してきた膨張主義的帝国主義を一貫して支持してきた。両党とも、宣教師民主主義の思想、つまり暗黒の非西洋世界に西洋民主主義の福音を広めるという思想によって、帝国の拡張を正当化してきた。そして、2001年のアフガニスタン侵攻の議論の際など特定の歴史的瞬間には、両党とも民主主義ヒステリーを操作して帝国の目的を推進してきた。
記録を見れば明かだ。最近の例だけを挙げると、アフガニスタン侵攻を承認する決議に反対票を投じたのは、民主党議員のバーバラ・リーただ一人だったのだ。2002年、サダム・フセインが核兵器を保有していた証拠などまったくないにもかかわらず、上院多数派の民主党議員たちは、米軍のイラク侵略に賛成票を投じた。さらに、国家主権の原則を露骨に侵害して2011年にリビアのカダフィ政権を打倒し、今日に至る無政府状態へと導いた作戦を行ったのは、民主党大統領バラク・オバマだった。
無論、帝国建設や帝国維持活動を行う方法には民主党と共和党の間に多少の種差がある。民主党は、より「多角的」アプローチをとる傾向がある。言い換えれば、ワシントンの帝国主義的冒険の背後に国連とNATOを動員することに共和党より多くの努力を注いできた。また、国際通貨基金と世界銀行に圧力をかけ、グローバル・サウスの経済的規制を主導させてきた。しかし、それは、その方が、米国の一方的な権力行使より、米国の動きに合法性を与えるからである。つまり鉄拳にビロードの手袋をはめることである。これらはスタイルの違いであって、結果の点では違いは些細で取るに足りないものだ。
グローバルサウスの批評家は、オバマは国連安全保障理事会の承認を得てカダフィを排除したので、それは、悪評だった「有志連合」でサダム・フセインを打倒したブッシュよりも「正当性」があったかもしれないと指摘しているが、結果は同じだった。どちらも、合法政府を主に米国の権力行使によって打倒し、その結果社会の崩壊を招いたのだ。
共和党の大流出
しかし、ここ数ヶ月、興味深い現象が起こっている。以前の共和党政権で外交政策の重要な役割を担っていた人々、最初はジョー・バイデン、今度はカマラ・ハリスへと、民主党候補への支持を表明するケースが増えていることだ。中で最も注目すべき人物は、ブッシュ・ジュニアの中東介入戦争の立役者の一人であったディック・チェイニー元副大統領で、最近、娘のリズとともにハリス支持を表明した。選挙まで残り2か月を切った今、さらに多くの支持者が離反すると予想される。
外交政策の強硬派が共和党を離脱する理由は2つある。第一に、いまや強硬派は、共和党支持基盤を完全に掌握しているトランプを信頼できなくなった。任期中トランプは、同盟国を罵って米国による防衛の対価を支払うよう要求し、共和党が支援したイラク侵攻を誤りと宣言し、米国の冷戦エリートが引いたレッド・ライン、中でも朝鮮半島の非武装地帯(DMZ)という一線を越えて見せるなどして、米国の冷戦エリートが過去78年かけて築き上げた西側同盟同を弱化させた。を越えたことだ。最近では、トランプは、ロシアとの戦争におけるウクライナへの米国とNATOの支援に反対する姿勢を繰り返し示唆しており、彼の副大統領候補JD・ヴァンスは、ウクライナ支援を全面的に止めたいと考えている。こうした共和党離脱者たちは、米国のエリート層が、時には激しく喧嘩しながらも、一貫して固執してきた超党派の合意の礎石、つまり自由貿易と資本の自由な流れによる「リベラル」帝国の拡大と維持というものに、トランプは関心を持たないのだと感じている。この秩序は、多国間主義という政治的天蓋の下で推進され、グローバリゼーションという経済的イデオロギーと自由民主主義という政治的イデオロギーによって正当化され、その中心にある米国の力を背景とした西側諸国の軍事同盟によって守られているはずなのだ。彼らは、トランプが、ヴァンス式の人びと、帝国のコスト負担にうんざりし、それを米国の経済衰退の主因の 1 つと見ている彼の支持層のかなりの部分を相手に、一芝居打っているだけなのではないかと懸念している。彼らは、「アメリカを再び偉大にする」(MAGA) スローガンが多くの人にとって魅力的なのは、それが、世界とほとんど無関係に帝国のホームランド再建に没頭する要塞アメリカを建設するという約束にあることを知っている。共和党離脱者らは、トランプ政権下では、米国が支配してきた多国間機関、NATOやブレトンウッズ体制などの衰退が許容されるのではないかと懸念している。彼らは、トランプが金正恩、習近平、ウラジミール・プーチンと試みたような選択的で実際的な取引が米国外交の標準となり、NATOを通じた同盟国のイニシャチブではなく、一方的な軍事行動が、グロ-バル・サウスを強制し、規律する主な手段となることを恐れている。
強硬派共和党員が、かつては軽蔑されていた党をのラインを超える行動に出ているもう1つの理由は、バイデン政権が現在、2000年代のブッシュ・ジュニア政権の中東での振る舞いを想起させる攻撃的な軍事外交政策を実行していることにある。バイデンは、強硬派共和党が中東で唯一の信頼できる同盟国として神聖化してきたイスラエルを声高に支持し、ウクライナ支援でロシアを孤立させるというブッシュ・ジュニアの政策を踏襲しつつ、トランプの悪口で士気をくじかれたNATOを再活性化させ、さらに西欧同盟の影響範囲を太平洋にまで拡大し、更に、バイデンは、ブッシュ・ジュニアとチェイニーがやりたかったものの、「テロとの戦い」に北京の参加を勝ち取る必要があったため棚上げにせざるを得なかった方策、中国に対する本格的な封じ込めを実行に移したのである。
実際、バイデンは、中国に対する積極的な軍事包囲を実行することで、貿易と技術移転を制限するというトランプのアプローチをはるかに超える北京封じ込めを実行に移した。バイデンは、「一つの中国政策」を明言した1979年の歴史的な米中共同声明以来、他のどのアメリカ大統領もなしえなかったことを成し遂げた。それは、台湾の軍事防衛にワシントンが明示的にコミットするというものだ。トランプ大統領は、中国を挑発するため、幅110マイルの台湾海峡を米艦に通過させるよう海軍に命じ、11の米空母機動部隊のうち5つを西太平洋に展開させた。トランプ大統領のこうした行動は、当然、軍上層部の懸念すべき好戦的なレトリックへのゴーサインとになった。すでに空軍機動司令官マイク・ミニハンは「私の直感では、2025年には戦うことになる」と口走っている。
民主党エリート集団が今や拡張指向帝国主義の推進路線を独占していることは、8月23日の民主党全国大会でのカマラ・ハリスの受諾演説で完全に明らかになった。ハリスは、トランプが米国の世界的なリーダーシップを投げ捨て、NATOを放棄する道を模索し、「プーチン大統領にわが同盟国を侵略するよう」促し、「やりたいことを何でもやらせている」と非難した。チェイニーや娘のリズのような共和党離反者は、ハリスが米国軍が「世界で最も決定的な戦闘力」となることを確実にすると約束し、「21世紀の競争で中国ではなく米国が勝つ」ことを確実にすると誓ったとき、歓声を上げるほかはなかっただろう。
帝国の2つのパラダイム
要するに、11月5日に私たちが経験するのは、2つの帝国パラダイム間の闘争である。1つは、世界を米国の資本と米国の覇権にとって安全なものにしようとする、古い民主党/共和党の拡張主義的な帝国のビジョンである。反対の見解、つまりトランプと彼の副大統領候補であるJDヴァンスは、帝国は拡大しすぎているとみなし、衰退する超大国にふさわしい「攻勢的防御」(姿勢を提案しているのだ。MAGAアプローチは、トランプが「クソ穴国家(shithole countries)」と呼ぶ国々(つまり、グローバル・サウスのほとんどの国々)との関係を断ち切り、移民と貿易を徹底的に統制し、放蕩息子である米国資本を本家に戻し、偽善視する対外援助の拡大と民主主義の輸出をやめ、加速する地球規模の気候危機(トランプは、このことへの執着を、衰弱したリベラリズムの呪物だと考えている)に対処するあらゆる努力を断念し、こうすることで、帝国の中核である北米を外界から隔離することに重点を置く。
武力行使に関する限り、MAGAのアプローチはイスラエル式になる可能性が高い。どの同盟国にも相談せず、それが引き起こす大混乱を考慮せず、壁の外にいる特定の敵を定期的に一方的に攻撃してバランスを崩すというものだ。
もし以上が、11月5日の選挙でオファーされる選択肢なら、我々グローバル・サウスがどちらかの側につくのは愚かなことだ。なぜなら、どちらのパラダイムも我々の利益に反するからだ。
無力な人質から決定的なアクターへ
それでも、民主党には少し点数を甘くするべきだと言う人もいる。両党の構成からすれば、民主党と共和党は厳密に言って、同一の帝国コインの表裏ではない。米国の選挙制度の制約のせいで、多数の進歩的な人びとが民主党を唯一の政治的居場所としているのだ。価値観の点では、これらの人々は我々の同盟者である。彼らは、党のエリート層ではなく、我々との共通点が多く、ほとんどの場合、エリート層に無視され、それが当然のこととされてきた。エリートたちの彼ら・彼女らへの態度は、「我々を支持する以外に君らに選択肢はないよ」と要約できる。
そうかも知れぬ。しかし問題は、これまでのところ、こうした進歩的な民主党支持者の大半が、ハリスや党のエリートたちの帝国主義的なレトリックやジェスチャーを受動的に受け入れてきたことにある。たとえば、ハリスは、民主党全国大会で親パレスチナ派の民主党員にも演説の場を与えてほしいという、かなり控えめな要求を拒否した。
民主党内の進歩派は、おそらく自らの力を過小評価しているように私には思える。特に今回の選挙を取り巻く状況では、彼らは、ひどい政策につかまった無力な人質という立場から、ハリスや党のエリートたちに、ハリス演説に盛られた過激な帝国主義綱領を受け入れるつもりかどうか、再考、再再考を強いるという重要な役割を担う存在へと変身できるはずなのだ。ただし、それは、アフガニスタン戦争反対の唯一の反対票を投じたバーバラ・リー下院議員ように、彼らが大胆に信念に基づいて行動する場合に限られる。バーバラ・リー行動は歴史が証明済の偉大な勇気の行為だった。
進歩派民主党員は、党のエリートに耳を傾けさせ、方針を変えさせる唯一の方法は、ハリスが帝国主義的な政策を撤回しない場合、自分たちと志を同じくする有権者は、大統領選挙での投票を棄権すると決めることにあると認識すべきだ。この方針は、接戦になれば実質的にトランプ氏に有利に働く可能性がある。私の理解が正しければ、これはミシガン州の非拘束運動が当初、バイデン氏にガザでの大量虐殺を支持する政策を撤回させるためにとろうとしていたアプローチだった。この戦略は危険だが、進歩派には脅しを実行する決意があるというメッセージを党のエリートが受け止めれば、成功の可能性がある。臆病者に幸運は恵まれない。これが党のエリートに方針を変えさせる唯一の方法だ。さもなければ、彼らはクリントンからオバマ、バイデンまで、これまでずっとやってきたように、あなたの支持を当然のこととして受け止め、あなたを踏みにじるだろう。民主党の進歩的党員たちは、選挙日まで2か月を切ったいま、組織化して、ハリス大統領のほうがトランプ・ヴァンス政権よりもグローバル・サウスの利益への脅威が少ないことを証明して見せなければならない。ハリスが過激で好戦的な帝国主義的姿勢から後退したという明確な証拠が得られない限り、グローバル・サウスの私たちは、帝国主義の政党間のこの激しい戦いでどちらの側にも立たない方が賢明であるだろう。
Look at the U.S. Elections? Imperialism remains the order of the day for both major U.S. political parties
By Walden Bello, September 12, 2024
Foreign Policy in Focus
(長澤淑夫、武藤一羊 共訳)