〈書評〉山本義隆『核燃料サイクルという迷宮―核ナショナリズムがもたらしたもの』

〈書評〉山本義隆『核燃料サイクルという迷宮―核ナショナリズムがもたらしたもの』

みすず書房、2024年5月、2600円+税

天野恵一

 以前、ある研究(読書)会のテキストとして山本義隆の『近代日本一五〇年―科学技術総力戦体制の破綻』(2018年1月・新書)を読んだ時のことである。そこへの飛び入りの参加者で、私より一世代上ぐらいの年齢の男性が、山本が『福島の原発事故をめぐって―いくつか学び考えたこと』(みすず書房・2011年8月)を刊行した時、自分は「やっと山本が帰って来た」と思ったと発言したことを、私はよく記憶している。

 おそらくそれは、東大全共闘で山本とともに闘ってきた記憶が彼にそう言わせたのだろうと思う。政治社会へのストレートな批判的言説の長い長い沈黙の期間をへて、おそらく〈3・11福島原発震災〉に突き動かされて、待たれていた彼の発言は始まった、私もそう思った。

 2024年5月に刊行された『核燃料サイクルという迷宮―核ナショナリズムがもたらしたもの』(みすず書房)は、『福島の原発事故をめぐって』で開始した、日本の原発政策を推進してきた「電力会社と経済産業省(旧通産省)と東京大学工学部原子力工学科を中心とする学者グループ、そして自民党の族議員たちからなる『原子力村』と称される集団」この「内部的には無批判に馴れ合い外部的にはいっさい批判を受け入れない無責任性と独善性が明るみにひきだされた」〈原子力ムラ〉。それを中核として推進されてきた戦後の歴史を天皇制ファシズム期の「科学技術総力戦体制」の成立と破綻の歴史。さらにそれをふまえて、それは「近代日本一五〇年」の科学技術の大破綻への連続をも意味することをトータルに歴史的に検証する作業であった岩波新書の著作。

 この作業をへて、著者があらためて原発問題を焦点化して、まとめたのが本書である。

 その時、中心にすえられた問題が「核燃料サイクル」である。

 発電しながら消費した燃料を生成するとされた「夢の原子炉」と呼ばれた高速増殖炉「もんじゅ」建設は絵にかいたモチで、技術上の困難で開発自体は事実上は破綻してしまっている現状を確認しながら、この先行していた英米独仏も撤退しているにもかかわらず「日本は、世界のその現実に目をつむるばかりか」「いまなおこのタイプの原子炉の開始に固執している」。

 これは何故なのか?

 「他方、核燃料サイクルの高速増殖炉とならぶいまひとつの要は再処理であり、これは放射性物質である使用済み核燃料を剪断(せんだん)し化学処理を施す、より一層困難で危険な作業である。というのも、それまで『原発の安全性』根拠として、前に触れたように、原発では核燃料がペレット、被覆管、圧力容器、格納容器、そして建屋によって五重に防衛されているから死の灰が外に漏れ出ることはないと語られていたのだが、再処理では、原子炉の外に取り出されたその使用済みの核燃料が被覆管も剝ぎ取られペレットも溶かされ、死の灰が完全にむき出しにされた状態で処理されるからである。

 茨城県東海村に造られた試験用再処理施設(パイロットプラント)と青森県六ヶ所村で建設が進められている再処理工場がその舞台だが、東海村の施設は77年に運転開始も、その後トラブルつづきで、97年に火災と爆発事故を起こして運転中止となり、そのまま廃止とされた。他方、本番用の六ヶ所村再処理工場は、93年に着工し、当時は97年完成予定であったが、以来、完成が延期に延期を重ね、着工から29年目の2022年9月7日に実に26回目の完成延長を決定し、もはや完成予定期間の指定すらできなくなっている。

 億兆単位の予算を投入した〈核燃料サイクル〉全体がまったく破綻してしまっているのだ。

 それでも、政府・財界は、原発(核燃サイクル)推進をストップしない。

 これは何故なのか?

 「潜在的核武装保有国」でありつづけるためには、プルトニウムをつくりつづける原発は不可欠だからである。著者はそこに、日本の政治権力者の持続する核武装国家への意思を読みとる。〈3・11〉以後、私は、この問題を主に科学技術研究者吉岡斉の仕事によっておしえられてきたが、著者は、この問題を戦後の〈核=大国ナショナリズム〉として新生明治国家の「殖産興業・富国強兵」ナショナリズム(大国イデオロギー)の戦後的持続という長い展望の下にキチンとつかまえなおして整理して、ここで示している。

 核武装と原発推進を関連づける分析は、〈3・11〉以後の反原発運動の中では、かなり広く討論され確認されてきた問題ではあるが、〈核燃料サイクル〉をめぐる問題を日本の近代史全体の流れの中で、論じられることは少なかったと思う。

 運動の外にいる人はもちろん、現在の〈3・11〉以後の〈原発ゼロ〉へのうねりへの「逆コース」ともいうべき岸田―石破政権の「原発(最大限活用)回帰」路線と闘い続けている人たちにも、ぜひ読んでもらいたい一冊である。

お知らせカテゴリの最新記事