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『季刊ピープルズ・プラン』56号(2011年12月25日号)
【リレー連載】『根本(もと)から変えよう!』を読む 1

パラダイム転換と「復興」議論

鴫原敦子


 おそらく今、私たちは新しい時代の入り口に立っている。しかしその先に描かれるべき社会ビジョンは、なかなかはっきりとは見えてこない。とはいえ3・11以後、日本の社会は大きく変わらなければならないと感じている人が、けっして少なくはないのも確かだ。
 本書『根本(もと)から変えよう!』は、ピープルズ・プラン研究所の呼びかけに賛同して結成された「オルタナティブ提言の会」によって、新しい社会像の構想にむけた二年にわたる討論の集約として発刊された。新たなパラダイムへの模索が3・11以前から地道に積み重ねられてきたこと、そして今まさに、日本の将来像についての具体的な議論が盛り上がりを見せ始めている好期に、3・11以降の事態をも見据えた具体的な提言が打ち出された本書が刊行されたことに、まずは敬意を表したい。

 本書に書かれた提言の数々は実に多方面にわたる。一読すれば、日本はこれほどの根深い問題を抱えているのだ、ということを思い知らされると同時に、これらはすべて根底でつながっているということにもあらためて気づかされるのだ。

 本書を貫くのは、これまでの日本社会が立脚してきた前提や常識、近代の中心的なパラダイムそのものを根本から問い直す必要性への確信である。「?何を根本的に変えるのか」では、「国民主権」のあり方、日米同盟至上主義からの脱却や植民地支配の清算、成長型経済と環境破壊およびジェンダー差別からの脱却などがあげられ、「?12の提言」「?さまざまな分野からの提言」においてオルタナティブな社会像が具体的に描き出されている。

 本書の提言すべてを網羅した議論を行うのは難しいが、あとがきに「3・11後の日本社会のオルタナティブについての討論とネットワークが広がっていくための素材になることを願っている」と記されていることからも、ここでは3・11以降の「復興」をめぐる議論を手掛かりに、感想を述べておきたい。

復興をめぐるもうひとつの『提言』

 本書では、おもに日本社会の根本的な変革について述べられているが、それは「世界システム全体の変革や文明のあり方の転換の一環として実現できるもの」という認識のもとにある。オルタナティブな日本社会のビジョンは、「日本一国内に限られることなく世界やアジアの変革に有機的・積極的につながる『開かれた』ものでなければならない」からだ。

 折りしも、本書が刊行されたのとほぼ同じ時期に、東日本大震災復興構想会議から『復興への提言?悲惨のなかの希望?』が提出されている。この提言は、創造的復興を目指すための構想について幅広く議論する場として開催され、一二名の委員によって四月以降一二回にわたる会議を経て、今年六月に内閣総理大臣に手渡されたものだ。

 その前文には、東日本大震災とその後の原発事故によって、「かくてこの国の『戦後』をずっと支えていた『何か』が音を立てて崩れ落ちた」とある。震災によって、日本社会の根底を揺り動かす事態が生じたという認識はうかがえよう。しかし、その後の復興ビジョンの方向性については、本書の内容とは実に対照的なメッセージが発せられている。

 たとえば復興構想7原則の中の一つには、「原則5 被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す」と明記されている。もはや復興の主体は被災地域のみならず「日本経済」との認識が当然のごとく掲げられているのだ。こうした理解は第四章「開かれた復興」の中からも読み取れる。そこには、

・経済社会の再生……「被災地が発展することで地域間格差是正のモデルを示す」「高齢化にもかかわらず、また災害に襲われたにもかかわらず、不死鳥のごとくよみがえるであろう日本経済の姿は、これから高齢化が進行するアジア諸国のモデルとなりうる。復興が復旧と異なるのは、こうした発展戦略によって日本経済の活性化を目指すところにある」など

・日本が環境問題を牽引……「世界の先駆けとなるような持続可能な環境先進地域を東北に実現することで、日本が環境問題のトップランナーとなることが期待できる」

・世界に開かれた経済再生……「国際社会との絆を強化し、内向きでない、世界に開かれた復興を目指さなければならない」「引き続き自由貿易体制の推進により(中略)被災地産品の海外での販路拡大を図ることによって、被災地の雇用の創出や経済の発展を促進する」

などとある。いみじくも、両提言ともに「開かれた」という表現を用いているものの、オルタナティブ提言の会による本書とは、意味あいがまったく異なっているのである。

二つの『提言』の距離について考える

 この二つの提言の違いを決定的なものにしているのは何だろうか。『復興への提言』には、要するに震災を契機とした「日本経済」の成長戦略が伏線として描かれている。世界経済システムと自由貿易推進の流れを所与のものとして受け入れ、成長志向のパラダイム上で、震災を逆手にとった日本経済のさらなる飛躍を目指しているのだ。したがってアジア諸国との関係においては相も変わらず日本のリーダーシップが期待され、国内においても、被災地自身の復興によって地域間格差是正のモデルとなることが求められている。

 しかし、そもそも、世界経済と日本、そしてアジア各国との関係、日本国内における都市と地方の関係のこれまでのようなあり方を是認した上に、将来の社会構想を描けるだろうか。3・11がもたらした問題群の多くは、むしろ戦後の日本社会が抱え、不可視化されてきた問題が露呈したものであるとの認識に立つなら、従来と同じパラダイム上で描かれる解決策は、さらなる問題の深刻化を招きかねない。

 オルタナティブ提言の会による本書は、むしろそうした国際社会との関係および国内における都市と地方の関係のあり方そのものを変革の対象として相対化する。オルタナティブな社会は、「アジアの人びとの安価な労働の上に便利で快適な生活を享受することから脱却し、世界やアジアの人びととのつながり方を変え、世界のシステム全体や近代文明のあり方を変革する一環として実現できる」と述べるのである。

 本書で明確に示されているとおり、植民地支配の清算・謝罪があいまいなまま、日本が経済的優位にある関係性が構築されてきたアジア各国との関係があり、それらは日米関係を主軸とした政治構想とも不可分ではない。一方日本国内においても、戦後の高度経済成長の中で地方は都市への食糧・労働力・電力の供給基地としての役割を担ってきた。それは、本書において「内なる南北問題」と指摘されているように、過疎に苦しむ地域社会が原発や基地を受け入れれば交付金が支払われるというしくみのもとで、都市と地方の非対称な関係性が構造化・固定化されてきたからに他ならない。戦後の日本は「経済大国日本」を作り上げるために、むしろこうしたさまざまな差別構造(原発、基地、下層労働者、定住外国人、障害者、マイノリティ、ジェンダー……)を容認し、諸制度に内在化させつつ、経済的価値の追求が何よりも優先されてきた社会だった。成長や競争力の強化は、こうした現存する差別や格差こそが原動力となり、同時に負のしわ寄せとしての排除と、つながりの切断を生み出してきたのである。

 おそらくもっとも変革を迫られるべき根本とは、こうした戦後日本の高度経済成長という成功体験によって裏付けられ、人びとに内面化されてきた成長志向へのゆるぎない信奉であろう。それらに対する反省と自覚的な決別があってこそ、「日本社会に暮らす住民どうしの分断・差別・敵対の関係を相互承認的で連帯的な関係に組み替えていく過程」としての、オルタナティブな社会へむけた人びとの「協働」が可能になるのだ。

接合点はどこにあるか

 しかしながら、復興構想委員会による提言が、本書で述べるような「連帯」への視点をまったく欠いているというわけではない。大震災において、災害支援関係のNPO・NGOの全国横断的なネットワークの発足、被災地への後方支援活動、県・災害ボランティアセンター・自衛隊・政府現地対策本部による「被災者支援四者会議」の定期開催など、これまでとは異なる新しい動きがあったことを述べ、こうした「新しい公共」の力が最大限に発揮されるような制度・仕組みの構築に取り組む必要性が指摘されている。ここでの「新しい公共」は、オルタナティブな社会を構想する上で本書が述べる「連帯」や新たなコミュニティの構想と共鳴しうる、あるいは対話の糸口となりうる接合点を有している。

 さしあたり、こうした視点と本書の提示する社会構想との回路をいかに取り結んでいくのかということが、オルタナティブな社会の実現化へむけた鍵となるのではないだろうか。

 表紙に書かれているように、本書の目的は新しい社会ビジョンをまずは「対置」させることにあった。しかし、これまでの「原発推進」対「反原発」の対立図式が、生産的な議論に発展せず、結果として批判者を排除して進められてきた原子力政策を看過してきてしまったこと、国家と産業界の強力なバックアップのもとで進められてきた原発政策に対し、社会的監視がほとんど機能してこなかったことへの反省に立てば、本書の発するメッセージを、現実の社会運動、草の根の動きと接合させていく試みによって、いかに社会的判断を構築していくのか、ということが今後の重要な課題となろう。

 私たちはすでに、これまで以上に想像力を働かせて生きることが求められる時代に突入している。本書は、戦後日本社会の中に構造化され、目に見えずとも私たちの暮らしを規定してきたパラダイムそのものの相対化、その中で機能してきたさまざまな関係性のあり方ひとつひとつをひも解き、問い直していくという視座を強く投げかけている。本書が、ひとりひとりのつながり方を「競争と排除」ではなく、「連帯とわかちあい」の関係へと紡ぎ直す契機となり、やがてオルタナティブな社会にむけた原動力となりうるか。それは、新しい社会ビジョンとともに本書から私たちが受け取るメッセージを、新たな公共の力に転換していくプロセスにこそかかっている。

(しぎはら あつこ/環境・平和研究会共同代表、仙台高専非常勤講師)
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