安倍政権の19年度の税と予算の枠組みが決まりました(与党の税制改正大綱と政府予算案)。その焦点は、いうまでもなく消費税率を来年10月に8%から10%に引き上げることですが、それによって景気が落ち込まないようにする(「景気変動の平準化」)ための対策がなりふり構わず打ち出されています。
 自動車や住宅を購入する際の減税(自動車税の初めての減税、住宅ローン減税の延長など)、子や孫への教育資金贈与に対する非課税措置の延長といった減税措置、またキャッシュレスでの商品購入に対する5%ポイント還元とプレミアム商品券の発行、「防災」を名目にした公共事業の上積み、軽減税率と幼児教育の無償化といった対策がてんこ盛りです。10%への消費税率引き上げで家計の負担増大は約5.6兆円とされていますが、軽減税率(約1兆円)と教育無償化(1.4兆円)などによる負担軽減に加えて、キャッシュレスのポイント還元とプレミアム商品券の発行、公共事業の増大による需要喚起の対策(2兆円)で景気を支えようというわけです。そこには、露骨に参院選対策の意味もこめられています。
 そのため、消費増税などで税収は62.5兆円に増えるが、歳出も101.5兆円と初めて100兆円を突破する見通しで、国債発行に依存する財政構造に変わりはありません。金融所得への累進課税、史上最高の利益を稼ぎ内部留保を膨らませている企業への課税強化など、富裕層と大企業への課税強化にはまったく手がつけられていません。消費増税だけを先行させ、しかも景気対策優先の減税やバラマキによって税収増効果を打ち消すという筋の通らない税制改正になっています。
 加えて、新予算案には、日米軍事一体化をさらに加速する軍事費の増額という見過ごせない問題があります。防衛計画大綱と中期防衛力整備計画の見直しによって、5年間の予算総額は27兆4700億年と3兆円も増えます。ここには、最新鋭ステルス戦闘機「F35B」の購入と護衛艦「いずも」の空母化(F35Bが離発着可能な)が含まれています。敵基地攻撃能力を備えた軍隊への質的な転換にほかなりません。
 このように安倍政権の19年度の税と予算の枠組みはあまりにも滅茶苦茶なものです。その一方で、井手英策さんの『幸福の増税論』が大きな話題を呼んでいます。日本ではタブーとされがちな「増税」を堂々と掲げたことが、衝撃を与えたのでしょう。「公正な増税」を主張してきた私にとっては、大変心強いことです。
 安倍政権の19年度の税制改正と予算案については、近いうちに私なりに論評したいと考えています。その前提として、日本の財政が置かれている現状、すなわち日銀の大規模な金融緩和によって推進されてきた事実上の「財政ファイナンス」をめぐる論争に関するコメントを書いてみました。これまで述べてきた論稿と重なる部分も多いのですが、日銀が国債を4割以上も保有するリスクについてやや詳しく検討しました。これは、12月初旬のある研究会に提出したメモを拡充したものです。


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金融・財政政策の論点(その2)
 ――日銀が大量の国債を保有するリスクについて

 2018年12月14日  白川真澄

                        
? “借金=国債残高が増え続けても大丈夫”という議論
 日本は1000兆円を超える巨額の政府債務を抱えているが、“借金=国債残高が増え続けても大丈夫”という議論が堂々とまかり通っている。この議論は、社会保障財源の持続的な確保のために公正な増税を実行する必要があるという提案に反対する、あるいは足を引っ張る役割を演じている。しかし、政府や政治に対する不信から増税への拒否感が根強い日本では、左翼・リベラル勢力も「反増税」の訴えに安易に拠りかかる惰性を抜け出しきれていない。そのため、“借金=国債残高が増え続けても大丈夫”という議論に飛びつく人も少なくない。
そこで、この議論のいくつかのパターンを見ておく。

1 “経済成長率(名目)が長期金利を上回るならば、債務残高の対GDP比は低下するから、赤字財政を続けることは可能である”という主張。
(1)これは、名目成長率>長期金利であれば赤字財政も持続可能であるという「ドーマーの条件」に依拠して主張される。安倍政権の「新財政健全化計画」(18年7月)は、「財政健全化」の指標としてきた「PB(基礎的財政収支)の20年度までの黒字化」が絶望視されることから、「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」を「財政健全化」の新しい指標として前面に持ち出した。
   
国・地方の公債残高の推移の見通し
           2017年    2020年    2027年
  対GDP比    188.2     183.7     157.1
  名目成長率     1.7      2.8      3.5    (単位:%)
               (内閣府「中長期の経済財政に関する試算」18年7月9日)

(2)この議論は、経済成長さえすれば増税がなくても財政再建は可能である、という経済成長市場主義の論理である。
 *「経済成長すれば、そのぶん税収が増える」(高橋洋一『日本はこの先どうなるのか』P154)、「経済成長すれば、増税せずとも財政再建ができるし、社会保障も維持できる」(同P156)。
【コメント】
1 想定されている名目3.5%(23?27年度、実質2.0%)という高い成長率の実現は、アベノミクス5年の実績(名目2.1%、実質1.3%)からすれば、まったく根拠に乏しい願望にすぎない。
2 成長率が高くなれば、長期金利も上昇する。内閣府の「試算」では25年度までは長期金利が名目成長率を下回る(21年度は2.7%、25年度は0.9%下回る)とされているが、27年度には名目成長率=長期金利(3.5%)となる。
3 名目成長率の想定が高すぎるから、長期金利が20年代に入って毎年0.5%ずつ上昇する(21年度0.3% → 27年度3.5%)ならば、名目成長率>長期金利が早々と成り立たなくるだろう。つまり、債務残高の対GDP比は低下しなくなる。

2 “政府の純債務残高(債務残高?資産)は1000兆円の半分にすぎず、大騒ぎすることはない”という主張。
(1)例えば高橋洋一は、次のように主張している。
 *政府の「粗債務から資産を差し引いた純債務がいくらになるかと言えば、『1172兆円?680兆円』で、約492兆円だ。つまり、日本の実質的な借金は、巷間で言われている1000兆円の半分以下ということである」(高橋、前掲P101)。
(2)純債務は、2017年度には次のようになっている。

  純債務A 549兆円(負債1222兆円?資産※673兆円) 
  純債務B 484兆円(国債847兆円?金融資産363兆円)
                    (2017年度末  ※資産には有形固定資産を含む)

【コメント】
  純債務残高もどんどん増え続け、対GDP比でも%(IMF)と世界最悪である。つまり、問題の本質は、純債務で見ても借金が増え続けているということにある。
   
純債務残高(中央政府・地方政府・社会保障基金を合わせたもの、IMF)の推移
      2003年     2010年    2017年
純債務残高  352.6      531.3     655.2  (単位:兆円)
対GDP比  68.4       106.2     119.9  (単位:%)
    
◆ただし、名目成長率が長期金利を上回れば、純債務残高の対GDP比が横ばい、あるいは減少する可能性はある。

3 “債務残高が個人純金融資産1400兆円(家計の金融資産1800兆円?債務400兆円)を上回らない限度内までは、国債を発行し続けることができる”という主張。
(1)榊原英資は、次のように主張している。
 *「家計は、○B(資産)と○C(負債)の差額1363兆円の『純金融資産』を持っています。すると、政府が残高1363兆円まで国債を発行し続けても、日本全体としては債務超過(赤字)にはなりません。その金額までは、家計は国債を買い続けることができ、政府は国債を出し続けることができます」(榊原『日本国債が暴落する日は来るのか』P116)。
*「差額[純金融資産]1363兆円から、現在の国債発行残高(財投債含む)931兆円を引けば432兆円。これを家計の将来的な『国債買い入れ可能枠』(潜在的な引き受け可能枠)と想定することができる」(同P118)。
(2)ただし、高齢化などによって家計の貯蓄率がゼロに近づいていて個人金融資産は増えない。したがって、毎年40兆円ずつ国債発行が10年間は可能だが、10年でゼロになる。「10年ほど国債を出し続けることができても、……将来は消費税を15%、20%と引き受けていかないかぎり日本国はやっていけません」(同P131)。
【コメント】
1 家計の純金融資産が政府の債務残高を上回っているかぎり、その限度内で国債発行の継続は可能だが、持続できないという議論は、大枠の議論としては成り立つ。この議論は、巨額の債務残高を抱えていながら国債の利回りが低いままで価格低落が起こっていない理由の1つに、国債の9割を国内居住者が保有していること、税負担率の引き上げの余地がある(と見なされている)ことと関連している。
2 ただし、10年間は40兆円ずつの国債発行(400兆円の借金増大)が可能という議論は、現在の超低金利が続けば可能であるという想定の上に立っている。言いかえると、長期金利の上昇が引き起こす利払い額の急増が国債発行を困難にするといった問題を見ていない。
3 国債の利回りが低く価格急落が生じていない、つまり大量の国債発行が継続できている大きな理由は、日銀の金融緩和政策(新規発行分を上回る国債の日銀買い入れ)によって長期金利がゼロ水準に抑えられているからである。したがって、この状況が永続するとは考えられない。

4 “日銀が大量の国債を購入・保有しているから、国債を発行し続けることができる”という議論。
“借金=国債残高が増え続けても大丈夫”という議論において、リフレ派が持ち出している最大の論拠は、“日銀による国債の大量購入・保有があれば借金は事実上増えない、あるいは消滅する”という主張である。
〈?〉“日銀による事実上の国債の直接引き受けになっているが、心配される高インフレにはなっていないから、国債の増発は問題ない”という論理。
 *日銀は、民間金融機関経由とはいえ新規の国債発行分を無制限に買い取っていて(年間80兆円、現在は半減)、事実上の直接引き受けになっている。にもかかわらず、心配される高インフレ(ハイパーインフレ)は起こっていない。
(1)そこから、リフレ派は、デフレ期には日銀が国債を大量に買い取って資金(緩和マネー)を供給しても、インフレにはならずに景気回復と雇用拡大に役立つ、と主張する。
 *「民進党が掲げるべき政策は、……『財政危機』なる幻想から有権者を解き放つような政策でなければなりません。これは例えば、日銀が緩和マネーで国債を引き受けて、政府が財政支出を増やし、福祉・教育・医療などに充てることです。そのような政策をとっても、財政が悪化するわけではありません。インフレの懸念が懸念されるため、『禁じ手』と呼ばれますが、デフレ経済では問題ありません。大事なことは、インフレを適切に管理することであって、短期的に財政のつじつまを合わせようとすることではありません」(松尾 匡ほか「民進党が勝利する経済政策のために」16年9月5日、P23)。
(2)ただし、リフレ派は、インフレ目標が達成されてもこの政策を続けるとインフレが進行する。したがって、2%を超えて物価が上昇する局面に入れば、日銀が金融引き締め政策に転じればよい、と主張している。
*「統合政府のバランスシートで考えている[日銀による国債購入によってマネタリーベースを供給する]というのは、日銀が購入した有償還・有利子の国債が、無償還・無利子のマネタリーベースと置き換えられることだ。それをやれば、インフレになるのはわかっている。ただし、筆者は過度なインフレにならないようにインフレ目標も主張している。こうした手が打てるのはデフレだからであり、インフレ目標2%を超えてまで行う必要はない」(高橋「日銀当座預金に債務性があるはずがない。田中秀明教授に再反論」、「DIAMOND online」16年12月1日)。
*「やがて経済が完全雇用の『天井』に達し、インフレ率が政府のインフレ目標を超えて高まった時には、政府(日銀)はインフレ抑制策を実施せねばなりません。……。日銀の持っている国債を売って、通貨を市場から吸収すればよいのです。……そうやって民間が保有することとなった国債については、満期が来たら政府がおカネを返さなければなりません」(松尾ほか前掲P23)。
【コメント】
1 大規模な金融緩和によって供給された大量のマネー(13年から5年間で365兆円の増大)は、日銀の当座預金に積み上げられただけで(同期間に340兆円の増大)、設備投資や賃金の増大として市中(企業や個人)に出回っていない。したがって、高インフレは引き起こされていないが、インフレ目標2%も達成されることがない。いいかえると、大規模な金融緩和による物価上昇の実現という本来の政策は破産している。
*「なぜ日銀の大量国債購入は、ハイパー・インフレを引き起さなかったのだろうか。……。現代は、日銀が購入した国債の代わり金はほとんどが銀行に流れ込み、それは日銀に置かれている当座預金に積み上げられ、死蔵されるために、物価にほとんど影響が出ないのである。日銀は当座預金にマイナス金利を適用したが、銀行が融資や投資で資金を流せる分野は限定的である。ハイパー・インフレにならない理由は、そのままインフレ目標達成が難しい理由にも通じている」(倉戸康行『危機の資本システム』P158)。
  2 大規模な金融緩和と財政出動を2本柱とするアベノミクスは、その破綻が目に見える形では現われず、激しい批判を浴びることを回避できた。その大きな理由は、皮肉にも2%のインフレ目標を達成できなかったことにある。すなわち、インフレが目に見えて進行しなかったことが、アベノミクスに対する強い不満や憤りや不満を引き起こさなかったのである(その意味で、アベノミクスがインフレを招くだろうという予測=批判は、まったく外れた)。
3 日本経済は、2%のインフレ目標だけが達成されないまま、デフレから脱却している(GDPギャップの解消、「完全雇用」状況、物価のゆるやかな上昇)。にもかかわらず、安倍政権、そして松尾たちは、現在もデフレ局面だと言い張って(その論拠は2%のインフレ目標の未達成?)、金融緩和の継続による財政ファイナンス(国債購入による「緩和マネー」の創出)を支持=主張している。
4 リフレ派は、デフレを脱却し物価がインフレ目標を超えて上昇すれば、金融緩和政策に転じればよい、と気楽に言っている。しかし、後で見るように、日銀が大量の国債を保有している場合には、金利の引き上げや国債売却による資金吸収(売りオペ)といった金融緩和の手段をタイムリーに行使することが制約される。金融政策の「正常化」の自由度が狭められているのである。リフレ派はこの点を見ておらず、インフレ抑制(=管理)が容易にできると思い込んでいる。
5 松尾たちケインズ主義者は、マクロ経済政策の有効性を過大評価し、経済政策によって経済を望むようにコントロールできるという発想が強い。いいかえれば、グローバル化や少子化による人口減少といった構造変化を無視し、マクロ経済学のモデルの限界性を直視せず、経済政策の力を信奉する。
 *「これ[1990年以降の経済成長率の低迷]は単に、政府・日銀が間違った政策(事実上の緊縮政策)を続けていたせいで、不況が続いていたというだけのことです。経済学の知見によれば、不況は金融政策と財政政策によって『治療可能な病』であり、……この不況からの脱出のための経済政策こそが、大多数の有権者が永らく求めていたものなのです」(朴勝俊・松尾ほか「宮部彰さんに問う」P1?2)。

〈?〉“「統合政府」(日銀は政府の子会社)の観点から見れば、政府の債務としての国債は日銀の資産としての国債によって勘定の上で相殺され、政府の対民間債務は消えてなくなる(財政再建は達成されている)”という論理。
 *国の貸借対照表(17年3月末)によれば、国債残高は847兆円だが、金融資産363兆円を差し引くと純債務(負債)は約500兆円(484兆円)になる。一方、日銀が保有する資産としての国債は437兆円(17年6月)。したがって、両者は相殺され、債務はほとんど消えてなくなる、ことになる。
*「統合政府のバランスシートで見れば、政府の債務である国債残高は、日本銀行が保有する国債資産で相殺されるから、今の日本の財政問題はほぼなくなった」(高橋「教育投資の財源は『こども保険』より『教育国債』が筋がいい」、「DIAMOND online」17年5月12日)。「統合政府の考え方をとれば、アベノミクスによる量的緩和で、財政再建がほぼできてしまったといえる」(高橋「日本の財政再建は『統合政府』で見ればもう達成されている」、「DIAMOND online」17年2月23日)
【コメント】
 1 政府債務は消えたはずなのに、国債の利払いと償還が行われ続けている。金利が上昇すれば、利払いが急増するから国債費は増大し財政を圧迫する(財政支出の自由度を制約する)。
   *超低金利(←異次元金融緩和と景気回復の緩やかさ)のおかげで、国債の利払い額は約9兆円の水準で横ばいであり、国債費(利払い+償還)も23兆円(歳出全体の23%)と微増にとどまっている。
   *しかし、名目1.8%・実質1.2%(22?27年度)の低成長の場合でも、長期金利は2%近くに上昇するから、国債費は33.2兆円(27年度、歳出全体の28%)に増える。安倍政権が望むように名目3.5%・実質2.0%の高い経済成長の場合は、長期金 利は毎年0.5%ずつ上昇し3.5%にまで上昇するから、国債費は34.2兆円(歳出全体の27%)にも膨らむ。
2 これについて、“日銀が国債の4割を保有しているのだから、支払われた利子と償還分は日銀に入り、国庫納付金の増大として政府に還元されてくる”という反論がされる※。しかし、巨額の国債費はすべて日銀に支払われるわけではない。また、日銀が債務超過に陥ることが確実視されるなかで、国庫納付金が増えることは困難であろう。
   ※例えば高橋は次のように言う。「日銀は保有国債400兆円であるが、この分は、日銀に対して利払いはするが、結局は日銀納付金として政府に税外収入で返ってくる」(高橋「日本の財政再建は」)。「日銀が保有する国債に対する利払いは、最終的には日銀から政府への納付金ということで、政府の『その他収入』となる」(高橋「財務省は『借金』だけを見て財政再建を言うから間違える」「DIAMOND online」17年5月12日)。
 
〈?〉“日銀が大量の国債を保有することのリスクは大きくない”という論理。
 
? 日銀が大量の国債を保有することのリスクは何か
1 日銀の保有する国債が急増し、国債発行残高の4割超を保有している。

          日銀の保有する国債残高の推移  
           2013年3月    2018年3月
保有残高         125        437       (単位:兆円)
発行残高に占める割合   13.1       43.9      (単位:%)

2 国債の運用による利子収入と当座預金への利払い――日銀は超低金利の下では利ザヤを得て利益を上げる
(1)日銀は、国債を資産として保有しているが、それに見合う日本銀行券と当座預金を負債(債務)としている。とくに当座預金は387兆円(18年10月)にも増大している。
(2)日銀は、国債などの資産運用で金利収入を得る一方で、当座預金の大部分に利子を付ける。国債の運用による利子収入と当座預金への利払いの差が通貨発行益(シニョレッジ)であり、このなかから国庫納付金が政府に支払わる。
(3)超低金利の下で、国債の平均利回りは0.4%という低い水準にとどまるが、当座預金の利子(付利)も0.1%にすぎないので、利ザヤ(国債からの利息収入>当座預金への利払いが得られる。2016年3月期には、国債などの利息収入(および株からの運用益)が1兆5190億円、当座預金などへの支払いが2220億円で、利ザヤは1兆2970億円(吉松崇『アベノミクスは進化する』P196)。

3 金利が上昇すると逆ザヤが生じ、日銀に巨額の損失が発生し、債務超過に陥る。
(1)2%のインフレ目標が達成されたり、何らかの経済情勢の変動(原油価格の高騰、急激な円安など)によってインフレが進行し金利(政策金利)を引き上げる必要が生じると、当座預金への利子の水準も引き上げられることになる。この付利を0.4%以上に引き上げるだけで、逆ザヤ(国債からの利息収入<当座預金への利払い)が発生する(金利上昇に伴って国債の運用利回りも上昇するが、それは遅れて緩やかにしか上昇しないから、当座預金への付利が上回る)。逆ザヤが1%発生すると、当座預金が300兆円を超えているから年3兆円以上の損失が発生することになる。
 *「付利を引き上げると、その分買い入れる国債の落札利回りも上昇すると考えられるが、日銀はすでに表面利率の低い国債を大量に購入してきたため、保有する国債の残高の平均利回りは緩やかにしか上昇しない」(岩田・佐三川『金融正常化へのジレンマ』P271)。
*「[日銀が]利上げを開始すると、日銀のバランスシートの資産側にある長期国債からの受取利息がすぐには増えないのに対し、負債である当座預金(より厳密には法定準備を超える超過準備)に対する支払い利子が膨らむ結果、損失が発生する可能性がある」(同上、P304)。
(2)高橋たちの“統合政府として見れば、政府の債務としての国債残高と日銀の資産としての国債残高は相殺され、政府の対民間債務は消滅する”という論理は、日銀の国債保有の増大に対応して負債としての当座預金が増え続けているという問題を無視している。超低金利の下では当座預金の付利が0.1%にすぎず利払いは国債からの利子収入を下回っているが、金利が上昇すると当座預金の利払い問題が顕在化する。この点については、翁 邦雄が的確な批判をしている。
*「異次元金融緩和の結果、民間が保有する国債残高は激減し続けているから、統合政府でみると日本政府の財政状況は劇的に好転しているという議論をみかけることがある。しかし、この議論は、異次元緩和で民間の保有する国債はへっている反面、民間に対する負債として日銀当座預金が増えていることの評価を誤っている。……日銀当座預金は銀行券のように無利子を前提にすることはできず、金利を引き上げるには超過準備への付利が不可欠だからだ。この観点からは、日銀が長期国債を大量に購入することによって起きていることは、統合政府の負債の期間構成が短期化しているにすぎず、必ずしも有利子の負債が不可逆的に減少しているわけではない」(翁『金利と経済』P213?5)。
(3)金利の引き上げは、インフレ目標が達成されると(あるいは達成されなくても)、異次元の金融緩和政策を転換し「正常化」する(「出口」)過程で必然的に行われる。そこで、どのくらいの損失が逆ザヤによって生じるかというシュミレーションが、行われている。
 *2%のインフレ目標を22年に達成し、23年度から政策金利を引き上げ(24年に0.75%となり逆ザヤが発生、27年度に金利2%に)、国債の新規買い入れを行わず、26年度から保有国債を減らしていく(42年度に名目GDPの20%の215兆円)という「出口」政策を採るとする。このケースでは、24?30年度に累計約19兆円の損失が発生。31?50年度には国債の運用利回りの利息収入が上回って約12.5兆円の黒字になるが、損失分は回収できない(岩田・佐三川『金融正常化へのジレンマ』P266、271?4)。
   なお、2%のインフレ目標を達成できないまま、20年から政策金利を引き上げ(1%まで)、23年度から保有国債を減らしていく(38年度に200兆円に)という「出口」政策をとると、損失は21?26年度で累計約14兆円にとどまり、27?50年度には約15.3兆円の黒字になる、とされている(同上P294?5)。
 *2%のインフレ目標と名目GDP成長率2.5%を19年3月までに達成し、21年から政策金利を引き上げ(23年に2%に)、国債保有残高590兆円を10年間で130円兆円まで減らすと、22?28年で14兆5900億円の損失が発生。ただし、29年以降は黒字に転じる(29?31年で約3兆円強)。(吉松崇『アベノミクスは進化する』P200?2)。
(3)金利の引き上げによる逆ザヤの発生で巨額の損失が生じれば、日銀はそれを自己資本でカバーできず、債務超過に陥る。それは政府の公的資金投入によって補うしかなく、新たな税負担が生じる。
 *「日銀の自己資本は、?資本金?法定準備金?特別準備金?貸倒引当金?債券取引損失引当金?外国為替等取引損失引当金――からなる。このうち、資本金は1億円しかなく、引当金や準備金を合わせても2017年度末で8兆円程度である。これに対し、出口局面で発生する損失は、2023年度から利上げを始めるベースライン・シナリオで19兆円規模に膨らむ可能性がある。仮に引当金や準備金で損失を回収しようとしても、自己資本は3年程度で底をつき、日銀は負債が資産を上回る(資本の部がマイナスになる)債務超過に陥る」(岩田・佐三川、前掲P276)。
 *「金利の付かない銀行券が市中に大量に出回っている間はシニョレッジ[通貨発行益]を稼げるが、ひとたび金利が上昇し始めると、銀行券は中央銀行に還流する。このためシニョレッジを無制限に稼げるわけではない。発生した損失を日銀が自分たちの利益で穴埋めできないとなれば、政府が公的資金の注入という形で補填せざるを得ない。ただ、今の政府に追加的な財政コストを負担するだけの余力はあるのか」(佐三川「財政ファイナンス色を帯びてきた日銀の資産買い入れ」、『経済セミナー』18年12月/19年1月号)。
(4)これに対して、リフレ派は、日銀が債務超過に陥っても、日銀の自己資本には経済的な意味はないし、いずれ自己資本も回復するから、債務超過を放置しておいても問題もない、と主張する。
 *「債務超過に陥ったとしても、長期国債の償還が進めば経常利益が再び黒字化し、その後、安定的な経常利益が見込まれる」(吉松、前掲P204)。「仮に日銀が債務超過に陥っても、これを放置しておいて何の問題も生じない。一定の、例えば2%のインフレ率が定常状態だとすれば、……日銀の経常利益はいずれ回復する。インフレとは貨幣価値の毀損であり、これは正の通貨発行益と整合的だからである。このメカニズムにより、日銀の自己資本はいずれ回復する」(同P206)。
[コメント]
日銀が逆ザヤの発生による経常赤字の累積で一定期間とはいえ債務超過に陥ることは、政府への国庫納付金が支払えなくなる(歳入の税外収入分が減少する)だけではない。それは、中央銀行に対する信認を揺るがし、金融政策への不信や金融システムの不安定性を招くことになる、と言える。

4 金利の上昇は国債価格の低落を引き起こし、大量の国債を資産として抱える日銀に含み損が発生する。
(1)そのため、日銀は、買い入れてきた国債、つまり値下がりした国債を売却することができない。満期になった国債の償還を待つしかなくなる。
(2)したがって、保有する国債を売却して資金を吸い上げる金融引き締め(売りオペ)の実行が封じられる。金融政策の機動的な発動が制約されるのである。
 *「日銀は2015年度決算発表の席上で、金利が1%上昇した場合、日銀自身の国債の含み損が20.6兆円に達することを明らかにしています。こうした点からも、日銀にとってFedと同じく、買い入れてきた国債を金利上昇局面で売却してバランス・シートを回復したり、超過準備を解消しようとするのは、日銀自身が被ることになる売却損があまりにも嵩んでしまい、非現実的な選択肢であろうということがわかります」(河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』P110)。

5 インフレ抑制=金融政策と低金利維持=財政政策との矛盾が顕在化する可能性
(1)リーマン・ショック後の先進国の経済は、緩やかな景気拡大を続けながらも低インフレ・低金利(=低成長)の常態化を特徴としてきた。とくに日本は、低成長・低インフレ・低金利が続く典型となってきた(米国経済には、インフレと金利上昇への変化が現われたが)。低インフレは低金利の継続を許容し、低金利は国債の利払いを軽くするから、大規模な金融緩和に支えられた財政拡張が可能になってきた。日本では、ゼロ金利が続いたことが財政規律を緩め、「財政ファイナンス」を可能にする条件となってきた。
(2)しかし、1%前後の低成長が続く※場合でも、インフレ(例えば2%を超える消費者物価の継続的な上昇)が出現する可能性はある。深刻な労働力不足による賃金上昇がサービス分野(小売や飲食など)の価格を上昇させる、あるいは原油価格の高騰や急激な円安が輸入品価格を上昇させる、といった可能性である。景気のめざましい拡大や経済成長の加速だけがインフレを招くとは限らないのである(スタグフレーションの経験)。
 ※日本の潜在成長率は1%を切っている(0.78%、日銀18年1月)。また、上場企業が予想する今後5年間の日本の実質成長率は1.1%である(内閣府「企業行動に関するアンケート調査」18年1月)。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの20?25年度、26?30年度の実質成長率は0・8%、0.7%である。したがって、今後も1%前後の低成長が続くという見通しは、リアリティがある。
(3)インフレが進行した場合、これを抑制・コントロールする日銀の金融政策として採られる主要な手段は、金利(政策金利)の引き上げと売りオペ(保有する資産や株の売却)である。しかし、この金融政策の発動は、日銀が大量の国債を保有している異常な状態の下では、大きなジレンマに直面する。それは、インフレ抑制のために金利を引き上げようとする日銀(金融政策)と国債の利払い抑制のために低金利を維持したい政府(財政=国債管理政策)との対立の表面化である(この対立は、米国の政策金利の引き上げをめぐって、利上げをめざすFRBと減税によって膨らむ債務の利払い軽減を求めるトランプとの対立として現われている)。
*「将来、何らかのショックが発生し、物価上昇率が高まると、インフレを抑制したい日銀と、債務コストの増大を回避したい政府の間で利害が対立しかねない」(岩田・佐三川、前掲P84)。
*「これまで政府・日銀はともにデフレ脱却を目指してきた。日銀が物価安定目標の早期実現のためマネタリーベースの供給を拡大する一方で、政府は低利で国債を発行し、利払い費の増大を抑制することができていた。しかし、金融正常化の過程で日銀が金融引き締めに転じると、政府は今よりも高い金利で債務を調達しなければならなくなる。しかも、日銀に損失が発生すれば、国庫納付金が減少するか、最悪の場合には損失の穴埋めに公的資金が必要になりかねない」(同上、P326)。
(4)インフレ抑制のために日銀が金利引き上げ政策を発動することが直面するジレンマ=困難は、その他にいくつもある。すでに見たように、金利引き上げは、負債として抱える巨額の当座預金への利払いを急増させ日銀を債務超過に追いこむ可能性がある。また、資産として保有する国債を減価させ含み損を発生させる。したがって、金利の引き上げ、あるいは売りオペといった金融政策の発動を制約したり難しくする。
(5)日銀は、400兆円を超える巨額の国債を保有することによって多くのリスクを抱え込み、インフレの出現に対して有効な金融政策を発動することはおろか、「出口」=金融正常化(金利引き上げや資産減らし)に踏み出すことも困難を伴うという身動きならない状態に置かれている。
 *やや粗っぽい論証になっているが、「深刻なのは、日本銀行が、異次元緩和の果てに中央銀行としての機能を失いつつあることだ。次のショックが起きても、『打つ手』がなく、日銀自身も打撃を受ける『リスク』が高まっている」(金子 勝)という現状認識は的確である。
「5年間の『異次元緩和』によって、この3つの金融政策[政策金利を通じた金利誘導]は機能不全に陥っている。政策金利[を通じた金利誘導]はゼロに近い低金利になっているので、ショックが起きても、利下げなどで需要を喚起することはもはやできなくなっている。……。また通貨供給をさらに増やそうにも、国債の買いオペは、日銀が460兆円もの国債を買い込んだ結果、国債取引そのものがしばしば成り立たなくなる状況が生まれている。……。預金準備率の操作も、すでに金利のつかない日銀の当座預金におよそ380兆円もブタ積みになっており、マヒ状態である。仮に、規模の大小はともあれ、金融危機となった場合、最後の貸し手としての中央銀行は機能マヒに陥っており、その政策手段を失った状態なのだ」(金子 勝「日本経済最大のリスクは金融ショックに打つ手がない『中央銀行の死』だ」、「DIAMOND online」18年10月31日)。

[補論]日銀が保有する国債を「変動利付き永久債」に転換すれば、問題は解決するか
日銀が国債残高の4割、437兆円もの国債を保有して身動きならない状態に陥っていることに関して、日銀保有の国債を「利付き永久債」に転換してしまうという提案がされている。「利付き永久債」への転換という議論については、ヘリコプターマネーの提案と合わせて立ち入って検討したいが、とりあえず岩村 充の提案だけを取り上げる。

1 岩村は、「出口」(金融正常化)政策をスムースに実行するために必要な措置として、日銀が保有する国債を「変動利付き永久債」に転換することを提案している。
(1)日銀保有の国債を市場金利連動の「変動金利」で償還期限のない「永久国債」に転換するという提案。
 *「異次元緩和を手仕舞いする過程で発生するはずの日銀保有国債に生じる損失をどうするか、それが出口戦略を考えるうえでの鍵になると思います。私は。この際、日銀保有国債を『変動金利』で償還期限のない『永久国債』に転換してしまうのが現実的と考えています」(岩村 充「『永久国債』で出口を探れ」、中央公論18年10月号)。
(2)「市場金利連動型の変動金利永久国債」(FPGB)とは、償還期限がない(つまり償還する義務がない)が利子だけを支払い続ける国債のことである。岩村によれば、これは?日銀の直接引き受けによって発行され、?日銀が保有している間は利子は支払われず、?日銀が売却して市場に出回った後で利子が支払われる。政府は、?この国債の日銀保有分について額面で償還することができる。?すでに日銀が保有している発行済みの国債を、日銀の同意を得てFRGBに転換することができるが、この場合は利払いは継続される(岩村『金融政策に未来はあるか』P129、「停止条件付変動金利永久国債の日銀引受について」)。
(3)岩村は、政府紙幣あるいは「無利子の永久国債」では日銀が売りオペを行う(売却してマネーを回収する)ことができない。そこで、日銀保有の国債を「利付き永久債」に転換することによって売りオペが可能になる、と説明している。
 *「政府紙幣の代わりに『無利子の永久国債』を日銀が引き受けた場合……無利子の永久国債は、いくら持っていても1円どころか1銭の元利金も保有者にもたらしてくれない価値ゼロの金融資産であり、したがってそれを売却しても回収できるマネーはゼロ、つまり資金吸収に充てることができない紙屑のような証券にすぎないからだ。政府紙幣を売却することは翁[邦雄]が指摘する通り原理的にできないのだが、日銀が引き受けた無利子永久国債の場合はマネーベースの回収額はゼロで、こちらは原理的に可能だが得られる結果は無意味でしかない。さて、どうすればよいだろうか。
   1つの解決は、中央銀行が引き受ける国債の法的性格を工夫して、それが中央銀行の中にある間はスティグリッツの言うとおりの『無利子の永久国債』であったとしても、それが売却された後では、売却前の『無利子』あるいは『永久』という性質が『有利子』あるいは『期限付き』に変化するようにしておくよう決めておくことである。このどちらかの性質が変わってくれば、中央銀行は金庫の中の国債を事情に応じて『売りオペ』つまり中央銀行保有証券の市場売却に充て、大規模量的緩和の窓口に備えることができる」(岩村『金融政策に未来はあるか』P128?9)。
 
2 岩村の「変動利付き永久債」への転換という提案は、何を意味するか
(1)岩村提案は分かりづらいところがあるが、ヘリコプターマネー(償還も利払いの義務もない政府紙幣)政策との対比で提案されている点から、その意図は次のように理解される。
(2)日銀が金融政策を「正常化」する「出口」政策では、金利引き上げと同時に大量の資産(保有国債)を減らすことが柱になる。しかし、これだけの規模に膨らむと、日銀保有の国債について、利払いや償還(返済財源の確保)の能力に対する強い不安が生まれてもおかしくない。日銀が保有国債を市場に売却しても、買い手が現われない(価格が急落する)恐れがある。そこで、これをFPGBに転換する、つまり償還されないが利払いだけは確保されることを約束することで不安を緩和し、その売却をスムースに進める。
(3)膨れあがった国債残高を処理する方法としては、最も乱暴な方策は、インフレの高進によって債務を減価・帳消しにすること(インフレ税)である。利付き永久債への切り換えは、元本は返さないが利払いを続けるだけベターな方策である。しかし、返済財源の当てがないことを宣言するわけだから、政府への信認を毀損する「劇薬」である。
 *ギリシャの債務危機の時にも、債務の減額と引き換えに利払い継続を約束することでEUからの金融支援を受ける措置が採られた。
(4)岩村の提案の狙いの1つは、政府が巨額の債務を返済する財源の見通しを失っている深刻な事態を明るみに出すことにあるように思われる。すなわち、現在の大規模金融緩和による事実上の「財政ファイナンス」は、政府が返済の義務を負わない「ヘリマネ」政策であると人びとが見るようになる危険水域に入っている。そこで、日銀は「出口」をかたり、それに備える対策を考えるべきだ、というわけである。
 *「池尾和人は……『ベースマネーの増加が一時的だとみなされればヘリコプターマネー政策が成立しないのとは反対に、現在のベースマネーの膨張が恒久的なものだと信じられるようになると、現行の政策はヘリコプターマネー政策に転じることになる』と結んでいる。池尾が書いていることは、中央銀行による国債の購入や国債を見合いにしたベースマネー供給がヘリマネ効果を持つかどうかは、……そのような状態がいつまで続くかについての人びとの予想に依存するということであるが、鋭い指摘であると同時に日銀の今に対する厳しい警告である。……今の日銀を見る人々が、日銀は出口を語らないのではなく、実は語ることできないのだと思うようになったら、異次元緩和で大膨張させた五百兆円のベースマネーは、その瞬間に一気にヘリマネとしての効果を持ち始めるということだって起こり得るということだからである。
   ……。必要なことは、政府紙幣の発行とか日銀の国債直接引受のような『見えるヘリマネ』の是非を声高に論じることよりも、すでに大量に供給されてしまったベースマネーについて人々の見方に変化が生じ、いわば『見えないヘリマネ』が始まってしまったときどうするかを考えておくことである」(岩村、前掲P130?1)。
 *「このプラン[岩村提案]は、日銀が引き受ける永久国債について、それが日銀に保有されている間は金利を支払わない、つまりゼロ金利という仕組みとなっている。……。
中央銀行保有国債の無利子化は、多くの人に、この政策の持つモラルハザード性を分かりやすくさせ、少なからぬ嫌悪を引き寄せるだろう。もっとも、そうした嫌悪を呼ぶことは、提案者の意図するところである。同じモラルハザードの域に踏み込むのならば、『見えるモラルハザード』の方が『見えないモラルハザード』より、運用に慎重さが加わり抑制が効きやすくなるからである。現状という観点から言えば、日銀がすでにヘリコプターマネーすれすれの領域に入り込んでいることにも気付いた方が良い。……積み増されたマネタリーベースがヘリコプターマネー効果を持つかどうかは、それがいずれ回収されるだろうと信じられるか否かにかかるんであって、……国債の直接引受さえ避けていればヘリコプターマネーから遠ざかっていられるとうわけではない。
出口を論じるとは、量的緩和により増加させた国債保有を永久化する意図がないことを示すことでもある。これに対して、量的緩和後の日銀は、自らの『出口』に関する議論そのものを拒否しているようにすら見える。コントロールできない期待の暴走を恐れるのなら、日銀は現在に危機意識をもつべきであろう」(岩村「「停止条件付変動金利永久国債の日銀引受について」」。
*「異次元緩和の出口で日銀に大きな損失が発生したとき、それを政府による資本注入のような『形』で解決しようとすれば、その是非はいつ果てるとも分からぬ政治責任論争に発展する可能性が高い。しかし、日銀が保有する国債をあらかじめ変動利付き債に転換するとか、日銀の金庫から出ていくときに変動利付きとなるよう準備しておけば、出口はずっとスムーズになる」(岩村、『金融政策に』P136)。

3 岩村の提案は、大規模な金融緩和政策がもはや危険水域に入っていることに警告を発し、事実上の「財政ファイナンス」から「公正な増税」に転換する緊要性を示唆している。
岩村提案は、日銀が巨額の国債を保有するに至った大規模金融緩和に対する強い危機感を表明している。つまり、日銀がこのまま4割超の国債を保有し続けること、ましてや今後もより多くの国債を買い入れる政策が持続不能であり、保有国債の売却という「出口」に向かうための苦肉の策を提案している。岩村は事実上の「財政ファイナンス」に代わる政策を提言していないが、論理必然的には国債依存を縮小して「公正な増税」による財源確保に方向転換する緊要性が浮かび上がってくる。

[引用文献]
*岩田一政・左三川郁子『金融正常化へのジレンマ』2018年、日本経済新聞出版社
*岩村 充「『永久国債』で出口を探れ」、中央公論18年10月号
*岩村「停止条件付変動金利永久国債の日銀引き受けについて」17年3月13日
*岩村『金融政策に未来はあるか』2018年、岩波新書
*翁 邦雄『金利と経済』(2017年、ダイヤモンド社)
*金子 勝「日本経済最大のリスクは金融ショックに打つ手がない『中央銀行の死』だ」、「DIAMOND online」18年10月31日
*河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか』2016年、集英社新書
*倉戸康行『危機の資本システム』2018年、岩波書店
*榊原英資『日本国債が暴落する日は来るのか?』2016年、ビジネス社
*左三川郁子「財政ファイナンス色を帯びてきた日銀の資産買い入れ」、『経済セミナー』18年12月/19年1月号
*高橋洋一『日本はこの先どうなるのか』2016年、幻冬社
*高橋「日銀当座預金に債務性があるはずがない。田中秀明教授に再反論」、「DIAMOND online」16年12月1日
*高橋「日本の財政再建は『統合政府』で見ればもう達成されている」、「DIAMOND online」17年2月23日
*高橋「「財務省は『借金』だけを見て財政再建を言うから間違える」、「DIAMOND online」17年5月12日
*内閣府「中長期の経済財政に関する試算」18年7月9日
*朴 勝俊・松尾ほか「宮部彰さんに問う:緑の党グリーンズジャパンの勝利と躍進を願って」16年8月25日
*松尾 匡ほか「民進党が勝利する経済政策のために」16年9月5日
*吉松 崇ほか『アベノミクスは進化する』2017年、中央経済社

[参考文献]
*白川「松尾 匡ほか『民進党が勝利する経済政策のために』批判――富裕層と大企業への課税強化を避けてヘリマネに頼る景気拡大論」16年9月25日
*白川「金融・財政政策の論点――アベノミクスの擁護者たちへの批判」17年10月6日
*白川「アベノミクスの5年と行き着く先」18年4月7日
*白川「『お金がない』からという脅しにどう立ち向かうか――松尾 匡さんの議論の危うさ:再論」18年9月