平 忠人
第9回の経済・財政・金融を読む会が、1月30日に開かれた。今回は、西部 忠『脱国家通貨の時代』(秀和システム、2021年)を取り上げ、報告者は大河 慧氏だった。参加者は、日本各地からすべてオンラインで24名、主催者を代表して白川真澄氏(季刊誌ピープルズプラン編集長)の挨拶から研究会は開始された。
今回のテキストは429頁とボリュームがあることから、本書の第1章・3章・5章を必読として、報告者から「これからの通貨の世界は、<一国一通貨>⇒<一国多通貨>へ向かうべきなのではないか」をモチーフに本書の概要が説明された。
以下、報告者作成のパワポから抜粋。
[1]日本の低いキャッシュレス化、現金+預金通貨の利用に止まる現状。新たな「通貨」の可能性。[2]「複数通貨」⇒法定通貨以外の「通貨」はありえるか。[3]貨幣の進化学と通貨の多様化。19世紀以降、資本主義の発展・中央銀行の設立により、物品貨幣⇒現金通貨、信用貨幣⇒預金通貨に固定化され、両者が国家通貨を形成して「一国一通貨」が固定化された。[4]ハイエクの「貨幣の脱国営化」⇒国内外の民間主体に貨幣を自由に発行させてグローバルに競争させること。[5]貨幣の未来(未来の通貨諸条件)〈1〉「コミュニティ=互酬原理」理念の導入〈2〉「革新的テクノロジーの導入」⇒デジタルーコミュニティ通貨へ。
概要の説明後なされた質疑応答では「仮想通貨の使い勝手」「デジタル通貨と資産評価への影響」「仮想通貨の価値基準」「地域通貨の機能、目的、意義・・」「CBCD(中銀デジタル通貨)」「中国デジタル人民元」「MMT(現代貨幣理論)関連」「日本銀行券を出資証券とみなす論議」等々多義にわたったが、以下、本書及び「ブロックチェーン」「中国デジタル人民元」について私の所見を述べたいと思う。
(1)第4章では、筆者は「信用貨幣とは、手形、銀行券など、貸し手と借り手の間の信用関係(貸借関係)に基づき発行される貨幣です・・」との表現には甚だ違和感を持たざるを得ない・・リフレ派もよくこの表現を使うのだが、貸し手と借り手は民法上債権者と債務者の契約関係(金銭消費貸借契約)が成立するのであって、民間の銀行が貨幣を発行するわけではない。融資の実行金額は100%が債務者の当座預金か普通預金へ振り込み処理され(いわゆる信用貨幣)借り手が従業員の給与等で仕向けられた口座から払い戻す現金は、銀行の取引先が預けた現金を店頭で渡すのである。(現状は、従業員等の各個人口座に振り込まれることから、従業員はATM等に収納された既発の現金を払い出すことになる)
(2)第5章で「このような独占的競争がもたらす商品選択原理こそ、集中的計画経済にも集中的市場経済にも欠けており・・略・・分散的市場が優れているのは、商品をより安くするだけではなく、より良くするからです・・略・・自律分散型の資本主義経済のメリットであり強みです」「一物多価」と記されている。だが、まさに「市場競争」が優先された「新自由主義」的発想ではないだろうか・・企業間競争に伴って被雇用者側に及ぼす様々な悪影響(「雇用契約形態」「賃金」「パワハラ」等)被雇用者側の労働環境・条件に一切触れられていない事から、本文の主旨は「売上至上主義」「経済成長主義」的と言わざるを得ない。
(3)「ブロックチェーン」を経済的側面で考えると、現在法定通貨による決済は、銀行のATMや銀行間のネットワーク等で構築され、振り込み・振替手数料が貴重な収益源となっている。
仮想通貨だと銀行関連の為替ネットワーク等中央管理の仕組みを通す必要がなく、仕向け側がインターネットを介して被仕向け側に振り込みをするだけなので、非常に安価な振込手数料の設定が可能である。法定通貨の場合、営業日以外や営業時間外には決済を実行することはできないが、仮想通貨の場合は休日でも夜間でも即時に決済を実行することができる。銀行にとって「受入為替手数料」は「損益計算書」の「経常収益」項目の「役務取引等収益」に仕訳され、ちなみに、2020年度の都市銀行5行の「役務取引等収益」は8,139憶円に及び、ゼロ金利政策の長期化で収益確保に苦戦を強いられる環境下、貴重な収益財源となっている。現在の金利政策が継続されれば、コロナ禍による影響も拡大することから、海外市場で稼げない中小金融機関は業界の再編等を余儀なくされるだろう。
さらに、ブロックチェーンの特性である「取引履歴」の保存、閲覧が可能なことから、信用力の判断基準になるものと思われ、金融機関の与信判断の効率化、高度化のレベルも向上すると思う。同時に、地域通貨を通じての「個人のプライバシー保護」「犯罪防止」「サイバー攻撃対策」等のリスクを伴うと同時に課題も多い。
(4)「デジタル人民元」(仮想通貨の抜け道を遮断「通貨覇権」)狙う切り札(週刊エコノミスト21/11/16号)。中国は、貿易規模ではすでに米国を抜き世界一だが、貿易決済での中国のドル依存度はどの国よりも高く、米国と覇権争いを続ける中で、中国の最大の弱点・アキレスケンとなっている。そうしたアキレスケンを克服し、人民元の国際化を進めて米国の通貨・金融覇権に挑戦する秘策こそが、デジタル人民元の発行と言える。
仮に、中国が唱える「一帯一路」構想の参加国で貿易決済に人民元が使われた場合、どう変わるだろうか。16年6月現在「一帯一路」に参加している国は65か国あり(21年6月では140か国)、16年の世界のGDP(国内総生産)の約31%である。さらに、「ドルの為替市場での構成比/米国の世界のGDPに占める比率」(基軸通貨の影響力係数)の係数は1.8倍であり、「一帯一路」に占める中国のGDP比率(約32%)に掛けると、外国為替市場での人民元の割合は約57%、世界全体の中では約18%まで上がる。(同誌参照)
デジタル人民元の発行によって、人民元がドルに一気に代わり、世界の基軸通貨の地位を奪うわけではない。しかし、デジタル人民元の利用がアジア、新興国の間で広まっていけば、世界の中での相対的なドルの存在感は確実に低下する。
(5)第2章「トークン(既存の仮想通貨のブロックチェーン上で発行される付加価値のある独自データ)エコノミー」は、中央集中管理を必要とせず、簡易に安価に迅速に流通するようになる仕組みである。銀行業界も、これまでは合併等での規模拡大による効率性向上が生き残り策として実行されてきたが、「地域トークンエコノミー」という切り口がナショナルブランドの金融機関とは異なる地域に強みを持つ地域金融機関にとっての生き残りの有力な手段の一つである。(NTTデータ経営研究所)
第9回の経済・財政・金融を読む会が、1月30日に開かれた。今回は、西部 忠『脱国家通貨の時代』(秀和システム、2021年)を取り上げ、報告者は大河 慧氏だった。参加者は、日本各地からすべてオンラインで24名、主催者を代表して白川真澄氏(季刊誌ピープルズプラン編集長)の挨拶から研究会は開始された。
今回のテキストは429頁とボリュームがあることから、本書の第1章・3章・5章を必読として、報告者から「これからの通貨の世界は、<一国一通貨>⇒<一国多通貨>へ向かうべきなのではないか」をモチーフに本書の概要が説明された。
以下、報告者作成のパワポから抜粋。
[1]日本の低いキャッシュレス化、現金+預金通貨の利用に止まる現状。新たな「通貨」の可能性。[2]「複数通貨」⇒法定通貨以外の「通貨」はありえるか。[3]貨幣の進化学と通貨の多様化。19世紀以降、資本主義の発展・中央銀行の設立により、物品貨幣⇒現金通貨、信用貨幣⇒預金通貨に固定化され、両者が国家通貨を形成して「一国一通貨」が固定化された。[4]ハイエクの「貨幣の脱国営化」⇒国内外の民間主体に貨幣を自由に発行させてグローバルに競争させること。[5]貨幣の未来(未来の通貨諸条件)〈1〉「コミュニティ=互酬原理」理念の導入〈2〉「革新的テクノロジーの導入」⇒デジタルーコミュニティ通貨へ。
概要の説明後なされた質疑応答では「仮想通貨の使い勝手」「デジタル通貨と資産評価への影響」「仮想通貨の価値基準」「地域通貨の機能、目的、意義・・」「CBCD(中銀デジタル通貨)」「中国デジタル人民元」「MMT(現代貨幣理論)関連」「日本銀行券を出資証券とみなす論議」等々多義にわたったが、以下、本書及び「ブロックチェーン」「中国デジタル人民元」について私の所見を述べたいと思う。
(1)第4章では、筆者は「信用貨幣とは、手形、銀行券など、貸し手と借り手の間の信用関係(貸借関係)に基づき発行される貨幣です・・」との表現には甚だ違和感を持たざるを得ない・・リフレ派もよくこの表現を使うのだが、貸し手と借り手は民法上債権者と債務者の契約関係(金銭消費貸借契約)が成立するのであって、民間の銀行が貨幣を発行するわけではない。融資の実行金額は100%が債務者の当座預金か普通預金へ振り込み処理され(いわゆる信用貨幣)借り手が従業員の給与等で仕向けられた口座から払い戻す現金は、銀行の取引先が預けた現金を店頭で渡すのである。(現状は、従業員等の各個人口座に振り込まれることから、従業員はATM等に収納された既発の現金を払い出すことになる)
(2)第5章で「このような独占的競争がもたらす商品選択原理こそ、集中的計画経済にも集中的市場経済にも欠けており・・略・・分散的市場が優れているのは、商品をより安くするだけではなく、より良くするからです・・略・・自律分散型の資本主義経済のメリットであり強みです」「一物多価」と記されている。だが、まさに「市場競争」が優先された「新自由主義」的発想ではないだろうか・・企業間競争に伴って被雇用者側に及ぼす様々な悪影響(「雇用契約形態」「賃金」「パワハラ」等)被雇用者側の労働環境・条件に一切触れられていない事から、本文の主旨は「売上至上主義」「経済成長主義」的と言わざるを得ない。
(3)「ブロックチェーン」を経済的側面で考えると、現在法定通貨による決済は、銀行のATMや銀行間のネットワーク等で構築され、振り込み・振替手数料が貴重な収益源となっている。
仮想通貨だと銀行関連の為替ネットワーク等中央管理の仕組みを通す必要がなく、仕向け側がインターネットを介して被仕向け側に振り込みをするだけなので、非常に安価な振込手数料の設定が可能である。法定通貨の場合、営業日以外や営業時間外には決済を実行することはできないが、仮想通貨の場合は休日でも夜間でも即時に決済を実行することができる。銀行にとって「受入為替手数料」は「損益計算書」の「経常収益」項目の「役務取引等収益」に仕訳され、ちなみに、2020年度の都市銀行5行の「役務取引等収益」は8,139憶円に及び、ゼロ金利政策の長期化で収益確保に苦戦を強いられる環境下、貴重な収益財源となっている。現在の金利政策が継続されれば、コロナ禍による影響も拡大することから、海外市場で稼げない中小金融機関は業界の再編等を余儀なくされるだろう。
さらに、ブロックチェーンの特性である「取引履歴」の保存、閲覧が可能なことから、信用力の判断基準になるものと思われ、金融機関の与信判断の効率化、高度化のレベルも向上すると思う。同時に、地域通貨を通じての「個人のプライバシー保護」「犯罪防止」「サイバー攻撃対策」等のリスクを伴うと同時に課題も多い。
(4)「デジタル人民元」(仮想通貨の抜け道を遮断「通貨覇権」)狙う切り札(週刊エコノミスト21/11/16号)。中国は、貿易規模ではすでに米国を抜き世界一だが、貿易決済での中国のドル依存度はどの国よりも高く、米国と覇権争いを続ける中で、中国の最大の弱点・アキレスケンとなっている。そうしたアキレスケンを克服し、人民元の国際化を進めて米国の通貨・金融覇権に挑戦する秘策こそが、デジタル人民元の発行と言える。
仮に、中国が唱える「一帯一路」構想の参加国で貿易決済に人民元が使われた場合、どう変わるだろうか。16年6月現在「一帯一路」に参加している国は65か国あり(21年6月では140か国)、16年の世界のGDP(国内総生産)の約31%である。さらに、「ドルの為替市場での構成比/米国の世界のGDPに占める比率」(基軸通貨の影響力係数)の係数は1.8倍であり、「一帯一路」に占める中国のGDP比率(約32%)に掛けると、外国為替市場での人民元の割合は約57%、世界全体の中では約18%まで上がる。(同誌参照)
デジタル人民元の発行によって、人民元がドルに一気に代わり、世界の基軸通貨の地位を奪うわけではない。しかし、デジタル人民元の利用がアジア、新興国の間で広まっていけば、世界の中での相対的なドルの存在感は確実に低下する。
(5)第2章「トークン(既存の仮想通貨のブロックチェーン上で発行される付加価値のある独自データ)エコノミー」は、中央集中管理を必要とせず、簡易に安価に迅速に流通するようになる仕組みである。銀行業界も、これまでは合併等での規模拡大による効率性向上が生き残り策として実行されてきたが、「地域トークンエコノミー」という切り口がナショナルブランドの金融機関とは異なる地域に強みを持つ地域金融機関にとっての生き残りの有力な手段の一つである。(NTTデータ経営研究所)