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2017年7月8日 第13回脱成長ミーティング 
井手英策さんの「救済」型の再分配から「共存」型の再分配へという主張について

白川真澄


? はじめに
 社会保障のあり方を変えようという井手英策さんの提案が大きな反響を呼んでいる。その主張の核心は、次のような挑発的な言い方で表現されている。
 
 「貧しい人間の『救済』は不要だ。……[日本では]格差に鈍感で人間を信頼しないから、当然、他者のための税負担は嫌われる。……。多くの日本人は『格差是正=弱者救済』と考えがちだが、格差は中間層を豊かにすることでも是正できる。……。人間が必要とするサービスは所得を制限せず全員に提供する。私はこの考えを『必要主義』と呼ぶ。……。『低所得層の救済』から『人間の必要の充足』へと発想を転換しよう」(「『救済』から『必要の充足』へ」、朝日新聞15年5月28日)

 「警戒すべきは、『救済型の再分配」にとりつかれ、『救済に価する』人を探し出し、その人への支援だけを再分配政策だと決めつけてしまうことである。……。低所得層に給付を集中させる政策にはもちろん貧困を改善する効果がある。ただし、そのためには十分な財源が準備……されなければならない。ここにジレンマが生じる。財源を負担する中間層や高所得層が受益に乏しいと感じているとき、特定階層への給付の集中に対して、税の負担者である彼らは反発する。……。救済型再分配に別れを告げ、誰もが受益者となる共存型再分配へ方向転換すべきであ』る(『分断社会を終わらせる』P60?61)。

 井手さんは1972年生まれ、慶応大学経済学部教授で、専門は財政社会学。財政学者の神野直彦さん(新自由主義に反対し「分かち合いの経済」を主張した)の門下生、専門は財政社会学。最近は民主党の「尊厳ある生活保障総合調査会」に提言を行っている。

なお、井出さんは、経済成長を前提にしない社会経済のあり方を構想することを主張している。脱成長とまでは言えないが、間違いなく脱経済成長主義の考えに立っている。

「成長を前提としない社会経済モデルを構想しなければ、過去の過ちを繰り返すだけである」(『経済の時代の終焉』P214、岩波書店、2015年)。「いま求められているのは、経済成長を前提としない社会、人間の顔をした社会である」(同P225)

? 社会保障の2つのあり方――ターゲッティズムとユニバーサリズム

1 ターゲッティズム(選別主義)は、貧困や低所得の状態にある特定の人びとに対象を絞って公的な支援を行い、その生存を保障する。「救済」型の社会保障である。そこで、所得制限(一定以下の所得しかない世帯や個人)を設けることによって支援策の対象範囲を定める。そのために、受給資格があるかないかを調べる所得審査が行われる。

2 ターゲッティズムの政策は、次のようなものである。
生活保護/所得が政府の定めた最低生活費に届かない人に現金を給付する。生活扶助(東京都区部で単身者は月8万1780円)に住宅扶助(5万3700円)を加えて13万5480円が支給される。
就学援助/生活保護基準の1.1?1.3倍以内の所得しかない貧困な家庭(住民税の非課税世帯)の子どもを対象にして学用品の購入や給食費や修学旅行費などを補助。
児童扶養手当/ひとり親世帯(シングルマザー、父子世帯)に支給される手当。所得制限(年収が扶養親族1人の場合は130万円以下、2人の場合は171万円以下など)があり、第1子に最大で月4万2千円、第2子に1万円、第3子に6千円(16年8月から)。
消費増税に伴う低所得世帯への一律の給付金/2014年4月の消費税率の8%への引き上げに伴って低所得層への逆進性緩和措置として一律6千円の給付金の支給。
給付付き税額控除/定められた課税最低額を収入が下回る人には、課税しないだけではなく逆に税金を還付。民進党が導入を主張。

3 ユニバーサリズム(普遍主義、必要主義)は、所得の多い少ないに関わりなく、誰もが必要とするサービスをすべての人に提供する。「共存」型の社会保障である。
*医療・介護や保育のサービス、義務教育や高校無償化/すべての人を対象として無償あるいは低料金(一定の自己負担金)で供給される。
*所得審査など煩わしい行政手続きは不要になる。
*現金給付よりも現物の対人サービスの提供が中心ではあるが、現金給付の形態をとることもある。民主党政権時代に導入された親の所得制限なしの子ども手当は、富裕な世帯であっても子どもであれば誰でも一律の金額を受給できた。これは後に廃止され、所得制限(上限が年収960万円)付きの児童手当が復活した。
*各国で導入が検討・実験されはじめているベーシック・インカム(所得や資産、年齢、性別、働いているか否かに関わりなく、すべての人に対して一律の最低生活費を支給する)は、ユニバーサリズムの原理に立つ

? ターゲッティズムの問題点

1 常識的に考えれば、社会保障の役割はまず、貧困に陥ったり生活に窮している人びとに対して公的な支援を行い、その生存(権)を保障することにある。たしかに、対象を絞ったターゲッティズムは貧困と格差の解決策として即効性があり、財政負担も少なくて済む

2 しかし、ターゲッティズムにはいくつかの問題点がある。
(1)支援を受ける人に対する「偏見」が生まれやすい。「怠け者」だったから貧困に陥ったのだといった「烙印」(スティグマ)が貼られる。これを避けるために、「最低生活費」を下回る収入しかなく受給資格がありながら、生活保護を申請しない人も少なくない。
(2)「選別」にかかる多額の行政コストが発生する。所得や資産の把握に手間や時間がかかる。とくに生活保護の場合は、所得と資産に関する厳格な審査(「資力調査」、ミーンズテスト)が行われる。それは、当事者にとっても煩わしく屈辱感を伴う。
(3)所得制限があることによって労働へのインセンティブが低下することもある。所得制限を超えないように就労時間を減らす。あるいは生活保護の場合は、就労による収入分が差し引かれるから、就労へのインセンティブが弱まる。
(4)対象を厳密に定めようとしても、受給資格があるのに支給から漏れてしまう人が発生する。

3 ターゲッティズムの最大の問題点として井手さんが批判するのは、支給対象(受益者)ではない中間層が税負担に反発し(「租税抵抗」の発生)、増税への社会的合意の調達ができなくなることである。社会保障を支える「連帯」の意識や感情が損なわれ、社会の分断・対立が強まる結果になる。そのため、財政難を口実にした貧困層への公的支援の削減(生活保護基準の引き下げ)に対しても、当事者以外の社会的反対は小さかった。

? ユニバーサリズムへの批判と反論

1 ターゲッティズムからユニバーサリズムに転換すれば、ターゲッティズムが抱える多くの問題点は解決されるだろう(例えば、医療サービスをすべての人に対して無償で提供すれば、生活保護受給者だけが受けられる医療扶助は必要がなくなり、「偏見」は小さくなる)。なかでも、中間層が利益を受けるようになるから租税抵抗が弱まる効果が期待できる、と井手さんは強調する。「増税への合意形成を容易にする」ことで「低所得層への再分配が可能になる」(『日本財政 転換への指針』P151)というわけである。

2 しかし、ユニバーサリズムに対しては、いくつかの批判が行われている。第1に、すべての人を対象にする社会保障の拡充は巨額の財政支出を伴うが、それを賄うだけの財源は確保できず、「財政健全化」に逆行する、という批判である。
(1)たしかに、民主党政権が導入した所得制限なしの子ども手当は、財源不足から目標の半額しか支給できず、「バラマキ」批判を受けて行き詰まり、所得制限のある児童手当が復活した。
(2)財源が確保できないという批判に対しては、ユニバーサリズムは、租税抵抗の緩和によって増税が可能になるという反論を用意している。さらに、誰もが必要とする医療・介護・保育・教育などのサービスの拡充は、生活の安心感をもたらすから、消費を拡大して結果として経済を成長させ、それによる税収増を生む効果がある※、とも考えられる。日本では、現在および将来の社会保障への不安から個人消費を節約する傾向が強まり景気回復を足踏みさせているから、この主張には一定の説得力がある。
 ※「格差の拡大は経済成長を妨げる。逆に言えば、格差を是正することで、教育水準や技能の向上を通じて人びとの人的資本が蓄積され、経済成長率が高まる可能性がある」(『分断社会を終わらせる』P149)

3 第2に、ユニバーサリズムは貧困の解消や格差の是正には必ずしも役立たない、という批判である。
(1)生活保護受給者が増えつづけ(2016年1月現在で216.3万人、163.3万世帯と過去最高)、子どもの貧困やシングルマザーの窮状も深刻化している(貧困率は15.6%、子どもの貧困率は13.9%、ひとり親世帯のそれは50.8%、2015年)。この現状を直視すれば、貧困・低所得層への公的な支援の強化が緊要の課題である(受給資格のあるより多くの人が生活保護を受給できるようにする、給付付き税額控除を導入する、児童扶養手当や就学援助を拡大する)。
(2)しかし、いまの日本では、貧困や低所得(非正規雇用)の人びとを「本人が努力しなかったからだ」と見なす自己責任論の風潮が強い。そのなかで貧困・低所得層向けの支援の拡充をめざすターゲッティズムは、増税による財源の確保が難しいという壁にぶつかっている。井手さんは、「低所得層の救済のためにこそ、より豊かな人びとをいっそう豊かにしなければならないという」「連帯のパラドックス」(『日本財政 転換への指針』P19)を提示して、貧困・低所得層の「救済」優先の立場に反論している。
(3)さらに、井手さんは、受給と負担の両面で人びとを等しく扱うユニバーサリズムは、格差の是正に役立つと主張している。
例えば当初所得が200万円のAさんと2000万円のBさんがいると想定する。当初の格差は10倍である。この2人に同じ20%の税率で課税した後、一律200万円を給付する。


 当初所得課税(20%)課税所得一律給付可処分所得
A: 200 40 160 200 360
B:2000 40016002001800
単位:万円


結果的に、2人の可処分所得格差は5倍と、当初所得の格差10倍から大幅に縮小することになる(同P33)。
(4)神野直彦さんも、「生活保護のように、貧困者に限定して現金を給付する」「社会的扶助支出」の割合が高い米国・イギリスでは、格差が大きくなっている。逆に、「福祉、医療という対人社会サービスのウエイトの高い」北欧諸国では「格差や貧困率が低い」ことを数値で裏づけている。

「貧困者に限定して現金を給付する……垂直的再分配のほうが格差や貧困を解消するように思うかもしれない。……。ところが、貧しくとも豊かであっても、育児サービスは無料、養老サービスは無料、医療サービスは無料などと、対人社会サービスをユニバーサルにしたほうが、格差や貧困を解決してしまうのである」(『分かち合いの経済学』P113?116)。

(5)ただし、一律給付の金額が小さくなると、低所得者にとっては可処分所得があまり増えないから、格差是正の効果は大きくならない(例えば、一律給付が税に見合って50にとどまると、可処分所得はAさん210:Bさん:1650となり、格差は7.9倍にしか縮まらない)。たしかに、すべての人を対象にした社会保障給付(一律給付)を大幅に増やせば、格差是正につながる。しかし、その場合も、給付増を賄うのに必要な財源確保が、つまり大幅な増税が必要になる。

? いかにして税収を増やすのか

1 井手提案の“誰もが必要とする医療・介護・子育て・教育のサービスをすべての人に提供する”ユニバーサリズムへの転換は、長期的にみれば必要であり、正しい(ただし、生存権を保障するための最低所得保障の現金給付は、必要不可欠であるが)。問題は、ユニバーサルな対人社会サービスを提供するために必要な巨額の財源をどのように確保するのかということである。いいかえると、ユニバーサリズムによる増税への合意調達というだけでは、まったく不十分である。どのような増税を選ぶ(受け入れる)のかについての合意形成(あるいは争い)こそ、問われている。

2 私たちは、《経済成長による税収の自然増》という路線は幻想であり、間違いだと考える。この点は、井手さんと一致する。安倍政権は、増税を回避して(消費増税の2度の先送り)経済成長による税収増をめざし、デフレ脱却(インフレ目標2%とGDPの実質成長率2%の達成)までは国債発行に依存し続ける路線を選択している。

(1)安倍政権は、GDP成長率を2019年度以降は実質2%・名目3%以上に、23?25年度には実質2.4%。名目3.8%にまで高める経済成長をめざしている。これによって、国の税収は現在(16年度)の56兆円から25年には81兆円にまで増える(1.4倍)と見込んでいる。
(2)その結果、国と地方のプライマリーバランス(税収?政策経費)は、赤字(15年度は15.6兆円の赤字)が解消され、25年度には2兆円の黒字に転化する。また、国と地方の債務残高の対GDP比は、16年度の190%から25年度の170%に低下する。つまり「財政健全化」を達成できる、と目論んでいる。
(3)しかし、GDP成長率は、アベノミクスの下(13?16年度)では年平均で実質0.8%・名目1.7%にすぎなかった。潜在的成長率は0.8%にとどまる。これから労働力人口が急速に減少していくなかで、実質2%以上・名目3%以上の経済成長はもはや望めない。2%以上の成長を達成するためには、労働力人口の減少(年1%)を労働生産性の急速な上昇(年3%以上)でカバーするしかないが、労働生産性の上昇率は年平均0.4%(2010?15年)にすぎないというのが現実である。
(4)現在は0%前後の超低金利のおかげで大量の国債を発行しても、利払い額(年約10兆円)は増えず、償還分を含めた国債費は緩やかな増加(10年度20.6兆円 → 15年度で22.5兆円)で済んでいる。そのため、安倍政権は増税よりも国債発行による財政支出拡大に転換している。しかし、仮に政権が望む通りの経済成長が実現すると、長期金利は4%超に上昇する。利払い額は約30兆円、国債費は約50兆円に急増する(25年度)。債務残高の対GDP比が下がるという見通しには、金利上昇による債務残高の膨張の予測が入っていない! また、金利上昇は国債価格の下落や日銀当座預金の付利の上昇を招くから、大量の国債(発行残高の4割)と当座預金を抱える日銀が大損失を被る。
(5)アベノミクスの下で税収は約12兆円増えたが、それは主として消費税収が税率引き上げ(14年4月に3%)で7兆円増えたからである。企業の経常利益は急増したが(2010?15年度で24.5兆円増)、法人税収は1.8兆円しか増えなかった(02?07年度は経常利益22.5兆円の増大に見合って法人税は5.2兆円の増収)。法人税率が7%以上も引きさげられたからである(日経新聞17年1月28日)。不公正な税制が税収を失わせているのである。
3 日本の財政は、1990年代以降、歳出が増えつづけてきたにもかかわらず、税収は低下・伸び悩んできた。その赤字分を大量の国債発行によって埋め合わせてきた結果、1000兆円(国債だけで805兆円)という巨額の債務を累積してきた。
      
表1 国の一般会計の歳出・税収・公債発行額の推移

年度19911997200520102015
歳出総額70.578.585.595.3100.2
税収59.853.949.142.334.9
公債発行額6.718.531.342.334.9
(単位:兆円) 出典:財務省HP

4 税収の低下・伸び悩みは、経済成長率の低下(1991?2013年度の平均で実質0.9%)に起因するよりも、富裕層や大企業を優遇する不公正な税制によって多額の税収を失ってきたことが大きな要因である。
(1)金融所得(株の売買などによる)への低率の比例課税(20%、03?14年は10%)、所得税の累進性の緩和。
(2)法人税の税率引き下げと政策減税(租税特別措置など)。
(3)相続税の引き下げ。
(4)富裕層と大企業のタクス・ヘイブンを使った「節税」=租税回避行動によって、巨額の税収が失われた(日本だけでも13年度に5.1兆円の税収の喪失、The Tax Justice Network)。
(5)他の税収が減るなかで日本では消費税の比率が高まってきたが、これは世界的な傾向である。各国政府は、グローバル化のなかで所得税や法人税を大幅に引き下げる国際的な競争を展開した結果、税収の減少に見舞われこれをカバーするために大衆課税の強化としての消費増税に依存することになった。消費増税は、グローバル化に伴う不公正な租税構造の出現のなかで浮上してきたという面をもつ。

5 日本の租税負担率はいちじるしく低いが、税負担の引き上げに反発する「租税抵抗」感は大きい。その理由は、中間層の受益がないターゲッティズムにだけあるのではない。
(1)その最大の要因は、政治、とくに政権に対する不信感の強さである(井手さんは、この点も指摘している)。
(2)井手さんが指摘するように、誰もが必要とする対人社会サービスの貧弱さも、大きな要因である。年金と医療サービスはそれなりに充実しているが、介護サービスと子育てサービス、教育は貧弱である(家族介護を含め自己負担が大きい)。
(3)税負担は軽いが、社会保険料の負担が増えつづけてきたために重税感が強くなっている。しかも社会保険料には一律=定額部分があり、低所得層の負担が過重になる逆進性がある。
(4)税負担の不公平さに対する不信と批判が強い。負担が重くても公平であれば人びとは負担を受け入れるが、不公平であれば負担を拒むのは当然である。ただし、日本では税負担の不公正さに対する不信と批判は、水平的関係(源泉徴収の勤労者と申告納税の自営業者の間、また低い年金課税の高齢世代と勤労所得税の現役世代の間)における不公平に向けられていて、垂直的関係(富裕層と中間層・低所得層、巨大企業と勤労者)における不公正さには強く向けられてこなかった。
(5)日本では、左翼政党が増税路線に躊躇して、大衆迎合の減税路線を主張してきた。経済成長による税収増を前提にした“軽い税負担で大きな福祉を”という発想に固執してきた。選挙で増税を訴える政党はなかった。


表2 税と社会保険料の負担率(対国民所得比、2013年)
租税負担率社会保険料負担率
日本24.117.5
米国24.28.3
イギリス35.910.6
ドイツ30.422.2
スウェーデン49.9 5.7
フランス40.726.9

(単位:%) 出典:財務省HP

? 井手提案をどう受けとめるか――どのような増税を選ぶのか

1 井手提案は、社会保障のあり方としては賛成できるが、それを支える巨額の財源を調達する増税のあり方については必ずしも明確ではない。井出さんは、消費税率の引き上げに賛成しているが、しかし、必ずしも《増税は消費増税から》という立場をとっていない。所得税の累進性の強化、法人税の税率維持・租税特別措置の見直しなどと組み合わせて、地方税として消費税の増税を主張している。

「消費税の場合、所得の多寡とは関係なく、ある財を購入すれば誰もが納税者となる。これはユニバーサリズムの概念に近い税制ということになる」(『日本財政』P27)。「消費税で問題になる逆進性は、給付面さえしっかりしておけば問題ない」(『財政赤字の淵源』P261)。

「国の本質的な役割は、ターゲティズムに基づいた所得再分配にある」(『日本財政』P185)。そこで、国税の根幹を支える税として、累進所得税が議論の焦点となる。……最高税率の引き上げや累進度の強化が避けられない」(同上P186)。また、「法人税の引き下げには慎重であるべきであり、再分配のための国税という観点からは、租税力のある企業に相応の負担を求めるべきである。また、……租税特別措置に見直しを進め、公平性を強める努力をすべきである」(同上P189)。

「対人社会サービスは地方自治体が供給している」、「自治体の使命はユニバーサリズムに基づいて、人びとの生活を保障することになる」(同上P150?151)。したがって、「人びとが共通して求めるニーズ――医療や初等教育、育児・保育、養老・介護等――に関して、税率がひとつである地方消費税によって税収を底上げし、全国一律でこれを拡充すればよい」(同上P196?197)。

2 人びとのなかにある強い「租税抵抗」感を打ち破って、生存権の保障と「誰もが必要とする」社会サービスの提供に必要な財源確保のための増税への合意を形成していくことは、簡単なことではない。しかし、次のような原則・原理を明確にした税と社会保障のあり方を提示し、議論を積み上げていくことが大事である。
(1)少子高齢化と成長なき時代には、「助け合い」/「支え合い」/「連帯」によって生きる選択しかない/「自己責任」「自己負担」による生活保障が可能なのは少数の高所得者に限られるから、「みんなの支え合い(税)」による生活保障(最低所得保障と医療・介護・保育・教育のほぼ無償のサービス提供)に頼るしかない。また、経済成長による税収の自然増は幻想であり、国の借金をさらに増やすだけだから、みんなが税負担を増やす(増税)以外にはない。
※社会保障の財源確保のための増税について、多くの人びとが増税の必要性を感じているが、実際に消費税率の引き上げが行われることには抵抗する人が多い。2011年3.11間に行われた世論調査では、「社会保障財源のための消費増税」に賛成47%、反対37%であった(朝日新聞2011年3月21日)。17年4月に予定されていた消費税率10%引き上げについては、「延期すべきだ」59%、「延期すべきでない」29%であったが、「引き上げ延期で社会保障に悪い影響が出る不安」を感じる65%、感じない30%であった(朝日新聞16年5月14日)。
(2)みんなで税負担(の増大)を分かち合うためには、負担は公平でなければならない/負担が公平であれば、人びとは必要な負担を進んで引き受ける。そして、公平性は、垂直的な関係性(持てる者と持たざる者の関係)と水平的な関係性(世代間の関係)の両方で実現される必要がある。

3 現在の不公正な税制の抜本的な改革を先行させると同時に、すべての人の税負担を引き上げる。こうした増税の提案を行い、政党・政治勢力間の再編の争点に押し上げ、人びとの合意にまで高めていく必要がある※。
(1)グローバル化に伴う租税負担の不公平をなくす/タクス・ヘイブン(の子会社)を利用した多国籍企業や富裕層による租税回避行動をやめさせる(タクス・ヘイブンの子会社の利益あるいは配当に本国並みの税を課すなど)。
  → 約5兆円の税収増が可能。
(2)税負担の垂直的な不公平性を改革する(その1)。所得税は、勤労所得と金融所得を合わせた総合課税とし、金融所得に対して累進課税を適用する。所得税の累進性を強化する(最高税率の60%への引き上げ、税率の段階刻みを増やすなど)。
  → 金融課税で約4兆円、累進性強化で約5兆円の税収増が可能。
(3)税負担の垂直的な不公平性を改革する(その2)。法人税は引き下げず、大企業向けの政策減税(租税特別措置)を大幅に圧縮する。企業の内部留保に対する課税の導入を工夫する。
  → 法人税率1%引き下げで約0.5兆円の税収減。
(3)税負担の垂直的な不公平性を改革する(その3)。資産課税を強化する(富裕層向けの相続税の最高税率の引き上げ、富裕税の導入の検討)。
(4)税負担の水平的な不公正性を改革する。世代間公平性を担保する消費税率を引き上げる(逆進性緩和措置の導入が必要)、厚生年金受給者への年金課税を強化する。
  → 消費税率1%引き上げで約2.7兆円の税収増。
※詳しくは、白川「『分配』重視で取り繕うアベノミクスと対決する」。

【参考文献】
*井手英策『財政赤字の淵源』2012年、有斐閣
*井手英策『日本財政 転換への指針』2013年、岩波新書
*井手英策『経済の時代の終焉』2015年、岩波書店、
*井手英策/古市将人/宮崎雅人『分断社会を終わらせる』2016年、筑摩書房
*神野直彦『分かち合いの経済学』2010年、岩波書店
*白川真澄「「『分配』重視で取り繕うアベノミクスと対決する」(『ピープルズ・プラン』第73号、2016年8月)。
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