「移転先」の現実――海兵隊移転にゆれる島・グアムを歩く

山口響
(ピープルズ・プラン研究所)

2010年3月

【出典】『市民の意見』No.119(2010/4/1号)

 グアム島の東岸近辺に土地を保有しているテッド・ネルソンさんは、初めてそれを聞いたとき、「またか、と思った」と語る。いったい何が「また」起こっているのか。

 私は、2月14日から25日まで12日間の日程で、北海道の越田清和さんとともにグアムを訪れた。旅の目的は、沖縄からグアムへの米海兵隊移転計画が、現地でどういう影響を生みつつあるのかを調べることだ。この計画は、日米両政府が2006年に合意に至った米軍再編の「ロードマップ」によって取り決められた。日本側60.9億ドル、米国側41.8億ドルの経費負担もあわせて合意された。米国の領土に米軍を移転するために6000億円近く支払うこの前代未聞のプロジェクトに、私たち日本の市民・納税者は無関心でいられない。

 他方、グアムの人々にとっては、降って沸いたようなこの話。しかし、すでに観光業の不振に苦しみつつあったグアム社会は、海兵隊移転を積極的に受け入れて、そこからなんとか経済的利益を引き出す方向へと全エネルギーを傾けだした。米連邦が計画の詳細をなかなか明らかにしようとしないことへの不満を除けば、現地の政治的な受け入れ態勢は十分であるかにみえた。

 ところが、昨年11月に米海軍省が海兵隊移転などに関する環境アセスメントの素案を出したあたりから、米軍増強計画に対する島民の意識に徐々に変化が現れだしている。それまでは、基地・施設がたくさん建設され、多くの米軍人・軍属・その家族が移住してくれば経済は沸き立つだろう、ぐらいに考えていたのが、ここへきて、移転に伴うさまざまな負の要素が目立つようになってきたのだ。

◆海に入るしかない

 そのひとつが、土地をめぐる問題だ。

 精強な軍隊を作るには兵士の日常的な訓練が欠かせないが、グアムにはこれまで海兵隊がほとんど存在せず、海兵隊員の使える訓練施設の多くは新設する必要がある。そのひとつが実弾射撃場で、グアム島東岸の人口密度の低い土地に作るという。しかしその土地は民有地で、約200人の地主がいる。地主が土地の賃借に合意しなければ、次は強制収用の手続きが待っている。この文章の冒頭で発言を紹介したテッド・ネルソンさんも、収用対象になる土地を持つ一人だ。彼は、「もし日本やプエルトリコで、米軍がただそこにやってきて『土地をもらう』と言えば、何かが起こるだろう」と話す。実際、グアムではその「何か」が起こりつつあるのだ。土地収用の可能性は、地主ら本人だけではなく、地元議員・島民をもひどく困惑させている。いまでは、米軍増強の推進派であるグアム知事のフェリックス・カマチョや、グアム選出の連邦下院議員マデレーン・ボダーリョですら、収用には反対だと言わざるを得なくなってきている。土地問題がクローズアップされたことによって、移転計画の将来には暗雲が立ち込め始めた。

 土地取り上げは、現在の米軍増強計画によって初めて出てきた問題ではない。ネルソンさんの「またか」という感想は、そのことに関わる。グアムは、1898年に米西戦争の「戦果」としてスペインからアメリカの支配下に入り、その後、1941年から44年にかけての日本軍政期を除いては、ずっと米連邦による占領下にあったといってよい。「占領」だと言い切る理由は、米軍が、自らにとって必要な土地を島民から強制的に取り上げ、それへの補償すら十分に行っていないからだ。アンダーセン基地北西飛行場に自分の土地を持つトニー・アルテロさんは、「元地主たちは土地へのアクセスは拒まれているのに、税金だけは払わなくてはならない」と嘆く。グアム議会のベン・パンゲリナン議員に言わせれば、「土地は自分たちにとってはアイデンティティであり遺産だが、軍にとってはただの商品でしかない」のだ。

 現地のある人はこういった。「ハワイでは、(米軍が入ってきたことで)人々は山の上に追いやられた。グアムでは、もう海に入るしかない」。

◆ひとかけらたりとも掘らせない

 追い出されて入るまでもなく、海は、グアムの人々にとっては元々貴重な生活・文化的資源のひとつだ。グアムの米軍増強計画については、日本・沖縄との関係で海兵隊移転ばかりが取り上げられているが、他にも、海軍アプラ港湾地区において原子力空母の一時寄港用の埠頭を建設するという一大事業がある。ところが問題は、喫水の深い空母を受け入れるための浚渫作業によって、サンゴ礁が破壊されてしまう、ということだ。

 今回の調査でインタビューを行ったひとりであるグアム議会のベンジャミン・クルーズ副議長は、この件についてひとかたならぬ想いを抱いているようだ。「私はダイバー」だという副議長は、「たとえひとかけらのサンゴであっても、破壊することを許さない」と力強く語ってくれた。環境アセス素案の杜撰さに懸念を示す新しいグループ「私たちはグアハン」も、浚渫予定地でのダイビングツアーを企画するなどして、この問題について島民の意識喚起に努めているという(先住民族は、「グアム」のことを「グアハン」と呼んでいる)。

 問題はそれにとどまらない。沖縄や日本各地で米原潜ヒューストンから放射能漏れがあった事件を覚えている方もいるだろう。この原潜は、アプラ港湾地区、すなわち、今回の浚渫作業が予定されている場所を母港としている。つまり、浚渫によって放射性物質を含んだ海底土が大量に出てくる可能性があるのだ。しかし、クルーズ副議長によれば、米軍はわずか一インチだけ底土を掘って調査し、「問題なし」との結論を導き出してしまったという。

 軍の増強を進めたい者たちの強引さは、いずれの場所においても変わらないようだ。

◆日本に言いたいこと

 私は以前、山口誠著『グアムと日本人』を書評する中で、グアムと日本との関係について、三つの占領期に区分することができるのではないか、と論じた。第一は、1941年から44年にかけての軍政期。第二は、とりわけ70年代以降の日本資本によるグアムの観光開発期。そして第三は、現在米日が共同で推進する米軍増強の時代である。

 観光開発については、現地の人々に利益をもたらした面も確かにあり、完全に否定できるものではないかもしれない。しかし、話を聞いてみると、ホテル地区においてビーチを守るために、一帯の海域が「保護区」に指定され、そこで魚を獲ることで刑事罰に問われることがあるという。獲ってよいのは三種類の魚だけ。しかし、それは島民らが食べたい魚でない。現地の人々の伝統的な暮らしよりも、観光が優先なのだ。

 海兵隊移転計画については、「負担を軽減したい沖縄の人々の心情はわかる」としつつも、「日本政府には失望している」との意見が少なくない。そのひとつの理由は、日本からの60億ドル超は基本的に基地内の事業にのみ使われて、基地外の民生インフラ向上は完全に無視されてしまっているからだ。

 グアム移転予算は、日本の市民にとって血税の無駄遣いだというだけではなく、グアムの人々にも幸せをもたらしそうにない。今後も、グアムと日本との関係について、継続的に追いかけていきたいと思う。

※なお、今回のグアム調査は「高木仁三郎市民科学基金」からの助成によって可能となった。ここに感謝の意を記すとともに、読者の皆さんにはぜひ基金のご支援もあわせてお願いしたい。

★関連の文章(『季刊ピープルズ・プラン』より転載)
米海兵隊グアム移転――誰のための負担軽減なのか(1)
米海兵隊グアム移転――誰のための負担軽減なのか(2)
米海兵隊グアム移転――誰のための負担軽減なのか(3)

4月3日:海兵隊グアム移転・現地調査報告会にもおいでください。