(PP59)【書評】『失われた30年──逆転への最後の提言』/海棠ひろ

『季刊ピープルズ・プラン』58号(2012年7月6日発行)

書評

金子勝、神野直彦 著
『失われた30年──逆転への最後の提言』


発行:NHK出版 二〇一二年六月 定価:七八〇円+税

海棠ひろ(本誌編集委員)

 野田政権の財界寄り、米国寄りの政策運営はとどまるところを知らない。消費税は、最高税率引き上げも低所得者対策も先送りされたまま、一〇%への引き上げが決められた。「原発ゼロ」宣言はうやむやにされ、大間原発建設が再開、原子力規制委員会は国会同意もないまま原子力ムラつながりの委員らでスタートした。TPP問題は、アメリカスタンダードの押しつけ協定だということが明らかになった今でも、財界から要求されるままに、参加表明のチャンスがうかがわれている。オスプレイ配備に到っては、住民の反対の声は完全に無視され、強行された。

 問題は重大であり深刻である。これらの問題は、私たちがいま、どのような選択をするのかによって、日本のこれからの「あり方」を大きく左右する事柄ばかりだ。社会はまさに岐路に立っているのだと思う。

 「これがラスト・チャンスだ!」と帯に記された本書は、このままでは日本社会が破局へ向かうという強い危機感を共有する二人の経済・財政学者の、緊迫感にあふれた著作である。新書版、対談形式で手に取りやすい仕立てだが、中身は濃い。主要なテーマは原発、社会保障、TPPの三本だが、歴史的背景をふまえ、グローバルな視点から社会のありようを俯瞰するなかで、話はさまざまな事象へつながっていく。いまの複雑な社会構造を分析するには、複眼的な見方が大切だとあらためて気がつかされる。

 内容の一端を紹介すると、第1章「“不良債権化”する原発」では東電をゾンビ企業だと痛烈に批判し、発送電分離を提唱、話は地域産業の重要性、農業、漁業、コミュニティのあり方へと展開する。第2章「社会保障と財政」では、政府の議論は日本社会の状況変化とニーズの変化を捉えられていないと批判。未来像を明確にしたうえで体系的なヴィジョンを示すことが重要だとし、著者らの具体的な社会保障モデルを詳細に説明する。第3章「TPPのウソ」ではグローバリゼーションが世界的な金融危機、財務危機の負の連鎖を生じさせてきた状況に言及し、TPPをめぐる情報隠蔽の問題、韓米FTAによる韓国社会の格差の拡大などを取り上げて、TPP参加がいかに愚かな選択であるかを論じている。

 彼らの提案に一〇〇%賛成かと問われれば、そうとは言い切れない点もある。しかし、本書の優れた点は、目指すべき日本社会のヴィジョンと、その道筋となる具体案がセットで描かれていること自体にあると私は思う。発送電分離によって、あるいは新しい社会保障制度によって、あるいはTPPを拒否することによって、日本をどう転換させていくのか。金子勝の論理的に考え抜かれた政策に神野直彦の思想的肉付けが加わり、それらは説得力をもって示されている。

 著者らが「最後の提言」と題したとおり、日本の状況は切羽詰っている。高度に複雑化した社会システムが、そのかたちを変えていくことは容易ではない。しかし舵取りを誰かに「おまかせ」していればいい時代は過去のものとなった。私たち自身も、議論し、知恵を出し合い、これからの社会のありようを具体策を伴ったヴィジョンとして構想することが求められている。本書はそのひとつの参考書として、価値あるものと思う。一読をお薦めしたい。

(かいどう ひろ)





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