前書き
白川真澄(本誌編集長)
2019年の参院選は、改憲勢力による3分の2獲得を阻むことができたとはいえ、安倍一強政治の継続を許す結果になった。与党は、自民党が改選議席から10減らしたが、議席増の公明党と合わせて改選過半数を上回る71を獲得し、参院での安定多数を制した。首都圏に初進出した維新を加えた改憲勢力は81議席で、非改選を合わせて3分の2(164)に4議席届かなかったが、安倍の改憲へのぎらつく野望を挫くまでには至らなかった。
野党は、統一候補を擁立した1人区で善戦し(10勝22敗)改選議席を上回ったが、全体で42議席獲得と前回(16年)並みにとどまった。議席倍増の立憲民主党が比例区では17年総選挙での得票数から316万票減らしたことに見られるように、野党は無党派層の支持を呼び戻し、安倍政権を追い詰めるだけの勢いを発揮できなかった。
この選挙では、有権者の半数以上が棄権に回った。政治に何も期待できないという空気が覆うなかで、旋風を起こしたのはれいわ新選組であった。消費税廃止・奨学金チャラといったシンプルな政策主張、生産性優先と自己責任の社会の拒否の訴え、そして何よりも既成政党には真似のできない斬新な政治スタイルは、政治に距離を置いていた人びと、野党に不満を感じていた人びとの気持ちを掴んだ。得票率4.6%で228万票は、大躍進であった。消費税廃止・国債増発といった主張の危うさも含めて、左派ポピュリズムの登場と言ってよい。
◇ ◇
なぜ、安倍一強政治の継続を許すことになったのだろうか。
安倍政権は、「ほかより良さそう」という理由で高い内閣支持率を保ってきたが、選挙を前にして不安材料を抱えていた。反対の声の方が多い10月の消費増税を公約に掲げたことは、過去の経験からすれば賭けであった。また、年金だけでは暮らせず「老後2000万円が必要」という不安は高まり、政府の取り組みへの不信も強かった。野党は、「消費増税の中止」や「安心できる年金」を訴えて、政権への批判や怒りに点火しようとした。だが、多数の人びとは、現状に不満や不安を感じつつ現状がいっそう悪くなる方を恐れて、政治の「変化」よりも「安定」、つまり現状維持を選んだのである。
景気回復を実感できない人が8割にも上るのに、アベノミクスへの評価は拮抗している(評価する38%、評価しない43%、朝日6月24日)。2%インフレ目標の達成が失敗し低インフレが続いているために、皮肉にも物価上昇への不満が表出することが抑えられている。この5年間で175兆円も政府債務を増やしながら、超低金利のおかげで財政危機(社会保障をばっさり削るような)が顕在化しない。低成長の下での奇妙な安定、つまり小さなきっかけで均衡が崩れかねない安定が長く続いている。
こうした状況では、当面の短期的な景気対策をめぐってアベノミクスに対抗しようとしても勝ち目がない。例えば、消費増税の中止や消費税の廃止によって消費を活発にして景気を回復し、税収も増やすといった野党やれいわの議論がそうである。アベノミクスは、政権維持のための短期的な景気回復策だけを次々に打ち出す。だから、その根本的な弱点は、人口減少と低成長が避けられない時代を見据えた長期的な社会・経済政策を持たず、人びとの将来の生活への不安に応えられないことにある。
私たちにはあらためて、腰を据えて長期の視野で安倍一強政治とのたたかいを再構築することが求められる。改憲を阻む運動では非武装の原理とそのリアリティを、アベノミクスとの対抗では経済成長主義を脱した「公正と支え合い」の社会・経済のビジョンを対置する必要があるだろう。私たちの対抗原理やオルタナティブは何であるべきか。議論の喚起のために、前々号の特集「非暴力・非武装のリアリティ」に続いて、本誌では松尾 匡×白川真澄「激突対論:アベノミクスとどう対抗するか」、高端正幸「税は何のためにあるか」を載せている。「反緊縮」を主張し借金の増大を恐れるなという「リフレ左派」の立場と「公正な増税」で社会保障の拡充を主張する立場との論争を、ぜひ読んでほしい。
◇ ◇ ◇
今号の特集は、「このメチャクチャがなぜまかり通る?」である。安倍一強政治とアベノミクス、その背景にあるグローバル化の下で、日本の社会と生活を壊すメチャクチャな出来事が横行している。これまで曲がりなりにも政府や大企業の横暴な振る舞いを抑制し民主主義や公共性を保障してきたルールが、さまざまな分野で実に乱暴に蹂躙されつつある。
その代表例は安倍一強政治にほかならないが、なかでも沖縄の人びとに差し向けられた暴力と差別はすさまじい。県民投票で示された辺野古基地建設反対の確固たる意志を、「真摯に受け止める」と言いながら、平然と埋め立て工事を強行する政権の姿は恐ろしい。浦島悦子論文は、この政権の本質を沖縄現地からリアルに暴き出している。そして、杉田 敦論文は安倍一強政治の特徴と秘密を、冷戦終焉後の日本政治の構造的変化のなかで歴史的に解明している。
同時に、社会生活の分野でも地域の公共的な資源を資本の手に奪い、利潤追求の道具に変える攻撃が相次いでいる。昨年だけでも、命に直結する水の事業を民営化する水道法改悪、種子を農民の手から取り上げる種子法廃止、コモンズの規制で保全されてきた漁業資源を企業に渡す漁業法改悪が強行された。アベノミクスの「成長戦略」は、実質2%・名目3%の経済成長にも生産性の向上にも失敗しているが、規制緩和によって公共の資源やサービスを企業の利益追求活動に供する事態だけは進行している。
しかし、浜松の市民による水道民営化反対の運動、新潟などの農家による種子法廃止に抵抗する取り組みといった新しい動きも生まれている。特集では、さまざま分野で起こっているメチャクチャな状況を具体的に取り出すと同時に、こうした状況に抵抗する運動の可能性に光を当てた。
(19年7月25日記)
2019/8/8 0:15:27
投稿者:事務局
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