リーマン・ショックから10年
白川真澄(雑誌『ピープルズ・プラン』編集委員)
ちょうど10年前の9月15日、米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻した。これを引き金にして金融恐慌(互いに疑心暗鬼に陥って資金の貸し借りが途絶)が勃発し、世界経済が大不況に陥った。資本主義はそこから立ち直り、いまでは米国を先頭に世界同時好況を謳歌している。しかし、危機は本当に乗り越えられたのか、むしろ新しい危機の芽が生まれているのではないか。
リーマン・ショックから10年をテーマにした記事や論評が、メディアを賑わせている。日経新聞は「リーマン危機10年」の特集を6日連続(9月9〜15日)で載せ、「経済教室」でも3回連載(9月12〜14日)。東京新聞は9月14日に、朝日新聞は9月16日に大きく扱っている。当事者の証言や現場のレポートなど、興味深いものもある。
詳しく紹介したりコメントすることはできないが、これらを一読してみて浮かび上がってくる重要な事柄や論点を挙げておきたい。
第1に、リーマン・ショックはかつてなく深刻な危機だったが、政府や中央銀行が巨額の資金を投入したことによって危機からの回復は早かった。倒産寸前の巨大金融機関(AIGやシティなど)と巨大企業(GMなど)は、政府の公的資金の投入によって救済され、数年後には巨額の利益を稼ぎだすまでに復活した。その一方で、何百万人もの人びとが住宅と仕事を失い、前よりずっと低い賃金で働かざるをえなくなった。リーマン・ショックは、米国内の格差拡大を加速する転換点になった。
第2に、銀行は、自己資本を厚くすることが義務づけられるなど規制が強化され、経営の健全性が高まった。その結果、金融危機を予防する力が備わり、危機の発生が避けられるようになった、と評価されている。しかし、規制外にある「シャドー・バンク」の拡大、最近の金融規制緩和の動きが警戒されている。
第3に、世界の債務(借金、負債)が膨大に積み上がった。大がかりな中央銀行の金融緩和と政府の財政出動によって危機が抑え込まれた反面、債務残高は247兆ドルと10年前の1・4倍に膨れ上がった。とくに急増したのが政府債務で、10年で倍増し、63兆ドルに達している。
この債務、とくに政府債務の膨張が新しい危機の可燃材料として、大きな不安を掻き立てている。巨額な債務の抱えるリスクが、ギリシャのような財政破綻として噴出するのか、そこまで行かなくても長期金利の上昇に伴う利払いの急増として財政を強く圧迫するのか。低金利が続いてきたが故にいまは静けさを保っている巨額債務のリスクは、不気味さを感じさせる。
第4に、マネーが世界中でますます氾濫している。債務の膨張と引き換えに供給された大量のマネーは、株式市場に流れこみ株価が高騰している。世界の株式時価総額は約85兆ドルと、リーマン・ショック後の最低額の2.9倍にもなっている。ここ30年、「バブル循環」(バブルの発生と破裂の周期的な繰り返し)が常態化している。過剰なマネーがどのようなバブルを引き起こし、どのように破裂するかは予測困難とはいえ、株式市場の過熱にその予兆を見出す人は少なくない。
マネーの氾濫が意味するのは、世界全体、とくに先進国の成長率が低下しているという現実である。ここ10年、企業の利益は急増したが、その多くは株主への配当やM&Aに向けられている。実体経済を形づくる設備投資や賃金(人件費)の伸びは緩やかで、企業の手元ではカネ余りが生じているのである。
第5に、米中貿易戦争が勃発していて、これが世界経済にとって最大のリスクになると不安視されている。相互に輸入品に高い関税をかける措置は、貿易を減少させ米中両国のGDPを低下させる。国境をまたぐ供給網が形成されている現在では、部品のコスト高や供給不足を招く。経済合理性の点から見れば双方に何の益もないのだが、貿易戦争の核心にはハイテク分野での覇権争いがある。それは、21世紀における米中両大国の覇権争いの最前線となっている。それだけに、簡単に妥協ができず長期化すると予想されている。
第6に、世界の民衆運動は大きく変わり、2011年を転機として大衆的直接行動の大きな波が世界に広がった。「1%」による富と権力の独占に対する人びとの怒りが噴出し、先進国では政権を独占してきた中道左派・右派の既成政党が不信にさらされ凋落した。代わって、華々しく登場したのが、「置き去りにされた人びと」を代表する排外主義の右翼ポピュリズム政党であり、トランプ政権である。しかし、それだけではない。オキュパイ運動や韓国の「キャンドル」市民革命、サンダースやコービンやポデモスを押し上げた左派の政治潮流の活性化、「反資本主義」の声の広がりに目を向けたい。
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これらの事柄や論点についての私の分析と評価は、「座標塾」(9月14日)での報告「資本主義はどう変わったか――リーマン・ショックから10年」で述べてあります。連絡くだされば、ファイルを送ります。
ピープルズ・プラン研究所事務局までご一報ください。(白川)
白川真澄(雑誌『ピープルズ・プラン』編集委員)
ちょうど10年前の9月15日、米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻した。これを引き金にして金融恐慌(互いに疑心暗鬼に陥って資金の貸し借りが途絶)が勃発し、世界経済が大不況に陥った。資本主義はそこから立ち直り、いまでは米国を先頭に世界同時好況を謳歌している。しかし、危機は本当に乗り越えられたのか、むしろ新しい危機の芽が生まれているのではないか。
リーマン・ショックから10年をテーマにした記事や論評が、メディアを賑わせている。日経新聞は「リーマン危機10年」の特集を6日連続(9月9〜15日)で載せ、「経済教室」でも3回連載(9月12〜14日)。東京新聞は9月14日に、朝日新聞は9月16日に大きく扱っている。当事者の証言や現場のレポートなど、興味深いものもある。
詳しく紹介したりコメントすることはできないが、これらを一読してみて浮かび上がってくる重要な事柄や論点を挙げておきたい。
第1に、リーマン・ショックはかつてなく深刻な危機だったが、政府や中央銀行が巨額の資金を投入したことによって危機からの回復は早かった。倒産寸前の巨大金融機関(AIGやシティなど)と巨大企業(GMなど)は、政府の公的資金の投入によって救済され、数年後には巨額の利益を稼ぎだすまでに復活した。その一方で、何百万人もの人びとが住宅と仕事を失い、前よりずっと低い賃金で働かざるをえなくなった。リーマン・ショックは、米国内の格差拡大を加速する転換点になった。
第2に、銀行は、自己資本を厚くすることが義務づけられるなど規制が強化され、経営の健全性が高まった。その結果、金融危機を予防する力が備わり、危機の発生が避けられるようになった、と評価されている。しかし、規制外にある「シャドー・バンク」の拡大、最近の金融規制緩和の動きが警戒されている。
第3に、世界の債務(借金、負債)が膨大に積み上がった。大がかりな中央銀行の金融緩和と政府の財政出動によって危機が抑え込まれた反面、債務残高は247兆ドルと10年前の1・4倍に膨れ上がった。とくに急増したのが政府債務で、10年で倍増し、63兆ドルに達している。
この債務、とくに政府債務の膨張が新しい危機の可燃材料として、大きな不安を掻き立てている。巨額な債務の抱えるリスクが、ギリシャのような財政破綻として噴出するのか、そこまで行かなくても長期金利の上昇に伴う利払いの急増として財政を強く圧迫するのか。低金利が続いてきたが故にいまは静けさを保っている巨額債務のリスクは、不気味さを感じさせる。
第4に、マネーが世界中でますます氾濫している。債務の膨張と引き換えに供給された大量のマネーは、株式市場に流れこみ株価が高騰している。世界の株式時価総額は約85兆ドルと、リーマン・ショック後の最低額の2.9倍にもなっている。ここ30年、「バブル循環」(バブルの発生と破裂の周期的な繰り返し)が常態化している。過剰なマネーがどのようなバブルを引き起こし、どのように破裂するかは予測困難とはいえ、株式市場の過熱にその予兆を見出す人は少なくない。
マネーの氾濫が意味するのは、世界全体、とくに先進国の成長率が低下しているという現実である。ここ10年、企業の利益は急増したが、その多くは株主への配当やM&Aに向けられている。実体経済を形づくる設備投資や賃金(人件費)の伸びは緩やかで、企業の手元ではカネ余りが生じているのである。
第5に、米中貿易戦争が勃発していて、これが世界経済にとって最大のリスクになると不安視されている。相互に輸入品に高い関税をかける措置は、貿易を減少させ米中両国のGDPを低下させる。国境をまたぐ供給網が形成されている現在では、部品のコスト高や供給不足を招く。経済合理性の点から見れば双方に何の益もないのだが、貿易戦争の核心にはハイテク分野での覇権争いがある。それは、21世紀における米中両大国の覇権争いの最前線となっている。それだけに、簡単に妥協ができず長期化すると予想されている。
第6に、世界の民衆運動は大きく変わり、2011年を転機として大衆的直接行動の大きな波が世界に広がった。「1%」による富と権力の独占に対する人びとの怒りが噴出し、先進国では政権を独占してきた中道左派・右派の既成政党が不信にさらされ凋落した。代わって、華々しく登場したのが、「置き去りにされた人びと」を代表する排外主義の右翼ポピュリズム政党であり、トランプ政権である。しかし、それだけではない。オキュパイ運動や韓国の「キャンドル」市民革命、サンダースやコービンやポデモスを押し上げた左派の政治潮流の活性化、「反資本主義」の声の広がりに目を向けたい。
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これらの事柄や論点についての私の分析と評価は、「座標塾」(9月14日)での報告「資本主義はどう変わったか――リーマン・ショックから10年」で述べてあります。連絡くだされば、ファイルを送ります。
ピープルズ・プラン研究所事務局までご一報ください。(白川)