金融危機をどう考えるか
(「サヨナラ新自由主義、作り出そうオルタナティブ12.18集会」レジュメ)
白川真澄
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「金融危機をどう考えるか」
? 金融危機の原因と背景
1 危機の引き金――サブプライムローン証券化商品の落とし穴
(1)サブプライムローン債権それ自体が高いリスクを抱える(返済能力に乏しくローン審査を通らない借り手に無理に貸し込んだ)。にもかかわらず住宅バブルによってリスクを隠ぺい(値上がりする住宅を担保にしてローンを借り換えさせる)。
(2)証券化によるリスクの分散・飛散・不可視化(リスクの第三者への転嫁。他のローンと組み合わせた複雑な金融商品に仕立て上げることによって、サブプライムローン債権がどこにどれだけ含まれているか誰にも分からなくなる)。
(3)格付け会社による格付け(ハイリスクのサブプライムローン債権を組み込んだ証券をトリプルAに格付け)。
(4)モノライン(金融保険会社)によるCDS(債務不履行の際の元本保証、つまり損失の肩代わりを約束した商品)発行。
2 高収益の証券化ビジネスの主役は証券会社(「投資銀行」)。少ない自己資本で何十倍もの資金を借り入れて(信用レバレッジ)、多くの証券化商品を作りだし、手数料を稼ぎ、高収益を上げる(ゴールドマン・サックスの自己資本利益率は、昨夏まで年40%。CEOのボーナスは66億円)。預金を集めて貸し出す「商業銀行」とは違って、証券発行や株式取引・M&Aの仲介を行う「投資銀行」業務に対しては規制がほとんどない。規制緩和路線の下で、証券化ビジネスは自由放任されて暴走。
3 世界的なカネあまり=過剰マネー(有利な投資先を見いだせない資金)の氾濫。1971年(金・ドル交換の停止と変動相場制への移行)以降、米国が慢性的な経常収支赤字の継続によるドルの垂れ流し。ドルが基軸通貨の特権的地位を維持できた資金循環構造(日本・中国や産油国の対米輸出による貿易黒字=外貨準備の増大 → 米国の国債や株式の購入 → 米国への世界中からの資金の流入)。
4 金融経済の異常な肥大化。世界の外国為替およびデリバティブ(金融派生商品)の取引高は1日当たり5兆3千億ドル(2007年度)、商品やサービスの貿易に必要な外国為替取引高は1年に6兆ドル。世界の金融資産は152兆?(06年末)で、世界のGDPの3.2倍(1990年には1.7倍)。うち80兆?は、金融市場にとどまる。バブル経済とその崩壊による金融危機が繰り返し発生(1987年のブラックマンデー、日本での土地・株バブルとその崩壊、1997年のアジア通貨危機とヘッジファンドLTCMの破綻など)。
? 金融危機の発生と全世界への波及
1 米国の住宅バブルが破裂し、さらにローンの延滞が急増したため利息収入が得られなくなり、サブプライムローン関連の証券化商品は暴落 → これを保有していた欧米の金融機関に巨額の損失が発生(07年夏) → 損失額が分からず不安が広がる。
2 9・15米国証券大手リーマンの破綻。値崩れを起こして不良資産化していたサブプライムローン関連の証券化商品を大量に抱えていることから来る巨額損失の予想 → 株暴落 → 資金調達が困難に。米国政府は公的資金投入による支援拒否(経営危機に陥った3月の証券大手ベアー、7月の住宅金融公社2社は救済) → リーマンは経営破たん。続いて保険最大手のAIGの株が暴落し、資金調達が困難に → 政府はAIGを救済したが(CDSを大量に発行していたことが理由)、世界同時株安が発生。
3 同じように不良資産を抱える証券会社や銀行は数多くある → 相互不信から金融機関どうしの短期資金の貸し借りがマヒ(流動性の枯渇)、銀行間取引金利(LIBOR)の急上昇。金融株を中心に株暴落 → 金融危機は欧州に飛び火、銀行間取引がマヒ状態に、アイスランドは債務不履行(海外からの預金口座の凍結)で国家的破産宣言 → 各国政府は大手銀行の救済(資本注入、部分国有化など)に動く → しかし、NY株式市場でダウ工業株平均が1万?割れ、東京株式市場で日経平均株価が1万円割れ、8日間連続で世界同時株暴落(10月上旬)。
4 金融恐慌の勃発。市場を支える「信頼」関係の崩壊による金融システムの機能マヒ。世界的なカネあまり=過剰流動性のなかでの流動性枯渇(信用収縮)。市場の自己調整能力の限界の露呈 → 政府の市場への強力な介入の要求。
? 国際協調による政府の介入とその限界
1 欧米日(プラス中国など)の政府が国際協調して介入し、なりふりかまわぬ金融安定化対策を実施(1929年大恐慌の時期との大きな違い)。
(1)中央銀行による無制限の資金供給、度重なる金利引き下げ(米国はゼロ金利へ) → あまり効果がない。
(2)政府の公的資金投入による不良資産の買い取り(米国の金融安定化法) → 損失補填による資本減少をカバーできない。
(3)政府の公的資金投入による銀行への資本注入(米国25兆円、英仏独の3カ国で26兆円、日本10兆円予定など) → 住宅価格の下落続行や不況の長期化による不良債権の増大(再度の資本不足)の恐れ。
(4)銀行間取引の債務(貸し倒れ)に対する政府保証(英仏独の3カ国では186兆円) → 銀行間取引金利やや低下。
(5)時価会計の凍結(損失隠し)
(6)ローン市場への資金供給(FRBが住宅ローンや自動車ローンや教育ローンなどの債権の証券化商品を買い入れて、個人向けのローン貸出しを緩和させる、77兆円)。
2 金融安定化対策(たとえばシティ銀行に対して米国政府は資本注入4.3兆円、不良資産から生じる損失の肩代わり23.9兆円を投入)によって金融機関の連鎖的倒産は免れているが(米国では08年で倒産は19行、1929年―30年は338行)、金融危機が実体経済の深刻な不況へ波及し、株式市場は低落したまま。銀行は企業や個人のローンへの貸し渋りに走る → 企業の倒産、失業率の上昇、消費者ローンの収縮 → 個人消費の減退。金融安定化対策だけでは実体経済の不況に対応できない(→ 各国政府は、財政出動による需要喚起政策へ)。
3 アイスランド、ウクライナ、ハンガリー、韓国など新興国への金融危機の波及(これらの国に投資してきた先進諸国の銀行などが経営悪化による資金繰りのために大量の資金を引き揚げた)。資金の突然の大量流出に見舞われた新興国の株価と通貨価値が暴落(アイスランドのクローナは対ドルで67%、ウクライナのフリビナは47%、ブラジルのレアルは33%、韓国のウオンは30%の下落)。IMFはアイスランドなどに緊急融資。
4 世界同時不況の到来。米欧日は09年には戦後初めてそろってマイナス成長に陥る見込み。米国ではGMなどビッグ3が倒産の危機に。自動車や金融部門を中心に雇用者数は9?11月だけで125.6万人減少(1月からでは191万人減少。11月だけで53万人減少、34年ぶり)。失業率は6.7%に上昇(デトロイトのあるミシガン州では9.3%)。
5 日本にも金融危機と不況が襲来。
(1)金融部門では、大手銀行は保有株の暴落による損失と不良債権の増大によって純利益が半減、地方銀行の1/3が純損失に転落。企業はCPや社債の発行による資金調達が困難になっているが、中小企業向けの貸し渋りが激化(中小企業向けの貸出し残高は9月末で179兆円と、前年比3.2%の大幅減)。
(2)08年?09年のGDP成長率は2年連続マイナスの見通し。11月の鉱工業生産指数は前月比6.4%減(1973 年以来の落ち込み)、トヨタの工場休止や大手鉄鋼会社の高炉休止。個人消費は大幅に減少(全国百貨店売上高が前年同月比6.6%の減少、新車販売台数は前年同月比27%減少)。
(3)何よりも雇用の急速な悪化/有効求人倍率は0.80に低下(4年半ぶりの低水準に逆戻り)。急激な「派遣切り」、非正規雇用労働者の少なくとも3万人を解雇。
? 今回の金融危機の意味
1 今回の金融危機は、金融資本主義の破綻を告知/「投資銀行」の証券化ビジネスの破綻(米国の大手証券5社が半年間で消滅)。高い金利で海外から資金を引き寄せ証券投資で稼ぐ「金融立国」路線をとったアイスランドの国家的破産。
→ マネーゲームを生む金融経済主導の経済のあり方からの根本的転換が問われている。
2 金融恐慌の暴力性。現在の金融危機は、これまでの金融資本主義と市場原理主義の破綻。同時に、実体経済から遊離して異常に膨張した金融経済の暴力的な収縮の過程。過剰の解消と均衡回復の過程は、暴力的。?巨額の富が破壊され、無に帰する(世界の株式時価総額は昨年10月末の63兆?から今年10月の33兆?へ半減)。?労働者の雇用や貧困者の生存を無慈悲に破壊し、中小企業を倒産させる。
3 各国政府が採ってきた金融危機対策は、金融システムの安定化にだけ力を注ぎ、労働者の雇用や社会的弱者への支援を後回し。たとえば銀行への資本注入(政府の管理下に移す)は、経営責任の明確化や報酬制限や不良資産の厳密な査定を条件にして、貸し渋りをなくす目的で行われるべきだが、現実には貸し渋りは解消されず銀行の救済だけに。
4 11月14日・15日のG20は、「すべての金融市場・金融商品・参加者が状況に応じて適切に規制され、あるいは監督の対象となる」と宣言。規制に反対してきた米国(ブッシュは前日も「自由市場原理が持続的な繁栄につながる」「政府の介入は万能薬ではない」と主張していた)を押し切って、金融経済に対する規制(政府介入)の強化に方向転換。ただし、過剰な規制の回避や保護主義の拒否も明記。規制強化の原則の確認だけにとどまり、ヘッジファンドの情報開示、格付け会社の登録制、報酬制限など規制の具体策は先送り。
5 米国の「投資銀行」業務の破綻は米国への資金流入を困難に & 経済危機対策の巨額の出費による財政赤字の膨張 → ドルの信認の根底的な揺らぎ。しかし、G20でも、ドル支配体制に代わる新しい国際通貨体制については議論なし。
? 何が求められているか
(1)過剰なマネーの投機的運動に対する国際的な規制と監視の強化。
*国際通貨取引税の導入。*信用レバレッジの制限。*オフバランス(簿外)取引の禁止。*ヘッジファンドの情報開示から禁止へ。
(2)金融のあり方の転換。
*中小企業への貸し渋りの禁止と解消のために、銀行への監視と規制の強化。
*銀行など金融機関に集まる資金の一定額以上を必ずその地域の企業や個人に融資することの義務付け。
*もうひとつの金融システムの発展(金融NPO、地域通貨など)。
(3)金融経済の膨張が主導する経済からの脱却。
*国際的および国内的な金融活動に対する厳格な規制と縮小(ハイリスク・ハイリターンの金融商品の制限、国際的な資金移動への監視と規制、金融所得への重い課税など)
*「貯蓄から投資へ」路線(小泉・竹中)を転換し、証券優遇税制をやめ、証券や株式の売買による利益に重い課税を。
*農業の再生を基礎にした地域循環型の経済の発展。農業の自由化にストップを。
(4)米国の過剰消費に依存した輸出依存経済(GDPに占める輸出の比率は15%に上昇、個人消費は55%に低下、2007年)からの脱却。しかし、内需拡大の中身が問われる → 環境投資の拡大=グリーン・ニューディールでよいのか?
(5)不況の犠牲のしわ寄せを許さない社会的セーフティネットの拡充。
*派遣「切り」の禁止。非正規労働者の雇用継続、労働時間短縮によるワークシェアリングの実施の企業への義務づけ。
*雇用保険の適用の拡大による失業者の生活保障。
*財政再建優先路線の転換。赤字国債増発ではなく、環境税(社会保障に充てる)の創設、個人所得税の累進性強化、軍事費の大幅削減。