■消費増税対策がてんこ盛り
総額100兆円を超える19年度政府予算が成立した。この予算の眼目は、10月に予定される消費税率の10%への引き上げとそれへの対策である。
安倍政権は消費増税による経済への悪影響を極度に恐れて、景気の落ち込みを防ぐ(「経済への影響の平準化」)ための対策をなりふり構わず盛り込んだ。減税措置としては自動車税の初めての減税、住宅ローン減税の期間延長、子や孫への教育資金贈与に対する非課税措置の2年間延長。家計への負担軽減措置としては軽減税率の導入、幼児教育の無償化や年金生活者支援給付金、未婚のひとり親への特別給付、キャッシュレス決済でのポイント還元とプレミアム商品券などが並ぶ。さらに景気対策の柱として「防災・減災・国土強靭化」の名目での公共事業への支出が大判振る舞いされている。
消費税率10%への引き上げで5・7兆円の負担増となり、経済へのマイナス作用が予想される。そこで、軽減税率の導入による1・1兆円の負担軽減に加えて幼児教育の無償化などによる受益増で、実質的な負担増を2兆円に抑える。そしてポイント還元やプレミアム商品券、公共事業、自動車や住宅購入の減税など2・3兆円の経済対策によって負担増を十分に相殺できると目論んでいる。
そのため、一般会計の歳出は101・4兆円と、初めて100兆円を超える規模に膨らんだ。前年度より3.7兆円、3・8%も増える。これは、過去四年間の平均の増額0・46兆円、伸び率0・5%と比べると際立って高い増え方である。
なかでも公共事業費の増え方は、0・9兆円、15・6%と突出している。安倍政権は、「国土強靭化」を名目に防災のための120河川の堤防のかさ上げ、経済・生活インフラの機能強化のための8空港の浸水対策の強化、2千カ所の道路の拡幅など3年間で7兆円を投じる緊急対策を決めた。相次ぐ災害をきっかけにした「防災」名目で公共事業を大幅に復活させ、景気対策のテコにしようというわけである。
このように、消費増税対策をてんこ盛りにした19年度予算は、増税に際して必ず減税や支出増を抱き合わせるという自民党政権の従来のやり口を再現している。キャッシュレス決済でのポイント還元が象徴的である。5%の還元(中小店舗での)だから、期間限定とはいえ2%の税率引き上げ分の補填を超えて3%の減税になる。景気対策と七月の参院選対策の意図が露骨に見て取れる予算である。
■社会保障は拡充されるのか
そもそも消費税率引き上げの大義名分は、社会保障の拡充であった。しかし、14年時の5%から8%への引き上げによる税収増の8割は、財政赤字の削減(「社会保障の安定化」、つまり将来世代の負担軽減)に充てられた。いいかえると「社会保障の充実」には少ししか回されず、人びとにとって消費税の負担増はサービス拡充の受益にはつながらなかった。
そこで安倍政権は、10%への引き上げに際しては5・7兆円の税収増(軽減税率導入で実際には4・6兆円)の使い道を変えることを公表した。すなわち当初は4兆円を財政赤字削減に、残りを社会保障の充実に充てる計画だったが、財政赤字削減分を減らして半分の2・8兆円を社会保障の充実に回すことに変えたのである。
その目玉が幼児教育の無償化である(他に低年金の高齢者への支援給付金など)。これは3?5歳のすべての子ども、低所得(=住民税非課税)世帯の0?2歳の子どもの保育所や幼稚園の料金(自己負担分)を無償化するものだ。これには年7800億円(当初は3800億円)が投じられる。
すべての3?5歳児を対象にした無償化は、所得制限なしの普遍主義的な社会サービスの拡充という点からは意味がある。その結果、すでに低所得世帯は保育料が減免されているため、高所得世帯が主として恩恵を受けることになる。とはいえ、これは普遍主義的なサービスには避けられないことであり、このことを問題視した批判は的を射ていない。
問題は、待機児童が増え続けていて、保育サービスから排除されている人が多数いるということである。今年4月の入園申し込みをして「保育園落ちた」人は、72自治体で4人に1人、6・5万人にも上る(朝日新聞3月18日)。普遍主義の立場に立てば、誰もが保育サービスを受けることができるように条件を整えることが喫緊の課題である。そのためには、報酬の大幅な引き上げによって保育士不足を解消し、病児保育などを含めた保育サービスを抜本的に拡充する必要がある。
しかし、安倍政権は、保育の受け皿を今年度6万人分(20年度末までに32万人分)整備すると約束しながら、そのための支出は800億円(当初は536億円)と、幼児教育無償化の支出の10分の1にとどまっている。拡充すべき社会サービスの優先順序が転倒しているのである。
そして、社会保障の拡充を謳いながら、軽減税率の導入と引き換えに「総合合算制度」の実施を見送った。これは、制度別ではなく家計単位で医療・介護・保育・障害などに関する自己負担の合計額に上限を設け、それを超える分を税から支給する仕組みである。低所得層へのセーフティネットとして予定されていたものだが、軽減税率導入による1・1兆円の税収減のあおりを食らって棚上げされてしまった。
軽減税率の導入は、その制度の複雑さによる混乱が避けられないだけではない。逆進性(低所得層がより重い負担となる)緩和措置と言われながら、むしろ高所得層が恩恵を受けることが明らかになっている。財務省の試算でも、最も所得が低い層(年収238万円未満)では計1430億円の負担軽減であるのに対して、最も所得の高い層(年収738万円?)では計2880億円もの負担軽減になる。軽減税率導入によって、低所得層への効果的な負担軽減措置が置き去りにされ、格差拡大が放置されることになる。
安倍政権は、すでに生活保護の生活費基準の切り下げ、介護保険からの要介護度の低い人向けサービスの除外を行なってきた。今年度は、「デフレ脱却」宣言をしないまま年金給付にマクロ経済スライドを発動する。すなわち、年金給付額は、名目的には0・1%、国民年金では年804円・月67円引き上げられるが、賃金上昇率0・6%から0・5%分が差し引かれるので、実質的には年3840円・月320円の引き下げになる。
また低年金の高齢者への支援給付金は約500万人に給付するが、年6万円・月5千円にすぎない。国民年金の平均給付額が月5・5万円だから、この程度の給付金では最低生活を保障することにはほど遠い。
このように、消費増税に社会保障の拡充が謳われても、その実体は部分的で中途半端あるいは見かけだけのものにとどまり、社会保障の貧弱さは解決されないままである。
■軍拡――米国から装備品を爆買い
19年度予算で際立つのは、軍事費の伸びである。5年連続で増えて過去最高の5・2兆円になり、前年度より1・3%、600億円の増大である。歳出総額や公共事業費の伸びに比べると増え方は控え目に見えるが、その中身には質的な変化がある。米国から高額な装備品を「爆買い」しているのである。
陸上配備型の迎撃ミサイル「イージス・アショア」2基の取得関連費(1757億円)、が計上され(実際の費用は維持・運用費を含めると4600億円になる)、最新鋭ステルス戦闘機「F35A」6機(681億円)、早期警戒機「E2D」9機(1940億円)が購入される。さらに、護衛艦「いずも」の空母化に向けて戦闘機の運用のための調査費(7000万円)が盛り込まれ、宇宙・サイバー・電磁波を扱う電子戦の領域にも予算を手厚く配分した(例えば宇宙ごみを監視するシステム取得に260億円)。米国政府から直接契約して調達する有償軍事援助(FMS)は7013億円と、前年度から7割増である。
しかも、新たに決定された防衛大綱と中期防(中期防衛力整備計画)では今後5年間(19?23年度)で予算総額が27兆4700億円とされ、現行の計画から3兆円も増える。これによって戦闘機「F35」は、「F35B」を含めて合計で105機を追加する(1機100億円超で1兆円を超える)。「武器より暮らしを!」を主張する市民の運動が立ち上がっているが、この主張があらためて強い共感を呼ぶような事態が進行している。
これらの米国製装備品の「爆買い」は、米国が中国を封じ込めるために太平洋からインド洋にかけて築きつつある軍事体制(「自由で開かれたインド太平洋」)の先端を、日本が積極的に担うことを意味する。安倍政権は、「専守防衛」の装いさえかなぐり捨てて米軍との一体化を極限まで進めようとしている。いま急速に進められている宮古島など南西諸島への自衛隊の配備と基地建設は、その具体化である。9条改憲(自衛隊の明記)の内実を既成事実として先取りする動きにほかならない。
■「公正な増税」で社会保障の拡充を
それでは、100兆円超えの大規模な歳出を賄う財源は、どうなっているのか。
消費税率の10%への引き上げもあって、税収は62・5兆円と前年度より3・4兆円、5・8%増える見込みになっている(19年度の消費増税分は1・3兆円)。これによって新規の国債発行額は32・6兆円と、前年度より1兆円、1・0%減少する。だが、実は預金保険機構から8000億円を納付させて、国債発行額が少なくて済むように見せかけているのである。それでも国債依存率は32・2%(前年度より2・3%の低減)と、国債発行に頼って政府債務を膨らませる構造には変わりはない。
安倍政権は、富裕層や大企業への課税強化にはまったく手をつけず、公正な増税によって社会保障拡充のための安定した財源を確保するという道を拒んでいる。財源確保のために実行すべき税制改革は、消費増税を先行させることではない。まず所得税の累進性の強化、とくに金融所得への累進課税と大企業への課税強化を実行することである。
日本の税制の不公正さを端的に示すのは、金融所得への課税が一律20%という軽い比例課税になっていることである。富裕層の儲けは、株高が進んできた近年では株式の売却や配当によって得た金融所得によるところが大きい。16年の年間所得1億円超の人は2万500人で、5年前に比べて6割も増えている。ところが、金融所得への軽い比例課税のせいで、所得が1億円を超えて超高額所得者になればなるほど税負担率が軽くなるという驚くべき逆転現象が生じているのだ。
したがって、金融所得に対して累進課税を行う、つまり金融所得と勤労所得を合わせた総合課税にする改革が急がれなければならない。金融所得に対して最高税率45%の勤労所得なみの累進課税をするだけで約4兆円の税収増になる。ところが、安倍政権は、今年度の税制改正で金融所得への課税強化をあっさり見送った。税率を5%上げて25%にする案も検討されていたが、「株価を重視する首相官邸は、当初から反対の意向が強く」(朝日新聞18年10月31日)葬り去られたから、ひどい話である。
大企業に対する課税強化も、素通りされた。企業の経常利益は83・6兆円(17年度)と史上最高になり、5年前の1・7倍にまで増えている。賃金引き上げへの還元が低く抑えられているから、内部留保は446兆円(うち10憶円以上の大企業は216兆円)と、これまた史上最高の金額にまで膨れ上がっている。その一方で、法人税率(実効税率)は、ここ8年の間に10%も引き下げられてきた(18年度は29・74%)。加えて、研究開発投資についての税控除などの優遇措置がある。
企業の経常利益や内部留保の急増ぶりを見れば公平性の観点から、企業への課税強化も緊要である。法人税率を8年前の40%に戻すだけで、5兆円の税収増になる。巨額の内部留保に対する課税の方法についても、工夫する必要がある。
また、安倍政権は、グーグルやアマゾンなどGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーム企業に対する課税についても消極的である。グーグルの日本法人が法人税率の低いシンガポールに所得を移転して15年度に約35億円の税逃れ(申告漏れ)をしていたことが明るみに出た。またアマゾンは、日本での14年度の売上高が9469億円であったが、支払った法人税はその1・2%、11億円にすぎなかった。楽天の支払った法人税が売上高の5・5%、331億円だったのと比べると極端に少ない。
国際的にはGAFAへのデジタル課税が日程に上っている。売上高の3%に課税するというEU案は合意できず先送りされたが、イギリスやフランスは独自に実行に移す。だが安倍政権は最初から腰が引けていて、デジタル課税の「議論そのものはほぼ素通り」された(日経新聞18年12月15日)。
安倍政権に対抗する私たちの主張は、《公正な増税で社会保障を拡充せよ》である。そのためには、まず富裕層と大企業に対する課税を強化することが必要である。また、軍事費を削る、少なくとも新たな装備品購入に充てる「一般物件費」1兆円をなくすべきだ。こうした政策で10兆円を超える財源を確保できるから、消費税の10%への引き上げ(5・6兆円分)は不要になる。
とはいえ、長い目で見ると2040年度には190兆円に達する(現在から約70兆円増える)と予測される社会保障給付費の財源をどうやって賄うのか、という難問が残る。低所得層を苦しめる社会保険料の負担を減らして税を中心にして財源を確保するためには、消費税の引き上げがどうしても必要になる。しかし、消費税は税負担の世代間公平性や高い税収力がある反面、逆進性や輸出企業への多額の還付金といった重大な欠陥を持つ。消費税の是非を含めて税のあるべき姿をめぐる議論が人びとのなかで活発に行われねばならない。
☆
安倍政権による消費増税への対抗提案として「反緊縮」を掲げることを提唱する人たちがいる。「大衆課税に反対し、民衆のために大胆に公金を使う『反緊縮』政策を目指す」(松尾匡)というわけである。しかし、アベノミクスを、「財政再建」を優先して社会保障費を削減してくる「緊縮政策」と見立てるのは、まったく不正確である。安倍政権は、「財政再建」の看板を下ろさないが平気で先送りし、経済成長を優先する。成長の妨げになるという理由で、公正な増税による持続的な財源確保に踏み込まない。そのために、その社会保障拡充策は見かけだけでその場しのぎのものになるのだ。
社会保障の拡充のために必要な財源をどのように確保するべきか。この問題を真正面から押し出してこそ、安倍政権の消費増税に対抗できる。「公正な増税」を前面に出さない「反緊縮」論は、この肝心のところで的を外しているのである。
【しらかわ ますみ:本誌編集長】
総額100兆円を超える19年度政府予算が成立した。この予算の眼目は、10月に予定される消費税率の10%への引き上げとそれへの対策である。
安倍政権は消費増税による経済への悪影響を極度に恐れて、景気の落ち込みを防ぐ(「経済への影響の平準化」)ための対策をなりふり構わず盛り込んだ。減税措置としては自動車税の初めての減税、住宅ローン減税の期間延長、子や孫への教育資金贈与に対する非課税措置の2年間延長。家計への負担軽減措置としては軽減税率の導入、幼児教育の無償化や年金生活者支援給付金、未婚のひとり親への特別給付、キャッシュレス決済でのポイント還元とプレミアム商品券などが並ぶ。さらに景気対策の柱として「防災・減災・国土強靭化」の名目での公共事業への支出が大判振る舞いされている。
消費税率10%への引き上げで5・7兆円の負担増となり、経済へのマイナス作用が予想される。そこで、軽減税率の導入による1・1兆円の負担軽減に加えて幼児教育の無償化などによる受益増で、実質的な負担増を2兆円に抑える。そしてポイント還元やプレミアム商品券、公共事業、自動車や住宅購入の減税など2・3兆円の経済対策によって負担増を十分に相殺できると目論んでいる。
そのため、一般会計の歳出は101・4兆円と、初めて100兆円を超える規模に膨らんだ。前年度より3.7兆円、3・8%も増える。これは、過去四年間の平均の増額0・46兆円、伸び率0・5%と比べると際立って高い増え方である。
なかでも公共事業費の増え方は、0・9兆円、15・6%と突出している。安倍政権は、「国土強靭化」を名目に防災のための120河川の堤防のかさ上げ、経済・生活インフラの機能強化のための8空港の浸水対策の強化、2千カ所の道路の拡幅など3年間で7兆円を投じる緊急対策を決めた。相次ぐ災害をきっかけにした「防災」名目で公共事業を大幅に復活させ、景気対策のテコにしようというわけである。
このように、消費増税対策をてんこ盛りにした19年度予算は、増税に際して必ず減税や支出増を抱き合わせるという自民党政権の従来のやり口を再現している。キャッシュレス決済でのポイント還元が象徴的である。5%の還元(中小店舗での)だから、期間限定とはいえ2%の税率引き上げ分の補填を超えて3%の減税になる。景気対策と七月の参院選対策の意図が露骨に見て取れる予算である。
■社会保障は拡充されるのか
そもそも消費税率引き上げの大義名分は、社会保障の拡充であった。しかし、14年時の5%から8%への引き上げによる税収増の8割は、財政赤字の削減(「社会保障の安定化」、つまり将来世代の負担軽減)に充てられた。いいかえると「社会保障の充実」には少ししか回されず、人びとにとって消費税の負担増はサービス拡充の受益にはつながらなかった。
そこで安倍政権は、10%への引き上げに際しては5・7兆円の税収増(軽減税率導入で実際には4・6兆円)の使い道を変えることを公表した。すなわち当初は4兆円を財政赤字削減に、残りを社会保障の充実に充てる計画だったが、財政赤字削減分を減らして半分の2・8兆円を社会保障の充実に回すことに変えたのである。
その目玉が幼児教育の無償化である(他に低年金の高齢者への支援給付金など)。これは3?5歳のすべての子ども、低所得(=住民税非課税)世帯の0?2歳の子どもの保育所や幼稚園の料金(自己負担分)を無償化するものだ。これには年7800億円(当初は3800億円)が投じられる。
すべての3?5歳児を対象にした無償化は、所得制限なしの普遍主義的な社会サービスの拡充という点からは意味がある。その結果、すでに低所得世帯は保育料が減免されているため、高所得世帯が主として恩恵を受けることになる。とはいえ、これは普遍主義的なサービスには避けられないことであり、このことを問題視した批判は的を射ていない。
問題は、待機児童が増え続けていて、保育サービスから排除されている人が多数いるということである。今年4月の入園申し込みをして「保育園落ちた」人は、72自治体で4人に1人、6・5万人にも上る(朝日新聞3月18日)。普遍主義の立場に立てば、誰もが保育サービスを受けることができるように条件を整えることが喫緊の課題である。そのためには、報酬の大幅な引き上げによって保育士不足を解消し、病児保育などを含めた保育サービスを抜本的に拡充する必要がある。
しかし、安倍政権は、保育の受け皿を今年度6万人分(20年度末までに32万人分)整備すると約束しながら、そのための支出は800億円(当初は536億円)と、幼児教育無償化の支出の10分の1にとどまっている。拡充すべき社会サービスの優先順序が転倒しているのである。
そして、社会保障の拡充を謳いながら、軽減税率の導入と引き換えに「総合合算制度」の実施を見送った。これは、制度別ではなく家計単位で医療・介護・保育・障害などに関する自己負担の合計額に上限を設け、それを超える分を税から支給する仕組みである。低所得層へのセーフティネットとして予定されていたものだが、軽減税率導入による1・1兆円の税収減のあおりを食らって棚上げされてしまった。
軽減税率の導入は、その制度の複雑さによる混乱が避けられないだけではない。逆進性(低所得層がより重い負担となる)緩和措置と言われながら、むしろ高所得層が恩恵を受けることが明らかになっている。財務省の試算でも、最も所得が低い層(年収238万円未満)では計1430億円の負担軽減であるのに対して、最も所得の高い層(年収738万円?)では計2880億円もの負担軽減になる。軽減税率導入によって、低所得層への効果的な負担軽減措置が置き去りにされ、格差拡大が放置されることになる。
安倍政権は、すでに生活保護の生活費基準の切り下げ、介護保険からの要介護度の低い人向けサービスの除外を行なってきた。今年度は、「デフレ脱却」宣言をしないまま年金給付にマクロ経済スライドを発動する。すなわち、年金給付額は、名目的には0・1%、国民年金では年804円・月67円引き上げられるが、賃金上昇率0・6%から0・5%分が差し引かれるので、実質的には年3840円・月320円の引き下げになる。
また低年金の高齢者への支援給付金は約500万人に給付するが、年6万円・月5千円にすぎない。国民年金の平均給付額が月5・5万円だから、この程度の給付金では最低生活を保障することにはほど遠い。
このように、消費増税に社会保障の拡充が謳われても、その実体は部分的で中途半端あるいは見かけだけのものにとどまり、社会保障の貧弱さは解決されないままである。
■軍拡――米国から装備品を爆買い
19年度予算で際立つのは、軍事費の伸びである。5年連続で増えて過去最高の5・2兆円になり、前年度より1・3%、600億円の増大である。歳出総額や公共事業費の伸びに比べると増え方は控え目に見えるが、その中身には質的な変化がある。米国から高額な装備品を「爆買い」しているのである。
陸上配備型の迎撃ミサイル「イージス・アショア」2基の取得関連費(1757億円)、が計上され(実際の費用は維持・運用費を含めると4600億円になる)、最新鋭ステルス戦闘機「F35A」6機(681億円)、早期警戒機「E2D」9機(1940億円)が購入される。さらに、護衛艦「いずも」の空母化に向けて戦闘機の運用のための調査費(7000万円)が盛り込まれ、宇宙・サイバー・電磁波を扱う電子戦の領域にも予算を手厚く配分した(例えば宇宙ごみを監視するシステム取得に260億円)。米国政府から直接契約して調達する有償軍事援助(FMS)は7013億円と、前年度から7割増である。
しかも、新たに決定された防衛大綱と中期防(中期防衛力整備計画)では今後5年間(19?23年度)で予算総額が27兆4700億円とされ、現行の計画から3兆円も増える。これによって戦闘機「F35」は、「F35B」を含めて合計で105機を追加する(1機100億円超で1兆円を超える)。「武器より暮らしを!」を主張する市民の運動が立ち上がっているが、この主張があらためて強い共感を呼ぶような事態が進行している。
これらの米国製装備品の「爆買い」は、米国が中国を封じ込めるために太平洋からインド洋にかけて築きつつある軍事体制(「自由で開かれたインド太平洋」)の先端を、日本が積極的に担うことを意味する。安倍政権は、「専守防衛」の装いさえかなぐり捨てて米軍との一体化を極限まで進めようとしている。いま急速に進められている宮古島など南西諸島への自衛隊の配備と基地建設は、その具体化である。9条改憲(自衛隊の明記)の内実を既成事実として先取りする動きにほかならない。
■「公正な増税」で社会保障の拡充を
それでは、100兆円超えの大規模な歳出を賄う財源は、どうなっているのか。
消費税率の10%への引き上げもあって、税収は62・5兆円と前年度より3・4兆円、5・8%増える見込みになっている(19年度の消費増税分は1・3兆円)。これによって新規の国債発行額は32・6兆円と、前年度より1兆円、1・0%減少する。だが、実は預金保険機構から8000億円を納付させて、国債発行額が少なくて済むように見せかけているのである。それでも国債依存率は32・2%(前年度より2・3%の低減)と、国債発行に頼って政府債務を膨らませる構造には変わりはない。
安倍政権は、富裕層や大企業への課税強化にはまったく手をつけず、公正な増税によって社会保障拡充のための安定した財源を確保するという道を拒んでいる。財源確保のために実行すべき税制改革は、消費増税を先行させることではない。まず所得税の累進性の強化、とくに金融所得への累進課税と大企業への課税強化を実行することである。
日本の税制の不公正さを端的に示すのは、金融所得への課税が一律20%という軽い比例課税になっていることである。富裕層の儲けは、株高が進んできた近年では株式の売却や配当によって得た金融所得によるところが大きい。16年の年間所得1億円超の人は2万500人で、5年前に比べて6割も増えている。ところが、金融所得への軽い比例課税のせいで、所得が1億円を超えて超高額所得者になればなるほど税負担率が軽くなるという驚くべき逆転現象が生じているのだ。
したがって、金融所得に対して累進課税を行う、つまり金融所得と勤労所得を合わせた総合課税にする改革が急がれなければならない。金融所得に対して最高税率45%の勤労所得なみの累進課税をするだけで約4兆円の税収増になる。ところが、安倍政権は、今年度の税制改正で金融所得への課税強化をあっさり見送った。税率を5%上げて25%にする案も検討されていたが、「株価を重視する首相官邸は、当初から反対の意向が強く」(朝日新聞18年10月31日)葬り去られたから、ひどい話である。
大企業に対する課税強化も、素通りされた。企業の経常利益は83・6兆円(17年度)と史上最高になり、5年前の1・7倍にまで増えている。賃金引き上げへの還元が低く抑えられているから、内部留保は446兆円(うち10憶円以上の大企業は216兆円)と、これまた史上最高の金額にまで膨れ上がっている。その一方で、法人税率(実効税率)は、ここ8年の間に10%も引き下げられてきた(18年度は29・74%)。加えて、研究開発投資についての税控除などの優遇措置がある。
企業の経常利益や内部留保の急増ぶりを見れば公平性の観点から、企業への課税強化も緊要である。法人税率を8年前の40%に戻すだけで、5兆円の税収増になる。巨額の内部留保に対する課税の方法についても、工夫する必要がある。
また、安倍政権は、グーグルやアマゾンなどGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーム企業に対する課税についても消極的である。グーグルの日本法人が法人税率の低いシンガポールに所得を移転して15年度に約35億円の税逃れ(申告漏れ)をしていたことが明るみに出た。またアマゾンは、日本での14年度の売上高が9469億円であったが、支払った法人税はその1・2%、11億円にすぎなかった。楽天の支払った法人税が売上高の5・5%、331億円だったのと比べると極端に少ない。
国際的にはGAFAへのデジタル課税が日程に上っている。売上高の3%に課税するというEU案は合意できず先送りされたが、イギリスやフランスは独自に実行に移す。だが安倍政権は最初から腰が引けていて、デジタル課税の「議論そのものはほぼ素通り」された(日経新聞18年12月15日)。
安倍政権に対抗する私たちの主張は、《公正な増税で社会保障を拡充せよ》である。そのためには、まず富裕層と大企業に対する課税を強化することが必要である。また、軍事費を削る、少なくとも新たな装備品購入に充てる「一般物件費」1兆円をなくすべきだ。こうした政策で10兆円を超える財源を確保できるから、消費税の10%への引き上げ(5・6兆円分)は不要になる。
とはいえ、長い目で見ると2040年度には190兆円に達する(現在から約70兆円増える)と予測される社会保障給付費の財源をどうやって賄うのか、という難問が残る。低所得層を苦しめる社会保険料の負担を減らして税を中心にして財源を確保するためには、消費税の引き上げがどうしても必要になる。しかし、消費税は税負担の世代間公平性や高い税収力がある反面、逆進性や輸出企業への多額の還付金といった重大な欠陥を持つ。消費税の是非を含めて税のあるべき姿をめぐる議論が人びとのなかで活発に行われねばならない。
☆
安倍政権による消費増税への対抗提案として「反緊縮」を掲げることを提唱する人たちがいる。「大衆課税に反対し、民衆のために大胆に公金を使う『反緊縮』政策を目指す」(松尾匡)というわけである。しかし、アベノミクスを、「財政再建」を優先して社会保障費を削減してくる「緊縮政策」と見立てるのは、まったく不正確である。安倍政権は、「財政再建」の看板を下ろさないが平気で先送りし、経済成長を優先する。成長の妨げになるという理由で、公正な増税による持続的な財源確保に踏み込まない。そのために、その社会保障拡充策は見かけだけでその場しのぎのものになるのだ。
社会保障の拡充のために必要な財源をどのように確保するべきか。この問題を真正面から押し出してこそ、安倍政権の消費増税に対抗できる。「公正な増税」を前面に出さない「反緊縮」論は、この肝心のところで的を外しているのである。
【しらかわ ますみ:本誌編集長】