路地裏のアベノミクス〈金融政策の限界を露呈〉
平 忠人
2016年2月17日
〈平成28年2月10日早朝〉
東京都心からかけ離れたある金融機関の営業室は、早朝から「激」に近いとも思われる指示が飛び交っていた。「自分が担当している全顧客に片っ端から電話しろ!」「他行に抜かれるな!」「スピード!スピード!!」「昨日、東京のある支店は、一日の外為手数料だけで収益実績を上げたぞ!」「貸出で稼げないヤツは外為で稼げ!」「それでも稼げないヤツは去れ!」すかさず、外為課の業績推進リーダーが「これから、ドル・円相場のチャートをメールします」「いま起きている、異常現象を解説するのであって、予想は言わないでください」「チャートを見せて、お客さんが判断したことに対し、商品を進めてください」「ターゲットレート[注1]、リーブオーダー[注2]、フォワードレート[注3]……を積極的に提案してください」。筆者から言わせれば、この現象を異常と見るのが「異常」であって、(「1971年以降、資本主義システムが利潤を生み出す土台が崩壊し始めた」資本主義の終焉、その先の世界:水野和夫・榊原英資)と言った認識がまったくなされておらず、まさに実体経済とはまったく違った異次元でのマネーゲームを、実体経済の実効性を前提に「経済成長の谷間」とでも考えているのだろう。さらに、本部の市場調査部からは「為替相場ニュース」が次々とメールで飛んでくる。
筆者は外訪して何人かの経営者に聞いてみた。A経営者「マイナス金利で貸し渋りが始まるのでは? 」と尋ねてきた。バブル崩壊直後みたいなことはないと思われるが、ただでさえ体力が落ちている(国内の資金需要枯渇からの利ザヤの縮小)中小金融機関にとっては、業態が悪い先までむやみに貸す訳には行かないことから、戦略としては、財務的に健全な先に対してあらゆる手段を駆使して、貸増をせざるを得ないであろう。ただ、地銀の再編が加速することによる悪影響が懸念される。たとえばX地銀がある企業に、いわゆる信用貸し(物的保全=不動産担保をとらずに、人的保証=社長の連帯保証)で5000万円を行い、Y地銀も同様に同じ企業に5000万円信用貸しした場合、X地銀とY地銀が合併してZ銀行になった場合、同一企業に1億円貸したことになり、信用リスクが増すことになる。その企業が財務的に増収増益を図らない限り、追加貸出を断られるケースが出てくるだろう。同様にペイオフ〔注4〕にも言えることである。Y地銀X地銀に各1000万円ずつ預入しておいた預金がZ銀行に2000万円預け入れることから、ペイオフの対象外となってしまうのだ。また、中国通のB経営者からは「自分はビジネスで中国に行くことが多いが、GDP(中国の国家統計局は2015年の実質経済成長率を6.9%と発表した)はあんなもんじゃないだろう、半分以下だよ」「夜、高層マンションに灯りがともってもいない光景はザラだし、それなのに新しいマンションを建設中なのだ」(「中国経済成長の終焉『民間債務残高はGDP比200%超未曾有の債務処理が待つ』」竹中正治龍谷大学教授:エコノミスト参照)「鉄鋼をみなさいよ、中国は作り過ぎちゃって、価格で対応できない日本の鉄鋼メーカーも合併するじゃないか」「深刻なのは水だよ、日本のマスコミはあまり採り上げないが、中国の水に関する事情は深刻なのだ」「汚染水と都市に人口が集中しすぎた影響と、気候の異常による砂漠化が酷い、飛行機で移動しているときにゴビ砂漠の上を飛んでいるのかと思うくらいだ」「私の会社は40期を迎えるが、実体経済以外のマネーにはいっさい手を出さなかったからだ」「だから、いまの実情で円が安くなった高くなった、株価がどうのとか茶番にしか思えない」。
昼食時さらに筆者は同僚と話し込んだ。「個人のマネーはどこに行きますかね? 」と筆者。「最終的には、タンス預金だね」「一番リスクはないし、結局金融システムの信用が問われている(さすが、崩壊とは言わなかった)」と同僚。「銀行のカネは……国債に行くしかないだろ、あとは海外投資だが、米国の利上げを契機に世界経済は通貨切り下げ競争の様相だしね」「不動産も上がるかもしれないが、利回りも近年は低下しているし……疑問点が残る」「ただ、消費者金融はいいだろう、銀行から借りやすいし、金利は貸し手しだいということもある(実際、マイナス金利が発表された1月29日から2月3日までのTOPIX上昇率で不動産は1位、その他金融は5位と上位に入った)おそらく、一時自粛した消費者金融のコマーシャル、広告が増えることだろう。
〈アベノミクスの化けの皮〉
「企業収益は過去最高になりました」安倍首相は1月22日、国会の施政方針演説で「アベノミクスの成果」を強調し、「昨年は17年ぶりの高い賃上げも実現しました」と胸を張った。財務省によると、日本企業の経常利益は約64兆6千億円で前年度より8.3%増えた。しかし、厚生労働省のまとめでは、昨年の春闘では大企業の賃上げは2.38%にとどまり、企業は増えた利益を内部留保に回したことになる。企業収益を支えたのは、日銀の金融緩和に頼った円安効果であったものの、円安で身近なものの値段が上がり、消費税率8%への引き上げも物価上昇に影響を及ぼし、実質賃金は4年連続で減少となった。
さらに、安倍首相が「株価が上がった」「株価が上がったではないか」と強調していたのも、遠い昔となってしまった。2月10日東京新聞に掲載された個人投資家の意見だが「アベノミクスは次々と金融緩和を打ち出してきたが、効果は剥がれ落ちた。これが実態だと思う」。さらに別の意見では「マイナス金利は失敗だったのではないか。政権は7月の参院選までに株価を上げられないと選挙に負けるだろう」と指摘。たしかに、低金利は生命保険や年金の運用にも悪影響を及ぼすことになると思われ、さらに、米国格付け会社S&Pは、マイナス金利の導入により、銀行の本業のもうけを示す業務利益が2016年度は地方銀行で15%、大手銀行で8%減益になると試算を発表しており、ここでも一般の人たちへの影響が必須なのである。結局、現在の政権は資本主義システム維持のために「武器輸出」「原発輸出」を急がなくてはならないのだ。そのためには、国内で原発を再稼働させて「安全性」をPR(おそらく新幹線の輸出と安全性くらいのレベルで考えているのだろう)、武器に関しては自衛隊による海外での実用(消費)をも考えてのことだろう。1月31日に行われたPRIME主催「世界の軍事支出と日本の選択」シンポジウムで、米国のスブラータ・ゴシュロイ(マサチューセッツ工科大学)氏は、米国議会に携わった時の米国軍事予算が如何にいい加減なものなのかに触れた際「レーダーも備わってない小国に対し、米国空軍はシームレス装備のジェット機で空爆を繰り返します」「軍は新しい武器を試したくなるのです」「そしてまた莫大な予算を掛け武器開発を繰り返すのです」「そんな軍隊と日本は永遠に一緒に戦おうとしています」。まさに、資本主義維持の為には、原発による放射線の危険があろうと安保法制による戦死者が出ようと厭わないのである。そこには、少数派にも耳を傾ける民主主義など存在させず、競争社会で夢をいだかせ、敗者は自己責任という「格差」を社会生活に浸透させ(社会的認識が育つ前に幼児にお受験を押し付ける)まさに「人権(教育を受ける権利・子供の貧困問題)」などは最低限(選挙対策)程度の認識なのであろう。いみじくも、高市総務相は8日の衆院予算委員会で「放送事業者が極端なことをして、行政指導してもまったく改善しない場合、何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり(罰則適用の)可能性がまったくないとは言えない」と答弁、株価が下落するなどアベノミクスの化けの皮が剥がれてしまった不利な状況に際し、参院選で改憲問題を争点として、選挙に勝ち何が何でも改憲をするための「報道規制」を示したのではないかと筆者には思える。アベノミクスの失態が浮き彫りにされればされるほど、メディアは国民の目を逸らすことにまい進するだろう。NHKも7時のニュースがスポーツニュースに改編されたのでは? とトップからオリンピック三昧の話題を放映するだろう。「なでしこジャパン」「ラクビーワールドカップ」「男子スケーターが史上最高得点!」「サッカーオリンピック予選」。筆者の経験では、騒いでいたのはメディアだけで、街中でも職場でも家庭でも話題になることは無かった。社会生活からやや孤立に近い生活を営み、テレビだけが社会との接点で生きる人たちに、政治の世界からは隔離したうえで「日本がんばれ!」と日々愛国心を植えつけていると思えるのは、筆者の考え過ぎだろうか?
[注1] あらかじめ顧客が設定した為替レートの条件。
※条件をスマートフォーンに通知するサービスのこと。
[注2] 顧客が銀行などに為替レートを指定して売り買いの注文を依頼し預けてあるオーダー等のこと。
[注3] 輸出入企業等は、将来的における為替変動による損失リスクを防ぐために、銀行と先物為替予約(為替予約)を結ぶが、銀行が提示する先物レートのこと。
[注4] 2005年解禁の制度、1金融機関で預金者1人当たりの預金元本1000万円とその利息合計額までを保護する。