トランプ2.0の世界と日本(要旨、修正・補充版)

トランプ2.0の世界と日本(要旨、修正・補充版)

  白川真澄

1 トランプは、戦争嫌いの「平和愛好主義者」か?

1 トランプによるウクライナ和平の仲介と提案

(1)ウクライナに対して、武器支援と情報提供の中止を武器にしてロシアに有利な停戦・和平を強要。

 *プーチンの巧妙な交渉引き延ばしによって停戦・和平は先延ばしされている。

(2)米国の覇権や「正義」の理念よりも、戦争のコスト計算を最優先する

*ウクライナへの莫大な軍事支援を嫌う → 支援ではなく債務として返済(レアメタルの独占)を要求

*コストの面から戦争や軍事を捉える視点は一貫している。

*欧州や日本に対して自前の軍事力強化を要求/軍事費をGDPの5%に引き上げるよう要求、「日米安保は米国にだけ日本防衛の義務を課す不平等条約」と批判。

*グローバルサウスへの援助の停止/国際開発局(USAID)による対外支援の停止 → ミヤンマーからの避難民向けの医療提供、ベトナム戦争時の不発弾処理作業、地雷撤去作業、インドネシアでのHVや結核の予防援助などが停止

*安上がりのコストでの覇権行使は継続する/ウクライナ「和平」への仲介(← バイデンも習近平も、大国として仲介に動かなかった)。

2 ウクライナにとっては「息継ぎ」が必要

(1)東部4州(およびクリミア半島)をロシアに占領されたままの停戦になる

(2)ウクライナの抗戦の特徴/①ロシアの侵略に対する抵抗戦争と②大国間の勢力争い(NATOの勢力圏をめぐる米ロの争い)の代理戦争という二重性 → 戦争が長期化するなかで、②の大国間の代理戦争の側面が強まる → 米国の軍事・情報支援なしには抗戦を続けられないという弱点の拡大 → トランプの思惑に左右される

(3)しかし、停戦=和平は不利な条件であっても、疲弊しきったウクライナ社会を再建し、(被占領地をふくむ)長期の抵抗の力を養うためにも「息継ぎ」として必要 ☜ 1918年にブレスト=リトフスクで、ロシアの革命政権がドイツに領土の大幅な譲歩をして単独で講和条約を締結

3 大国間の取引による国際的な統治の形成

(1)トランプは、当事者である住民の意思や自己決定権・自治権を頭から無視・蹂躙して大国(強国)間の取引と交渉による世界の統治=秩序形成を進める

*米国によるガザ所有(パレスチナ住民の強制移住)・リゾート開発の構想

*当事者のウクライナを除外して米ロ間でウクライナの領土分割を協議

*イスラエルによる停戦破りのガザ攻撃への支持

*グリーンランドの領有を要求

*カナダの併合(51番目の州に)を広言

*パナマ運河の所有を主張

(2)列強間の取引による植民地=領土の分割、力による「捕食」/古典的な19世紀型帝国主義の手法を再現

 *米国は「デモクラシー帝国」から「プレデター(捕食者)」に変質(藤原帰一、朝日25年3月25日)

 *小国や弱い立場の国々から権益を取り立てる「捕食」外交(秋田浩之、日経25年3月11日)

 *19世紀の「大国間外交の再来」/大国だけによる権力政治で平和を維持する(会田弘継、『東洋経済』25年3月29日号)

Ⅱ トランプは、戦後の国際秩序を破壊する「(反)革命家」か?

1 第2次世界大戦の教訓を踏まえた戦後の国際的な理念とルール

(1)戦後に確立された理念やルール

 *国際協調主義の優先/米国にとっては欧州や日本との同盟、国連の尊重

 *自由貿易体制の構築と維持/ブレトンウッズ体制(IMF、ガット) → WTO

 *小国の主権の尊重/武力による侵略や併合を認めない

(2)ポスト戦後の理念やルール

 *人権/国際刑事裁判所、移民や難民の受け入れと保護、国籍取得の出生地主義

 *ジェンダー平等、多様性の尊重、DEI(多様性・公平性・包括性)の推進

 *環境の保全・持続可能性/パリ協定、生物多様性条約

 *SDGs

 

2 トランプは、戦後(およびポスト戦後)の国際秩序や理念をことごとく否定

(1)「米国第一」を掲げて国際協調を投げ捨てる

*米国と欧州の同盟(「大西洋同盟」)の清算/NATOの再編、EUへの敵視

 *国際協調体制からの脱退/パリ協定、WHO、グローバル・タクスの合意(デジタル課税や法人税の最低税率)からの離脱 ☞ 各国がバラバラにグローバルIT企業に対してデジタル課税を課す動きが強まる。

 *自由貿易主義から保護貿易主義への転換/関税による貿易戦争を仕掛ける

 *対中国包囲網の構築を急がず、「同盟国」・友好国との間に軋轢や紛争を引き起こしているのが特徴

  ☞ NATO諸国や日本が自前の軍事力強化を求められ、世界的な軍拡競争が展開される危険性/フランスの「核の傘」拡大論

(2)人権の否定

 *軍隊を動員しての移民の強制追放、出生地主義の否定

 *多様性/DEIの否定/「性別は男と女のみを認める」、トランス女性による女子スポーツへの参加の否認、

 *環境/CO2排出による地球温暖化の否認

3 現在の秩序を破壊するが新しい国際秩序像は不明確・不確定/「覇権国なき世界」

(1)トランプは「米国第一」を掲げるだけで、新しい国際秩序像を打ち出していない、あるいは打ち出すことができない/力がなくても覇権国として振る舞う政治(バイデン)と明確に訣別。

 *トランプは、対中国包囲網の今後については不明確・不確定/「台湾有事」に備えて軍事力を集中・強化するのか、それとも「台湾有事」を傍観し干渉・介入しないのか

 *大国(強国)間の取引による国際的統治/領土=勢力圏の分割(前述)

(2)中国も、米国に代わって新しい覇権国にのし上がる意思と力を持たない。

*習近平は、米国覇権を拒否し「多極化の世界」を、保護主義を否定し「グローバル化」を提唱。しかし、「中国の特色ある社会主義」がグローバルサウスの発展の新しいモデルになりうると主張するが、「自由・民主主義・法の支配」に代わる普遍性のあるイデオロギーにはなりえない

*中国は、深刻な経済危機に陥っていて(5%成長が困難、人口減)、米国に代わる覇権国にのし上がるだけの力も動きも欠いている/‟2030年にGDPで米国を追い抜く”という予測の後退・消滅。「一帯一路」構想も多くの矛盾や軋轢を抱える。当面は、BRICS(10ヶ国が加盟)の拡大を足場に米国と対抗。 

*中国はAIや半導体の分野では、米国による対中輸出や投資の規制強化の下で逆に自前の開発を加速/中国のディープシークが高機能・低コストのAIモデルを発表し世界に衝撃を与えた(25年1月)。より安価なGPU(画像処理装置)を使って従来のオープンAI(チャットGPDを開発)と同等の効率性を有したAIモデル「R1」を10分の1のコストで開発 → 米国のエヌピディアの株価が急落[『週刊エコノミスト』25年4月1日号]

*中国の半導体自給率は、2014年の14%から23年に23%まで上昇、27年には27%に迫るとも言われている(中山敦史「軍艦を造れない米製造業」、日経25年4月1日)

(3)トランプの言動は、「覇権国なき世界」への突入の宣言

 *覇権国なき世界は、イギリスの覇権の衰退にもかかわらず米国が覇権国として振る舞わなかった時期に出現/第1次世界大戦~第2次世界大戦、とくに動乱の1930年代。

 *オバマは「世界の警察官から降りる」(2013年)と言明したが、ISに対する軍事行動など覇権国の役割を続けざるをえなかった。バイデンは、覇権国として振る舞う力量の喪失にもかわらず、その役割を演じようとして(例えば「民主主義サミット」の開催)失敗。

4 権威主義・極右ポピュリズムの国際的な連合の登場

(1)自国第一主義=ナショナリズムの国際的な連携という奇妙な連合/移民・難民の受け入れ拒否が共通項

 *「国家主義的保守派の国際的な連合」の登場(「エコノミスト」誌25年月22日)

(2)ドイツのAfD、フランスの国民連合、オーストリアの自由党が選挙で躍進。オランダの自由党、イギリスのリフォームUKも支持を伸ばす。イタリアのメローニ、ハンガリーのオルバンは政権を掌握。 

☞ マスクがAfD支持を表明、マスクを媒体とする米国と欧州の右翼ポピュリズムの連携

 *ブラジルのボルソナロ(前大統領)は、権威主義・極右ポピュリズムの連合から脱落。

Ⅲ トランプの関税戦争は米国の経済を復活させるか

1 高関税政策の相次ぐ発動

(1)関税政策の矢継ぎ早の展開と貿易戦争の始まり

 *2月4日:中国からの輸入品に対する10%の追加関税を発動

 *3月4日:カナダとメキシコへの25%の関税を発動(1カ月延期していたもの) → カナダは米国に25%の報復関税を発動(1550億カナダ㌦=約16兆円が対象)、メキシコも報復関税の発動を示唆。

 *同:中国への関税20%に引き上げ → 中国は米国の農産物に最大15%の報復関税

 *3月12日:鉄鋼・アルミ関連の輸入品(1510億㌦=22兆円)に25%の追加関税を発動 → EUは最大で260億ユーロの米国からの輸入品に報復関税発動を表明

 *3月26日:輸入される自動車に25%の追加関税(現在は2.5% → 27.5%)を4月3日から発動と発表

 *4月3日:貿易相手国と同水準まで税率を引き上げる「相互関税」の導入を公表(「米国解放の日」と宣言)/一律10%に国ごとの上乗せ税率を課す(中国34%、EU20%、インド26%、日本24%)

(2)貿易赤字で「米国は搾取されている」という珍妙な論理

 *貿易赤字を減らす関税への信奉/「辞書のなかで最も美しい言葉は、関税だ」(トランプ)。「Tariff Man」を自称。

(3)米国にとって、貿易赤字は何の損失も危機ももたらしていない

*米国の消費者は世界で最も安い商品を買うことができている

*相手の貿易黒字国が貯め込んだドル資金は、米国の株式や国債を購入する資金として大量に流入し金融の繫栄を支えている ☞ 米国はすでに金融化・情報化資本主義に変質・転換し世界の「一強」として繁栄している/世界有数の高賃金国で製造業を復活させるというトランプ構想は、時代錯誤の夢物語(旧中間層の幻想をつなぎとめるだけの施策)。

*巨額の貿易赤字にもかかわらずドル高が保たれ(ドル安になって輸出競争力を回復し、貿易赤字を減らす作用が生じない)、米国に大量の資金を流入させ続けている

※基軸通貨国ではない国で貿易収支の赤字が累積すると、その国の通貨の価値が下落し、流入していた資金の流出(所得収支の赤字)が引き起こされる。つまり通貨・金融危機が起こる(例:1997年のアジア通貨危機)。

  ※※米国の「貿易赤字縮小にはドル安が必要だが、基軸通貨国の地位を維持する上ではドル高の維持が望ましい」。「『貿易政策における弱いドルと、為替レート政策における強いドル』が求められている」(岩田一政「『弱くて強いドル』の非整合」、日経25年4月1日)。

2 高関税政策は、米国でインフレを加速し景気の悪化を招く

(1)追加関税によるコスト=価格の急激な上昇

 *米国がカナダとメキシコに25%の追加関税、中国に計20%の追加関税をかけて報復関税を受けた場合、米国のGDPを1.1%押し下げる[日経25年3月5日]

 *メキシコとカナダに25%、中国に20%の追加関税によって、米国内での自動車の生産・販売にかかるコストは年間で610億㌦(約9兆円)増える可能性。コスト上昇分をすべて販売価格に転嫁した場合、米国の自動車の平均販売価格は6%上昇、25年の新車需要を12%押し下げる[同上]

*鉄鋼・アルミ関連の輸入品への25%関税 → 米国の鋼材価格は一時的に24年と比べ16%程度、アルミ価格は2倍程度に上昇 → 鉄鋼・アルミ価格が10%上昇した場合、フォードなど自動車大手の年間営業利益が3~4%減る[日経25年3月13日]

(2)高関税による輸入品価格の上昇が家計を圧迫

 *米国への全輸入品に20%、中国製品に60%の関税をかけた場合、平均的な家庭で年3900㌦(約60万円)の負担増になるという試算[朝日25年1月20日]。米国の家庭の平均年収は675万円(2020年)とされているから、1割弱もの負担増になる。

 *エール大学予算研究所によれば、自動車関税だけでも1世帯当たりの可処分所得が年492~615㌦(約7万4000円~9万2000円)減る可能性がある[日経25年4月2日]。また、輸入品に追加関税20%を課すと、食料品価格は平均3.7%上昇し、可処分所得が年50~63万円減少する[ANN25年4月3日]

(3)製造業をメキシコより賃金が10倍高い米国内で復活させるという政策の非合理性

 *米国で24年に販売された自動車の23%がメキシコとカナダからの輸入。自動車や部品はメキシコからの輸入総額の27%、カナダからの12%を占める[日経25年3月5日]。対メキシコの貿易赤字は129.9億㌦と、対中国の382.9億㌦に次いで第2位。対日本は60.7億㌦と第4位(2024年)。

 *米国のデトロイトの労働者(一般職工)の賃金は月額3597㌦(約54万円)、対してメキシコのそれは362㌦(サンルイスボトン)~270㌦(アグアスカリエンテス)と、10:1の格差がある。

 *賃金が10倍も高い米国内で製造業を復活させる(「関税をかけられたくないなら、米国内で製造せよ」)路線は、国際競争力の面からも国内の需要の面からも経済的合理性がまったくない。

(4)トランプの高関税政策は、収まりかけているインフラを再加速し、同時に個人消費を冷やして景気を悪化させつつある

インフレと不況が共存するスタグフレーションに陥る可能性が高まっている

*トランプは、「高関税による景気悪化は一時的」、「輸入自動車の価格上昇は、その代わりに米国車が売れるからまったく気にしていない」と強弁[日経25年3月31日]

*トランプは、インフレを過少評価し「関税の発動に合わせて金利引き下げを行う」ことをFRBに要求 → 高関税が経済の減速を招くことに対して、金融緩和で景気の下支えをする → インフレを加速する危険性/FRBは利下げを見送り

*4月3日の相互関税導入の公表は、世界同時株安を招いた/ダウ平均株価は2200㌦と史上3番目の暴落で4万㌦を割る(4月4日)。日経平均株価も3万4000円台を切る。

3 貿易戦争の行方

(1)米国が高関税政策をとり各国が対抗して報復関税を発動する貿易戦争が本格化すると、世界経済に重大な打撃を与えることは火を見るよりも明らか。

 *JETROアジア経済研究所によれば、中国への20%の追加関税、自動車への25%関税に加えて相互関税が発動されると、世界全体のGDPが0.6%低下する(2027年)、すなわち約7600億㌦(114兆円)が消失する、と試算される[日経25年4月2日、アジア経済研究所「世界を見る眼」25年3月]。

 *同研究所によれば、最も打撃を受けるのは米国でGDPが2.5%も低下する。中国もGDPが0.9%低下する。自動車や食料品の価格が高騰し、家計を圧迫し、個人消費を減少させる(前述)。日本は自動車産業が0.8%減の打撃を受けるが、中国製品の輸出減少によって経済全体としては0.2%増になる。

 *日本は、第一生命研究所の前田和馬の試算によれば、消費税も考慮した相互関税の影響により実質GDPをおよそ0.4%押し下げる[日経25年4月2日]。日本の潜在的成長率は、内閣府によれば0.6%(2024年上半期)、日銀によれば0.58%(2024年1月)であるから、ゼロ成長に近づいてしまう。

(2貿易戦争の行方は、高関税を課せられた国が報復関税で対抗する動きと関税引き下げで妥協する動き、対米投資による米国内で生産拡大の企てが交錯して混沌とし、不透明

(3)報復関税を発動して米国と対抗し、貿易戦争を激化させる動き[日経25年3月29日]。

 *中国(米国の貿易赤字、2954億㌦、2024年)は米国産農産物に15%の報復関税を発動。4月4日、米国からのすべての輸入品に34%の追加関税を課すと発表。

 *カナダ(同642億㌦)は、米国に対して25%の報復関税を発動。

 *ブラジルはWTOに提訴し、同時に報復関税を課す立場を表明。

 *EUは、報復関税の発動を表明。

(4)貿易戦争のリスクを避けるために、関税を引き下げたり米国と交渉する動き。

 *メキシコ(米国の貿易赤字、1718億㌦、2024年)は、報復措置をとらず「米国との対話継続」(シェインバウム大統領、4月2日)を表明

*イギリスは、「貿易戦争をエスカレーションさせたくない」(リーブス財務相、3月27日)と表明[日経25年3月29日]。

 *インド(同457億㌦、2024年)は、平均関税率が17%と高いため、米国との貿易協定締結をめざす第1弾として、米国からの輸入品の半分以上の関税引き下げを検討[日経25年3月31日]

 *ベトナム(同1235億㌦)は、米国産LNG(液化天然ガス)への関税を5%から2%に、自動車の関税を45~64%から32%に引き下げ[同上]

*ブラジルも、巨大テック企業への課税の新法を棚上げ[同上]

*日本(同685億㌦)は有効な対抗措置や交渉カードが見当たらず、日本だけを除外=例外扱いしてくれるように嘆願する交渉に終始したが、除外は認めらない。

(5)トランプの要求に応じて米国内での生産拡大のために投資する動きも現れている

 *韓国の現代自動車は、米国で自動車や製鉄に今後4年間で210億㌦(約3.1兆円)を投資すると表明 → 韓国内の自動車生産台数は2割(年70~80万台)減少する産業空洞化を招く[日経25年3月26日]

☞ トランプは歓迎したが韓国を関税対象から外すとは明言せず[日経25年3月26日]。

 *ホンダは、HV電池の調達を米国内のトヨタの現地工場からに変更[日経25年3月18日]

Ⅳ トランプ政権は、どこで行き詰るか

1 2026年の中間選挙でのトランプの敗北の可能性は?/リベラル派・民主党左派の抵抗の弱さ → このままでは中間選挙で共和党が敗北しない可能性も大きい

 *コロンビア大学の運動に対する弾圧と反撃の弱さ

2 トランプ・マスク政権の抱える矛盾や軋轢の噴出

 *トランプとマスクは、「小さな政府」路線/コスト=歳出の大幅なカットでは一致している。

*マスクはIT企業の利益を代表し、徹底した規制緩和=新自由主義(ITの規制緩和、国内では所得税減税の継続、法人税減税) ←→ トランプは高関税による製造業の復活という対外的には保護貿易主義。相反する政策や路線のアマルガム(融合、野合)であるだけに、矛盾や軋轢が表面化する可能性は大きい。

*マスクがトランプ政権のアキレス腱として、批判と抵抗の標的にされつつある/テスラのクルマの不買運動や焼き討ち。欧州では、1~2月のテスラの販売は前年同期比で43%減、とくにドイツでは同71%減。またコカ・コーラなど米国製品の不買運動が広がっている[日経25年3月29日]。

*マスクは、トランプの側近や閣僚との軋轢で数カ月以内に政権から追われ離脱する見通し。

3 経済政策の失敗/高関税政策によるインフレと不況の同時到来(スタグフレーション)による製造業労働者や中間層の失望と不満の高まり

 *米国内で、CBSテレビの世論調査では「トランプ政権になってから暮らしが悪くなった」と思う人が、1月の28%から3月の42%に上昇。早くも経済政策への不満が強まりつつある[ANNワイドショー、25年4月3日]

4 世界的な民衆運動に求められている転換と課題

(1)21世紀に入って反グローバル化・反新自由主義の運動の世界的な高揚と展開

 *グローバル化との対抗を明確に掲げて、1999年シアトル行動(WTO閣僚会議への抗議)から世界社会フォーラム、イラク反戦行動、G7サミットへの大規模な抗議行動に展開。

 *2008年リーマンショックを契機にして、格差拡大に異議申し立てをする「1%対99%」の運動の出現と高揚/2011年「アラブの春」に触発されてオキュパイ運動の登場

 *地球温暖化による気候危機の深刻化に危機感をもった若者の抗議運動の高揚/グレダの呼びかけた学校ストライキ

(2)民衆運動がぶつかった難問と分岐

 *体制側からの反グローバル化の逆流の出現(2016年トランプ登場、ブレグジット)との競合・差異化を求められる/資本主義のグローバル化と反グローバルの交錯に対して、「反グローバル」だけでは切り込めず、民衆の側が何を対置すべきかを明確に対置しきれなかった。

*先進国社会の格差拡大が引き起こす排外主義的右翼ポピュリズムの台頭に対して、有効に反撃できなかった

・中道勢力(保守とリベラル・社会民主主義の二大政党)の衰退のなかで左翼・グリーンも伸長したが、極右勢力の勢いの方が優勢になった(極右の政権獲得は阻止したが)。

・ポピュリズムの台頭/中間団体(教会、労組、農協、地域の自治会など)の没落によってバラバラにされ‟砂”と化し孤立した人びとに対して、SNSを通じて直接に情報操作を行い情動を動かす

*2020年コロナ危機に直面して、新自由主義による医療サービスの削減を批判・対抗したが、国家による非常事態措置に対して対応が分岐/国家による強権的な健康管理(「生政治」)をやむをえないと容認するか、拒否するか。

*ロシアの侵略に抵抗するウクライナの抗戦への対応が分岐/ロシアの侵略に対する抗戦を支持・連帯し欧米による武器支援を容認するか、あくまでも非武装による抵抗あるいは兵役拒否の運動だけを支援するかに分岐。

*世界的なインフレの進行による生活の困難に直面して、気候危機とのたたかいが失速/脱炭素化に逆行するガソリン価格やガソリン税の引き下げを求める声が多数に。物価高対策を優先する世論に押され気味になる。

(3)民衆運動に問われる課題

 *反資本主義の内実を明確にしたオルタナティブを提示する/経済成長主義からの脱却(脱成長)、ケア・農業・再エネを基軸にした地域内循環型経済の確立と国際的な連携・協力、グローバルIT企業(マグニフィセント7、GAFAM+テスラ・エヌピディア)に対する厳格な規制、エネルギー需要の抜本的削減。

 *米中対立を超える非覇権・非同盟・非軍事の立場を貫く/ASEAN諸国やブラジルなどグローバルサウスの国々との連携を進める

 *社会の底辺から現代的コモンズを再生し、ミニュシパリズムを発展させる/人びとの「連帯と分かち合い」の場を多様な形態で創出し、孤立化・孤独化・「自己責任」意識を乗り越える。コモンズの現代的再生と住民参加型の公共サービスの拡充を結びつけて「恐れぬ」地方自治体を増やし、現行のシステムを蚕食する※。

  ※白川「社会変革の拠り所としてのコモンズ」(『季報 唯物論研究』170号、2025年2月)

*ポスト資本主義をめざす勢力(グリーン・レフト)の確立と発展を基軸にして、リベラル勢力(人権、多様性、ジェンダー平等、国際協調主義をめざす)と適切に連合して、権威主義・右翼ポピュリズムの国際的な連合と対決する

Ⅴ 日本はどのような選択をすべきか

1 日米関係は、歴史的な見直しと再編の時期を迎えている

(1)米国の対中包囲戦略の今後が不確定なまま、日米安保が見直し・再編の対象にされつつある

 *トランプの「日米安保は米軍の義務だけを定めた不平等条約」という発言 → ‟在日米軍基地の無条件の全面使用を許容して十分な見返りをしている”という論理でトランプを説得できるのか → コスト削減の観点から、在日米軍基地の維持の是非も再検討される可能性

 *在日米軍の態勢強化の計画を中止する可能性(米国のメディア報道) → 自衛隊の陸海空3軍を一元的に指揮する「統合作戦司令部」の発足(25年3月下旬)に見合う米軍の「統合軍司令部」の新設も中止か? 日米両軍の指揮統制の連携強化が白紙になる可能性。

 *日米防衛相会談(3月30日)で、米国は在日米軍の「統合軍司令部」への格上げを介したと発表し、日本側をとりあえず安心させた。同時に、「西太平洋におけるあらゆる有事に直面した場合、日本は最前線に立つ」(ヘグセス国防長官)と、軍事力強化への「さらなる努力」(軍事費のGDP3%へ)を要求した。

(2)日米間でも自動車をめぐり貿易戦争が勃発するのは避けられない

 *2月7日の日米首脳会談で関税強化回避の「成功」/石破首相はトランプに屈従し米国への投資拡大を持ち出して日本への関税発動を言わせなかった → わずか10日後の2月18日にトランプが自動車に25%の関税をかけることを表明、日本も対象になる可能性/日米首脳会談の「成功」は幻と消えた!

 *日本車は米国の新車販売の4割近くを占める。日本の対米輸出額の28.3%は自動車。

 *武藤経産相が3月10日に訪米し、日本を関税発動の対象から外すように哀願したが、あっさり拒否された

(3)自動車への25%関税発動が行われると、メキシコ・カナダへの25%関税発動と相まって、米国への自動車輸出は(メキシコで生産される分も含めて)大打撃を受ける。自動車産業を基軸としてきた日本経済のあり方は、根本的な転換を強いられる。

 *米国向け自動車輸出は、137万台(国内生産823万台の17%、2024年)、約6兆円。自動車産業は製造部門だけで88万人、関連部門を含めて558万人を雇用し、最大で13兆円の付加価値を生み出す[日経25年3月28日]。日本に残された唯一の競争力のある基軸産業である。

 *トランプは、日本に対して「敵より友のほうが関税をはるかにひどく使っている」(25年3月26日)と発言、GMやフォードのクルマが日本国内で売れていないことを非難。

*日本の米国向け自動車輸出6兆円が自動車への25%関税発動で吹き飛ぶと、第1生命経済研究所の試算では、日本のGDPは0.52%のマイナス(世界全体では0.36%のマイナス、メキシコは1.92%のマイナス)。木内登英の試算では、米国による25%の関税発動(相手国も25%の報復関税)で日本のGDPは0・87%のマイナス(世界全体0・69%、メキシコ3.26%のマイナス)。

(4)日本の貿易構造

 *輸出相手国(2020年)/輸出相手国としての米国の地位は大きいが、中国への依存のほうが大きくなっている

  ①中国22.1%、②米国18.4%、③韓国7.0%、④台湾6.9%/輸出総額68.4兆円

  ← ①米国29.7%、②台湾7.5%、③韓国6.4%、④中国6.3%/51.6兆円(00年)

  ※2021年は、コロナ危機から脱して輸出総額は83.0兆円に急増

 *輸入相手国(2020年)

①中国25.7%、②米国11・0%、③豪州5.6%、④台湾4.2%/68.0兆円

← ①米国19.0%、②中国14.5%、③韓国5.4%、④台湾4.7%/40.9兆円(00年)

※2021年の輸入総額は84.7兆円の急増/2018年以降は貿易収支は赤字が続く

 *輸出品目(2021年)/輸出競争力のあるのは自動車だけ

  ①自動車12.9%、②半導体など電子部品5.9%、③鉄鋼4.6%、④自動車部品4.3%

  ・自動車輸出の国別割合 ①米国33.4%、②豪州9.2%、③中国8.8%

  ・半導体など電子部品輸出の国別割合 ①中国25.3%、②台湾21.9%、③香港12.3%

 *輸入品目(2021年)/エネルギーの大部分は中東および豪州からの輸入に依存

  ①原油&LNG(液化天然ガス)13.2%、②医薬品4.9%、③半導体など電子部品4.0%、

   ④通信機3・9%、⑥衣類3.3%

・原油輸入の国別割合 ①サウジアラビア40.0%、②アラブ首長国連邦34.8%

・LNG輸入の国別割合 ①豪州36.0%、②マレーシア12.5%、③米国11.0%

・半導体など電子部品の輸入の国別割合 ①台湾47.9%、②中国16.5%、③米国9.2%

・通信機の輸入の国別割合 ①中国73.1%、②ベトナム6.7%

食料品(魚介類、肉類、穀物、野菜、果実)は輸入額7.3兆円、輸入総額の8・7%

・米国がとうもろこし輸入の72.7%、大豆輸入の74.8%、小麦輸入の45.1%

 

2 米中対立を超える国際秩序を築くチャンスの到来

(1)自動車の輸出とエネルギー・食料の輸入に依存する経済のあり方から脱却する必要性に迫られつつある → ケア・食と農・再エネを中心にした脱成長経済への転換を本格的に追求する必要性とチャンスの到来

 *ケアを中心にした経済への転換は、ケアの崩壊の危機(高齢化に伴うケアの必要性にもかかわらずケアに携わる労働者が致命的に不足)を解決するために緊要

 *自公政権は、半導体産業(熊本や千歳での新工場建設)に巨額の資金援助を行って経済成長の目玉にしようとしているが、成功は危ぶまれている。

 *限られた資金(財政)や不足する労働力を、社会的必要性の最も高いケア、食と農、再エネに集中的に投入する必要性

(2)米国による日米安保の見直し、中国の対日関係改善への願望の高まり → 対米軍事協力=従属を解消し、米中のいずれにも与せず、米中対立を超える東アジアの国際秩序を形成する

 *日米安保の解消と日米平和友好条約の締結、非武装・非軍事化と対話・交渉による外交へ/立憲民主党をこの立場に近づけさせる必要性があるが、実に困難。

 *日本の独自の軍備拡張・核武装(韓国で高まる)という右翼ナショナリズムの台頭と対決する/軍事力で中国や北朝鮮と対抗する路線の非合理性・非現実性

  ※中国と日本・韓国・在日米軍の軍事力の隔絶した差

        陸上兵力   艦艇   作戦機

   中国   97万人   690隻   3240機

   日本   13万人   138隻   370機

   在日米軍  2万人        130機

   第7艦隊        40隻   50機

   韓国   37万人   230隻   660機

   在韓米軍  2万人         80機

(秋田浩之「米軍、アジアでも削減の影」、日経25年3月25日)

 *韓国との緊密な協力(← 日本の植民地支配の責任の明確化)、ASEAN諸国との連携を進め、中国との関係改善を積極的に進める。

[追記]立憲民主党など野党は、トランプの関税政策の激しい衝撃が襲うなかで、石破首相の「国難」論を無批判に受け入れて政治休戦し、減税や給付金の議論にのめり込んでいる。日本の針路についての根本的な転換を提示して参院選を迎えるべき時に、あまりにもひどい政治センスの欠如と堕落である(4月9日)。

※このレジュメは、3月26日の大阪テオリアの読者会で発表した文章に追加・修正を加えたものである(4月4日記)。

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