『季刊ピープルズ・プラン』79号(2018年2月15日発行)
特集 グローバル化の変容とオルタナティヴ構想
   
特集にあたって


大井赤亥(本特集責任編集)


トランプ大統領が就任した2017年、米国の雑誌『ネイション』は「新自由主義は終焉し、その後継をめぐる闘争が始まった」と宣言した。経済金融のグローバル化を中心とした1980年代以降の支配的趨勢は大きな曲がり角を迎え、現在、その「終焉」が論じられている。

シアトルWTO闘争以来の基本的な議論の構図は、新自由主義グローバリズムとそれに対する「反グローバリズム」という二項対立であった。しかし、ヨーロッパの極右台頭やトランプ当選は、経済のグローバル化を保護主義や排外主義という方法によって乗り越えようとするものといえよう。これに対し、旧来「反グローバリズム」と呼ばれてきた社会運動の側が明確なヴィジョンを打ち出せているかは怪しい。

このような時代の混迷を反映し、2010年代以降、新自由主義グローバリズムの閉塞を論じ、それを超えたオルタナティヴ構想を提示する知識人の言論が活況を示してきた。本特集では現代世界を代表する五人の知識人の著作を書評論文という形で紹介し、今後を展望する一助にしたい。

コリン・クラウチは現代イギリスを代表する労働党系の知識人であり、大井論文ではクラウチの「積極的社会民主主義」の構想を「国家の復権」と「公正なグローバル秩序」という二つの視点から論じている。

ダニ・ロドリックは、ハイパーグローバリゼーション、国民国家、デモクラシーの三要素は並立しえないという「世界経済の政治的トリレンマ」を提唱した経済学者であり、金子論文では国民国家とデモクラシーの組み合わせを選択するロドリックの結論の妥当性が検討されている。

ヴォルフガング・シュトレークは著書『時間かせぎの資本主義』(2016年)で有名になったドイツの経済社会学者であり、ロドリック同様、国民国家の主権回復と各国通貨への回帰を主張するが、土谷論文ではそのようなシュトレークの国家回帰と現在の排外主義との関係も問い返されている。

ウェンディ・ブラウンの『いかにして民主主義は失われていくか』(2017年)は、人間生活の全領域の「経済化」が人間の政治的存在としての潜勢力を奪っていく過程を論じた著作であり、箱田論文はブラウンが依拠するフーコーの統治性論の説明から「人的資本」をめぐる日本の現状まで広い見取り図を提供している。

最後に、オキュパイ運動の端緒からの参加者であったデイヴィッド・グレーバーの『負債論』(2016年)は、「借りたお金は返すべき」という素朴な倫理への問い直しを契機に、ユーラシア大陸5000年の歴史をさかのぼって負債の形成を論じた大著であり、平井論文がグレーバーとの個人的知己を活かしてその問題意識を敷衍している。

また本特集では、これら書評論文に加えて、ラテン・アメリカにおける社会運動について崎山論文、世界社会フォーラムの現状について大屋論文を収録することができた。

人間の生は否応なくその同時代とともにある。しかし、われわれは同時代を生きながらその「歴史的性格」を認識することはできず、その意味で同時代はわれわれにとって「未知」の対象である。しかし、同時代が「未知」であるということは、同時代の「歴史的性格」は主体的働きかけによって変わりうる、われわれのイニシアティブの対象であることも意味する。本特集が、同時代を認識し、その先を見据えたオルタナティヴに向けてわれわれの態度を決定するための一助になれば幸いである。