メニュー  >  【加筆・修正版】鳩山政権と沖縄米軍基地――「移設」というワナ/武藤一羊
※この論説は、10月11日付「鳩山政権と沖縄基地――『移設』というワナを壊し、『普天間』と『辺野古』で別個に対米交渉を」に加筆し修正を加えたものです。11月2日、3日付『沖縄タイムス』に掲載されました。

鳩山政権と沖縄米軍基地
  ――「移設」というワナ


武藤一羊
2009年10月31日

普天間基地問題に支離滅裂な閣僚発言
 普天間基地をめぐる鳩山政権閣僚たちのふるまいは、期末試験で答案提出のベルがあと5分に迫っているというのに、一つも答えが浮かんでこないので、焦りまくって、やたら答えらしきものを書いたり消したりしている中学生を思わせる。10月20日ゲーツ米国防長官が来日し、鳩山首相、岡田外相、北沢防衛相との会談で、在沖縄海兵隊のグアム移転に絡めて、米軍普天間飛行場の「現行計画通りの移設」を迫った。北沢防衛相との会談では、「普天間代替施設は(在日米軍再編の)ロードマップの要だ。普天間移設なしにグアム移転はなく、グアム移転なしに沖縄の兵員縮小や基地返還はない」と述べた(『沖縄タイムス』10月22日)文字通り日本政府を恫喝したのである。それを前に、焦りと怯えは一気に募り、閣僚たちの発言は支離滅裂なものになってきた。岡田外相の「県外・国外移設は選択肢と考えられない」とする嘉手納統合発言(10月23日)、北沢防衛相の辺野古への移設は、岩国やグアムへの海兵隊移転を含んでいるので、県外移設の一種で、公約違反でないなどという詭弁(10月27日)にいたるまで、閣僚たちは勝手な無責任発言を繰り返している。この問題については、鳩山首相は一貫しておっとりと構え、北沢発言にたいしては「私どもとすれば普天間の移設問題に関して、県外あるいは海外と訴えてきた」と指摘。「いろんな角度から検証を始めたばかり」として、結論をうるまでに時間がかかるとの考えを繰り返した」という。(『朝日新聞』10月28日)

 「時間をかけて結論をうる」というのは恫喝をやりすごす態度として評価できる。しかしそうしていずれ出すだろうその結論とは何についての結論なのだろうか。この問題全体がメディアを含めて「普天間移設」問題と呼ばれていることに注目しよう。10月初め沖縄入りした前原沖縄相は、こう語っている。「辺野古への移設が本当に進むのか、疑問だ。早く進むものを模索していかなくては。鳩山政権のもとで新たな移設先を再検討し、実施することが必要だ、と改めて感じた」。(『読売新聞』10月4日)すなわち「移設」先の決定。これが時間をかけて決めることの中身であるようだ。

「移設」したいのは誰か
 しかしこの「移設」という言葉遣い=問題設定には根本的におかしいところがないか。移設についてのこれらの発言は日本政府を主語とするものである。だが問題の基地は米軍基地である。つまり米軍の施設、アメリカ合衆国の所有、管理する施設である。それの機能をA地点からB地点に移設するという行為の主語は、米国政府でしかありえないのではないか。基地の移設とは物理的な引っ越しではなく、特定の軍事機能遂行能力をA地点からB地点に移すことである。この軍事機能は100%米国のものである。だから米軍基地を「移設」するという行為は、本来日本政府を主語にして語りうるものではないのだ。にもかかわらず、日本政府も日本のマスコミも「県内移設か、県外移設か、国外移設か」などと平気で論じている。ではここでわれわれはアメリカの主権を侵害しているのだろうか。とんでもない。その正反対に、われわれはアメリカ政府・軍の頭で考え行動するようになっているのだ。基地の移設はアメリカ政府に属する行為である。なぜ「代替施設」を探し出し、「移設」することが日本政府の責任にならなければならないのか。いや、そもそも解決すべき問題とは「移設」問題なのか。

 こちらから見れば(沖縄から見てもヤマトから見ても)、実体的問題は二つある。一つは、古い危険な基地を閉鎖させる問題であり、二つ目はアメリカが新しい基地を要求し、つくらせようとしている問題である。これらはこちら側からすれば、二つの別個の問題である。その上、主張されている二つの間の関連は、見かけほど自明ではない。アメリカは、新基地を旧基地の代替基地と考えているかもしれないし、そうでないかもしれない。旧基地は、老朽化し、使い物にならないので、閉鎖したほうが得策と考えているかもしれない。2003年11月ブッシュ政権の国防長官ラムズフェルドが、ヘリで普天間基地を視察して、この「世界で一番危険な基地」の早期閉鎖の必要をもらしたことは当時広く伝えられた。そして新基地は、旧基地があろうとなかろうと、アメリカが昔からほしかったものかもしれない。真喜志好一氏は、綿密な資料分析に基づいて、米国がすでに1960年代から辺野古に総合的な巨大基地建設を計画していたことを10年前から証明しているのだ。

問題は2つであり別個である
 米軍基地のA地点からB地点への「移設」という場合、AとBは、あちら、米国の都合と理屈によってのみ関連させられるのであり、こちら側にとってAとBをつなぐひとつの都合や理屈があるわけではないのである。危険きわまる基地を閉鎖させること、美しい自然を破壊し地元社会を危険にさらす戦争施設をもう一つつくらせないこと、この二つは、こちら側にとっては、それぞれ深刻な独立した問題であって、一方で要求を通せば、他方はあきらめなければならないなどという矛盾した関係に置かれようのない問題なのだ。その二つのイッシュウを、あれか、これかという関係のなかにむりやり結びつけた米日国家の手法は、人質の命と身代金のどちらが大事かと迫る誘拐犯の手口と本質的に変わりない。このような関係づけのカナメが「移設」というひと言なのである。「移設」というこの枠取りによって、すべての問題はどこに「移設」するのか、県内か、県外か、県外だとすればどこか、といった議論に転移させられ、それにどう答えてもわれわれは米軍基地「移設」の責任を負わされるのである。さらに悪いことには、ひとたびこの理屈を認めてしまうと、「代替施設」の受け入れを認めないことは、普天間基地の維持を支持し、宜野湾市民に敵対するという文脈に置かれてしまうことだ。これは営利誘拐より悪質だ。ここで要求されている身代金はお金ではなくて、辺野古の地域社会の安全とジュゴンの住む自然なのである。くりかえすが、「移設」という論理を認めることで、「移設」先がどこであれ、われわれはこの「誘拐」を認め、それに正当性を与えてしまうことになるのだ。

 歴代自民党政権は、進んでこのワナに沖縄の基地問題全体をはめ込むことに血道をあげてきた。沖縄への負担軽減をうたいつつ、問題を新基地設置にすり替え、「移設」のワナに引き込んだ1996年のSACO合意は、米国の沖縄への準領土意識と沖縄を国内植民地と扱う日本国家の植民地主義的体質の共鳴の産物であった。米海兵隊8000人をグアムに「移転」させて沖縄の負担を軽減するという一見甘い口実で、グアムでの米軍基地拡張を巨額の日本の税金でまかなうという途方もない「米軍再編」取り決めも、同じ手口によるものである。これがグアム基地のハブ化計画にすぎないことはすでに広く指摘されている。ここでは「移設」ではなく「移転」が騙しのキーワードである。

普天間基地は閉鎖を!辺野古基地は計画撤回を!
 八月総選挙による自民党政権の崩壊は歴史的出来事だった。そうして誕生した鳩山政権が何者であるのかはまだ分からないが、少なくともこの政権が、いくつかの分野で自民党政権が積み上げてきた悪しき既成事実をとりこわそうとしていることは、大きく評価していいだろう。だが日米軍事同盟については、既成事実をこわす構えは弱い。民主党は、政権が近付くにつれて、このテーマについての表現を弱め、自ら交渉の足場を崩してきた。

 何より、鳩山政権はこの重大問題について米国と交渉を始めていないし、交渉を申し入れてさえいないのである。大臣たちは沖縄通いにばかり熱心である。訪米してオバマ大統領と会談した鳩山総理は、友愛の精神で信頼関係を築くことが先決として、沖縄基地の問題にはひと言も触れなかったという。岡田外相は「米国を刺激したくない」(社民党との連立交渉での発言)とした。対等な日米関係どころではない。これでは交渉は初めから負けである。米国はその足元を見て、ゲーツ長官を送り込み、先手を打ったのである。交渉は相手の嫌がる譲歩をかちとるためなので、相手を刺激するのは避けられない。それを避けてできるのは懇願しかない。懇願で与えられるのはお恵みであろう。鳩山政権は、普天間、辺野古問題で、交渉しようとしているのか、それとも懇願してお恵みにあずかろうとしているのか。どちらかを選択しなければならないのだ。

 その分かれ目は、「移設」、「移転」というニセの枠取りを取り払い、本来の問題について対米交渉を開始できるかどうかにある。普天間基地については、「代替施設」建設の進捗などとは無関係に、その閉鎖を要求し、交渉する。辺野古基地の建設については、自民党政府の決定を凍結し、計画の撤回を米国と交渉する。普天間閉鎖はいかなる交換条件からもきっぱり切り離すことが必要である。それは普天間基地閉鎖への近道である。「移設」方式では移設先が見つかるまでは普天間基地は存続することになる。そして「移設」先をどこに選んでも、そこには激しい抵抗が待っているだろう。「移設」方式は破産したのである。13年間の失敗の実績がそれを証明したではないか。日本政府は、米国にこの破綻を認めさせ、その上に立って、SACOと米軍再編合意の見直しと再交渉を申し入れよ。タフな外交交渉なしにこの問題は解決できないのである。

 民主党マニフェストは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地の在り方についても見直しの方向で進む」としている。「方向で進む」ための出発点は、「移設」や「移転」というワナをまず壊し、ワナから脱け出ることである。
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