<民主党マニフェストを採点する>
【1】外交・安全保障/憲法編
山口響
ピープルズ・プラン研究所運営委員
2009年8月14日
<外交・安全保障>
私自身が望んでいるのは、武力によらずに紛争を解決し平和を創り出していくこと、戦争放棄を定めた憲法9条を変えさせないことである。その視点から民主党のマニフェストを評価していきたい。
◆基本線は日米同盟堅持
マニフェスト全体をみると、「5つの約束」と題された大きな柱は「ムダづかい」「子育て・教育」「年金・医療」「地域主権」「雇用・経済」であり、外交・安全保障にあまり重きを置いていないようにもみえる。よく言われるように、安全保障分野に関しては民主党内での意見の差が大きく、統一見解として市民に約束できることが何もないということだろう。
とはいえ、党主流派の本音はやはり日米同盟堅持である。マニフェストは次のようにいう――「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」。米国と「役割を分担」するということは、米国と戦略目標を同じくすることがあらかじめ前提になっているということだ。それで「主体的な外交戦略を構築」などできるのかと疑ってしまう。
◆在日米軍と沖縄
マニフェストには「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書かれている。子ども手当として月26,000円支給するといった具体性に比べて、「改定を提起」「見直しの方向」とはいかにもあいまいな感じが否めない。
沖縄については、「政策集 INDEX」で基地の「負担軽減を目指すとともに、基地縮小に際して生ずる雇用問題にはセーフティネットの確保も含め十分な対策を講じます。また、当事者としての立場を明確にするため、在沖米軍の課題を話し合うテーブルに沖縄県など関係自治体も加わることができるように働きかけます」(p.2)と述べている。
しかし、個別の基地について、無条件撤去を求めるとか県外移設を求めるとかいう確定的なことは一切かかれていない。2008年に改定された民主党の
「沖縄ビジョン2008」で、「地位協定の抜本的な見直し」「普天間基地返還アクション・プログラムの策定」「思いやり予算の削減」などが出されていたことからすると、ずいぶんと後退してしまった印象だ。また、辺野古の新基地建設をやめるとか、グアムへの米海兵隊移転に関する日米協定の廃棄を目指すとかいう内容もまったくない。沖縄の自治体を加えた交渉テーブル作りについては評価できると私は思うが、そうした手続き的なことを約束するだけで、実質的な内容としてはほぼないに等しいのではないか。沖縄の「負担軽減」など、自民党ですら言っている内容である。
地方分権の観点から言えば、民主党は、国の役割を外交・防衛・治安・通貨・市場経済の確立などに限定し、地方との役割分担を図る「補完性の原理」を長らく主張している(p.7)。下手をすると、「安全保障は国の専管事項」というおなじみの論理で地方の声が圧殺されかねない。他方で、「政策集」で住民投票法の制定に言及している点は評価できる。
◆ほぼ継続の海外派兵
民主党はこれまで、インド洋、イラク本土、ソマリア沖と立て続けに政府与党が提起した自衛隊の海外派遣にことごとく反対してきた。ただし、その論拠は、「国会の事前承認がない」「国連決議がない」「自衛隊よりも海上保安庁を前面に」といった手続き的なものが多かった。政策目的を与党と共有した上での、瑣末な理由による反対論なのである。
マニフェストや政策集では、すでに終了したイラク派兵の総括はまったくない。海賊対処については、政策集で「海上保安庁のみでは対応が困難な場合は、シビリアン・コントロールを徹底する仕組みを整えた上で、海賊発生海域に自衛隊を派遣することも認めます」(p.15)と述べており、事実上の現実追認だ。インド洋での多国籍軍への給油については、マニフェストと政策集にはないが、
鳩山由紀夫代表が、来年1月に改正テロ特措法の効力が切れる段階で海上自衛隊を撤退させると口頭で明らかにしている。しかし、その後アフガン本土での「人道支援」に移行することもありえる。
そこで気になるのが、「国際協力」や「平和構築」に対する民主党の態度だ。マニフェストでは「わが国の主体的判断と民主的統制の下、国連の平和維持活動(PKO)に参加して平和の構築に向けた役割を果たす」とあり、政策集ではさらに踏み込んで、「国連憲章第41条および42条によるものも含めて、国連の要請に基づいて、わが国の主体的判断と民主的統制の下に、積極的に参加します」(p.17)と述べている。国連憲章41条とは、国際の平和および安全の維持・回復のための非軍事的措置を定め、42条は軍事措置を定めている。つまり、民主党政権の下では、国連の集団的安全保障の一環として、自衛隊が派遣される可能性があるというを意味する。
また、「テロとその温床を除去するためには、『貧困の根絶』と当該国の『国家としての再建』に日本が積極的な役割を果たすべきです」(p.15)とも書かれている。自衛隊が「平和維持」のために派遣され、平和構築=国家再建のためにそのまま居座るということも十分考えられる。イラクでもアフガンでも、他国の軍の介入によって平和を作り出すことの非現実性が日々明らかにされているのに、民主党はまだそういうビジョンに固執しようというのだろうか。
◆北朝鮮政策
核・ミサイル開発や日本人拉致問題への断固たる姿勢を示している点で自民党とほとんど変わりがない。前国会では法案が成立しなかった北朝鮮籍船の貨物検査もやるとの主張で、むしろかなり強硬だと言えるだろう。
他方で、北朝鮮核開発疑惑をめぐる、北朝鮮・韓国・日本・中国・米国・ロシアによる6者協議については、日本がそれを自発的に推し進めていこうという意思がマニフェストと政策集からはほとんど感じ取れない。対中、対韓、対ロ政策を述べているところで(p.15)、6者協議への協力を求めると言っているだけで、日本の主体性はみられない。ことあるごとに拉致問題を持ち出して6者協議をかき乱し、国際的にみてもかなり強硬に対北制裁を唱えてきたこの間の日本外交をほぼ踏襲する路線である。
◆核政策
北朝鮮問題との関連で、核兵器に対する民主党の見方にも触れておこう。核軍縮外交については、オバマ政権でも飲めるレベルのかなり微温的なものだといわざるを得ない。「包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効やカットオフ条約(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の早期実現」はオバマですら言っているし、「2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議において主導的な役割を果たす」とはいかにも弱い表現だ。どのように「主導」していきたいのか、そのビジョンは明確でない。
他方で、東北アジアや日本自身の核兵器政策については、以前より後退、ないしは沈黙の態度である。
民主党核軍縮推進議員連盟は2008年8月に「北東アジア非核兵器地帯条約案」というすばらしい案を発表しているが、それは総選挙での公約にはならず、「北東アジア地域の非核化を目指す」と方法論抜きで書かれるにとどまった。
日本自身についても、日米外務当局による「核の傘」の意味合いをめぐる協議の開始や、非核三原則(もたず・つくらず・もちこませず)の第三原則の違反となる米軍による核持ち込み密約の暴露など、この間いくつかの動きがある。しかし、日本の安全保障において核兵器の役割を低減するという、もっとも肝心の部分については、マニフェストに何も書かれていないのである。いくら核兵器廃絶を目指すといったって、自分自分がそれへの依存をやめねばまったく意味はないのに。
◆ミサイル防衛と宇宙開発利用
この分野は、以前から民主党と自民党の間にほとんど差がない。ミサイル防衛については、政策集で「2009年4月の北朝鮮によるミサイル発射の際には、万が一の事態に備え、初めて迎撃ミサイルの実戦配備が行われました。ミサイル発射情報の誤探知や情報伝達体制の不備など、明らかになった問題を踏まえつつ、自衛権行使のあり方も含め、シビリアン・コントロールを徹底する見地から、国会の関与、国民への公表、迎撃の原則等について、さらに検討します」(p.16)と述べており、事実上の推進。
宇宙については、「2009年度中に各省庁の宇宙関係セクションと宇宙航空研究開発機構(JAXA)企画部門を内閣府のもとに再編一元化するとともに、将来的にはJAXAを含む独立した組織の創設を検討します」(p.2)と述べているが、「不審船・武装工作船やミサイル発射の意図、北方領土での漁船拿捕(だほ)など、わが国に対する脅威、威嚇を事前に察知し、専門家による継続的かつ総合的で徹底的な情報収集・分析を行う組織の抜本的な強化が必須です」(p.16)と主張していることとあわせて考えると、この間出ている早期警戒衛星の保有論など、宇宙の軍事利用が懸念されるところだ。
<憲法>
憲法問題に関しては、かなり低い位置づけしか与えられていない。マニフェストでは、「『憲法とは公権力の行使を制限するために主権者が定める根本規範である』というのが近代立憲主義における憲法の定義です。決して一時の内閣が、その目指すべき社会像やみずからの重視する伝統・価値をうたったり、国民に道徳や義務を課すための規範ではありません。民主党は、『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』という現行憲法の原理は国民の確信によりしっかりと支えられていると考えており、これらを大切にしながら、真に立憲主義を確立し『憲法は国民とともにある』という観点から、現行憲法に足らざる点があれば補い、改めるべき点があれば改めることを国民の皆さんに責任を持って提案していきます」と総論的に述べられている。おそらく、民主党は明文改憲にそれほど熱心でない。
しかし、政策集の方を読んでみると、かなり重大な解釈改憲につながるような内容がさらりと書かれてある。
ひとつは、「自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条にのっとって行使することとし、それ以外では武力を行使しません」(pp.16-17)という言明である。集団的自衛権の行使は認めないとする、歴代の自民党政権ですら認めてきた政府解釈をいともたやすく乗り越える重大な変更だ。「専守防衛」のためなら、場合によっては米軍を支援することになってもかまわない、という結論を導き出したいのだろうか。たとえば、ソマリア沖でシーレーンを防衛している米軍が何者かに襲われたとき、近くにいた日本の自衛隊が米軍を支援して反撃を加えることは、日本の利益を守ることにもつながることだから「専守防衛」の範囲内だ、と言われてしまったら、こちらは反論のしようがない。
他方、「国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、また主権国家の自衛権行使とは性格を異にしている」(p.17)との記述もある。これは、小沢一郎前代表の持論で、現憲法下でも国連の「平和維持活動」のために自衛隊を出してよいし、武器を使用してもよいとの主張だ。これであれば、国連安保理決議さえあれば、地球のどこにでも自衛隊を出せるようになる。
このように、憲法を変えずとも、集団的自衛権と集団的安全保障の両方において自衛隊を使うことが可能になってしまう。民主党はもともと、「政権担当能力」があることを示すために、外交・安全保障分野で「現実主義」(=米国の意向に沿うこと、「武力による平和」を主張すること)に流れやすい傾向がある。民主党が与党、自民党が野党となったら、安全保障分野について事実上の大連立状態となることも考えられるのではないか。平和運動にとって民主党左派はひとつの拠り所だったが、彼らが政権入りしたらいったいどうなってしまうのであろうか。
※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくは
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