長澤淑夫
本書は昨年来明らかになった自民党の裏金問題を、第二次安部政権=「2015年体制」の政治・経済・外交・日米関係の総体との関連で論じた好著である。「『裏金』が『表』に出てみれば、これらすべてがつながって見えるようになってきました」と「はじめに」で金子さんは語っている。以下内容をざっと紹介し、最後に感想を付す。
2015年の安保法制の成立は曲がりなりにも続いてきた平和国家の根本に止めを指すことになった。そのために従来の憲法解釈を変え、集団的自衛権を認める必要があった。ところが歴代の内閣法制局長官は集団的自衛権を認めてこなかったので、腹心の人物小松一郎を強引にその椅子に座らせ、これを初めて承認し閣議決定した。これには官邸の強い人事権が物を言った。官僚の上に政治家が威張る政治主導体制を利用したのだ。警察、公安、原子力ムラの官邸官僚はそれぞれの省庁では出世競争に敗れたが、意趣返しの権力をふるうために安部自民党のもとにはせ参じた。そして反対世論を作りかねないマスコミを封じるためにNHKには「お友だち」籾井勝人氏をつけ、特定秘密保護法の強行成立させた自公政権を擁護させた。加えて2015、16年には高市早苗総務大臣は、番組が偏っていれば、電波停止もありうると恫喝答弁した。さらに朝日新聞には何かといちゃもんを付け、政府に対し是々非々で意見をいうTBSやテレビ朝日のキャスターをやめさせた。こうして2015年体制は完成した。それからこの体制は動きだし裏金国家を機動させ今日にいたった。しかし黒川検事長を検事総長にすることには失敗した。これによりかろうじてディストピア化には踏みとどまった。
この体制の受益は自民党の世襲議員であり、経団連に集う重厚長大の大企業であり、気候危機を深化させ原発にこだわる電力会社と天下りする高級官僚であり、アメリカの軍事産業である。その結果、我々が失ったものは良質な民主政治であり、次代を担う新しい先端産業であり、環境に優しい自然エネルギーの進展である。以上が3章までの内容である。4省では経済政策を論じ、アベノミクス、リフレ派、MMTを批判し、そこから脱却できないほどの後遺症を現在に残したと論じている。
こうした記述には豊富な表、たとえば裏金議員、世襲議員、世襲総理の氏名、官僚の天下り先や人数、国家予算の内訳や推移、自然エネルギー割合の国際比較、貿易収支、細かいデジタル赤字の棒グラフなど、具体的な数字と事実で議論の証拠固めが説得的になされている。裏金国家は人びとにとっては裏切国家でもあると思った。
防衛予算の「後年度負担」や補正予算をムダに積み上げ、余らせるという複雑なカラクリを金子さんは見事に暴いている。さすが経済学者だと感じた。同様にアベノミクス批判も、金融政策と具体的な効果の分析は説得的であり、原発と電力の地域独占が自然エネルギーを阻む構造もよく理解できた。
政権交代の必要も金子さんの論点だが、これも「サクラを見る会」、モリかけ問題、忖度官僚と国会の嘘答弁問題など検証しながら論じている。「第5章 ディストピアから脱する道 裏金を提供する者のためでなく困っている者のための政治へ」では、裏金国家を壊すには政権交代は必須とし、新政権で実施する政策を【令和船中八策】にまとめている。ここでは表題だけを紹介する。一策:政府と国会議員の不正腐敗を一掃する。二策:エネルギー独占企業を解体して円安インフレから生活を守る。三策:軍事国家でなくイノベーティブ福祉国家を目指そう。四策:エネルギー転換を進める。五策:デジタル敗戦から立ち直る。六策:エネルギーと食料の自給を強める。七策:人口減少を止めるには女性を主人公にする社会を創る。八策:若者議会を創設する。さらに大学自治、少子化問題、疲弊する地方、マイナ保険証等々、幅広い個々の問題が裏金国家の構造に位置づけられ、その問題点を解明している。また、企業団体献金を止めることを前提に政党助成法が公布され、政党交付金が配分されてきたことなど、忘れてはならない事実も多く記述されている。部分と全体、歴史と構造によく目配りしている本である。
本書の内容は調査された事実と分析により説得力があるが、さらに裏金国家が民主政治を壊し、庶民の生活を破壊することに対する金子さんの怒りを感じた。またその仕組みと受益者を暴く執念もこの本を書かせた強い動機に違いないと確信している。少数与党を政権交代に追い込めない野党の布置や様変わりする選挙をどう分析すればよいかを思考しながら、十分「裏が取れている」本書を再読しようと思う。