【2012総選挙】負けたのは民主党ではなく、民主主義
山口響(ピープルズ・プラン研究所運営委員)
2012年12月19日記
2012年12月16日に行われた衆議院選挙は、形の上では自民党の「圧勝」に終わった。獲得議席数は、自民294、民主57、日本維新の会54、公明31、みんなの党18、日本未来の党9、共産8、社民2、新党大地1、国民新党1、無所属5である。
★自民への「弱い支持」と維新の「躍進」
すでにあちこちで分析されているように、自民党が大勝利を収めたのは、第一に、小選挙区という制度の影響で「勝ち馬」の議席が実際の得票以上に増幅されてしまうこと、第二に、自民への積極的な支持というよりも、民主党政権への失望の結果であった。
自民が総選挙において全国で得た票は、小選挙区では約2608万票(2003年)→約3251万票(2005年)→約2730万票(2009年)→約2564万票(今回)、比例代表では約2066万票(2003年)→約2588万票(2005年)→約1881万票(2009年)→約1662万票(今回)と推移しており、民主に大惨敗を喫した前回よりも少ない票しか集めていない。
他方、民主は、比例代表において、初めて政権を獲った2009年総選挙の約2984万票から、今回は約962万票と、票数を3分の1に激減させている。
では、前回と今回の差の2000万票はどこに行ってしまったのだろうか。くわしくは選挙研究者による今後の分析を待たねばならないが、現時点で推測できることは次の2つである。
一つ目は、民主党政権の3年余に失望し、かといって自民党政権に戻すことも望まず、維新などの新興勢力に権力を委ねる不安もあって、投票を棄権した可能性である。前回選挙の比例代表の全得票数(約7037万票)と今回(約6017万票)の差である1000万人の中には、こうした有権者がかなり含まれていると思われる。
二つ目は、維新やみんなの党に票が流れた可能性である。つい先日結党されたばかりの維新が民主を上回る約1226万票を比例代表で獲り、みんなの党も、前回の約300万票から約524万票へと伸ばしている。
自民は、民主に批判な票をほとんど取り込めず、「弱い支持」しか受けていないと推測される。選挙制度のおかげで「圧勝」したとしか言いようがない。他方で、議席数の上では伸び悩んだとされる維新の「躍進」ぶりには驚くべきものがある。
★勢力の弱まった老舗勢力――公明・共産・社民
旧勢力の中で長期低落傾向にあるのは自民党だけではない。公明・共産・社民の比例代表における得票は次のように推移している。
公明:約873万票(2003年)→約898万票(2005年)→約805万票(2009年)→約711万票(今回)
共産:約458万票(2003年)→約491万票(2005年)→約494万票(2009年)→約368万票(今回)
社民:約302万票(2003年)→約371万票(2005年)→約300万票(2009年)→約142万票(今回)
とりわけ、社民党の落ち込み方はかなり激しい。社民の全2議席は、沖縄の小選挙区が1つと比例の九州・沖縄ブロックが1つ。比例の方は、米軍基地問題で民主・自民への反発が大きい沖縄と、村山富市元首相の地盤であった大分からの得票にかなり依存している。社民党は、少なくとも衆議院に関する限り「沖縄・大分政党」化し、全国政党としては危機的な状況にあると言えよう。
公明党は、選挙協力関係にある自民党の衰退の影響を受けて票を伸ばせず、共産党は、民主・自民・維新・みんななどに乗れない層の票を未来にある程度奪われたものと推測される。
★極右・タカ派的当選者と、それほどでもない世論
今回の選挙の大きな特徴のひとつは、極右・タカ派的な性格を持った当選者の数がかつてない規模に拡大したことである。
朝日新聞・東大谷口研究室共同調査では、当選者480人のうち、改憲賛成派が9割(2009年は6割)、集団的自衛権行使容認派が8割(同3割)に達し、タカ派的傾向がかなり進んだことを明らかにしている。こうした傾向を生んでいるのは、もっぱら、自民・維新・みんなの議員たちである。
同じく当選者を対象にした毎日新聞の調査では、9条改憲賛成派が、
自民90%、維新84%、みんな78%。日本の核武装に関して、
自民は「検討すべきでない」(57%)、「国際情勢によっては検討すべきだ」(31%)、「検討を始めるべきだ」(5%)、維新は「検討すべきでない」(22%)、「国際情勢によっては検討すべきだ」(59%)、「検討を始めるべきだ」(12%)となっている。石原慎太郎代表の影響か、維新議員の核武装に対する積極性が目を引く。
他方で、毎日新聞が2012年9月に行った世論調査では、9条について「何らかの改正が必要」(56%)、「一切、改めるべきでない」(37%)、集団的自衛権について、「行使できるようにすべきだ」(43%)、「行使できないままでよい」(51%)となっており、今回当選した議員の意見との間にはかなり乖離がある。
自民党の安倍晋三総裁は、選挙勝利後さっそく、維新やみんなと連携しつつ、憲法96条を改正して、改憲の要件を緩和したい考えを明らかにしている。しかし、投票直前に毎日新聞が行った「衆院選で最も重視する争点」に関する世論調査で「憲法改正」を挙げた人はわずか2%に過ぎず(トップ3は、「景気対策」32%、「年金・医療・介護・子育て」23%、「消費増税・財政再建」10%)、改憲に対する民衆のニーズがある状況ではない。小選挙区制によって、世論の必ずしも希望しないことに手を付けようとする議員が多数生まれている。
★小選挙区制が加速する「おまかせ民主主義」
しかし、小選挙区制の問題点は、「死票」が多く生まれ、世論の動向と議員が乖離するという点にのみあるのではない。
政治学者の小林良彰は、「前回の衆院選は自民への『懲罰投票』だったが、今回は民主への『失望投票』」とまとめている(産経新聞、12月17日)。
このところの日本政治は、「現政権への失望・幻滅→新政権への過剰な期待」というサイクルをすでに2度繰り返している。その背景にあるのが、90年代からの政治・選挙制度改革(とりわけ小選挙区制の導入)のもたらした、ある民主主義観だ。
それは、選挙によって政権交代を生み出し、新政権が高い実行力でもってスピーディーに改革を行うことで、世の中がドラスティックに変わっていく、という見方である。
この場合、民衆の役割は、たかだか4年に1度行われるだけの選挙で票を投じることであり、その残りの時期は、政治家が社会を変えてくれるのをただ黙って見つめることである。
実際の政治は調整や妥協のプロセスであり、それほど簡単に物事が変わるわけではない。しかし、「政権交代/二大政党制/小選挙区制」の発想にこの20年近くで慣らされてしまった日本の民衆には、明らかに堪え性がなくなっている。現状は「決められない政治」だと遠くから眺めて決めつけ、すぐに別の政党に乗り換えてしまう。
だから、主要な政党は、競って自党の「実行力」を宣伝することになる。民主党が今回の選挙で「決断」をスローガンにしたのは偶然ではない。政治家の「実行力」にすがる「おまかせ民主主義」の蔓延、これが小選挙区制導入のひとつの帰結だ。
★「第一極」の中の嵐
「実行力」「決断主義」がはびこるのは、選挙制度の影響だけではない。もうひとつ重要なのは、自民・民主・維新・みんなといった主要政党の間の政策的な違いがほとんどない、という点である。消費税や原発、TPPといった個別論点では多少の違いがあるが、日米同盟を強化し、新自由主義改革を進め、ナショナリズムに訴えかける(新保守主義)といった基本的な方向は一致している。
したがって、「自民=第一極」「民主=第二極」「維新・みんな=第三極」という見方は、かえって事態を見えなくしてしまう。これらの政党は、どちらが「実行力」があるかということをめぐって、見せかけ上の対立を演出しているが、実態は「コップの中の嵐」であり、いわばまとめて「第一極」と呼ぶべきものである。
安倍総裁は、新政権をみずから「危機突破内閣」と名付け、金融緩和を通じた景気回復、96条改憲、教育再生などに向けた決意を口にしている。これらの政策が実行されないとき、民主や維新、みんなの党などからは、「自民は決断できない政党」だとの非難が投げつけられることになるのだろう。それが自民党政権への幻滅を生み、次の総選挙でまた別の政党が政権を獲る――。そんな不毛なサイクルにふたたび耐えるほど、私たちは暇ではない。
これからの数年で私たちが最低限やるべきことは、小選挙区制をやめて、より民意を反映しやすい中選挙区や比例代表などの選挙制度に変えること。そして、あまりに増えすぎた政党を、せめて「新自由主義・新保守主義ブロック」「社会民主主義・リベラルブロック」ぐらいに大ざっぱに分ける思考パターンを社会に定着させることではないだろうか。