[メモ]総選挙の争点は何か その1
――朝鮮半島危機をめぐる明確な対抗線を引くことが緊要
白川真澄
2017年9月22日
1 狙いは改憲への再起動
安倍首相が意表を突いて10月総選挙に打って出た。8月の内閣改造で作ったはずの「仕事人内閣」が何も仕事をしないうちに政権への信を問うというのだから、詐欺師としか言いようがない。森友・加計問題の追及から逃げる、民進党の混乱に乗じる、急落した内閣支持率が回復しているといった理由が挙げられている。
しかし、最大の狙いは、改憲への再起動にあるだろう。安倍首相は5月3日、自民党改憲草案(2012年)に代えて「憲法9条の第1・2項をそのままにして自衛隊明記の第3項を加える」という提案を持ち出した。この提案によって護憲派に楔を打ち込み、今年中に憲法審査会に自民党改憲案を提出して来年の国会での改憲発議と国民投票を行なうことを狙ったのだ。しかし、この企ては内閣支持率の急落と都議選の惨敗によって挫折し、「スケジュールありきではない」と軌道修正を余儀なくされた。だが、安倍が「新憲法の2020年施行」の野望を諦めるはずがない。
今回の解散・総選挙には、内閣支持率が回復する一方で野党の態勢が整っていないうちに選挙をすれば、自民党議席の減少は避けられないとしても最小限にとどめられる、「小池新党」(民進党離党組など)も加えると改憲勢力3分の2以上の議席が維持できる、という策略が透けて見える。そのため、自民党の選挙公約に「9条に自衛隊を明記する」ことが盛り込まれる、と言われている。この公約を掲げた自民党が勝利すれば、9条改憲を支持する民意が表明されたとして、改憲に突き進むアクセルを踏むことができる。安倍政権もこれまで改憲問題を争点にすることを避けてきたが、9条への自衛隊明記を中心とする改憲の是非が総選挙の最大の争点に浮上するという新しい局面の到来が予想される。
2 朝鮮半島の危機と安保関連法の発動
それには、朝鮮半島の危機が深刻化しているという国際情勢が強く働いている。
自民党は総選挙の重点公約として、改憲問題、消費増税分の教育への使途変更、アベノミクスの加速、働き方改革に加えて、北朝鮮への圧力強化を掲げると報じられている(日本経済新聞9月21日)。朝鮮半島危機への対応では、安倍政権の側が完全に政治的主導権を握っている。その言説・外交的パフォーマンス・危機管理によって危機を煽り立て、北朝鮮の挑発に対して身構える「挙国一致」の怪しい空気を作りだしている。危機感と不安の高まりは、内閣支持率を回復させる要因ともなっている。そして、9条改憲への同意の調達に有利に働くと、政権側は踏んでいる。
しかし、野党をはじめ対抗勢力の側はこれまでのところ、朝鮮半島の危機をめぐって安倍政権との間に明確な対抗線を引くことができていない。「圧力」だけではなく「対話」や外交的な解決が必要だ(日本共産党)と主張するのが精一杯である。
いま、北朝鮮と米国の双方による軍事的挑発行為は、エスカレートの一途を辿っている。金正恩もトランプも、核抑止力を100%信奉する点では同じである。北朝鮮が「核保有国」をめざして核実験とミサイル発射実験を挑発的に繰り返すのに対して、米国は朝鮮半島近辺への空母の派遣、米韓合同軍事演習、B1戦略爆撃機の飛来など軍事的威嚇行為を一段と強めている。また、北朝鮮がグアム島周辺へのミサイル発射計画を発表したり「ソウルを火の海に沈める」と脅せば、トランプは軍事的攻撃もありうると明言し、北朝鮮を「完全に破壊するほか選択肢はない」とまで恫喝する。
こうした米朝間の軍事的挑発のエスカレーションに対して、安倍政権の対応は実に異様であり、好戦的である。安倍首相は、朝鮮半島での軍事衝突の危険を回避する必要性について一言半句語らず、「対話と交渉」を真っ向から否定し「圧力の強化」だけを唱え続けている。そして、安保関連法を密かに発動して、米軍の補給艦の海自護衛艦「いずも」による防護(5月)、米軍イージス艦への海自補給艦による給油(5月以降に月1回)を行なってきた。また空母カールビンソンと海自護衛艦との共同訓練(4月)、米空軍B1爆撃機と航空自衛隊F2戦闘機の合同訓練(7?9月)を繰り返している。米国の臨戦態勢にあからさまに加担しているわけである。さらに、Jアラートを繰り返し発動し、何の意味もない避難訓練に住民や子どもたちを動員して不安を煽っている。
3 対抗線をどう引くか
同時に、北朝鮮の核・ミサイル開発を、軍事力による威嚇あるいは軍事力の行使によってやめさせることができないことも、明らかになりつつある。もし米軍による北朝鮮への軍事攻撃が行われるならば、朝鮮半島さらに沖縄や日本の民衆に計り知れない犠牲と被害が生まれる。朝鮮半島で軍事衝突は、絶対に避けねばならない。トランプや安倍の声高な「圧力」発言とは逆に、「対話と交渉」が必要だという声が国際的に高まっているのは、当然である。
朝鮮半島における軍事的挑発行為の際限のない拡大をやめさせるためには、原点に立ち帰って、朝鮮戦争以降も続いている米朝間の戦争状態を最終的に終わらせることが必要である。すなわち、休戦協定(1953年)を米朝間の平和条約に切り替え、相互不可侵を公式に確立する。北朝鮮の主張は、この点においてだけは真っ当である※。米朝間の「対話と交渉」がめざすべきゴールは、米朝間の平和条約の締結に置かれて然るべきである。
そして、「6カ国協議」を再開し、東北アジアの非核化(一切の核兵器の実験・配備・持ちこみを禁止する)をめざす。そのためには、日本は率先して、核抑止力への信奉と訣別し核兵器禁止条約に署名し、米国の「核の傘」への依存から脱却する外交政策に転換することが求められる。
「圧力強化」だけを言い募り好戦的な姿勢をとる安倍政権に対して、米朝間の平和条約の締結と東北アジアの非核化をめざす「対話と交渉」の実現に努力することを要求しなければならない。
また、米軍の軍事的威嚇行動に加担する安保関連法の発動(米艦の防護や米イージス艦への給油など)をストップする必要がある。米軍の空母や爆撃機と自衛隊の合同訓練も中止するべきである。米軍へのこうした加担行為をやめなければ、日本は「対話と交渉」を促進する役割を果たすことはできない。
野党共闘とそれを推進する市民連合の主要な目標の1つは、安保法制の廃止である。その意味では、米軍の軍事的威嚇行動に加担する安保関連法の発動をやめさせることは、具体的で重要な共通目標となる。安倍政権は、北朝鮮の核・ミサイル開発の進行が安保法制の正当性を立証しているという言論攻勢を仕掛けてきている。安保法制は反対運動の大きな高揚によってその正統性を奪われたのだが、その失地回復の好機到来と安倍政権は見ている。朝鮮半島危機のなかでこそ、戦争を挑発する安保法制の危険性を声を大にして明らかにしなければならない。
※けっしてハト派とは言えない元海自の海将であった伊藤俊幸(金沢工大教授)も、次のように述べている。「北朝鮮も米国も、お互い対話がしたいのです。北朝鮮が懸命に核を開発しているのは、米国と平和条約交渉をし、米国の『不可侵』を約束させたいからです。というのも、朝鮮戦争はまだ終わっておらず、平和条約を締結していないから心配で仕方がないです。……。それを受け入れるかは別にして、北がそう思っていることをベースとして理解する必要があります」(「元海将が大胆予測、米朝チキンゲームの先にある『二つのシナリオ』」、「DIAMOND online」17年9月20日)。