(2024.10.27)平 忠人
今回は、「格差社会」の問題を論じ続けてきた橘木俊詔氏の『資本主義の宿命/経済学は格差とどう向き合ってきたか』(2024年:講談社現代新書)をテキストにして、「格差」と「貧困」の現状「格差社会」に対する「経済学」の向き合い方と「福祉社会」の歩み、ピケティの作業の評価、経済成長(効率性)と「公平性」のトレードオフ関係等のテーマを取り上げ、今後の日本における「社会保障」と「税」の あり方を構想するために必要な基礎的な作業と討論の場として行われた次第である。当日の報告者:大川彗氏、司会:長澤淑夫氏 参加者18名(オンライン)であった。
——―報告者レジュメ(概 容)——―
【本書概観】
1.はじめに
◯格差問題の現状。
①バブル期の資産高騰の影響。
②「失われた30年」の影響。
③新自由主義的政策の影響。
④少子高齢化の進展。
◯日本の格差問題は、現状益々拡大していると評価可能。
①10年以上にわたる異次元金融緩和の影響。
②企業の慎重な投資姿勢等から生産性の向上につながらず、賃金は抑制されて推移。
③人手不足や「働き方改革」を背景に、雇用環境は改善。
④この間、逆進性が指摘される消費税が三次にわたり引き上げられた。
◯具体的な指標。
①ジニ係数。
②相対的貧困率。
③金融資産保有額ゼロ。
④最低賃金額。
2.貧困対策を巡る制度・学説
(1)ピケティ。
(2)ピケティ以後。
①地域別不平等度の研究。
②日本の高額所得者は誰か?格差の実情。
③先進国中で格差問題が顕著な米国の実情。
3.成長か公平か
(1)格差が好ましくない理由。
①貧困者の人権保護の必要。
②高所得者の高額消費が資源枯渇につながる可能性。
③格差社会における犯罪の高発生率につながる惧れ。
④教育の機会均等保障の必要。
⑤社会の分断による政治的不安定性助長の惧れ。
(2)成長と分配のトレードオフ。
①高所得者はより貯蓄率が高い→資本蓄積が進み成長につながる(カルドア)。
②高所得者は高生産性。
③成長によって、むしろ格差は縮小し得る(トリクルダウン)。
(3)税の累進制。
4.日本の格差問題への対応
(1)日本の格差社会化の理由。
①資本主義だから・・
②多くの人が是正の必要を感じていない・・
(2)格差是正策。
①同一労働・同一賃金の徹底。
②最低賃金アップ。
③所得税率の累進度強化。
④消費税の軽減税制の強化。
⑤社会的属性の相違に伴う許容される賃金格差の程度。
⑥失業者減少。
⑦高齢者の雇用増加・・
(3)日本の福祉国家化。
①日本の福祉国家化を提言。
5.論点
(1)経済成長と公平性。
(2)資本主義をどうとらえるか・・
(3)格差拡大要因。
(4)どの程度の格差であれば許容されるか・・
(5)税制の改革による格差是正。
——―報告者解説(概 要)——―
【格差問題の現状】
・戦後の「一億総中流社会」⇒1990年代からの格差拡大。
・非正規労働の拡大――若年層、女性の賃金抑制。
・税制面の対応――所得税率引下げ、間接税への依存。
【日本の格差問題は現状益々拡大している評価】
・物価上昇によるデフレからの脱却にはつながらなかった反面、資産価格は上昇。
・2023年まで実質賃金は基本的にマイナスで推移。
・2024年は物価上昇や人手不足を映じて賃上げとなったものの、その持続性は疑問視されている。
・非正規労働比率は大きく低下せず女性労働や高齢者の労働環境は、税・社会保障の制度的問題等もあって、目立って好転したとは言い難い。
・社会保障については、医療費・介護費負担の増加等から、高齢者負担の増加が顕著。
【著者の問題意識】
・貧困者は誰か、貧富の格差は如何なる状況か、に加えて、従来研究の蓄積が乏しかった富者、大金持ちに向けられている点が特徴。
【ピケティ】
・第二次大戦までの戦時は戦費調達の必要から高額所得者への税率も引き上げられたものの、第二次大戦後は高額所得者からの不満を容認するかたちで税率を引き下げたため、所得分配効果が大きく低下。
・格差社会化の進行は国によって程度が異なり、高所得者の所得の伸びが他の国民より大きいアングロ・サクソン諸国での格差社会化が顕著であることも指摘。
👉こうした格差拡大に対しては、累進課税率強化での対応を主張。
【ピケティ以後】
・先進国中で格差問題が顕著な米国の実情。
・低所得者の所得税率は徐々に引き上げられた結果、高所得者と低所得者の所得税率差はほぼ無い状態(累進性の消滅)。
・タックス・シェルターやタックス・ヘイヴンの利用等の租税回避行動等によって、超高額所得者の実効税率は低下、むしろ逆進性になっている。
【成長と分配のトレードオフ】
・成長を「是」とする立場から、分配の平等化が成長を促進するかどうかという観点から議論。
【税の累進性】
・トリクルダウンの効果を実質的に可能とし得る方法として所得税の累進性を評価、もっとも、再分配がいいのか、低所得者の救済のための給付がいいのかは議論の余地。
【日本の格差問題への対応】
・成長重視、弱者負担の際の税負担への拒否感、自己責任論、等によると分析。
【日本の福祉国家化】
・国民に高い税と社会保険料の拠出を求めることになる。
・北欧諸国の例を見れば、福祉国家化が経済効率性を損ない、国民の幸福度を低下させるとは限らないと主張。
👉政治家・役人への不信感の払拭が必要である点を力説。
【論 点】
・成長が困難化した時代の中で、著者は成長重視を大前提に議論を進めており、その点である種の「歯切れの悪さ」が生じていることは否めない。
・むしろ成長が困難な時代だからこそ、その分配を可能な限り公平にしていく必要があるとの論理構成が望ましいのではないか・・
・書名に「資本主義の宿命」とあるにもかかわらず、資本主義的生産様式を(少なくとも建前上)否定した社会主義国(とりわけ中国)で大きな格差問題が生じたのは何故か?
・ピケティは一党独裁の共産主義と社会民主主義を区別して論じ、後者を支持するが、政治体制における民主化の程度が格差問題に影響しているのではないか?
・80年代以降の先進国における「格差拡大要因」としては、ピケティの「r > g」以外の要因も指摘されており、「技術革新(IT化等への適応可能か否かによって格差が拡大)
・「制度・政策的要因」(労組組織率低下や労働法制緩和等による労働者の交渉力低下による賃金の実質的低下)等が触れられていない。
・どの程度の格差であれば許容されるか・・本書では問題の提示に止まっているが、格差の許容原理として広く参照されるロールズの格差原理(「格差は、最も不遇な人の効用を最大にする場合のみ許容されるべき」)についても触れる余地があったのではないか・・
・著者の格差是正策のうち、今後採用の余地が大きいのは所得税の累進性強化や消費税の軽減勢率拡大等の税制改革。
・これら以上に、法人税率の引き上げや「1億円の壁」が指摘される金融所得課税の導入についても、不公平税制の是正という見地からも、早急な実施を検討すべき。
——参加者からの主な意見・交わされた議論内容—―
<中国は社会主義か?>
●所得の公平さ、生産手段の所有者、所得の行先、社会主義の分析が肝要。
●格差社会は政策による、生産手段の国家管理体制は資本主義と変わらない。
●中国共産党による官僚体制ではないか・・
●貧困と格差をテーマにする以上、既存の社会主義・共産主義の政党が、なぜ、その実現に失敗したかを分析する必要がある。
<1980年以降の新自由主義のグローバル化を説明していない点>
●金融資本主義分析の視点がないのが疑問。
●新自由主義の拡大化が格差拡大の要因か?「OECD」等は疑問視・・否定する人もいる。
●グローバル化による労働者階級の分析⇒賃金格差が予想される⇒労働分配率。
●海外労働者と競合して賃金格差が生じたが、実際は生活(共存)している。
・グローバル化=労働者格差の要因か?
・日本の世界市場に於けるシェア率低下に伴う「賃金」低下では・・
●グローバル化に於ける「エレファントカーブ」が予測する未来=「格差」拡大要因。
●IT化等への適応可能か否かによって「格差」が拡大。
<欧米の労働組合と日本の労働組合は活動に差がある>
●日本の企業に於ける「役員の年収」は想定内か?
●グローバル化による「報酬」拠出に対して「税率」で対応か?
●労働法制や労組の交渉能力を高めないと「格差」は解消できない。
<「公平性」は「意欲」を失うという観点から「トレードオフ」の議論>
●「分配」の平等化が「(経済)成長」を促進するのか?
●「10月の衆議院選挙」でも「金融所得税」「(消費税)減税」を掲げる政党があった。
<「社会保険料」の国民の家計に対する負担率が28%の実態>
●成長して「分配」(トリクルダウン)するよりも「(経済)成長」に偏らない「平等性」⇒「分配」重視か「低所得者」に厚く・・
●低所得者(生活保護者)は「法的根拠」(住居・公的保証等)一般的社会に馴染めない人たちが増加傾向にある。
―——活動報告者の所感——―
最後に「現代思想(青土社)」(2014年㋀臨時増刊号)<ピケティ『21世紀の資本』を読む>特集から、竹信三恵子氏「格差は止めなければ止まらない」からの小文を紹介したい。
「格差社会とは、格差の上の方にいる人たちが、下の方の現実を無視して自分に都合のいい解釈を普及させることができる社会でもある。私たちはそれを見抜く論理力と情報力が求められる社会に足を踏み入れている。
ピケティの『格差は放置すれば広がる』は、『格差は自然に縮小する』という政治的無為の正当化を、数字による実証で押し返そうとした試み。このような、まやかしを見抜く実証精神がいまほど問われている時はない。
『21世紀の資本』の主張を単なる経済学論争に終わらせず、格差に向き合うための道具として生かしていくことが問われている。
以上、10年前に記載された小文ではあるが、地球規模での「格差」は益々増加かつ広がりの傾向にある。米国に於ける「左派ポピュリズム」を支える「Z世代」(ジェネレーション・レフト)の誕生・市民運動の高まりは当然の社会的現象であり、今後の世界的規模での〝広がり〟に心から期待する次第である。