金子文夫
2025年1月20日、第二次トランプ政権(トランプ2.0)が成立する。「米国第一主義」を掲げるトランプ政権の目玉政策は、関税引き上げ、移民排除、大型減税、エネルギー政策転換、規制緩和などだ。いずれも第二次政権誕生を支えた中間層・低所得層の利害関心を意識した政策だが、一時的な効果はあるとしても持続可能とは考えられず、いずれ米国経済を棄損し、世界経済に大きな混乱をもたらすかもしれない。以下では、長期的な覇権構造の変貌も視野に入れながら、トランプ2.0の行方を展望したい。
◆トランプ2.0の政策見通し
1.関税引き上げ
トランプが第一次政権期に中国にかけた追加関税はバイデン政権期にも継続し、税率は20%程度に達している。これにさらに10%上乗せし、最大60%まで課税するという方針が表明されている。一方、3国間自由貿易協定によって市場統合したメキシコ、カナダからの輸入品に対しては、貿易赤字・「不法移民」・麻薬流入等を理由にして25%の関税をかけるという。その影響でカナダのトルドー首相は辞任に追い込まれた。その他の国からの輸入品にも10~20%の課税を提案している。これらの保護主義に基づく関税引き上げが実施されれば、対抗して報復関税がかけられ、世界貿易の縮小、世界経済への打撃をもたらす。米国は関税収入が増えて財政赤字に縮小効果を生む反面、輸入品価格が上昇してコストプッシュインフレを招き、消費の減少などを通じてGDP成長率は1%程度低下すると予測される。ただし、トランプは関税引き上げを2国間取引の手段とみており、そのまま実施されるとは限らない。どの程度実行するか、先行きは不透明だ。
2.移民排除
トランプは大統領就任初日に国境を閉鎖し、数百万人と見積もられる「不法移民」の流入をストップさせると主張している。そのうえで国境の壁を建設して非正規の移民を完全に遮断し、並行してすでに流入している約1100万人と推計される「不法移民」を強制送還するとの方針だ。しかし、大規模な強制送還はそもそも実施困難なうえ、すでに農業、サービス業などの低賃金労働に従事している人々を排除した場合、労働力不足から賃金上昇が起こり、インフレをもたらすことになる。
3.大型減税
トランプが第一次政権期に実施した所得税減税は2025年に期限切れになる。これを恒久的に延長するとともに、すでに35%から21%へと引き下げている法人税率をさらに15%まで下げるのが新しい減税政策だ。これによって米国経済は活性化するだろうが、財政赤字の拡大は避けられず、連邦政府債務残高の対GDP比は2024年の99%が2035年には143%に達すると試算されている。基軸通貨ドルの信認を低下させ、持続可能な政策とは考えられない。
4.エネルギー政策転換
バイデン政権は脱炭素政策を展開してきたが、トランプはこれを180度転換、「石油を掘りまくる」と叫び、パリ協定から再び離脱すると予想される。実施中の温暖化ガス排出規制、EV推進策は廃止され、石油・ガス産業に減税などの優遇措置がとられ、増産効果によってエネルギー価格は引き下げられるだろう。これも米国経済を勢いづかせる政策だが、世界的な脱炭素潮流に逆行する施策が果たして持続可能なのか疑問符がつく。
5.規制緩和
イーロン・マスク担当で新設される政府効率化省(DOGE)による規制改革(規制削減、行政改革、予算圧縮)もトランプ2.0の目玉だ。公務員を大幅に整理し、連邦政府予算を3割減少させるきわめて野心的な計画だが、社会保障費の削減を不可避とするものであり、果たして実現可能だろうか。実行した場合、かなりの混乱が起こるのではないか。この他、連邦取引委員会(FTC)、連邦通信委員会(FCC)、連邦準備制度理事会(FRB)等の独立規制機関の大統領権限下への取り込み、テック企業規制(反トラスト法)の緩和、AI開発促進、金融規制緩和など、全般的に規制改革を進める方針のようだ。テスラの自動運転車の普及はその象徴となろう。
総じてトランプ2.0の政策は、対外的にはモノとヒトの自由な移動を制約する保護主義(反自由主義)、国内的には減税・反脱炭素・規制緩和の新自由主義であり、相反する方向性を米国第一主義で統合するという矛盾をはらんだ体系だ。一時的には米国経済の一人勝ち、株高、ドル高をもたらしうるが、やがてはインフレ昂進と財政赤字拡大を引き起こすだろう。そうとすれば一部の政策は意外に早く放棄するかもしれない。2年後の中間選挙まで当初の政策が継続するか注目される。
◆米中関税合戦の継続
トランプ2.0の政策には不確かな面があるが、米中経済戦争がさらに激化することは間違いあるまい。戦線は関税合戦とハイテク覇権争いの2領域で構成される。
関税合戦の経過を簡単にふり返っておこう。第1次トランプ政権は、対中貿易赤字の縮小を狙い、知的財産権侵害を理由に(1974年通商法301条)、中国からの輸入品に対して、2018年7月に第1弾、340億ドル相当の品目に税率を25%引き上げる制裁関税をかけた。続いて8月に第2弾160億ドル、25%、9月に第3弾2000億ドル、10%(2019年5月から25%に引き上げ)へと拡大した。さらに第4弾3000億ドル、10~25%が準備され、ほぼすべての品目が追加関税の対象となった。2019年9月には第4弾の一部が発動され(税率15%)、輸入品全体の7割をカバーするほどの規模に達した。
この間、中国側からも対米輸入品に対して相応の報復関税が発動され、関税合戦が激化する一方、政府間の通商交渉が断続的に行われ、2019年12月、経済・貿易協定の合意に至った。内容は、中国が知的財産保護など米国の要求を一定程度受入れ、合わせて対米輸入の拡大によって貿易不均衡を是正するというもので、第4弾の残りの発動が回避され、実施部分については税率が15%から7.5%に下げられた。しかし、第1~3弾の2500億ドル、25%追加関税はそのままとされた。
2021年1月のバイデン政権成立後も、関税引き上げ措置は継続された。一方、人権問題を重視したバイデン政権は、2021年12月にウイグル強制労働防止法を成立させ、ウイグル産とみなされる物品の輸入差し止め措置を講じた(2022年6月施行)。対象品目はアパレル製品、農産物、化学品など広範な分野に及んだ。さらに2024年に入ると、中国が生産量を増やして価格が低下したEV、太陽光パネルなどの輸入が増加すると見込まれたため、EVには100%、太陽光パネル、旧世代の汎用半導体には50%という高率の関税を課すと決定した。これは大統領選挙対策の意味もあると思われ、中国側は強く反発した。
関税合戦は米中間貿易にどのような影響を与えたのか。米国の対中輸入総額は2000年以降増加基調で推移し、2018年5397億ドルがピークとなり、2019年以降、一時的な増加を挟みながら減少基調に転じ、2023年には4269億ドルへと低下した。米国の輸入全体に占める中国の割合は2017年21.6%から2023年13.9%へと下落し、国別順位は2023年にメキシコに首位の座を明け渡した。米国の対中貿易赤字は2018年の4196億ドルから2023年の2791億ドルへと縮小を記録した。
ただし米国の貿易赤字総額が減少したわけではなく、2018年の8748億ドルが2023年には1兆0621億ドルへと増加している。貿易赤字は、メキシコ、カナダ、EU、それにベトナムをはじめとする東南アジア諸国など、多くの国との間で拡大した。そのなかには、中国からの輸入の迂回経路となった国もあると思われる。たとえばベトナムは中国で操業していた外資系企業および中国企業の移転先として注目されるが、米国の対ベトナム貿易赤字は2016年に比べて2023年には3.3倍に拡大し、1000億ドルを突破している。
高関税による中国からの輸入の抑制、国内製造業の発展を意図した米国の試みは成功したとはいえない。むしろ中国の報復関税によって輸出産業の雇用が減少したという事実が報告されている。
第2期トランプ政権は、中国からの輸入品に対してさらに関税を引き上げようとしている。選挙期間中、一律60%の追加課税を表明したが、仮にこれが実施された場合、米国の消費者物価は1.4~5.1%上昇すると試算されている。おそらく、通商交渉の取引材料としてこうした関税引き上げ策を使っていくのだろう。
◆米中ハイテク覇権抗争の拡大
先端技術をめぐる覇権争いは、軍事覇権と結びつく意味をもつだけに、米国は中国に対する攻勢を強めている。中国のハイテク企業を標的に、調達(輸入)、供給(輸出)、技術供与、投資等の様々な局面で規制を強化し、技術開発を押さえ込もうとしてきた。有力な手法は商務省の輸出禁止措置対象企業リスト(エンティティ―リスト:EL)への登録だ。2016年、まず国営通信機器企業ZTEをリストに載せ、トランプ政権期には通信機器大手ファーウエイと多数の関連企業を追加した。ファーウエイについては第三国からの再輸出も禁止した。また国防総省による中国軍事企業の指定も規制の手法だ。ファーウエイに加えて最近ではネットサービスのテンセント、車載電池のCATLが中国軍と関係する軍事企業に指定され、米国企業との取引が制約されるようになった。
中国企業は先端半導体の調達を輸入に依存していたため、この規制を受けて半導体の国産化に力を注ぐが、今度は半導体製造装置の供給を規制し、有力企業を擁するオランダ、日本にも同調を強要した。バイデン政権下では、輸出規制に加えて投資規制を強化し、先端半導体だけでなく量子コンピューター、人工知能(AI)に関わる対中投資を禁止する措置を準備した。また、情報操作を理由として、人気のある動画投稿アプリ「TikTok」(中国のバイトダンスが運営)の禁止にも踏み込んだ。
こうした米国の攻勢に対して、中国も対抗して対米輸出規制、投資規制、EL作成などに取り組んだ。たとえば米国半導体大手マイクロンを標的に同社製品の調達を停止した。さらに、半導体材料の重要鉱物であるガリウム、ゲルマニウム、アンチモニー、黒鉛などの輸出規制をとった。また、米国側の規制による技術開発の困難に対しては、第三国を介した迂回調達ルートの開拓、外国人技術者の好待遇での受入れなど様々な手段で巻き返しを図った。
その結果、ファーウエイを先頭にして半導体関係のハイテク企業群が成長しつつある。ファーウエイは、先端半導体の調達を阻まれたにもかかわらず、5G対応のスマホの製造に成功し、エヌビディアが独占しているAI半導体についても独自開発も進めている。半導体製造装置やシリコンウエハーを製造する企業も着々と力をつけてきている。いずれは川上から川下までの半導体サプライチェーンを国内で完成させるだろう。またファーウエイは急成長する中国EVを支える有力なサプライヤーとなった。米国による規制がかえって中国のイノベーションを加速する意味をもったといえる。
◆グローバル覇権構造の変容
トランプ2.0は「米中新冷戦」を激化させ、世界を分断していくのだろうか。軍事面ではそうした傾向が生じるとしても、経済を含めた総体としては2大陣営に分かれたブロック化は起こらないのではないか。
第一に、米国は覇権国(世界のリーダー)としてふるまう役割を放棄し、求心力が低下するだろう。米国第一主義の立場から、軍事力・経済力(GDP規模、基軸通貨ドル)世界1位という超大国の地位は維持するとしても、陣営づくりへの関心は弱まる方向だ。欧州でもアジア太平洋地域でも、軍事負担の肩代わりを強要し、G7(OECD)諸国との距離が開き、結束力が下がる可能性がある。トランプは温暖化防止のパリ協定離脱だけでなく、WHO、WTO、ユネスコ、国連人権理事会などの国際機構からの脱退をほのめかしており、脱退までいかなくとも非協力的になるだろう。
中国との対抗については、軍事面でAUKUS(米英豪)、米日韓、米日比等の連携枠組みは一応維持するだろうが、経済面では、オバマが注力したTPPから離脱したように、バイデンが創設したIPEF(インド太平洋経済枠組み)からは離脱するのではないか。中国の一帯一路構想に対抗して企画された「インド・中東・欧州経済回廊」構想についても、米国がどこまで関与するかわからない。
第二に、中国の陣営づくりも見通しは不確定だ。中国は人口減少期に入り、経済成長率は低下しつつあり、GDPが米国を抜く見通しは低くなった。そうしたなかで習近平政権は上海協力機構、一帯一路構想などを通じて、地域覇権国としての地位を高めてきた。地域安全保障を目的とする上海協力機構は正規加盟国が発足時の6カ国から10カ国へと拡大し、オブザーバーなどの参加国は20カ国を超え、中央アジア、中東、東南アジアへとネットワークを拡大した。一帯一路構想を通じた経済圏拡大は、国内不況の長期化に規定されて一時ほどの勢いはないが、中国の経済的影響力はユーラシアからアフリカ、ラテンアメリカに広く及んでいる。貿易金融通貨として人民元はユーロを上回る地位に達した。
さらに中国は非米連合組織BRICS拡大にも注力してきた。BRICS参加国は当初の中国、ロシア、インド、ブラジルの4カ国から10カ国へと増加し、2024年10月にロシアで開催されたBRICSサミット参加国は36カ国へと拡大した。BRICSはドルに依存しない決済システム、共通通貨、OPECのような穀物取引機構等の創出を追求しており、米国の覇権構造に対抗する性格をもっている。
しかし、上海協力機構やBRICSに集まった諸国の多くは、必ずしも米国(西側)陣営に対抗して中国(およびロシア)の陣営に加わったとはいえない。たとえば、インドは上海協力機構とBRICSの正式加盟国だが、同時にQUAD(米日豪印)という米国主導の枠組みにも加わっている。またインドネシアはBRICS入りの一方、OECD加盟を目指している。ASEANや中東諸国は米国と中国の2大陣営の中間に位置し、国力増強の観点から対外関係のバランスをとっていると考えられる。
BRICSの拡大はグローバルサウスの台頭という意味をもっている。グローバルサウスは、西側先進国に対抗するという観点から中国と歩調を合わせることはあるとしても、第三勢力として独自の存在感を発揮し、多極化時代への道を拓いていくだろう。多極化時代はイアン・ブレマーのいう「Gゼロ」、つまりリーダー不在の世界だが、国際社会が分断され、混迷を深めるとは限らない。トランプ2.0は保護主義を拡散し、世界の分断を加速する恐れがあるが、それに対抗して国際社会が結束を強める可能性も否定できない。グローバルサウスが国連に結集し、欧州諸国を糾合してグローバルガバナンスを創出する方向が考えられる。そこには政府だけでなくグローバルな市民社会運動の参加も不可欠の要素となる。グローバル課題である気候危機や国際課税(国際租税協力枠組み条約)への取り組みが、その可能性を切り拓くのではないだろうか。