リーマン・ショックの再来
――「働く弱者」を襲う危機
今朝、遊びに来る予定になっていた小学6年生の孫から電話があった。学校が突然休みになり先生に外出してはいけないとキツク言われた。自分は行きたいのだが、卒業式だけは行わるので、それまでは感染しないように家で辛抱する、ということであった。春休みが終わるまでの1カ月以上、家に閉じ込められる子どもは一体どうやって過ごすのだろうか。私の家の近くにある「電車とバスの博物館」も、土日は小さな子どもで賑わうのだが、今日から臨時休館の紙が張り出され、その前に親子が佇んでいた。
安倍首相は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ措置として唐突に小中高校と特別支援学校の一斉休校を打ち出した。事前の準備もなく、リスクの大きい地域と小さい地域を区別しない画一的で乱暴なやり方は、至るところで大混乱を生んでいる。金沢市などのように「要請」を拒否する真っ当な自治体が出てくるのは、当然のことだ。
学童クラブは開かれるとはいえ、低学年の子どもを持つ多くの親は仕事を休まざるをえない。安倍は有給休暇を活用せよとか、企業の支給する休業手当(賃金の6割)に補助金を出すとか言っている。しかし、有給休暇が少ないパートやそれがないフリーランス(請負労働者)は、どうすればよいのか。正社員の場合は雇用調整助成金制度によって解雇されずに休業手当を受け取れるが、保険に入っていないパート・アルバイトや派遣・請負労働者は対象外になる。一斉休校の措置は、「働く弱者」に負担がしわ寄せされる構造を浮かび上がらせている。
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新型コロナウィルスの感染拡大は、2月に入ると経済に大きな打撃を与えることが明らかになってきた。最初は中国からの訪日客が激減しホテルなど観光業が予約のキャンセルに見舞われ、消費増税や台風の影響による個人消費の落ち込み(昨年10?12月の実質GDP成長率が5四半期ぶりにマイナス)に拍車をかけ始めた。続いて、中国の自動車工場の閉鎖が続いてサプライチェーンが寸断され、日産の九州や栃木の工場が部品不足から操業停止を強いられるなど製造業にも悪影響が出てきた。この頃から、私は、感染拡大が続くと日本経済が2008年のリーマン・ショック並みの打撃を受けるのではないかと予感しはじめた。
案の定というか、24日の週開けからニューヨーク株式市場ではダウ工業平均株価が4日間続けて下落し、3225?も値を下げた。日本でも連動して日経平均株価の下落が続き、2万1千円台を割るところまで来た。日米欧の時価総額が1週間で約1割減った記録的な大暴落である。リーマン・ショックの悪夢が蘇り、「コロナ・ショック」という言い方さえされている。3月までに感染が収束するだろうから、世界経済は急速に回復するという楽観論もある。だが、感染は地球大に拡大中であり、中国経済が被っている打撃の大きさや日本の社会生活に生じている混乱からすると、先行きは暗い。
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もちろん株価が大きく下がろうが、経済成長率がマイナスになろうが(1?3月の成長率が2四半期続けてマイナスに陥るのは必至)、人びとにとってはある意味でどうでもよいことである(安倍政権の支持率は間違いなく下がるだろうが)。だが、問題は、経済危機が誰を襲うのかということだ。それは間違いなく、パート・アルバイト・派遣・請負などの非正規労働者、そして零細な自営業者に深刻な打撃を与える。
感染拡大に伴ってライブやスポーツイベントが相次いで中止されているが、そうしたイベントを裏で支えているのは、多くの派遣やアルバイトの労働者である。イベントの中止は、彼ら/彼女らの仕事を失わせ収入を奪う。街の飲み屋はいまや、誰も立ち寄らずガラガラである。ここでも主力をなすパートやアルバイトの労働者は、就労機会と収入が途絶する。小さな店を経営する自営業者は、倒産の憂き目に遭う。資生堂や電通などは大量の従業員をテレワークに切り替えたが、在宅勤務ができない職種も多い。モノづくりだけではなく、コールセンターの仕事などがそうである。正社員は自宅待機と休業手当でしのげるかもしれないが、非正規の労働者には保障はない。
リーマン・ショックの時は製造業で大量の「派遣切り」が行われたが、今回は観光・飲食・小売りなどサービス部門の落ち込みがすさまじい。この部門こそ、非正規労働者の割合が高い分野である。そして、労働者全体に占める非正規労働者の割合は、2008年より3.7㌽も増えている(37.8%、2018年)。より多くの「働く弱者」を抱える経済と社会を襲う経済危機は、リーマン・ショックを上回るかもしれない。
(2020年3月1日、白川真澄)
※詳しい分析は、「テオリア」4月1日号に掲載予定の論稿「重大な危機を迎えた日本経済」で行いたい。