日本人人質事件とイスラム
白川真澄(『季刊ピープルズ・プラン』編集長)
2015年1月24日記
「イスラム国」によって日本人2人が拘束され、身代金を支払わなければ殺害すると脅迫する衝撃的な出来事が発生しました。これが卑劣で許しがたい犯罪行為であることは、論を待ちません。2人の命が危険にさらされている緊迫した事態が続いている現在、2人の解放のために日本政府は全力を挙げるべきです。
同時に、この事件の発生に安倍首相は、重大な政治的責任を負っています。安倍首相は、1月17日にカイロで難民・避難民支援として約2億ドルの無償資金協力を発表しましたが、その目的が「『イスラム国』がもたらす脅威を少しでも食い止める」ことにある、とわざわざ表明したのです(さらに、テロリストや武器の流入を監視する国境管理能力の強化のために50万ドルを出すことにしています)。これが、日本の「イスラム国」に対する宣戦布告であると、「テロ行為」の格好の口実とされたことは間違いありません※1。
政府は、事件発生後はこの援助が「人道援助」であると強調しています。しかし、それなら、なぜ「イスラム国」の脅威と戦うといった言明をする必要があったのでしょうか。そこには、安倍首相の「積極的平和主義」のもつ本質的な危うさが顔を出しています。「積極的平和主義」は“軍事力による平和”(軍事力によってテロ集団を抑え込む)という考え方に立っていますから、米英など有志連合による「イスラム国」への空爆を何らかの形で支援したいという衝動や言動に駆り立てられても不思議ではありません※2。
日本が「積極的平和主義」を掲げて中東地域に向き合うことが、どのような重大な意味を持つのか、そのリスクを引き受けるだけの「覚悟」が政権と国民にあるのか。臼杵陽さんの問いかけ※3は、すごく重要だと思います。
なぜなら、いま世界は、悪くすれば“イスラムVS反イスラム”に分裂し、相争う時代にに入りかねない、その前夜に立っているように、私には感じられるからです。「シャルリー・エブド」襲撃・虐殺事件を引き金にして、パリでは「言論の自由」を擁護する170万人もの市民のデモが起こりましたが、これに乗じてヨーロッパ各地では「反イスラム」(イスラム系移民の排斥)のデモが拡大しています。そして、「シャルリー・エブド」紙が再びムハンメドの風刺画を掲載したことに対して、世界各地でイスラム教徒の激しい抗議デモが起こっています。フランス政府は「テロとの戦争」を宣言しましたが、そのことがイスラム系移民に対する偏見を煽り、社会の分裂を激しくする危険があります。
“イスラムVS反イスラム”という「文明の衝突」(ハンチントン)こそ、「イスラム国」の狙いと言えるでしょう。これを回避し、対話と非暴力による問題解決の道を創造することをめざすのであれば、「積極的平和主義」はその妨害物でしかありません。
※1 この点は多くの人が指摘していますが、たとえばリベラル派の田中秀征さん(元経企庁長官)の批判も的確です(「イスラム過激派に口実を与えてはならない」、『DIAMOND Online』15年1月22日)
※2 この点は、古賀茂明さんが1月23日夜の「報道ステーション」で指摘しています。
※3 「『積極的平和主義』の覚悟問う」(朝日新聞1月22日)