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労働と雇用の問題をめぐって(再論)       
2009年8月30日
白川真澄

 7月20日の伊藤さん・小倉さんの報告と討論を聞いて、問題の立て方を私なりに再整理してみたメモです。

? 問題の立て方
1 労働と雇用についてのオルタナティブを論じる場合、いくつかの座標軸を立てることができる。

(1)労働(賃金労働)にこだわり、働けば働くほど貧困になり食えなくなるという現状(非正規雇用の拡大によるワーキングプアの急増)とたたかうことから出発し、人間らしい働き方(ディーセント・ワーク)を獲得する。その中心は、(a)「同一労働・同一賃金」原則に立つ均等待遇(正規と非正規、男と女)の実現、最低賃金の大幅な引き上げによって生活できるだけの賃金を保障させること、(b)「雇い止め」やリストラによって失業した場合の生活保障の仕組み(すべての非正規労働者の雇用保険加入、失業手当の支給期間の延長、職業訓練期間中の所得保障ナド)を確立することである。

(2)労働の社会的な有用性を問い直し、社会と人びとにとって有害なモノを作ったり詐欺まがいのサービスを提供したりする労働を拒否する。稼ぐためにとか会社に命じられたからという理由で、兵器を製造したり壊れやすい家電製品や化学添加物一杯の食品を作ったり金融商品を売りまくる仕事を拒否する。意味を感じることのできる労働を選ぶことができる(たとえばケア労働に従事しても生活できる)仕組みを保障させる。

(3)労働そのものを相対化し、労働を生活のごく一部に埋め込むことをめざす。お金を稼ぐ労働に優先価値=特権性を与えるような社会から脱却する。その中心は、(a)労働時間(お金を稼ぐ労働)を抜本的に短縮すること、(b)労働と所得の一体性を切り離した所得保障の仕組み(ベーシック・インカム)を導入すること、(c)労働のもつ意味、すなわち生活費を稼ぐこと以外の他者とつながる、自己実現するといった意味を、稼ぐ労働以外の自由な活動において追求し実現することである。

(4)労働と雇用のあり方を、世界的なシステムを変革するという方向に沿って変えていく。その中心課題は、(a)外国人労働者を対等な市民として迎え入れること、(b)中国やインドの労働者を巻き込むグローバルな「底辺への競争」に歯止めをかけ、連帯を実現する。

2 この4つの課題の相互関連をどう考えるか。(1)と(3)はしばしば対立したりズレる。(1)が出発点であるが、そのなかで(2)、(3)、(4)の課題を同時に追求することが肝要。それぞれの課題を提示している現実の運動(主体)がどのようなものであるかを明確にする必要がある。たとえば(1)の課題は、「派遣切り」された労働者や女性労働者の異議申し立ての運動によって根拠づけられるが、(3)の課題はどのような運動によって根拠づけられるのだろうか?

? いくつかの論点について、どのような立場をとるか

1 非正規雇用の急増に対して
(1)1990年代以降、企業による雇用と生活の保障というシステム(終身雇用・年功序列)が資本の側から一方的に壊され、労働者の権利と生活の保障をまったく行わないまま雇用の流動化(非正規雇用の急増)だけが急激に進行してきた。
(2)非正規雇用(有期雇用)を原則禁止し、すべての労働者が正規(無期雇用)労働者として働くような社会をめざすのか。たとえば「『雇用は正社員』が当たり前の社会にしていく」(日本共産党の総選挙政策)。それとも、非正規雇用(有期雇用)は認めるが、非正規労働者に「同一労働・同一賃金」原則による均等待遇・最低限の生活ができる賃金・失業期間中の所得保障が実現される社会をめざすのか。
(3)非正規雇用の不安定さと低賃金の現状からすれば、非正規雇用で働きたいと望む人が少ないのは当然である。だが、正社員にならなければ生活の安定を保障されないという従来の仕組みに戻るわけにはいかない。正規・非正規を問わず人間らしい生活ができる保障が社会的に確立されれば、正社員として働くことを望まない人も増えるだろう。
(4)働き方についての労働者の選択権(多様な働き方の選択の自由)と発言権を確保することが核心である。正社員として働くことを望む人には、正規雇用(無期雇用)の機会が保障されねばならないが、労働時間を伸縮的で選択可能なものとする(たとえばパートタイマーも正社員になり、パートとフルタイムの相互転換制を導入する)。特定の企業や職種に拘束されることを望まない人や一定期間だけ断続的に働くことを望む人が、非正規雇用(有期雇用)を選んでも、人間らしい働き方と生活が社会的に保障される。
(4)最優先されるべき課題は、どのような働き方や雇用形態を選んでも不利にならない(差別されない)ような社会的仕組みを構築することではないか。「同一労働・同一賃金」原則による男女間・正規と非正規間の均等待遇、人間らしい最低限の生活ができる賃金(最低賃金の大幅な引き上げ)、失業中の生活保障(すべての労働者の雇用保険への加入、失業手当の支給期間の延長、職業訓練期間中の所得保障)、「住まいの権利」の保障。より抜本的にはベーシック・インカムの導入をめざす。

2 労働の社会的な有用性の問い直しについて

(1)雇用の創出をめざすといっても、それが劣悪で貧困を招くような非正規雇用であってはならず(労働市場の規制緩和論は、失業か、それとも非正規雇用かのいずれを選ぶのかという二者択一を労働者に迫る)、また働く人がまったく意味を感じられないような労働であってはならない。

(2)社会的に無意味な労働とは、環境を破壊したり、人間の生命や身体の安全を脅かしたり、欲望(金銭的な、あるいは衒示的な)を肥大化させるようなモノやサービスを供給する労働である。たとえば兵器生産、添加物一杯の食品の製造、ファストフード店での労働、金融商品の販売など。そうした労働を拒否して、「自分たちのライフスタイルや価値観に合うような仕事」(小倉)に就ける権利と機会を確保する。

(3)したがって、労働の意味を自分たちの手に奪い返し、社会的に意味のあると感じられる労働に就いたり、そうした労働の機会を増やすことは、経済の根本的な組み換えに必然的につながる。たとえば大量の使い捨て製品を生む産業や金融経済を縮小し、逆に安全な農産物や加工食料品をつくる部門、介護や医療サービスの部門、再生エネルギー生産部門を拡大する。経済の根本的な組み換えは、人びとにとって欲求それ自体の問い直しや価値観の転換と不可分一体である。

3 賃金労働そのものの相対化、労働の生活への埋め込みについて

(1)この課題は、「男並みになるのではない働き方を作りだし……男性中心の労働のイメージと現実を変えて、女性も男性も『賃労働者』としてだけではない『生活者』として生きる姿を示」すこと(伊藤)と重なる。また、「賃労働の問題を越えて私たちの24時間という時間総体を取り戻す」(小倉)という課題とも重なる。

(2)賃金労働の相対化は、現実的には労働時間(賃金労働時間)の抜本的な短縮とより多くの自由な時間の獲得として実現される。そのことは、「ワークライフバランス」論とどこで根本的に区別されるのだろうか。

(3)賃金労働の相対化は、「脱成長社会」(縮小する経済)の実現でもある。GDPで測る経済活動は縮小するが、お金で評価できないモノやサービスの交換、自由な活動はいちじるしく増える。この社会においては、労働と所得の一体性を切断した所得保障の仕組み(ベーシック・インカム)の構築が必要になる。

4 世界システムのなかでの雇用と労働の問題について

(1)最底辺の使い捨て労働力とされている外国人労働者を、日本人労働者と対等な市民として迎え入れ、処遇する(均等待遇の実現)。

(2)中国やインドの労働者を巻き込むグローバルな「底辺への競争」に対して、どのように歯止めをかけるのか。発展途上国の劣悪な労働環境・低賃金・長時間労働の下で生産された輸入製品は、先進国の消費者や地方自治体が買わないという方法(これによって現地の労働者の労働条件引き上げの運動を側面から支援する)があるが、それだけでは限界がある。何の制約もないグローバル市場での自由競争に

(3)「第三世界の輸出産業の労働者により高い賃金とより良い労働条件を保障」することは、「特権的な労働上流階級を産みだす」だけで、その「産業の持続的成長すら奪ってしまう」愚策である(クルーグマン)といった議論に対して、どのような根本的反論を加えればよいか。

(4)何の制約もないグローバル市場での自由競争に対して、誰が、どのような規制をかけるのか。
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