TPP参加推進論の3つの大ウソ(下)
白川真澄(『季刊ピープルズ・プラン』編集長)
2011年11月14日記
(上)から続く
◆“公的医療保険制度を守る”というウソ
TPPは、関税の撤廃だけではなく、非関税障壁の撤廃をめざしている。非関税障壁として槍玉にあげられているのが、市場の暴走から人びとの生命・健康や生活を守るために構築されてきた独自のルールや制度である。TPPを主導する米国は、安全性や公共性を担保する制度やルールを米国流の市場原理(「グローバル・スタンダード」)によって全面的に作り変えることを狙っている。すでにTPP参加9カ国が交渉している分野は、物品の市場参入(関税の撤廃)以外に衛生植物検疫、商品の規格、知的財産、金融サービス、投資、政府調達など広範な分野に及んでいる(合計21分野)。
制度やルールの重大な変更が求められることが予想される問題は多い。代表的なものは、遺伝子組み換え食品の表示ルールや残留農薬基準など食の安全基準の緩和、「混合診療」の全面解禁など公的医療保険制度の解体、公共事業の分野や保険など金融サービスの分野への米国企業の自由な参入、日本に投資した海外企業が政府に損害賠償請求訴訟を起こせる条項の導入といった問題である。
食の安全基準の緩和について、政府は「問答集」のなかで「食の安全に関する措置はWTOの協定があり、協定で認められた権利を妨げる提案は受け入れない」と説明している。遺伝子組み換え食品の表示ルールや牛肉の輸入規制については「現状では議論されていないが、今後提起される可能性も排除できない」と認めつつ、「ルールを変更するよう他国から一方的に求められることは想像しがたい」と述べている(『毎日新聞』10月14日)。しかし、政府は早々と、BSE対策として生後20カ月以下の牛に限って輸入を認めている米国産牛肉の輸入制限を、生後30カ月以下に緩和する検討を始めている。TPP交渉参加に先立って、米国側の強い要求を受け入れて安全基準を緩和しようとするような政府の「ルール変更を受け入れない」という言明を、誰が信じられようか。
さらに、深刻な影響が及ぶと危惧されるのは、医療の分野である。日本では、誰もがいつでも医療サービスを受けられるように、全員加入の公的な医療保険制度がまがりなりにも維持されてきた。そのため健康保険が適用されない自由診療と保険適用診療を併用する「混合診療」は、制限されてきた(自由診療を受けると、保険診療の分も全額が自己負担になるため)。「混合診療」を解禁すれば、患者が高度先進医療や未承認薬の投薬を自由に受けられるようになると言われるが、その恩恵に浴するのはお金のある少数の人間に限られる。医療機関や製薬会社にとっては、高額な医療サービスや医薬品でも買ってくれる高額所得者を主な顧客にして利益を稼ぐビジネス・チャンスになる。営利企業の医療分野への参入も促進される。しかし、公的な医療保険で受けられる医療サービスが縮小され、低所得者は医療サービスから排除されることになる。
しかも、「混合診療」が解禁されると、医療費の支払いは民間の私的保険に頼ることになるから、保険会社にとっても大きなビジネス・チャンスが生まれる。とくに、米国の保険会社は、ガン保険など日本の保険市場への参入ができるように規制緩和を求めてきた。
政府は、当初は「医療は交渉分野には含まれず、混合診療は議論の対象になっていない」と説明してきた。だが、最近になって「混合診療の全面解禁が議論される可能性は排除されない」と言わざるをえなくなった。その上で「仮に議論される場合でも、政府としては国民皆保険制度を維持し、必要な医療を確保していく」と述べている(『日本経済新聞』11月8日)。
しかし、TPP推進派からすれば、政府のこうした「反対派をなだめている」言い方は大いに不満である。「改革の痛みを伴わないTPPには意味がない」(平田育夫「甘言より『攻め方』を語れ」『日本経済新聞』2011年11月7日)。日本の公的な医療保険制度は、診療価格が低く固定されているために過剰な受診を生んでいる、新薬の認可に時間がかかりすぎる(「ドラッグラグ」)など非効率である。したがって、TPP参加を、医療分野における「改革」、すなわち「混合診療」の解禁、診療価格の自由化、営利企業の自由な参入といった規制緩和のテコにすべきだというわけである。
経済界や企業にとっては、高齢化に伴って需要が膨らんでいる医療や医薬品の分野こそ、大きな利益が新しく見込める分野である。そのためには、従来の制度やルールを変え、規制緩和を実行する必要がある。保険市場への参入と結びついた医療分野の規制緩和は、「年次改革要望書」に見られるように米国の宿願である。米韓FTAでも、コメの関税の例外扱いと引き換えに米国企業には保険分野への参入の自由や医薬品の特許権の強化が認められた。医療分野の「改革」は、米国の側からの強い要求であるだけではなく、日本の経済界の強い要求でもある。米国と経済界双方からの強い圧力に抗してまで、野田政権が公的医療保険制度を守りぬく意思があるとは、誰も信じないだろう。
◆“アジアの成長を取り込む”というウソ
“TPP参加でアジアの成長を取り込む”というのが、推進派の掲げる大義名分である。
「貿易立国として繁栄してきたわが国は、アジア・太平洋の成長力を取り入れていかねばならない」(野田首相、11月11日の記者会見」)「伸びるアジアを引き寄せないで、日本はどうやって経済成長を実現していくのか。」(前掲、芹川陽一)。
しかし、この論理の欺瞞は、日本の最大の貿易相手国となった中国がTPPに参加していないという簡単な事実を見ただけでも明らかだ。TPPは、5年間で輸出を倍増して雇用回復につなげるというオバマの目論見に沿って推進されている。米国が、中国の東アジア共同体構想(ASEANプラス日中韓)に対抗して日本やアジア諸国を囲い込もうとする仕組みなのだ。TPPには中国が加わっていないという批判に対して、推進派は、中国を含むFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の形成に向けて米日がルールづくりの主導権を握る必要があり、それがTPP参加によって可能になる、と反論してくる。TPP参加が米国の側にすり寄って、中国と対抗する戦略の一環であると開き直っているわけである。
これは、経済の問題に限られない。推進派は、「安全保障上もTPPが大国化する中国へのけん制になるのはたしかだ」(前掲、芹川陽一)と、語っている。民主党政権は、米国に従い米国と組んで中国と対抗するという政治・軍事戦略にますますのめり込んできている。尖閣諸島をめぐる中国との領土紛争をきっかけに、南西諸島への自衛隊増強を進めているのもその現われである。
明らかにされた政府の内部文書は、APECで「日本が参加表明できれば、米国が最も評価するタイミング。これを逃すと米国が歓迎するタイミングがなくなる」と述べている(『毎日新聞』10月28日)。米国の顔色をうかがい、そのご機嫌をとるために拙速な参加表明をした野田政権の本音が露骨に示されている。TPP参加は、日米同盟を強化すれば万事うまくいくという旧態然たる守旧的思考の産物以外のなにものでもない。
そして、“TPP参加でアジアの成長を取り込む”という路線は、早くも破綻しつつある。政府(内閣府)は、TPPに参加すれば自動車や電機製品の輸出の伸びなどによってGDPを10年間で2.7兆円、0.54%押し上げることができるという試算を示した(10月25日)。しかし、経済成長主義の立場に立ったとしても、多くのものを犠牲にする見返りとしてはあまりにもささやかな数値である。さらに、関税撤廃による輸出の増大の目論見など、円高が少し進むだけで吹っ飛んでしまう。ギリシャ・イタリアを震源とする欧州の債務危機がいっそう深刻化するなかで、円高が長期化することは必定である。
そのせいか、推進論のなかには、TPP参加のメリットとして、輸出の増大よりも米国企業を日本市場、とくにサービス分野に呼び込み、雇用を増やして産業空洞化を防ぐということを強調する者もいる。「経済のグローバリズムが進展するもとで、製造業の海外展開が進み、残された非競争的・低生産性分野の産業の比重が高まる『産業の空洞化』に直面している。これを防ぐためには、非製造業分野でも、他の先進国と同様に、海外から新しい企業を日本に呼び込み、国内市場での競争を促進する必要がある」(八代尚宏、前掲)。そして、医療・保健などサービス分野への米国企業の参入を促進するために、制度やルールの改革、つまり規制緩和を強力に進めるべきだという聞き飽きた主張を繰り返すのである。
TPP参加で国内の「改革」を進めるという推進論に対する私たちのオルタナティブは、明快だ。自動車や電機製品の輸出に依存する経済成長の路線と訣別し、国内市場中心のエコロジカルな脱成長の循環型経済に転換する。「貿易立国としての繁栄」にこだわり、輸出向けの産業に経済と雇用の中心を置こうとすればするほど、円高の下で部品企業も含めた企業の海外移転が進み、空洞化は止まらない。医療・介護・教育、環境・自然エネルギー、そして食と農業といった分野に経済と雇用の中心を移し、農業をベースにした地域経済の再生を図っていく。いまは、その好機である。
[TPP参加を批判した論稿のなかでも、『毎日新聞』の位川一郎記者の「TPP交渉参加は本当に必要か 輸出依存 もう見直す時だ」(10月27日の「記者の目」)は光っている。「そもそも、輸出や海外進出に依存した経済成長はもはや国民を幸福にしないのではないか」という指摘は、大いに共感できる]。