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消費税率3%引き上げとアベノミクスの行方

白川真澄
(『季刊ピープルズ・プラン』編集長)
2013年10月18日記

8兆円の消費増税の見返りは2兆円の企業減税

 やりたい放題とは、このことである。10月1日、安倍首相は、消費税率を来年4月1日から3%引き上げ8%にすることを正式に表明。同時に、消費増税による景気の腰折れのリスクを避けるためという名目で6兆円もの経済対策を決定した。

 この経済対策の中身は、驚くべきものだ。復興特別法人税の1年前倒しの廃止(9000億円)、設備投資を促す法人税減税(7300億円)、賃上げ促進のための法人税減税(1600億円)など企業向けの減税が約2兆円。2020年東京オリンピックに向けた交通・物流網の整備、減災・防災のためのインフラ整備など公共事業投資に2兆円。これに、復興事業(1.3兆円)と申し訳程度に低所得者への現金給付(3000億円)が付け加わる。

 分かりやすく言えば、消費税率の3%引き上げで8.1兆円の増税となるが、代わりに2兆円の企業向け減税、2兆円の公共事業投資を行なう。それだけではない。安倍の強い意向で、さらに法人税の実効税率(復興法人税の廃止で35.64%になる)を2015年度に先進国並みの水準(25?30%)に下げることを「真剣に検討する」ことも決まった。まさに、「世界で一番企業が活動しやすい国」(自民党の総選挙マニフェスト)に向かってまっしぐらに進もうというわけである。

 
“景気を腰折れさせる消費増税に反対”論の限界

 今回の消費増税の問題点を最初に挙げておこう。社会保障の拡充を先送りしながら、増税だけを先行させている。税の増収をいいことに公共事業投資を拡大しようとする。庶民に重い負担を負わせながら、企業を優遇する。逆進性の緩和措置が採られていない。

 反対論のなかには、消費増税は景気回復に悪影響を与え、経済成長をダウンさせると言う理由を挙げる人もいる。安倍のブレーンである浜田宏一や本田悦郎らは、この立場に立って4月増税の先延ばしを主張している(共産党も、消費増税反対の理由の1つとして「最悪の景気対策」になることを挙げている)。

 浜田や本田は、予定通り消費税率を引き上げることの是非をめぐる8月の「集中検討会合」(「有識者」60人を集めた)の場でもこの主張を繰り返した。すなわち、来年春の消費増税は、ようやく回復の兆しが見えてきた景気を腰折れさせ、アベノミクスを挫折させるリスクがある。したがって、デフレからの脱却が確実になってから増税すべきだ、と。これに対して、同じブレーンの伊藤元重や財政学者の土居丈郎らは、増税の先送りは財政再建の本気度への疑念を呼び起こし、日本国債の金利急騰(価格暴落)を招く恐れがある、と主張した。国債金利急騰は、企業への貸出し金利や住宅ローン金利の急騰に連動し、企業倒産や家計の破産をもたらし日本経済を委縮させる、と。

 たしかに、消費増税は人びとの可処分所得を減少させるから、消費支出の縮小によって経済を萎縮させる。過去にも1997年4月の消費税率引き上げ(3%から5%へ)は、直後の4?6月期の実質成長率をマイナス3.7%、年成長率を1%に低下させ、98年以降の不況を招いた。ただし、当時の不況への転落は消費増税の影響だけではなく、アジア通貨危機や相次ぐ金融機関(山一証券など)の破産といった要因によるところが大きかった。とはいえ、消費増税が消費を減退させ景気に悪影響を与えることは間違いない。民間のエコノミスト40人の平均予測では、消費税率3%引き上げ直後の14年4?6月期には成長率はマイナス5.3%に落ちこみ、今年3%近い年成長率も0.56%に低下する。

 しかし、“景気を腰折れさせるから来年4月の消費増税に反対”という主張は、それを声高に叫べば叫ぶほど、悪影響を消去するだけの大がかりな経済対策を増税時に実行すべきだという議論を呼び、そこに回収されてしまった。伊藤元重は、増税先送りによる国債金利急騰のリスクは「もし起きたら取り返しのつかない」リスクだが、増税がデフレ脱却の芽を潰すリスクは「経済政策で対応可能なリスク」である(1)、と言う。だから大規模な経済対策を用意して予定通り消費増税を行なえばよい、と。景気を腰折れさせるという反対論は、結果的に増税時の経済対策を6兆円にまで膨れ上がらせる引き立て役になった。


法人税減税は税収増大を生むという不思議な論理

 しかし、予定通りの消費税率引き上げを主張する連中の議論に筋が通っているわけではまったくない。彼らは、財政再建の緊要性を理由に消費増税を唱えながら、大幅な税収減を招く法人税減税をこぞって支持する。当面の法人税減税だけで2兆円、さらに15年度に法人税率を仮に5%下げれば2兆円の税収減となるのだ。自家撞着としか言いようがない。

 彼らは、グローバル市場競争のなかで国際競争力を維持するためには、法人税率の引き下げが避けられないと言う。「法人税の増税は、グローバル化の中で日本企業の経営を不利にする」(土居(2))。国際競争に勝ち抜かないと日本は生き延びられないという教条に、相も変わらず呪縛されている。

 そして、法人税減税による企業の利益増大は、経済の好循環を作りだして税収の増大をもたらす、という論理が持ち出される。法人税減税によって「企業が国際競争に打ち勝ち収益を上げ、賃金という形でなるべく早く従業員に還元し、それが消費に回っていけば好循環に入る」。「企業収益の増加が賃金上昇、雇用拡大につながり消費を押し上げてさらなる企業収益につながる」(安倍、10月1日の記者会見)。「経済の好循環をつくる」ことができれば、税収も増えて財政再建も進む。つまり経済成長と財政再建を両立できる、というわけである。

 ここには、使い古されて歴史的に失効した理論的道具立てがずらりと並んでいる。高い経済成長を実現すれば、自然に税収も増え財政赤字を縮減できる、という経済成長至上主義。景気回復と経済成長の原動力は企業の利益の回復である、なぜなら企業の利益が増えれば賃金も上がり雇用も拡大するからだ、というトリックル・ダウンの理論。

 しかし、現実はどうか。企業の経常利益は、2001年の28.2兆円から07年の53.4兆円にまで急増し、リーマン・ショックで08?09年には30兆円台に落ち込んだが10年の43.7兆円から12年の48.4兆円へ回復してきた。だが、対照的に、労働者の賃金は、民間企業の平均給与で見ると01年の454万円から12年の408万円に大幅に低下している。10年と12年を比べても412万円から408万円へと、経常利益の増大とは逆に下がっている。

 増えた利益は、どこへ行ったのか。企業は利益を内部留保という形で貯め込み、それは2001年の167兆円から12年の304兆円にまで膨れ上がっている。もう1つは、株主への配当の増大である。上場企業の配当総額は、10年3月の4.5兆円から来年3月には6.5兆円にまで増え、リーマン・ショック前の水準を抜くと予想されている。


業は増えた利益を賃上げに回すだろうか

 企業の利益の増大が労働者の賃金の上昇につながるというトリックル・ダウンは、まったく起こっていない。また、雇用の拡大は、劣悪な非正規雇用の拡大でしかない。賃金上昇につながらない企業の利益増大、雇用の拡大なき経済成長(非正規雇用だけが拡大する景気回復)こそが、ポスト成長社会の冷厳な現実なのである。

 そのなかで、安倍政権は、企業が増えた利益を従業員の賃金引き上げに回すことがデフレ脱却の鍵を握ると、しきりに強調するようになっている。「デフレ脱却を確実にするには、賃金、雇用拡大を伴う好循環につなげられるかどうかが勝負どころ」(安倍、9月20日の政労使会議)。「企業の収益の改善を賃金の引き上げで還元し、経済の好循環の実現に確かな一歩を踏み出してほしい」(茂木経産相、10月10日の経団連との懇談会)。

 しかし、これは、リフレ派が描いたアベノミクスの筋書きからすると大きな手直しである。もともとの筋書きは、金融緩和によるインフレ「期待」が実質金利や貨幣価値の低下を予測させて企業の投資や個人の消費支出を促し、景気回復をもたらすというものであった。しかし、「期待」は資産市場での株価を押し上げることはできても、実体経済における賃金上昇や雇用拡大を引き起こすことはできない。現に株価は大きく上昇し、また円安による輸入品の値上がりで消費者物価は上がりはじめたが(8月の前年同月比0.8%の上昇)、賃金は低迷したままである(同0・6%の低下)。

 人びとは景気回復を実感できず、このままではアベノミクスへの「期待」は失望に転じかねない。そこで、安倍政権は賃上げによる需要拡大で景気回復というケインズ主義的な政策を持ち出してきた。従業員の報酬を増やした企業の法人税減税、政労使会議の設置、経産省による企業への賃上げ要請の行脚。賃上げは労使間の自主的交渉で決めるべきだという反発が出るほど、自民党政権としては異例の介入に乗り出したのである。

 では、政府の思惑通り、企業は賃上げに踏みだすだろうか。日本経済新聞による経営者へのアンケート(10月1日実施)では、来年度に賃金引き上げを検討している企業は1割にすぎない。また復興法人税の廃止による税負担の軽減分の使途予定は、国内や海外への設備投資(34%、30%)が多く、人件費の拡大は24%にとどまる。

 なかには人材確保のために賃上げをする企業も出てくるが、ごく少数であろう。報酬を増やすとしても、コストの固定化につながる賃上げではなく一時金の増大で対応する企業が多い。賃上げによる内需拡大で景気回復というマクロ経済的な合理性や利益のために、自社の労働コスト上昇を引き受けるようなお人好しの企業など、どこを探しても見つからない。企業の利益を賃上げに還元させるという異例の政策目標の設定は、アベノミクスのアキレス腱に転じかねない。

 政府の賃上げ要請に対して経営者側が強く要求する見返りは、解雇規制の撤廃を柱にした労働市場の規制緩和である。正社員の賃金引き上げがコストの固定化を招くとすれば、正社員を非正社員に置き換える、あるいは正社員の解雇が簡単にできる仕組みに変える。そのために、労働者派遣法の改正(すべての業務で派遣労働が可能になる)、正社員の解雇が容易になる「解雇特区」(国家戦略特区)の創設などの企てが目白押しである。雇用の安定性を破壊する規制緩和こそ、アベノミクスの「成長戦略」の核心である。安倍政権の賃上げ要請は、正社員の非正社員への置き換え、正社員の解雇の自由化とセットなのである。


社会保障は拡充ではなく「効率化」重視

 いま、多くの人びとが消費支出を切り詰め「安かろう、悪かろう」の食品に頼っている現状がある。私たちは経済成長を追い求めることを批判し、大量消費・大量廃棄型の消費拡大を否定する。だが、人びとが生活に必要で、しかも安全なモノやサービスを購入できるようになることは当然の必要事である。こうした消費支出の拡大は需要を増やし景気回復と経済成長につながるが、このこと自体は否定されることではない。

 消費活動の回復のためには、当然にも労働者の所得の上昇が必要である。そのためには非正社員への差別・格差(12年には平均給与が正社員468万円、非正社員168万円と2.8倍もの格差があった)をなくし、労働者全体の賃金水準を引き上げなければならない。

 しかし、人びとが消費支出を増やすためには、それだけでは十分ではない。将来の生活のリスクに備えて安心を得られる社会保障制度の充実が欠かせない。それがなければ、人びとは増えた収入を預貯金に回すだろう。預貯金のまったくない世帯が28.6%にも達し、40.5%の世帯が預貯金を取り崩して支出に当てている(2011年)という現状からすれば、消費が伸びないのも当然である。アベノミクスの下で消費が回復していると言われるが、実際には株高による資産効果で高額品はよく売れているが、節約志向から日用品は伸びていない。消費の二極化が進行しているのである。

 ところが、先にみた消費増税の引き上げをめぐる論争では、“景気回復を優先させるべきか財政再建を重視するべきか”だけが争点になり、“社会保障の充実を先送りして増税だけを先行させていないか”という重要な論点はすっぽり抜け落ちていた。

 今回の消費増税は、「税と社会保障の一体改革」と銘打たれ、社会保障の拡充のための財源確保が目的とされてきた。消費増税分はすべて社会保障に充てられるとはいえ、その大部分は基礎年金の国庫負担の不足分の補填などに使われ、たった1割が保育所の新設などのサービス充実に充てられる。そして、最低保障年金の創設といった抜本的改革は棚上げされ、生活保護基準の切り下げ、介護サービスの削減(「要支援」の人向けのサービスの市町村事業への移管)など「効率化」が優先されている。さらに、増税で財政赤字を減らせる分だけ公共事業の予算を増やそうという動きさえ強まっている。


逆向きの増税

 少子高齢化が進む日本社会では、社会保障の充実のためには税負担の引き上げが必要になる。社会保障の拡充を主張しながら、増税反対だけを叫んだりムダな事業削減による財源捻出だけを唱えるのは間違いである。しかし、税負担の増大は、公正の原則に立って行なわれるべきである。片手で法人税を減らし、もう一方の手で消費税を増やすといった不公正な税制は許されない。

 所得税の累進性の大幅な強化、相続税や金融課税など資産課税の抜本的な強化、法人税率の維持と課税ベースの拡大(租税特別措置の廃止)、環境税の本格的な導入が先行されるべきだ。同時に、国際金融取引税の導入などグローバル課税の強化も課題になる。消費増税は、最後の手段なのである。

 消費税は、現役世代だけが負担する所得税と違って、子どもから高齢者まで誰もが負担するから、税負担の世代間公平性という点では優れている。しかし所得の低い人びとに負担をより重くかける逆進性という大きな欠陥を抱えている。したがって、消費税率を引き上げるとすれば、食料品や生活用品への軽減税率、給付付き税額控除(低所得者への税の還付)といった逆進性緩和の措置を導入することが必要不可欠である。

 しかし、今回の消費増税ではこうした措置を採らないまま、低所得者(住民税非課税世帯の2400万人)に一律1?1.5万円を給付するだけである。消費税率3%の引き上げで増える負担額は、年収250万円未満の世帯で5.5万円(第一生命経済研究所)になると試算されている。1?1.5万円の給付金は、逆進性緩和には役立たない「見舞金」のようなものだ。


アベノミクスの賭け――東京オリンピック

 来年4月に消費増税を強行する安倍政権は、強気な姿勢の裏で大きなリスクを抱えることになる。輸入品の値上がりに加えて消費税率が引き上げられれば、消費者物価は上昇し(日銀の予測では3.3%の上昇)インフレが進行するが、しかし賃金は上がらず所得は増えない可能性が高い。賃上げを伴わないインフレだけが進行すれば「経済の好循環」にたどりつけず、人びとの「期待」は裏切られてアベノミクスは挫折する。

 ここで救世主として登場するのが、2020年東京オリンピックの開催決定である。アベノミクスの「第4の矢」は財政再建になるはずだったが、オリンピックが第4の矢だと言われるようになっている。東京都はその経済効果を3兆円と見積もっているが、控え目すぎる数字だ。オリンピック開催に間に合わせるという名目で、老朽化した首都高速道路の改修、3つの環状道路の整備、羽田と成田を結ぶ「都心直通線」の建設など公共事業が一挙に花盛りになるだろう。選手村が建設される湾岸部では、マンション建設など開発ラッシュになりバブルの再来が確実視される。

 インフラ整備や住宅開発による景気浮揚の効果だけではない。2020年は、「成長戦略」の多くの目標達成年とされている。御用学者たちは口をそろえて言う。「規制緩和についても『五輪のために必要』という力学が働き、いい意味での改革圧力として作用する」(竹中平蔵(3))。「インフラ整備でも制度改革でも、7年以内に実現するという具体的なスケジュールの設定が重要な意味を持ってくる」(伊藤元重(4))。

 さらに重要なことは、「オリンピック開催が、官民、そして国民が一丸となるうえで求心力になりうる」(同上)とされていることだ。安倍がその求心力を宿願の改憲へと利用しないはずがない。

 しかし、ことが思惑通りに進む保証はない。安倍は、荷が重い財政再建ではなくオリンピックに飛びついた。だが、過熱する公共投資は財政赤字を膨らませ、ただでさえ達成困難な「2020年にプライマリーバランス(基礎的収支)の黒字化」という財政再建の国際公約の目標を吹き飛ばすだろう。安倍政権が命運を賭けるアベノミクスの行方には、思わぬ落とし穴と波乱が待ち受けている。

注)
1 伊藤元重「金利冒頭のリスク、より深刻」(日本経済新聞9月4日)
2 土居丈郎「『他力依存』から早期脱却を」(同9月3日)
3 竹中平蔵「『アベノリンピクス』、成長と改革の追い風に」(「日経ビジネスオンライン」9月13日)
4 伊藤元重「オリンピック開催をチャンスとしてさまざまな規制改革を断行せよ」(「ダイヤモンド・オンライン」9月17日)
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