広島大学への公開書簡
――日本軍「慰安婦」授業への産経新聞の不当な攻撃に大学側は抗議すべき

[初出:ピース・フィロソフィー・センター
http://peacephilosophy.blogspot.ca/2014/06/blog-post.html

===================================================
日本軍「慰安婦」問題をはじめ戦争責任の分野で幅広い著作のある広島市立大学平和研究所教授、田中利幸さんたちの出された公開書簡です。

ここで問題視されている5月21日の産経新聞記事のリンクはこちらです。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140521/plc14052108180007-n1.htm

日本軍「慰安婦」問題について学べる信頼できるウェブサイトはこちらです。
Fight for Justice - 日本軍「慰安婦」?忘却への抵抗・未来への責任
http://fightforjustice.info/

* * * * * * * *
田中さんより:

広島大学での「慰安婦」問題関連授業をめぐって騒動が起きています。本当に情けないのは、教員(韓国人)の一人が不当なバッシングを受けているのに、学長も学部長もこの問題に対して全く声明を出さないで黙り込んでいることです。本来なら、産経新聞の記事が出た直後の段階で、産経新聞に対する厳しい抗議声明を2人は出すべきでした。このような事態を憂慮して、私が「慰安婦問題解決をめざす広島ネットワーク」共同代表の4人の名前で送った要請状にも、何ら返答をもらっていません。最近は広島大学に限らず、「学問の自由」や「大学の自治」をあくまでも守ろうなどという気概のある人物が「長」と名のつくポジションにはつかないのが一般的な傾向になってしまったようです。家永三郎先生は、ご存命のおり、戦前・戦中に権力を恐れて黙り込んだり、権力におもねたりした学者を「侫儒」と呼ばれ、このような「侫儒」が多くなり大学が戦争に全面的に協力していってしまった事態を2度と繰り返してはならないと注意を促し続けておられました。本当に情けないことですが、いまや日本の大学には「侫儒」がはびこりつつあるようです。

以下、日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワークから広島大学学長と総合科学部長への公開書簡です。
===================================================


広島大学学長 浅原 利正 様 
総合科学部長 吉田 光演 様 

前略

突然メールを差し上げます失礼のほど、ご容赦下さい。私たちは、「日本軍慰安婦」問題の実相を市民に知らしめると同時に、今もご存命の元「慰安婦」女性の人権を守ることを目的に活動している広島の草の根運動組織です。

ご承知のように、5月21日付け『産経新聞』は『講義で「日本の蛮行」訴える韓国映画上映 広島大准教授の一方的「性奴隷」主張に学生から批判』と題する記事を掲載しました。この記事では、「日本軍慰安婦」問題に関するドキュメンタリー映画「終わらない戦争」を教材として使った、総合科学研究科准教授に対する一受講生の意見を次のように紹介しています。『「いつから日本の大学は韓国の政治的主張の発信基地に成り下がってしまったのか」と広島大学で韓国籍の男性准教授の講義を受けた男子学生(19)は、ため息交じりに語った』のであり、『国立大学の授業として、慰安婦募集の強制性があたかも「真実」として伝えられたことに疑問を呈し』たと。さらに、「慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の官房長官、河野洋平の談話。強制性の根拠とされた韓国人元慰安婦16人の証言は、信憑性の調査も行われなかった」と記して、河野談話があたかも虚言であるかのような表現をしています。

「河野談話」に関する議論が私たちのこの書簡の目的ではありませんので、ごく簡単にのみ説明させていただきますが、河野談話は、単に元「慰安婦」女性の証言だけに基づいて作成されたものではありません。戦時中に連合軍側が作成した調査資料やオランダ軍が戦後の1948年に行った「バタビア裁判」(南方軍幹部候補生教習隊の士官たちが35名のオランダ人女性を「慰安所」に強制連行し強姦した犯罪審査)記録などを参考にして作成したものであり、極めて信憑性の高い内容の政府公式見解です。

「慰安婦」と呼ばれた韓国人を含む多くのアジア人ならびにオランダ人女性が、アジア太平洋戦争期間中に日本軍ならびに日本政府が犯した「人道に対する罪」の犠牲者であったという事実は、2000年12月に東京で開廷された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」でも明確に証拠づけられている事実です。この法廷で判事を務めた4名と主席検事を含む40名以上の検事団のほぼ全員が、国際的に第一級とみなされている法律専門家であり、裁判は当時の国際法に照らし且つ東京裁判憲章に基づき、しかも膨大な関連資料が証拠資料として提出され、検証された上で、「日本軍慰安婦制度」に対する日本の「国家責任」と日本軍が犯した「慰安婦」に対する「人道に対する罪」が厳密に審理されました。ドキュメンタリー映画「終わらない戦争」は、そのような歴史的事実を背景に制作されたものであり、人権問題、とりわけ戦争における「女性の人権侵害」問題を学生に教えるうえでは、極めて教育価値の高いものであることを、私たちはここで明確にしておきたいと思います。

しかし、どのような内容の教材であれ、学生各々の受けとめ方や意見、判断が異なってくるのは当然です。したがって、教材資料の内容をめぐって教員と学生の間で、さらには学生同士の間で、自由で活発な議論が行われるのは当然です。たった一人の学生が教材の内容が気にくわないからという理由で、また、その教員が「韓国籍」だからという理由で新聞が公的に糾弾することは、明らかに日本国憲法23条で保障されている「学問の自由」への由々しい侵犯行為です。同時に、新聞によるこのような大学教員への個人攻撃は、憲法第19条で保障されている「思想及び良心の自由」をも犯す犯罪行為です。

日本におけるこの「日本軍慰安婦」問題の取り扱い方については、2013年5月17日に、国連経済社会理事会社会権規約委員会が、「日本に関する第3回提起報告に関する最終所見」の中で次のように述べています。「当委員会は、長年にわたる『慰安婦』搾取の影響に対して日本国家があらゆる必要な処置をとり、『慰安婦』が経済的、社会的、文化的権利を享受できるようなあらゆる保証処置をとるよう勧告する。当委員会はまた、『慰安婦』に対するヘイト・スピーチや、彼女たちに汚名をきせるようなその他のやり方を防止するため、『慰安婦』搾取に関して国家が公衆を教育するよう勧告する。」(強調:引用者)

さらに同年5月31日には、国連拷問禁止委員会が「日本軍慰安婦」問題に関して日本政府に対する勧告を発表しています。これまで、国連の複数の人権関連委員会による「慰安婦」問題に関するたびかさなる勧告にもかかわらず、日本政府はこれらを拒絶し続けていると、拷問禁止委員会は日本政府を厳しく批判し、下記の5つの方法で「即時かつ効果的な立法的および行政的措置をとり、『慰安婦』の諸問題について被害者中心の解決策をとるよう強く求め」ています。

  1)性奴隷制の諸犯罪について法的責任を公に認め、加害者を訴追し、適切な刑をもって処罰すること。

  2)政府当局者や公的な人物による事実の否定、およびそのような繰り返される否定によって被害者に再び心的外傷を与える動きに反駁すること。

  3)関連する資料を公開し、事実を徹底的に調査すること。

  4)被害者の救済を受ける権利を確認し、それに基づき、賠償、満足、できる限り十分なリハビリテーションを行うための手段を含む十全で効果的な救済と補償を行うこと。

  5)本条約の下での締約国の責務に対するさらなる侵害がなされないよう予防する手段として、この問題について公衆を教育し、あらゆる歴史教科書にこれらの事件を含めること。(強調:引用者)

したがって、国連加盟国の日本の大学が、「日本軍慰安婦」問題で学生を教育することは、拷問禁止条約締約国の教育機関としての責務であり、これを怠ること自体が国際的な倫理的信頼性を自壊させることになります。

日本における「慰安婦」問題の取り扱い方は、このように国際的な注目を集めており、今回の広島大学でのこの問題の取りあげ方についても、おそらく海外の多くの人権団体がすでに注目していることと思われます。平和教育方針を強く国内外で強調されてきた貴大学が、「学問の自由」、「思想及び良心の自由」、ひいては「大学の自治」を守る確固たる信念を公に表明し、産経新聞の記事に対して強い抗議を表明しなければ、それは貴大学の国際的信頼性そのものを崩壊させることにつながるであろうと私たちは懸念します。

貴大学が、元「慰安婦」女性ならびに教員の人権を守るために、平和と正義への堅固な信念と勇気をもってこの問題の処置に当たられることを強く望んで止みません。

2014年6月3日

足立修一、高雄きくえ、田中利幸、土井桂子
日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワーク・共同代表