<民主党マニフェストを採点する>
【9】農業政策編
――反グロとはいわないけど、せめて半グロでどうでしょうか
大野和興
脱WTO/FTA草の根キャンペーン
2009年8月17日最終更新
民主党の選挙マニフェストが日米FTAの扱いをめぐって大揺れに揺れたことは記憶に新しい。FTAとは自由貿易協定のことで、二国間あるいは地域協定として取り交わされる。民主党は7月27日に発表したマニフェストで、「米国との間でFTAを締結し、貿易・投資の自由化を進める」と明記していた。これが農業関係者の間で問題となり、農協が抗議文を出すなどの騒動になった。
結局民主党は8月7日になって「締結」を「交渉を推進」に改め、さらに「その際、食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない」との一文を加えて、決着を図った。この騒動は農業をめぐってのことであったが、実は民主党の政策全体をつらぬく矛盾が農業政策でたまたま表面化したにすぎない。民主党は政策の軸足を新自由主義におき、貿易や金融・投資の自由化をいうことに関し、何の疑問も持たずにその推進を主張している。
当然そのことは国内の国民生活を守るためのさまざまの諸政策と衝突する。例えば派遣労働の規制。国際市場で生き残るには労働力を出来るだけ安く買い叩くたたくことが必要になる。だから小泉政権下で労働者の権利はずたずたに引き裂かれ、非正規労働者の激増、賃下げ、派遣切りという言葉に象徴される解雇権の乱用などが横行した。農村ではこの十数年で農民の手取り米価は半分以下になり、それにつれて農業地帯の実質農地価格はピーク時の三分の一から五分の一に暴落している。中国に行きそびれた小さな農村工場では、もっぱら派遣制度が導入されて従業員全員が派遣労働者と化し、少ない賃金から総務部内におかれた派遣会社に手数料をピンハネされ、本社に持っていかれている。クビ切りも自由ということになる。
いま人びとは、自分たちを取り巻く“新しい貧困”という現実は、一連の経済の自由化政策(貿易・金融・投資の自由化と民営化・規制緩和)、つまりは新自由主義に基づくグローバリゼーションがもたらしたものだということを知っている。だから、今回の選挙ではマニフェストと称して、その後始末を競い合うことになった。そこにあるのは対症療法の羅列に過ぎない。だが、大元の新自由主義推進はそのままだから、むしろ矛盾は深まり、そのまま先送りされることになる。
それにもかかわらず、人びとを取り巻く困難の大元の要因となっている新自由主義を修正したり変更したりといった考え方は、民主党のマニフェストを読んでも見えてこない。それは自民党も同じだ。その矛盾が表に出たのが、日米FTAをめぐる民主党の混乱である。
日米FTAをめぐる民主党の混乱は、その弱点をつかれたからに他ならない。そしてこの問題が民主党の戸別所得補償という農業政策の柱が内在的にもつ矛盾でもある。この制度を実施することで必要になる予算規模は、同党のマニフェストによると1.4兆円である。だが、自由貿易推進で海外から安い農産物やその加工品が入ってくると、国内の農産物価格はそれに押されていっそう下落することは目に見えている。販売価格と生産費の差額を補償するというのがこの制度の仕組み方だから、この差額はますます広がり、それにつれて必要経費もどんどん広がることになる。入り口(自由貿易)も出口(財政投入)も開けっ放しにしたまま対症療法的にセーフティーネットを張るという仕組みで、将来一体どうやって帯を結ぶのか、そこのところが見えてこない。
小規模農家を含め、生活の安定を図って農業が継続できるようにするという民主党の戸別所得補償の考え方に私は反対ではなく、むしろいま必要な政策だと思っている。自民党の政策が、選挙目当てもあって次第にあいまいになりながらも、政策対象を農外資本を含む大規模・高能率農業に絞り込むことを志向しているのに比べたら、よほど農業の本質を捉えた優れた政策だといえる。だからこそ、この政策が内包する矛盾をきちんと見据え、大きな構想力で整合性を作り上げて欲しいと思う。反グローバリゼーションとまではいわないが、半グローバリゼーションくらいはいってほしい。
より具体的にいえば、新自由主義グローバリゼーションを所与の前提としていわれるままに受け入れるのではなく、それをどう修正し、貿易や金融・投資のあり方を含め、いまのグローバル資本主義を人間らしいものに変えていくか、という視点をマニフェストには盛り込み、世界に発信するくらいの構想力を、政権交代を掲げるのなら打ち出すべきだろう。
日本を含め米国やEUなどいわゆる先進諸国は、財政負担で自由貿易に揺らぐ自国の農民をサポートすることは出来る。だがアフリカや中南米、アジアの多くの国々では、そうした財政余力はなく、農民は裸で世界市場に投げ出され、農民として生きることができない状況にかれている。彼らが農民として生きていくためには新自由主義のもとでつくられた市場のルールそのものを変えていく必要がある。そしてそれは日本の農民が置かれた状況に重なってくる。
さらにいま、多国籍企業や新興国などによるアフリカ、アジア、中南米などでの大規模な農地取得が進んでいる。近い将来くるであろう世界的な食糧危機の備えての利権獲得をねらったもので、日本政府もおくればせながら、食料安全保障を掲げて土地と水の獲得をめざす企業の進出を支援する政策づくりに乗り出している。このままでは大資本と外国政府に獲得された土地に住むもともとの農民が土地を追われ、難民化するだろう。
民主党の農業政策に話を戻すと、新自由主義を所与の前提として受け入れるのではなく、同時代を生きる世界の農民が、日本の農民を含めひとしく生きていける国際的な枠組みを構想し、戸別所得補償政策もまたそこに位置づけるという仕掛け方が必要なのではないか。これはそのまま、世界的な食糧危機への対応策となるはずだ。
※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくは
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