アベノミクスの5年と行き着く先
                      2018年4月7日   
白川真澄


? アベノミクスのいま
1 安倍首相が自賛するアベノミクス5年の「成果」。
(1)雇用はいちじるしく改善され「完全雇用」状態に。
 *失業率の低下/2.4%(18年1月) ← 4.2%(13年1?3月)
 *有効求人倍率の向上/1.59倍(同)※ ← 0・9倍(同)  ※正社員も1.07倍
 *就業者数/6562万人(18年1月) ← 6228万人(13年1月) 334万人増
 *雇用者数/5880万人(同) ← 5513万人(同) 367万人増
(2)企業の収益は史上最高に。
 *経常利益(金融業・保険業を除く)/75.0兆円(16年度) ← 48.5兆円(12年度)
  ※17年度(18年3月決算)は、さらに増大が確実。
(3)株価は2倍以上に上昇/2万2937円(17年11月27日※) ← 1万0765円(13年1月22日)  ※25年10カ月ぶりの高値
(4)名目GDPは40兆円増大/544兆円(17年) ← 503兆円(13年)
(5)景気回復は62カ月間連続(12年12月?18年1月)/小泉政権下の「戦後最長」(73か月)の景気回復に次ぐ。
2 アベノミクスの政策的効果を検証する。
(1)雇用の改善の原因と中身。
 *主な要因は、生産年齢人口の減少に伴う労働力不足の顕在化。
 *就業者数の増大は、女性と高齢者の労働参加率のめざましい上昇による/15?64歳の女性の労働力は、5年間で6㌽も上昇し69.4%(17年)に。
 *これは、「女性総活躍」政策(育児休業の2年への延長、保育所受け入れ人数の拡大など)による効果なのか? 労働者の可処分所得の低下によって、賃金収入を増やすために就労せざるをえなくなっていることが最大の要因。
 *人手不足のために正社員も16年から増加に転じているが、非正社員は引き続き増大。5年間では非正社員の増大のほうが上回っている。

         2018年1月   2013年1月   5年間の増減
  正規雇用    3497万人    3343万人     104万人
  非正規雇用   2119万人    1827万人     292万人
  非正規の割合  38.1%     35.3%      2.9㌽増
                   (総務省「労働力調査」)
  
(2)「異次元金融緩和」政策の効果
 *円高を是正し円安に誘導/1?=113円(17年12月) ← 1?=89円(13年1月)。
  円安誘導によって、輸出向け製造業大企業の収益が急増。当初は輸出量は伸びなかったが、最近では世界経済の同時景気回復によって輸出の伸びがいちじるしい。輸出増大は景気回復の主たる要因になっている。
  ※円安の要因は日米間の金利差だけではなく、複数ある。小野善康はエネルギー輸入の増大による経常収支の赤字が円安を招いたとしている(『消費低迷と日本経済』)
 *大量のマネーが株式市場に流入したことに加えて、日銀による上場投資信託(ETF)の大量購入(13年?17年で計17兆円)によって株価高騰が作り出された。
3 「実感なき景気回復」という現実。
(1)数字上の経済の好調にもかかわらず、「景気回復を実感できない」人が8割。
 *「景気が良くなっていると実感していない」人が82%、「実感している」人は16%(朝日新聞17年11月11?12日)。
 *「景気回復の実感がない」が85%、「実感がある」が12%(TBS17年10月14?15)。
(2)人手不足と企業利益の増大(さらに政権による賃上げ要請=「官制春闘」)にもかかわらず賃金の伸びが鈍く、個人消費が低迷している。
 *名目賃金(1人当たりの現金給与総額)は、僅かだが上昇した/2013年から17年にかけて1.4%の上昇(15年は前年比0.1%、16年は前年比0.5%、17年は同0.4%増)。
 *実質賃金は、13?15年は連続してマイナス、16年にプラスに転じたが、17年は再びマイナス(前年比0.2%低下)になった。2008年に比べて、5.6%も低い水準にある。
 *可処分所得は、この10年間で約3%減っている/賃金の伸びが鈍いことに加えて、社会保険料の負担が増えたことによって、夫婦と子ども1人の世帯の2017年の可処分所得(収入?税・社会保険料)は、07年に比べて年収500万円世帯で11.7万円、1000万円世帯で20.2万円の減少になっている(日経新聞18年2月25日)。
 *家計支出は、14?17年の4年間で連続してマイナスになっている。2人以上世帯の家計支出は、14年は前年比▲2.9%、15年は▲2.3%、16年は▲1.7%、17年は▲0.3(総務省「家計調査(家計収支編)」)。
(3)企業の収益が急増しているのに、労働者の賃金が上がらず個人消費が伸び悩んでいるという現実は、アベノミクスのめざした《経済の好循環》(企業の収益増大 → 賃金の上昇 → 消費の拡大 → 企業の収益増大)が起こっていないこと、つまりトリクルダウンが生じていないことを意味する。
4 デフレから脱却したのか。
(1)アベノミクスのそもそもの目的は、「デフレから脱却する」ことにあった。そのために、「2%のインフレ目標」を掲げ、日銀による大規模な金融緩和を最重要な政策手段(「第一の矢」)とした(リフレ派の理論)。これに加えて「第二の矢」=財政出動(ケインズ主義)、「第三の矢」=成長戦略(規制緩和など新自由主義)が用いられた。
(2)リフレ派によれば、不況としてのデフレは貨幣的現象(日銀の消極的な金融政策の失敗の結果)。したがって、大規模な金融緩和政策の継続によって大量のマネーを市場に供給し、インフレ期待=予想を高めることが必要。そうなれば、人びとは減価する現金を手元に保有するよりも、投資や消費に支出するから、景気が回復する、というわけである。
(3)こうして日銀は大量のマネーを市中に流し込んだが(13年3月から4年間でマネタリーベースは3.2倍に)、ゆるやかな景気回復が続いたが※、肝心の2%の継続的な物価上昇は起こらず(消費者物価の上昇率が2%を超えたのは、消費税率が引き上げられた14年だけ)、インフレ目標の達成目標時期は6度も延期された。
※景気回復は、世界経済の同時回復と円安による輸出の増大、建設・不動産投資の急増、人手不足に対応する省力化投資の増大が主たる要因で、個人消費は伸び悩んできた。

消費者物価上昇率
2011年  2012年  2013年  2014年  2015年  2016年  2017年
?0.3   0.0    0.4    2.7    0.8  ?0.1   0.5   
            (総務省「消費者物価指数」)
(4)経済指標で見れば、すでにデフレから脱却している。
 *デフレは物価の継続的な下落という現象を意味する。物価上昇率は、2%には届かないが、17年は12カ月連続で上昇に転じた。
*最も重要な指標である需給ギャップは、16年10?12月からプラス(0.36%)に転じ17年7?9月にはプラス幅も1.35%に拡大し、需要不足は解消された。
*物価動向を示すGDPデフレーターも、賃金動向を示す単位労働コストも、17年7?9月にそれぞれプラスに転じた(0.1%、0.6%)。
(5)デフレから脱却したと言えるが、経済指標のプラス数値も小幅で力強さを欠き、2%のインフレ目標を達成しないままのデフレ脱却である。逆にいえば、リフレ派が信奉する2%のインフレ目標の達成なしにデフレ脱却ができた、ということである。これは、最近の先進国では賃金の上昇が鈍く「低インフレ」のまま景気回復が進むのが常態化していることからすれば、不思議なことではない。
(6)しかし、安倍政権は「デフレ脱却宣言」を行わず、いぜんとして2%のインフレ目標達成を掲げて「異次元金融緩和」を継続しようとしている。なぜなのか。
 *最大の狙いは、日銀による国債の購入継続※によって超低金利を維持し、国債の増発を続ける余地を確保し続けることにある。「財政ファイナンス」(「異次元金融緩和」の隠された意図)をやめるわけにはいかないからである。
   「デフレ脱却宣言に踏み込まないのは、なぜか。政府・日銀が掲げる2%インフレ目標が未達成だからというのが公式見解だ。ただその理屈は苦しい。なにしろ政府も日銀も『景気は拡大中』と言っているのだ。宣言できない本当の理由は、異次元緩和を終わらせたくないからではないか。日銀は異次元緩和の一環で国債と株式ファンドを大量に買い続けている。いまや苦しい政府の借金財政を支えるのも、株価の高騰を下支えしているのも日銀だ。日銀がこれらの政策をやめたら、あるいは購入量を減らしただけでもまちがいなく国債価格と株価は急落する。避けるには政策継続しかない、というのが政権の本音だろう」(原 真人「デフレ脱却宣言しない本当の理由は」、朝日新聞18年1月30日)。  
 *異次元金融緩和に支えられた財政出動のフリーハンドを握り続けるのは、2019年10月の消費税率の引き上げによる、さらに2020年東京五輪後の景気後退を怖れ、それを防ぐために財政出動(インフラ投資)に頼ろうとしているからである(日経新聞2月21日)。
 ※日銀による国債購入額は、年80兆円から17年には半分に減額しているが継続している。
5 アベノミクス批判を検証する。
2013年からアベノミクスがスタートした時点で、次のような批判と予測が行われていた。5年を経て、その帰結はどうか。
(1)《経済の好循環》は起こらず、トリクルダウンは生じない → 批判と予想は的中。
(2)非正規雇用がいっそう増大し、格差と貧困がさらに拡大する → 非正規雇用は増大したが、予想を越える労働力不足の顕在化による雇用の改善(非正社員の正社員化、非正規の時給の上昇、失業率の低下など)が進行。相対的貧困率はやや改善された(15年は15.6%と、3年前から0.5㌽改善)。ただし、株価上昇による金融資産の膨張に伴い、資産格差は拡大(純金融資産1億円以上の富裕層が増大した反面、貯蓄ゼロ世帯は31%で高止まり)。
(3)「異次元金融緩和」によってインフレが高進し、(金利上昇に伴う)国債価格の急落が生じる → 物価は上がらず、超低金利が続き国債価格の急落は起こらなかった。
(4)「異次元金融緩和」によってバブルとその崩壊が起こる → 大都市で不動産バブル(東京五輪のためのインフラ建設も要因)は生じたが、限定的。株価高騰がバブルかどうかは不分明。
(5)「成長戦略」の柱として規制緩和が労働・医療・農業の分野で急激に進む → 「国家戦略特区」での規制緩和は進行したが(「混合診療」など)、TPPの挫折・縮小によって規制緩和にブレーキ。労働市場の雇用緩和もテンポは遅い。

? “賃金上昇 → 個人消費拡大”は、なぜ起こらないのか
1 景気が回復し人手が不足しているのに賃金が上がらないという「謎」。
(1)「完全雇用」状態〈失業率は3%を切る2.4%〉が出現し、企業の利益も史上最高(内部留保は17年3月末で406兆円)と、賃金上昇の条件が揃っているにもかかわらず、賃金の上がり方が鈍いという謎めいた現象が出現。
*政権も「人手不足にもかかわらず賃金の伸びが緩やかなものにとどまっていることは、これまでにない現象である」(内閣府『2017年経済・財政白書』)と、困惑。
*麻生財務相も、「毎年20兆円以上増えた内部留保のうち賃上げの原資に回ったのは、4兆円程度にすぎない」と、苦言を呈している。
*労働分配率は、72.3%(12年度)から67.5%(16年度)に低下。資本金10憶円以上の大企業のそれは、2017年4?6月に43.5%と、1971年1?3月以来46年ぶりの低水準。
(2) マクロ経済学の常識によれば、労働力需要が高まり失業率が低下すれば賃金は上昇するはずである(失業率と賃金上昇率との間に逆の相関関係があるというフィリプス曲線)。たしかに、人手不足が深刻な特定の業種(建設、運輸、飲食サービス、介護など)では、パートの時給アップなど賃金上昇も生じているが、全体として賃金の上がり方は鈍い。これまでの経済学の常識が通用しなくなっている。
2 賃金上昇が鈍いのは、世界的な傾向。
(1)これから人手不足がいっそう進めば賃金も上がるという楽観論もある。しかし、景気回復と雇用の改善にもかかわらず賃金があまり上昇しないという現象は、世界的な傾向。米国では、過去(1995?2009年)には失業率が5%を切ると賃金上昇率も4%上がったが、10?16年には失業率が5%を切っても賃金は2.5%しか上がらなかった(日経新聞18年1月27日)。また、OECD加盟国の平均の賃金上昇率は、2016年までの5年間が年平均2.2%、08年までの5年間の5.3%に比べると明確に低下(同17年10月31日)。
(2)その原因はいろいろあり、国によっても違う。グローバル化のなかで低賃金を武器とする新興国との激しい価格=コスト切り下げ競争が共通の背景にあるが、非正規雇用が急速に増えていること、労働組合の組織率が下がり対抗力が弱まっていること、ITやAIの導入によって高スキル労働者と低スキル労働者の賃金格差が拡大していることがある。
(3)日本では、女性や高齢者が雇用増の主力である、また賃金水準の低い福祉分野が雇用増の中心である、労働生産性の伸びが低いことが、原因として挙げられている。しかし、最大の理由は、人口減少による低成長を予測した企業のビジネス・モデルの転換にある。
3 海外で稼ぐビジネス・モデルへの転換。
(1)企業は、人口減少によって国内市場が縮小すること、すなわち経済成長が望めないことを予測して、将来のコスト(固定費)増大につながる賃金引き上げを強く抑えこんでいる。巨額の内部留保を溜め込みながら、国内に有望な投資先を見出すことができない。
*上場企業が2017年1月時点で予測した今後5年間の日本の経済成長率は、1%(日本経済新聞17年11月9日)。
*経済産業研究所の「企業の事業計画と予測に関する調査」では、17?18年度の実質経済成長率の見通しは、1.05%が50%弱と最も多く、0%台も25%(千賀達朗「企業行動は変わるか 先行き懸念強く慎重姿勢」、日経新聞18年3月8日「経済教室」)。
*いずれも実に悲観的な数値で、国内での設備投資や雇用の拡大に向けて積極的な投資意欲をかき立てられないのは当然。例えば、サービス業の代表格であるコンビニさえも、国内の店舗数が5万を超えていて、飽和状態に近づいている。そこで、人口減少による国内市場の縮小を見越して、海外、とくに東アジアへの事業展開に力を入れつつある。
(2)海外での稼ぎの急増。
 *日本企業が海外の子会社から受け取る配当金や投資収益(第1次所得収支)は、2017年に19.7兆円に増加(10年前の2.5倍)。とくに海外直接投資の収益は12.7兆円と、前年より2割増しで過去最高に(日経新聞18年2月9日)。
 *第1次所得収支の黒字は、12年12月から17年8月までの累計で91兆円。日本企業が12年12月以降、海外で稼いだ配当金のうち46%は現地法人の内部留保として留め置かれている(同17年11月9日)。
(3)大企業の内部留保は、海外企業のM&Aに投じられることが多い。
 *海外企業のM&Aは、2016年度の買収額が前年度より3割増え、過去最高の11兆円に達した(同17年4月3日)。
(4)日本の大企業は、国内市場や輸出で稼ぐことから海外で稼ぐことへとビジネス・モデルを変えつつある。
4 社会保障の将来への不安が消費を停滞させる。
(1)安倍政権は“賃金上昇 → 個人消費拡大”(「経済の好循環」の鍵を握る)の行き詰まりに直面して、「3%賃上げ」の実現を打ち出し、労使双方に強く要請した。たしかに、大幅な賃上げが実現されれば、個人消費が拡大し、物価が上昇に転じる可能性がある、と常識的には言える。そもそも日本経済が長期のデフレに陥ってきた最大の理由は、リフレ派の言う金融政策の失敗ではなく、1997年をピークにして最近まで賃金が下がり続けてきたことにある。
          
民間労働者の平均給与の推移
1992年  1997年  2002年  2007年  2012年  2015年  
455.0   467.3   447.8   437.2   408.0   420.4 (単位:千円)
                                (国税庁「民間給与実態調査」)

(2)だが、3%賃上げの実現は、困難である。人手不足の激化や企業の収益の絶好調といった条件が揃っていても、2%台半ばが精一杯。安倍政権は、3%賃上げを実施した企業の法人税を減税する措置(「所得拡大促進税制」)を強化しているが、この措置はすでに4年間実施されてきたにもかかわらず、目立った効果を上げたとは言えない。
(3)仮に大幅な賃金上昇が実現したとしても、そのことは必ずしも消費支出の拡大にはつながらない。人びとが財布のヒモを堅く締めているのは、何よりも社会保障が財源の面から将来は維持できなくなるのではないかという不安が大きいからである。
 *内閣府「国民生活に関する生活調査」(2017年)によれば、現在の生活に「満足している」者の割合は73.9%(過去最高、10年前は62.7%)にも上る反面、日常生活の中で「悩みや不満を感じている」者の割合も63.1%(「感じていない」は36.4%)、50歳代で最も高い(69.7%、18?29歳代は50.6%)。
*「不安や悩み」の内容は、「老後の生活設計」が53.5%、「自分の健康」が52.1%、「家族の健康」42.1%、「今後の収入や資産の見通し」が39.7%(複数回答)。また、政府に対する要望で最も多かったのは「医療・年金など社会保障の整備」(65.1%)で、「景気対策」(51.1%)よりずっと高い。
*現在の生活への満足度の高さは、“今日より明日のほうが良くなる”という期待や希望が持てないことの裏返しの表現である。「不安や悩み」に関する答えからは、社会保障の将来への不安がひじょうに大きいことが読み取れる。
(4)そのため、人びとは涙ぐましい節約に努め、所得が増えてもわずかな金額だが貯蓄に振り向けている。勤労者世帯の消費性向(可処分所得のうち消費にむける割合)は、2014年から2017年にかけて下がり続け、16年には72.1%に低下した(家計調査報告)。
*「17年末時点で家計部門の現金と預金の合計残高は961兆円と、5年前の安倍首相の就任時から100兆円近く増えた。『庭先』の政策に終始するアベノミクスに人々は将来への不安を抱き、手元の蓄えを増やしている」(菅野幹雄「未来図描けぬ『安倍疲れ』」、日経新聞18年3月23日)。
5 “賃金上昇 → 個人消費拡大”が起こらないのは、基本的に日本の社会・経済の構造的な変化から来ている。
(1)人手不足や企業利益増大にもかかわらず賃上げを抑えこんでいる最大の理由は、企業のビジネス・モデルの転換(“国内で稼ぐ”から“海外で稼ぐ”へ)にあるが、それは企業がこれからの低成長(ゼロ?1%成長)が不可避だという悲観的な予測をしているからだ。その最大の根拠は、日本が史上初めて人口減少時代に入ったこと、とくに生産年齢人口の急減とそれに伴う労働力不足に見舞われることである。
(2)個人消費を低迷させている最大の理由は、社会保障の将来への不安にあるが、それは少子高齢化の急激な進行から来ている。すなわち、高齢者人口(とくに後期高齢者人口)の増大によって年金・医療・介護の費用が膨張する※一方で、これを支える現役世代人口が急減し弱体化〈非正規雇用労働者が4割〉する。人びとは、この不都合な真実を予感し、膨張する社会保障費用の財源が確保できず必要な社会保障サービスが提供されなくなるのではないか、という不安を抱く。
 ※年金・医療・介護などの社会保障給付費は、2015年の115兆円から2025年には149兆円に膨らむと予測されている。
(3)したがって、“賃金上昇や個人消費拡大”が起こらない事態の基底にあるのは、景気循環上の要因ではなく、近代以降の日本が経験したことのない人口減少という構造変化。
6 アベノミクスは、その5年間で政権維持のために目先の景気対策だけを次々に展開することに終始し、日本の社会・経済の構造変化から来る問題に本格的に対応できないことが実証された。
(1)アベノミクス(その柱である金融緩和=「第一の矢」と財政出動=「第二の矢」)は、景気循環過程における不況に対して有効性のある政策の寄せ集めにすぎなかった。いいかえると、人口減少・少子高齢化(「2025年問題」など)という構造変化に対応する社会・経済の構想とそこへの中長期的な政策を打ちだせなかった。
 *「安倍政権は短期の経済活性化策に熱心な一方、中長期の財政や社会保障の青写真をほとんど示していない。……3年後に到来する20年代の経済の姿がわからない。まるで丸腰で暗いトンネルに突っ込んでいくかのようだ」(菅野幹雄「『日本売り』狙われる五輪後」、日経新聞17年8月4日)。 
 *「安倍政権の巧みさは、目の前のおこっていることへの対応と、次から次へと目先を変えていく政策展開である。だが長期的な見通しや視点を欠くうらみがある」(芹川洋一「総裁選 挑戦者たちの『2軸』」、同18年3月12日「核心」)。
(2)「異次元金融緩和」とそれに支えられた財政出動は、ゆるやかな景気回復を促す一定の効果があったとはいえ、「経済の好循環」の実現という点では効果がなく失敗した。効果がなかっただけではない。激烈な形態での破たん(インフレ高進、国債価格急落、バブル破裂)は招いていないが、将来への大きなリスクを生み出した。

? 異次元金融緩和と政府債務膨張の行き着く先
1 マネタリーベースの急増は、日銀当座預金に積み上げられた。
(1)日銀による国債の大量購入によって、マネタリーベース(市中銀行経由で世の中に出回るお金)は、4年間で300兆円も増えた。しかし、増加分は、すべて日銀の当座預金として積み上げられてきた。
 
マネタリーベースの推移
2013年3月  134.7兆円(うち日銀券82.8兆円、日銀当座預金47.3兆円)
2015年3月  282.1兆円(うち日銀券89.2兆円、日銀当座預金188.2兆円)
2017年3月  436.2兆円(うち日銀券99.4兆円、日銀当座預金360.7兆円)
                                (日本銀行「統計」)

(2)そこで、市中銀行による企業や個人への貸出しを促進するため、日銀は16年2月にマイナス金利政策(日銀当座預金へのペナルティを課す)を導入。銀行の貸出し(残高)は471兆円(17年12月)と、15年末から26兆円、5.8%増えた。しかし、そのうち61.6%(290兆円)が金利1%未満の貸出金で、企業の資金需要はいぜんとして弱い。銀行は収益の低下に苦しんでいるが、マイナス金利を回避するため独立行政法人などへの「ゼロ金利貸出」を急激に増やし、金利0.25%未満の貸出金は75兆円に(日経新聞18年2月16日)。
2 日銀による大量の国債購入は、長期金利をゼロ水準に引き下げて利払いを抑えることによって、国債発行のハードルを下げた。
(1)13?17年度は、国債の利払い額は平均9.8兆円、国債費(利払いプラス償還)は平均23.1兆円と、横ばいで推移。
(2)超低金利を利用して、国債増発が続き、政府の債務残高は増え続けた。  
     
               政府の累積債務残高の推移
              2013年度   2017年度   増減
 国債残高          744      865     121
 国・地方の長期債務残高   972     1093   121   (単位・兆円)
(対GDP比)     (192%)   (198%)
                 (財務省「財政関係資料」)

3 “財政危機は存在しない”論は偽り
(1)“政府の純債務残高(債務残高?資産)は約500兆円であり、実質的な国の借金は1000兆円の半分にすぎず、大騒ぎするほどの額ではない”という主張。
 *「粗債務から資産を差し引いた純債務がいくらになるかと言えば、『1172兆円?680兆円』で、約492兆円だ。つまり、日本の実質的な借金は、巷間で言われている1000兆円の半分以下ということになる」(高橋洋一『日本はこの先どうなるか』)。
(2)しかし、問題は、純債務残高もどんどん増え続けていて、その対GDP比も先進国中で最悪である、ということ。
*純債務残高は、669兆円(2016年3月) ← 597兆円(2013年3月)。72兆円増

純債務残高の対GDP比
2005年度  2010年度  2013年度  2017年度 
82.2    113.1    124.2   130.7  (単位:%)
(中央政府・地方政府・社会保障基金を合わせたもの、IMFによる) 
(「財政関係資料」)

(3) もう1つは、“日銀を政府の子会社として見れば、政府の債務としての国債は、日銀の資産として保有する国債によって、勘定の上では相殺され、政府の対民間債務は消えてなくなる”という主張。
 *国債残高は800兆円を超えるが、金融資産分を差し引くと、純債務としては約500兆円になる。一方、国債の大量購入を続けてきた結果、日銀が資産として保有する国債は400兆円を超えるまでに至った(17年6月で437兆円)。したがって、両者は相殺され、債務はほとんど消えてなくなる、ことになる。
*「統合政府の考え方をとれば、アベノミクスによる量的緩和で、財政再建がほぼできてしまったといえる」(高橋「日本の財政再建は『統合政府』で見ればもう達成されている」、「DIAMOND online」17年2月23日)。「統合政府のバランスシートで見れば、政府の債務である国債残高は、日本銀行が保有する国債資産で相殺されるから、今の日本の財政問題はほぼなくなった」(同「教育投資の財源は『こども保険』より『教育国債』が筋がいい」、「DIAMOND online」17年5月12日)。
(4)しかし、政府債務は消えたはずなのに、国債の利払いと償還が行われ続け、その額は増えて財政を圧迫する。財政危機はなくなったという手品は、すぐばれる! 
 *超低金利のおかげで利払いと国債費は横ばいだが、安倍政権が望むように経済成長率が名目3.5%(22?27年度、実質2.0%)に高まると長期金利も4%近くに上昇する。したがって、国債費は現在(17年度)の22.7兆円から38.4兆円(27年度)に急増し、国の歳出全体の29%(現在は23%)を占めるようになり、財政支出の自由度をきつく縛る。名目1.8%(実質1.2%)の低成長の場合でも、長期金利は2%近くに上昇するから、国債費は33.2兆円に増大し、歳出全体の28%を占めるようになる(内閣府「中長期の経済財政に関する試算」2018年1月23日)。
 *別の推計では、経済成長率が名目2%、長期金利が2%になると、16?27年までの国債費の増加額は16.3兆円となり、社会保障関係費の伸び11兆円を上回り、30年が近づくと国債費は社会保障関係費を上回るようになる(日経新聞18年2月3日)。
(5)これについて、“日銀が国債の4割を保有しているのだから、支払われた国債費は日銀経由で国庫納付金の増大として戻ってくる”という反論もありうる。しかし、巨額の国債費はすべて日銀に支払われるわけではなく、日銀の国庫納付金の増額も限られている。
(6)“財政危機は存在しない”論(高橋以外に松尾 匡や森永卓郎ら)の意図は、社会保障の財源確保のために増税する必要はない、つまり国債増発の借金財政が可能であるという主張に帰結する。なぜなら、増税は景気回復・デフレ脱却の足を引っ張り、経済成長を妨げるからだ、というわけである。これは、安倍が消費増税を繰り返し先延ばし、金融所得や法人への課税強化を行わなかった論拠と同じである。
4 日銀が大量の国債を引き受け保有することのリスクは大きい。
(1)異次元金融緩和によって日銀が市中銀行経由で大量の国債を買い取ってきたこと(当初は年間50兆円、14年から80兆円)は、事実上日銀による国債の直接引き受けが行われてきたことである。その結果、日銀の国債保有残高は全体の4割にもなるという異常事態に。
(2)日銀が大量の国債を保有し続けると、金利が上昇する場合に日銀に大きな損失が発生する。これを避けようとすれば、金融引き締めのための金利引き上げや国債売却(売りオペ)といった金融政策を機動的に行う余地(自由度)が奪われてしまう。
(3)日銀の保有する国債の増大は、それに対応して負債としての当座預金が増えている事態を伴う。当座預金の大部分には利子が付いているから、金利を引き上げる場合には当座預金への付利も引き上げられ、逆ザヤが発生する。
*日銀は、負債としての当座預金の大部分に利子を付ける一方で、国債などの資産運用による利子収入を得る。超低金利の下では、当座預金の利子は0.1%という低い水準だが、国債の平均利回りも0.4%にすぎない(国債の運用による利子収入と当座預金への利払いの差が通貨発行益である。このなかから国庫納付金が政府に支払われる)。
 *経済情勢の変化が生じて(物価上昇が2%を超えるなど)金融引き締め(金利引き上げ)が求められる場合、当座預金への付利も引き上げられる。その際、付利の水準を0.5%以上に引き上げるだけで逆ザヤ(国債からの利息<当座預金への利払い)が発生する。逆ザヤが1%発生すると、当座預金が300兆円を超えているから年3兆円の損失が出ることになる。逆ザヤがさらに大きくなると、日銀の自己資本(準備金、引当金)は8兆円程度だから、日銀が債務超過に陥る危険性が出てくる。
 *「日銀は、正常化局面に入って、当座預金への付利の引き上げを始めれば、あっという間に『逆ざや』に陥り、国内外の金融情勢次第では、わずか数年のうちに自己資本を食いつぶして債務超過に陥りかねないという状況にあるのです。日銀の木内登栄審議委員は、……大規模緩和の出口(終了)段階で日銀当座預金につける金利(付利)を現在の0.1%から仮に2%に上げた場合、『約7兆円の損失が出る可能性がある』との試算を明らかにした」(河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』)。
 *日本経済研究センターの報告によれば、インフレ率が22年度に2%に達し、翌年から利上げを開始し(「出口」に向かう)2%に引き上げれば、19兆円の損失が発生する。日銀はこれを自己資本で補いきれず、債務超過に陥り、国民負担(税による補填)につながる恐れがある(「日銀が直面する金融政策運営のジレンマ」、18年3月13日)。
(4)また、金利の上昇は国債価格の低落を引き起こし、大量の国債を資産として抱える日銀に巨額の含み損が発生することになる。そのため、買い入れてきた国債を売却して資金を吸い上げる金融引き締め(売りオペ)の方法を用いることは封じられる。
 *「日銀は2015年度決算発表の席上で、金利が1%上昇した場合、日銀自身の国債の含み損が20.6兆円に達することを明らかにしています」(河村、前掲)。
(5)このように、日銀による大量の国債保有は、日銀が「逆ザヤ」の発生や含み損の発生を回避しようとすれば、金利の引き上げを抑えたり買いオペを控えねばならないという金融政策の自縛作用をもたらすことになる。
(6)“財政危機は存在せず日銀による国債購入(緩和マネーの創出)を続ければよい”と主張する論者たち(高橋洋一、松尾匡ら)は、負債としての当座預金の増大という問題を見過ごしている。彼らも、日銀による国債の事実上の直接引き受け(国債購入)は、インフレを招くから永続的に可能な政策ではないと言う。したがって、デフレを脱却し物価がインフレ目標を超えて上昇する局面では金融引き締め政策(金利引き上げ)に転じればよいと気楽に言っているが、巨額の国債を買い入れることに伴う当座預金の膨張が金利引き上げを難しくする問題をまったく無視している。
 *「異次元金融緩和の結果、民間が保有する国債残高は激減し続けているから、統合政府府でみると日本政府の財政状況は劇的に好転しているという議論……は、異次元緩和で民間の保有する国債はへっている反面、民間に対する負債として日銀当座預金が増えていることの評価を誤っている。……日銀当座預金は銀行券のように無利子を前提にすることはできず、金利を引き上げるには超過準備への付利が不可欠だからだ。この観点からは、日銀が長期国債を大量に購入することによって起きていることは、統合政府の負債の期間構成が短期化しているにすぎず、必ずしも有利子の負債が不可逆的に減少しているわけではない」(翁邦雄『金利と経済』)。
(7)日銀が国債の4割を保有することのリスクは、現在の低インフレ・低成長が続くことによってだけ顕在化を免れることができる。経済成長率が一時的であれ上昇したり(例えば名目2%を超える)、欧米の「出口」戦略(金融緩和の縮小)との逆方向が問題になったりする(円安誘導への批判)場合には、長期金利が上昇してリスクが顕在化する。したがって、経済数値ではデフレから脱却し、日銀も国債の購入を17年には半分程度(約40兆円)に減らしているが、「出口」戦略を公表することができなくなっている。「出口」戦略を口にするだけで、金利が上昇する恐れがあるからだ。
 
? アベノミクスとの対抗線をどこに引くか
1 アベノミクスの特徴を正確に捉える必要がある。
(1)アベノミクスは、目先の景気回復のためのマクロ経済政策、政権維持のための短期的な景気回復対策の寄せ集め。したがって、金融緩和政策と財政出動政策が主要な手段。短期的に有効とされるカンフル剤を、5年間も打ち続けてきた。したがって、社会・経済構造の変化から来る問題に対応していないという批判が噴出している。
 *「日本経済が非常に大きな循環的な低下局面であるのか、それとも長期停滞的なトレンドが問題であるのか」を判断し、「景気循環的な不況の場合と異なり、長期停滞論のような成長率が右肩下がりである状況ではどんどん金融緩和を強めてはまずい」。「金融政策は長期停滞の克服には向かない」(翁邦雄、北村行伸との対談「マイナス金利付き量的・質的金融緩和を問いなおす」、『経済セミナー』2016年10/11月号での発言)。
 *「金融緩和によるインフレ誘導策は、一時的な景気後退の場合なら回復を早めるだろうが長期の不況には効果がない」、「[異次元金融緩和の]根拠となる理論は、一時的不況を前提にしており、これらの政策も一時不況にしか効果を持たない。日本が直面する不況は長期不況であり、これらの政策では効果がない上に、国債も通貨も膨らませて国家財政をさらに悪化させてしまう」(小野義康『消費低迷と日本経済』)。
 *「デフレでない状態の実現は、黒田総裁の大きな功績だ」が、「物価の下落が止まりデフレでない現状で、物価目標2%の未達成は大きな問題ではない」。「5年に及ぶ大規模な金融緩和は、物価上昇力の弱い日本経済の構造問題を浮き彫りにした。……賃金が上昇しにくい労働市場、値上げできない企業の競争力の弱さ、人々の将来不安を解消できない政府の財政赤字や医療・年金問題がある。デフレでない今の日本経済で、最重要課題はこうした構造問題の解決にある」(北坂真一「脱デフレほぼ達成、微調整を 一層のリフレ政策は不要」、日経新聞18年3月13日、「経済教室」)
(2)アベノミクスは、リベラル・左派の政策的主張を次々に採り入れて、対抗線を巧みにかき消してきた。
 *当初から、自民党政権としては異例の賃上げを経営者に要求する「官制春闘」を仕掛けて、労使間の対抗線を解消した(賃上げによるコスト増は、法人税の大幅引き下げで補償)。
 *トリクルダウン(「経済の好循環」)が起こらず、格差拡大への批判が高まるなかで、2016年に入ると「成長と分配の好循環」=分配重視のスタンスに転じ、リベラル・左派の政策主張を次々に取り込んだ/ひとり親世帯への児童扶養手当の増額、保育士や介護士の報酬引き上げによる子育て支援や介護サービスの拡充、最低賃金の時給1000円への引き上げ、同一労働同一賃金、長時間労働の是正、給付型奨学金の導入、幼児教育や大学教育の無償化。
 *これらは、財源の本格的な確保なしに打ち出されたから、多くは中途半端で見かけだけの施策にとどまっているとはいえ、政策メニューとしてはリベラル・左翼との対抗線を見えにくくする効果を発揮。安倍自身が「私がやっていることはかなりリベラルなんだよ」と語っている(朝日新聞17年12月26日)。
 *消費税率の10%への引き上げを2度も延期し(14年総選挙前の11月、16年参院選前の6月)、増税反対の呪縛から脱せない野党との対抗軸を消して選挙で勝利。
(3)アベノミクスは、新自由主義の要素(法人税の大幅減税、国家戦略特区をモデルとする規制緩和、生活保護基準の切り下げ、要介護度の低い介護サービスの切り捨てなど)を含んでいるが、それに純化した緊縮財政路線ではない。それは、リフレ派(金融緩和至上主義)、ケインズ主義(財政出動)、新自由主義(規制緩和中心の成長戦略)の混合物である。
*したがって、アベノミクスを緊縮政策と見立てて反緊縮を掲げ、より大胆な金融緩和・財政出動と雇用創出の政策を対置する(松尾匡・朴勝俊「普通の人びとが豊かになる景気拡大政策」、2017年8月)のは、見当違い。それは、高い失業率と緊縮財政政策の下でたたかうヨーロッパ左翼との条件の違いを無視したモノマネ。
2 何がアベノミクスへの対抗軸になりうるか
(1)“アベノミクスによる社会保障の拡充は、リベラル・左派の政策のつまみ食いで見かけだけのものである → 社会保障の真の拡充(介護や育児のサービスの抜本的な拡充、所得制限なしの大学教育と就学前教育の無償化、生活保護の適用拡大など)を対置する”。
 ☞ 社会保障の拡充のメニューの違い(所得制限付きか、普遍主義的か)よりも、財源の本格的な確保なしに施策することで見かけ倒しになっていることが問題。したがって、社会保障拡充の財源をどのようにして確保するべきかをめぐってアベノミクスと争うことが必要になる。
(2)“賃金上昇の伸び悩みが景気回復を実感させず、経済成長の足を引っ張っている → 賃金の大幅な引き上げによって個人消費を拡大し、同一労働同一賃金の実現と最低賃金の引き上げによる格差是正で経済を成長させる”。
 ☞ アベノミクスも大幅な賃上げを掲げているから、対抗軸になりにくい。労働力不足という国内の要因だけでは決まらない構造的要因(グローバル化、企業のビジネス・モデルの変化)が賃金上昇を抑制している → 賃金の大幅な上昇が可能な経済構造への転換を追求する必要がある(ケアなどサービスの分野は国内に大きなニーズがあり、国際的なコスト切り下げ競争にさらされない)。
 ☞ “消費のたえざる量的拡大による経済成長”という発想は、経済成長主義(経済成長があらゆる問題を解決するという発想)ではないが、いぜんとして経済成長への幻想に囚われている。
 ☞ 消費の質の転換が問われている。消費の質の大きな変化(モノからコトへ、所有からシェアへ、環境保全という価値の重視、非市場的な交換の拡大など)に注目し、必ずしもGDPの増大につながらない消費(生活の豊かさ)の増大をめざす。
(3)人口減少時代の社会・経済の構想=ビジョンをめぐる対抗軸が、最も重要な対抗軸になるだろう。
3 人口減少時代に、もはや経済成長は望めない。
(1)生産年齢人口の急激な減少が進む
 *日本の人口は、現在(15年)の1億2709万人から2053年に1億人を割り、2065年には8808万人と3割も減少。とくに生産年齢人口(15?64歳)の減少は急激に進み、2030年までに853万人、11%も減少。
   
            生産年齢人口の将来予測
    2015年  2025年  2030年  2040年  2065年
    7728    7170   6875    5978   4529  
(単位:万人)
    (国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計、2017年)

 *生産年齢人口の急減は、労働力人口の大幅な減少を招く。労働力人口は、経済成長を規定する3つの要素(労働力、資本、生産性)のなかでも最も重要な要素である。したがって、労働力人口の大幅な減少は、経済成長を根本的に制約する。
(2)労働力人口は、どこまで減少するか。
 *ただし、労働力人口は、生産年齢人口が減少しても、労働参加率が上昇する場合にはその減少は緩和される。(A)労働参加率=労働力率が現状(59.4%)のまま推移し、ゼロ成長が続くケース(労働力率は55.5%に低下)では、2030年までに787万人の減少、(B)労働参加率がいちじるしく向上し成長率(実質)も2%に上がるケース(労働力率は60.8%)では225万人の減少にとどまると予測される。

              労働力人口の推移
  2014年    2020年   2030年   14?30年の増減
(A)  6587      6314    5800      ▲787
(B) 6587      6589    6362      ▲225  
(C)  6587      6437    6060      ▲527  (単位:万人)
    (労働政策研究・研修機構「平成27年労働力需給の推計」)
 
 *労働力人口の減少が年平均0.8%ではなく、0.3%にとどまるケースは、女性の労働参加率がM字曲線の解消に至るまで向上すること、高齢者の労働参加率がいちじるしく上昇すること、実質経済成長率が2%(潜在的成長率は1%弱)にまで高まることを条件としている。これらの条件は、いずれもハードルが高い.
*したがって、労働参加率がある程度上昇し実質成長率1%という低成長が続くという(C)のケースが、リアリティがある。この場合でも、労働力人口は527万人、年平均0.5%の減少になる。
*別の試算では、労働参加率が現状のままだと、2021?30年の労働力人口は年平均0.4?0.5%の減少になり、経済成長率は実質0.6%、名目0.8?0.9%にとどまる。5年程度の就業延長(高齢者の労働参加促進)、女性の労働参加の向上、外国人労働者の活用によって労働力人口を年平均0.2?0.4%増やしても、成長率は1.4?1.7%、名目1.9?2.4%という推計もされている(前田佐恵子「『長寿』生かし成長力高めよ」、日経新聞18年3月16日「経済教室」)。
(3)労働力人口が減っても、その減少分を上回る生産性がイノベーションによって上昇すれば(資本の要素の増大はゼロ)、経済成長は可能である、という主張※もある。しかし、実質2%以上の経済成長率(年平均)を実現するためには、労働力人口の減少分0.5%を補って2.5%以上の生産性の上昇が必要である。しかし、労働生産性は、1980年代には3%だったが、1995?2015年度は0.8%(2010?15年度は0.4%)に低下。したがって、生産性が年平均2.5%以上に上昇することは至難である。仮に生産性が1?1.5%にまで上昇しても、成長率は0.5?1%の低成長が精一杯であろう。
 ※「労働力人口が変わらなくても(あるいは少し減っても)、1人当たりの労働者が作り出すモノが増えれば(すなわち労働生産性が上昇すれば)、経済成長率はプラスになる」、「労働生産性の上昇をもたらす最大の要因は、……広い意味での『技術進歩』、すなわち『イノベーション』である」、「先進国の経済成長は、人の数で決まるものではなく、イノベーションによって引き起こされる」(吉川 洋『人口と日本経済』)
4 アベノミクスの描く将来の社会・経済構想。
(1)アベノミクスの描く日本社会像は、“人口減少を乗り越えて経済成長できる”という社会・経済像である。
 *人口が減ってもイノベーションによる生産性の向上があれば、大丈夫(経済は成長できる)/「人づくり革命」(人的資本投資)と「生産性革命」(AIやIoTの導入、「第4次産業革命」)によって、生産性が飛躍的に向上する。
 ※日本における「第4次産業革命」のシナリオは、「AI等技術革新・データを活かした新たな需要の発掘・獲得」、「企業や系列の壁を越えたデータプラットフォーム形成」、「柔軟な労働市場、外国人の活用」などを進める。それによって、「新たなサービス・製品創出による社会課題の解決、グローバルな市場・付加価値の獲得」、「労働力人口の減少を補う生産性向上、賃金上昇」、「産業の再編、雇用の流動化」、「ソフトも含めた破壊的イノベーション」を実現するとしている。その結果、生産性は年平均3.6%の伸びにまで高まり、実質GDP成長率が2.0%になり、GDPは現在(15年度)の530兆円から2030年度には846兆円にまで増える、としている(経産省「新産業構造ビジョン」2016年)。
 *アベノミクスは、実質2%・名目3%の経済成長を目標としてきたが、13年度?17年度の5年間の実質成長率は平均1.2%(17年は予測)、名目2.1%(13?16年度)であった。しかし、今後の経済成長の予測は、20年代(21?27年度)には実質2.0%、名目3.4%と高くなり、27年度には名目GDPは758兆円と現在(16年度)の1.4倍に増える、という楽観的なものである。その前提要因とされているのは、生産性が現在の0.7%から1.5%に上昇することである(内閣府「中長期の経済財政に関する試算」18年1月23日)。
 *だが、20年代には、労働力人口の減少のペースが速まり、生産性の上昇も1%に届くのが精一杯であり、また2020年東京五輪後の需要の落ち込みが確実視される。こうした要因を考えれば、実質2.0%、名目3.4%という経済成長の予測は、根拠の乏しい願望でしかない。
(2)“経済成長による税収の自然増(と社会保険料の負担増)によって社会保障の財源を賄う”という無責任な構想
 *人口減少が少子高齢化を伴って進行し「2025年問題」(後期高齢者の急増)の到来によって、社会保障給付費が現在(2015年)の115兆円から25年には149兆円にまで膨らむことは避けられない。しかも、これを支える現役世代人口は、25年までに558万人も減少し、なおかつ非正規雇用が4割を占めるように負担(税・社会保険料の)能力は弱体化する。
*だが、アベノミクスは、本格的な増税を回避して、経済成長による税の自然増と社会保険料の負担増によって社会保障財源を確保しようとしている。
「大切なことは、しっかり経済を成長させていくことだ。経済が腰折れして若い人たちが就職できず、税収が落ちていけば当然財政再建なんかできない。経済を成長させていくことによって、初めて税収は本格的に付いてくる」(安倍、17年10月8日の8党首討論会での発言、朝日新聞10月9日)。
 *安倍政権の目論見では、実質2%、名目3.4%の経済成長によって27年度には名目GDPが758兆円にまで増大し、税収も現在(16年度)の55.5兆円から83.8兆円にまで1.5倍も増える。その結果、基礎的財政収支の赤字(現在16.0兆円)は解消されて黒字化し、政府長期債務の対GDP比も現在の187.6%から158.3%にまで低下し、「財政健全化」が達成される、というわけである。
 *しかし、このシナリオが前提にしている高い経済成長の復活は望めず、幻想にすぎない。しかも、仮に望み通りの経済成長が復活したとしても、不公正な税制が税収増を妨げる。典型的には、企業の利益の急増にもかかわらず法人税収があまり増えていない(下記の表)。また、法人税の申告所得は63兆4794億円と前年度比3.2%増えたにもかかわらず、申告税額はなぜか1.3%減った(日経新聞18年3月25日)。
その理由は、アベノミクスの下での法人税率の大幅な引き下げ(13年度の37.0% → 14年度の34.62% → 16年度の29.97%)と政策減税(研究開発投資など大企業向けの租税特別措置、15年度は1.9兆円、法人税収の1割に相当)、海外への所得や利益の移転による税金逃れである。また、株価上昇にともなう富裕層の金融所得の急増にもかかわらず、安倍政権は金融所得課税の際立った低さ(20%の比例課税)にまったく手をつけていない。

             企業利益の増大と法人税収の伸び
             2002?07年度     2010?25年度
   経常利益の増大    22.5          24.5
   法人税収の伸び     5.2         1.8     
(単位:兆円)
                                  (日経新聞17年1月28日)

(3)経済成長による税収の自然増という路線の行き詰まりと破綻は、目に見えている。
*その結果、低金利を利用した国債増発に依存して政府債務を増やすことになる。
*逆進性のある社会保険料のさらなる引き上げが行われ、その重い負担が低・中所得層を苦しめる。
*そして、財源確保の失敗は、社会保障サービスの切り下げを招く可能性を高める。
5 対抗するオルタナティブは、脱成長・ローカル基軸の社会・経済ビジョン。
(1)経済成長主義(経済成長によってあらゆる問題を解決する)のアベノミクスとの対抗線は、低成長(ゼロ?1%成長)を前提にした脱成長・ローカル基軸型の社会・経済をめざすビジョンと政策の対置によって最も明瞭に可視化できる。
(2)脱成長・ローカル基軸型の経済構造に転換する。
 *グローバル市場競争に勝つ輸出向け製造業の競争力を高めることを中心柱とする従来の経済や成長戦略(生産性向上)からの転換。
 *生産性は高くないが雇用創出力の大きい分野(ケアなど)に労働力と資金を重点投入し、ケアの分野を経済の中心に。
  ※産業別就業者数の推移の予測では、製造業が77万人減(1004 → 927万人)に対して、医療・福祉が187万人増(747 → 934万人)となっている。情報通信業は24万人増(206 → 230万人)。
 *高い技術力を活かした付加価値の高い製品やサービスの輸出で、必要な外貨を稼ぐ。ただし、これは重要だが、サブシステムになる
 *脱原発、エネルギーと食の地域自給、ケアの拡充を進め、地域内でモノ・お金・仕事が回る循環型経済を拡大する/「ローカル」経済が基本。
 *人口減少が引き起こす「空き」を地域の再生に積極的に活かす/空き家をコミュニティ施設や介護施設に転用、廃校になった小学校を市民農園に転用。空き店舗をアート活動の拠点にして商店街を再生。保育園と高齢者ディサービス施設の併設。
 *より少なく働き、多様な仕事に従事する/労働時間の抜本的短縮(年1300時間)、時給の大幅な引き上げと同一労働同一賃金の実現。労働者の自主申告によるフルタイム労働とパート労働の相互転換。ダブルジョブや非市場的な活動(労働)の拡大。ベーシック・インカムの導入。
 *税による社会保障サービスを拡充(介護・医療、教育、住宅)しつつ、地域内の助け合い活動を拡充する/自己責任型の社会ではなく公助と共助の社会。
(3)公正な大増税によって社会保障・生活保障の財源を確保する。
 *金融所得に累進課税を適用する。
*法人税率を元(80年代の水準)に戻し、大企業向けの租税特別措置を縮小する。
*企業の内部留保への課税の導入を検討する。
*富裕層への相続税など資産課税を強化する。
*グローバル企業のタクスヘイブンを利用した税金逃れを規制する。
*年金課税を強化する。
*最後に、消費税率を引き上げる。
*社会保険料は引き上げず、定額=一律部分を廃止し比例納付に一元化する。
(4)公正な増税についての社会的合意の形成
*税とは何か、税の公正な仕組みはどのようなものか、についての基本的な知識を、市民や市民運動が学び共有する活動に取り組む。
*増税の順序を間違えずに提起する。“増税イコール消費増税”という政策に反対し、富裕層や大企業への課税強化を先行させる。
*人びとの「租税抵抗」感の最大の要因は、政治と政府に対する不信 → 税制の決め方や税の使い方に関する市民の発言権や監視を強化する。
*税の負担と公共サービスの受益の間に大きなズレがある → 現金給付(年金、生活保護、給付付き税額控除、ベーシック・インカムなど)を確保しつつ、普遍主義的な現物サービス(医療、介護、子育て、教育、住宅など)を強化する。
*リベラル・左翼勢力が、ポピュリズム的な「増税反対」の姿勢から脱却し、公正な増税による社会保障の拡充を明確に掲げて、アベノミクスと対抗するように働きかける。
(5)グローバル企業による利益の独占と過剰なマネーの独走に対する国際的な規制。
 *グローバル企業による国境を越えた低賃金労働の利用と搾取に対する規制。環境や生態系を破壊する生産や製品開発・研究の禁止。
 *利益や知的所有権の移転による租税回避を行うグローバル企業への課税強化。通貨取引税・金融取引税の導入。金融派生商品やレバレッジの制限。タクス・ヘイブンの閉鎖。法人税引き下げ競争の規制。
 *自由貿易原理に立つFTA(広域および2国間の)に代わる公正と連帯の原理に立つ国際的な貿易・投資・経済協力/労働者や生産者への正当な所得保障や環境保全のコスト補償を組みこんだ価格設定、農業の多面的機能の承認、農家への所得保障の承認、ローカル経済の自立促進など。

《参考文献》
*翁邦雄『金利と経済』2017年、ダイヤモンド社
*小野善康『消費低迷と日本経済』2017年、朝日新書
*河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』2016年、集英社新書
*榊原英資/水野和夫『資本主義の終焉、その先の世界』2015年、詩想社新書
*白井さゆり『東京五輪後の日本経済』2017年、小学館
*高橋洋一『日本はこの先どうなるか』2016年、幻冬舎
*服部茂幸『偽りの経済政策』2017年、岩波新書
*原田 泰ほか『アベノミクスは進化する』2017年、中央経済社
*松尾 匡『この経済政策が民主主義を救う』2016年、大月書店
*吉川 洋『人口と日本経済』2017年、中公新書
*白川真澄「アベノミクスの延命にノーを」(『季刊ピープルズ・プラン』78号)