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トランプ流のグローバル化推進で何が変わるか

白川真澄

(2017年3月9日)


はじめに
 「米国第一」を掲げたトランプ政権の姿とその政策内容が、次第に明らかになりつつある。その「米国第一主義」は、とりあえず孤立主義、排外主義、保護主義という3つのキーワードで表現することができるだろう。

? 孤立主義とそのジレンマ
1 孤立主義は、トランプ政権の外交・軍事政策を特徴づける路線とされている。たしかに、「米国第一」だけを掲げるという意味で、孤立主義という評価は当たっている。
 「今日から『米国第一主義』だけを実施する。米国第一主義だ」、「我々は世界の国々に友好親善を求めるが、それは全ての国が自己利益を第一に考える権利を持つという理解の上でのことだ」(1月20日の就任演説)。

2 「米国第一主義」とは、「世界の警察官」の役割から下りる選択をするということである。米国は、イラク戦争の泥沼化とリーマン・ショックを通じて覇権国としての力を失いつつあることを露呈した。オバマ政権は、多国間協調主義という形で覇権国からゆっくりと下りる道を選択した。オバマは、イラクから軍を引き「米国は世界の警察官ではない」と宣言(2013年9月)。トランプは、オバマの選択を引き継ぎ、それをもっとあからさまに粗野に宣言している。「私の仕事は世界を代表することではなく、米国を代表することだ」(2月28日、施政方針演説)。

3 孤立主義としての「米国第一主義」を掲げたトランプ出現の意味についての2つの論評。
(1)イアン・ブレマーは、「Gゼロ」(「国際秩序で主導的な国家がなくなる」)の世界、つまり覇権国なき世界の到来を予測していたが、トランプの登場を次のように評価している。「トランプ氏の勝利によって、Gゼロはその瞬間に到来してしまった」、「米国民がトランプ氏を選んだということは、もはや米国は『世界の警察官』にならないと決断したということだ。……。問題は、そのようなことができる国が他にはないことだろう」(「早くも『Gゼロ状態』が到来してしまった」、『中央公論』17年3月号)。
(2)「ひとつは、混乱を生んでいるのはトランプ氏なので、彼が退任すれば、国際政治は多かれ少なかれ、正常に戻るだろうという予想である。もう片方の見立ては、これとは逆だ。15年以上にわたるテロとの戦争で米国は疲れ、もはや世界秩序を支える余力はない。トランプ氏の出現はその『結果』であって、『原因』ではないという分析である。後者の説に立てば、彼が去っても、トランプ氏以前の世界には戻らないことになる。残念ながら、正解はこちらに近いだろう。」(秋田浩之「押し寄せる歴史の波」、日本経済新聞17年2月19日)。

4 しかし、トランプ政権下の米国は、その力の衰退に応じて覇権国(「世界の警察官」の役割)から下りることが簡単にできない、というジレンマを抱えている。
(1)軍事介入からの撤退を試みたオバマ政権も、現実には中国の膨張主義と厳しく対抗し、ISとの戦争に限定的であれ踏みこまざるをえなかった。
(2)トランプ政権も同じ状況に直面していて、国益擁護のためにも世界秩序を維持するべく従来のような介入・調整を行うことを余儀なくされるだろう。政権は、核戦力や海軍力の増強による「米軍再建」のために国防費を1割(540億?=約6兆円)増額して総額6030億?(約68兆円)にまで膨らませる方針を打ち出している。
 ※オリバー・ストーンは、トランプが「米軍を撤退させて介入主義が弱ま」ることに期待を寄せているが(朝日新聞17年1月24日掲載のインタビュー)、その期待は間違いなく裏切られるだろう。

5 日本をはじめ先進諸国の不安と関心は、トランプ政権が同盟関係を維持し世界秩序維持の責任を果たすか否かの1点に集中していたが、閣僚たちが前面に出て、各国の防衛費増額を条件にしながら、とりあえず同盟国への義務を果たすことを約束している。
(1)トランプは日米安保について「在日米軍の駐留経費負担が、なぜ100%でないのか」(2016年3月)と不満を表していたが、日米首脳会談(17年2月10日)では、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用を「共同声明」で確認し、米国の日本防衛義務を明言した。その際、在日米軍の駐留経費の増額は要求しなかったが、安倍から「同盟におけるより大きな役割と責任を果たす」という言明を引き出した。安倍政権は、米軍による尖閣防衛義務の確約を、鬼の首を取ったかのようにはしゃいでいる(朝日新聞の世論調査でも、48%が日米同盟強化を評価)。
(2)トランプは、「NATOは時代遅れ」、「テロに対応していない」、「欧州の加盟国が攻撃されても義務を果たしているかで対応を判断する」と発言し、NATOを揺るがしてきた。しかし、マティス国防長官、ペンス副大統領が、NATOの重要性を強調し米国が同盟国への義務を果たすことを約束した。「NATOの集団防衛は盤石だ」(マティス、2月16日)、「米国はNATOを強力に支援する。大西洋を挟んだ同盟への関与は揺るがない」(ペンス、2月18日)と、米国が同盟国への義務を果たすことを明言した。ただし、2人とも、加盟国が軍事費の公平な負担(GDPの2%)を履行することを強く求めた。とくにドイツ(軍事費が対GDP比1%超)を標的にして、「加盟国が防衛費増額の努力を怠るならば、米国は欧州防衛への貢献を減らす」(マティス、2月15日)と、恫喝した。

6 トランプ政権が「米国第一主義」を掲げつつ、一体どのような世界秩序を構築していこうとしているのかは、いまだ不透明な要素が多い。
(1)大統領選でのトランプ発言から米ロ関係の和解が予想されていたが、現時点では対ロ制裁の解除やクリミア併合の容認による米ロ関係の和解といった積極的な動きは出ていない。しかし、EUの頭越しに米ロ和解(→ 米欧の亀裂)に転じる可能性もある。
(2)米中関係については、対中包囲網の構築による対中対決の強化という姿勢(日米首脳会談)をとっているが、「1つの中国」原則を確認して中国の警戒心を和らげる外交も展開している。しかし、米国の軍事費1割増(6兆円)に対抗するように、中国も軍事費を7%増で総額1兆元(16.5兆円)に乗せる方針を打ち出し、米中間の軍拡競争が加速されている。
 ※トランプ政権の中枢に入るピーター・ナヴァロは、著書『米中もし戦わば』(2016年11月)のなかで次のように述べている。すなわち、米国が中国と戦争に至る可能性は70%以上だが、戦車・戦闘機・軍艦を生産できる経済力、とりわけ米国の製造工場の多くが中国に移転してしまっている現状からすると、戦争が起こった場合には米国が劣勢になる可能性が高い。米国が危険な挑戦者に「戦わずして勝つ」、つまり中国を封じ込めるためには、まずは自国の経済力を強化し、その上で軍備増強による封じ込めが必要である。米国が「総合国力(経済・技術・教育・研究などのソフトパワーと軍事力というハードパワーの総和)で中国を圧倒しているかぎり、中国は戦争を仕掛けられない。
(3)中東政策については、トランプはイスラエル首相との会談で「2国家共存」のこだわらず「1国家」でもよいと発言し(2月15日)、パレスチナ側の反発を買った。また、イランとオバマ政権の間の核合意を非難している。しかし、こうした攪乱的な対応によって中東情勢が激動した場合に、米国がどこまで積極的に介入するのかは不明である。

7 米国が「世界の警察官」役から簡単に下りることができず、好むと好まざるとにかかわりなく従来の役割を続けざるをえないとしても、トランプ政権は、覇権国であるために必要不可欠な普遍的イデオロギーの提示?を最初から投げ捨てている。これは、オバマ政権と決定的に異なる点である。
(1)オバマ政権は、覇権国に必要なパワーの衰退を認めて撤退路線をとったが、それを補うために人権・自由・民主主義や核なき世界といった普遍的な理想を過剰に語った
(2)対して、トランプは「米国第一主義」しか語らず、「全ての国が自己利益を第一に考える権利を持つ」という「国益」優先の原理しか提唱しない。そこには、普遍性のある理念や原理は一かけらも見出されない。習近平の「核心的利益としての国家主権」や右翼ポピュリズムの「国益」優先と同じレベルのイデオロギーである。

? 排外主義――移民排斥・イスラム教徒への差別(簡略)
1 シリア難民の受け入れ停止、イラクなど7ヶ国の市民の入国を一時(90日間)禁止(17年1月27日)/イスラム教徒を標的にした排除と差別の例示的行為 → 行政機関内部からの批判や司法権力からの批判が噴出し、司法が大統領令をストップさせた。

2 移民の排斥/不法移民1100万人の締め出し
(1)ヒスパニック系の不法移民1100万人(うちメキシコからが585万人)を締め出すことを公約に。犯罪歴のある不法移民200?300万人を強制送還すると発言(16年11月13日)。
(2)大統領令で、重大犯罪だけ(オバマ政権時代)ではなく、軽犯罪でも強制送還を打ち出す。14日間(同)ではなく2年間の滞在歴が証明できないと即時送還。国籍を問わずメキシコに強制送還。メキシコ国境の「壁」建設の加速(全長3200?の国境線のうち1000?にすでに柵建設)。
(3)移民・難民排斥を掲げて大衆的支持を獲得し台頭するヨーロッパの右翼ポピュリズムの流れと共鳴し相互に伝播しあう。

3 移民排斥は、移民によって支えられている米国社会の基盤を揺るがし弱体化する
(1)不法移民は、米国経済にとって必要不可欠な低賃金労働力である。不法移民1100万人のうち「約850万人が就労し、建設業や農業など低賃金職種で米国経済を支えている」(日本経済新聞17年2月23日)。不法移民は、接客業(レストラン、ホテル)やレジャー産業で130万人、建設業で110万人が働く。彼らがいなくなれば、生産額は、接客・レジャー・建設業で長期的に見て9%、農業で8%低下、製造業では740億?低下すると予測される(加藤 出、“Diamond online”16年11月25日)。
(2)米国は、大量の移民を受け入れる(1995?2010年で生起の移民だけで1000万人超)ことで、先進国のなかでは例外的に出生率2.0を維持し、人口減少を免れている。
(3)米国は移民社会であることによって、多様性を実現している。それはまた、IT部門を含めて多様で優秀な人材を世界から獲得することを可能にしている。
(4)トランプの移民排斥政策は、米国社会の活力の源泉を破壊する自傷行為である。

? 保護主義のトランプは、反グローバル化か(その1)
1 トランプの経済政策は、年平均4%の経済成長、10年間で2500万人の雇用創出を目標に掲げて、次のようなものから構成されている。
(1)大型減税/法人税の大幅引き下げ(35%→15%)、所得税の累進性緩和。相続税の廃止。その結果、今後10年間で6.2兆?(約700兆円)の歳入減につながる(朝日新聞17年2月15日)。
(2)規制緩和/金融の規制緩和(ドット・フランク法の廃止)、パリ協定にともなう環境政策の停止(シェールガス・オイル採掘技術や火力発電の規制の撤廃)。
(3)インフラ投資/今後10年間で1兆?(約100兆円)。それによる雇用創出。
(4)貿易赤字の削減/自動車など製品輸出の拡大と輸入の抑制、そのために「国境調整税」の導入と為替政策(ドル高是正、円や人民元の安さ批判)。WTOルールの無視。

2 トランプの経済政策の際立った特徴は、グローバル経済を構成する貿易・投資・金融などの分野のなかから貿易の分野だけを取り出し、貿易赤字の解消と雇用拡大のための「国境調整税」導入や為替政策(ドル高是正)を持ち出すことである。そして、米国が主導してきたグローバル・スタンダードであるWTOルールに縛られないと明言した(17年版の通商政策の報告書)。その意味では、明確に保護貿易主義である。
(1)米国の貿易赤字は、1990年は1017億?であったが、2006年には8270億?(約95兆円)にまで増え、最近(15年)は7456億?(実質GDP比4.5%)である。その内訳は、対中国49.2%、ドイツ10.0%、日本9.2%、メキシコ8.1%となっている。1990年には、対日本40.4%、中国10.3%、ドイツ9.2%、メキシコ1.8%であった(日本経済新聞17年1月13日)。
(2)トランプは、「中国との貿易で年間数千億?もの損失を出し、日本やメキシコなどの間に貿易不均衡がある」と中国や日本を名指しで批判し(1月11日)、貿易赤字の解消のための措置をとると主張してきた。
(3)トランプは、工場をメキシコに移転し製品を逆輸入する企業には35%を課税すると述べているが、導入が検討されているのは法人税の「国境調整税」(国境税)である。国境調整税とは、輸出で得た収益には課税を免除し、海外から仕入れた製品や部品は費用控除を認めず課税するというものである。国境調整税は、輸出品には課税されない消費税(付加価値税)がその典型的なものだが、下院共和党案は全国一律の消費税のない米国では法人税に適用し輸入には20%を課税する。これによって、10年で1.2兆?の増収を見込んでいる(日本経済新聞2月15日)
(4)国境調整税をめぐっては、輸出で稼ぐ企業ほど課税所得が減るため輸出促進効果があり、GEなど製造業企業は賛成し、170万人の雇用創出に貢献すると主張。対して、ウォルマートやナイキなどアジアやメキシコからの仕入れが多い流通大手企業は、必需品の価格が20%以上高騰し、コスト削減のリストラで雇用が減ると反対(ウォルマートの全米での雇用者は150万人超で、低技能者の雇用の受け皿となっている)(日本経済新聞2月21日)。また、法人税の国境税は輸出企業への補助金と見なされてWTO協定に違反する可能性があり、中国が対抗措置を示唆している(同2月22日)。

3 グローバルな経済活動のなかで貿易の役割は相対的に小さくなり、直接投資による現地生産、さらには金融活動の役割がいちじるしく大きくなっている
(1)トランプは対日貿易赤字の焦点として日本製の自動車を槍玉に上げ、「日本では、我々が自動車を売るのは難しくしているのに、彼らは見たこともない大きな船に数十万台の車を載せてやってくる。公平ではなく話し合う必要がある」と批判している(2017年1月23日)。1980年代の日米貿易摩擦の再燃かと騒がれている。
(2)しかし、日本からの米国への自動車輸出台数は、1995年には313万1998台であり、日本のメーカーの現地生産の29万6569台を圧倒的に上回っていた。しかし、対米輸出台数は1986年の343万台をピークに90年代には100万台に急減し、2015年には160万4446台にとどまっている。代わって、現地生産は1994年には輸出台数を追い越し、2000年代半ばには350万台に達し、2015年には384万7517台にまで増えている。その結果、米国内での日本の自動車関連産業の雇用者は約150万人に達している。製造部門に限れば38.3万人と、外資系ではトップである(朝日新聞2017年1月25日、日本経済新聞1月25日、1月30日「核心」)
(3)トランプは、現代のグローバル経済では完成品の輸出入よりも直接投資による現地生産のほうがはるかに重要な役割を演じているにもかかわらず、あえて貿易の面だけを取り出している。1980年代の時代の経済のイメージそのままであり、現代のグローバル経済の特徴を無視した時代錯誤の経済観である。

4 トランプの経済政策は、貿易における保護主義が際立っているが、全体として見れば反グローバル化(新自由主義的なグローバリゼーションに反対)ではない。むしろグローバル化を推進する要素が多い。
(1)金融の規制緩和による金融資本主義化の復活と推進/リーマン・ショックを受けたオバマ政権の金融規制(ドット・フランク法)の廃止。その核心は、銀行が自己資金(預金など)でリスクの高い取引を行うことを禁止したボルカー・ルールを見直す。さらに、大手金融機関に高い自己資本比率を求めることを見直す。また、顧客(年金基金などに資産を預ける)の利益を最優先に考える「受託者規制」も見直す(朝日新聞17年2月4日、日本経済新聞2月5日)。
(2)新自由主義的な大幅減税/法人税率の大幅引き下げ(35%→15%)。所得税の累進性緩和(最高税率を39.6%から33%に引き下げ、7段階の税率を12・25・33%の3段階に簡素化)。相続税の廃止。
→ 所得税減税によって、下位4分の1層が100?程度の減税になるが、上位4分の1は2万5千?を超える減税になり、格差拡大を促進(森信茂樹「トランプの税制改革は公約通りにはいかない」、「DIAMOND online」2016年11月24日)。
 ※ただし、米国企業が貯めこんだ海外子会社の利益(約2兆ドル超)に10%の課税を行うことも提案(日本経済新聞17年1月6日、2月15日)
(3)米国への直接投資の呼び込み/法人税減税やトヨタ批判(口先介入)などによって自動車やIT産業への海外からの投資を引き入れる。法人税を15%(?20%)にまで下げることは、米国をタクス・ヘイブン化することを意味する。
(4)メタFTAに代わって二国間FTAの形をとる自由貿易主義の推進/多国間の広域FTA(TPPやNAFTA)では米国が譲歩や制約を求められる → 二国間FTA(韓米FTAをモデルとする)の形をとって米国多国籍企業に有利なルールを強制する(バイオ医薬品のデータ保護期間を12年にする、農産物の輸入関税撤廃など)。「日米経済対話」の新設。「強者の論理」としての自由貿易主義のむき出しの貫徹。

5 このように見ると、トランプの経済政策は、米国系(米国に本拠を置く)多国籍企業の利益だけを優先するグローバリゼーションの推進と言える。そこには、“製造業の保護・再生による雇用拡大”という「国民国家」機能の時代錯誤的な復活という資本と国家の新しい関係が模索しながら、グローバル化を推進しようとする意図が見られる。

? 保護主義のトランプは反グローバル化か(その2)
1 保護主義を特徴とするトランプの経済政策とグローバル化の関係を掴むために、グローバル化のなかでの資本(多国籍企業)と国家の関係を捉えなおす必要がある。
(1)新自由主義的なグローバル化において、国家は衰退=退場したのだろうか。経済主権の制限や所得再分配政策の縮小という点から見ると、国家の役割は相対化された
 *モノ・マネー・ヒトの自由な移動が進むなかで、国境の壁は低くなり(関税の撤廃、為替取引や資本移動の自由化、移民・外国人労働者の受け入れ)、国家の財政・金融政策の自律性は大きく制約された(財政赤字の比率や金利水準などの決定は、国家間協調の下でしか行われなくなる)。市場競争への公的規制や農業・中小企業への保護政策は、自由貿易を妨げる非関税障壁として縮小された。
 *何よりも現代国家の最も重要な機能である所得再分配政策が切り縮められ後退した(「大きな政府」から「小さな政府」へ)。社会保障や格差是正による国家の国民統合機能は、いちじるしく弱体化した。
(2)しかし、国家は衰退=退場したのではなく、その役割をグローバル経済にふさわしいものに変えたのである。すなわち、国家は、多国籍企業や金融資本の自由でグローバルな活動を保障・調整する国際的な枠組みづくり(国際経済機関・地域経済統合と世界的なルール確立)を担うという不可欠で重要な役割を演じるようになった。
 *各国の経済主権は、米国主導のWTO・IMF・世界銀行・国際決済銀行などの国際経済機関に移譲された。
 *国境を超える多国籍企業の自由な活動を制度的に保障するために、EUやユーロ、NAFTAやTPPなど地域経済統合広域FTAが形成された。
 *そこでは、グローバルな市場競争のためのルールづくり(関税や非関税障壁の撤廃、知的所有権保護、最恵国待遇と内国民待遇、銀行の自己資本比率=BIS規制、ISDSなど)が行われている。
(3)国家はまた、多国籍企業がグローバルな競争(コスト削減や製品開発)に勝ち抜くことを支えるために、広義のインフラ投資を行ってきた。国家と民間企業が協力した研究開発投資や人材育成・確保のための教育投資などである。関税や補助金による産業保護的な政策ではなく、IT企業やバイオ企業など先端技術を駆使する企業を支えるインフラ投資によって企業活動を支援する。

2 しかし、グローバル化が進むなかで、資本(多国籍企業)と国家(主権国民国家)の間の矛盾・軋轢も表面化してきた。
(1)現代版の「租税国家の危機」の到来である。すなわち、各国は、法人税引き下げや所得税のフラット化の国際的な競争に引き込まれた。また、タクス・ヘイブンを利用した巨大企業や富裕層の租税回避行動に翻弄された。その結果、税収の継続的な落ち込みに見舞われ、多くの国家は財政赤字の累積によって「債務国家」「財政再建国家」に転じる(w・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』)。累積債務の増大は、大衆課税である消費税(付加価値税)への依存を強める一方で、社会保障サービスの縮小を中心とする緊縮財政をもたらす。格差拡大が放置され、国家による社会統合力はいちじるしく弱体化する。
(2)産業と雇用の構造再編に伴って、産業空洞化と雇用の劣化、地域経済の解体が進行する。米国や日本に代表されるように、多くの先進国では製造業(鉄鋼・自動車・電機産業)の生産拠点の海外移転が進行し、製造業から金融・IT産業およびサービス産業へのシフト(産業再編)が生じる。それは、工場閉鎖・縮小による大量の失業を生み、製造業の拠点であった都市(デトロイト、門真市など)や地方都市の衰退・没落と地域経済の解体を引き起こした。
(3)国家は、産業再編に伴う雇用の危機(工場閉鎖による大量失業)に対して、職業訓練による新しいスキル習得によって高生産性部門への労働力移動を促進する政策をとる。これが、グローバル経済に対応した雇用政策となる。しかし、金融・IT分野やIT応用の製造業で再雇用されるだけの高度なスキルを習得する労働者は、けっして多くはない。製造業部門の熟練労働者の多くは、賃金の低いサービス産業や運輸業で働く(ガソリンスタンドやコンビニの店員、トラック運転手)ようになる。中間層からの脱落である。その分野は、また移民労働者と雇用をめぐって競合する可能性がある分野である。右翼ポピュリストのトランプを支持したラストベルトの白人労働者は、こうした労働者である。

3 現代の「租税国家の危機」(深刻な税収不足)に対して、国家は、自国(に本社を置く)の多国籍企業がタクス・ヘイブンを利用した租税回避行動をとることに規制を加え、税収確保を図る政策を採りはじめた。グローバル経済のなかで国家による資本の無制限な利益追求活動に対する規制の強化である。
(1)オバマ政権は、FATAC(外国口座税務コンプライアンス法※1)の導入、インバージョン(税率の低い国に本社を移転して税逃れをする行為)の規制などを進めた。また日本もタクス・ヘイブン税制※2を導入した。
(2)国家は、協調して法人税引き下げ競争や所得税のフラット化に歯止めをかけることには尻込みしたが、FATACなどをモデルにしてタクス・ヘイブン経由の租税回避行動に対する国際的な規制に乗り出した。
 ※1:米国外の金融機関に顧客口座情報の報告を義務づける制度。
 ※2:子会社がペーパーカンパニーであることが判明された場合、そこに貯められた利益に本国並みの課税を行う。

4 トランプは、米国内の多国籍企業が生産拠点を海外(メキシコなど)に移転することを直接に制限し、雇用を確保することを求める動きに出た。
(1)高い労働コストの米国で生産を要求する見返りに、税の優遇(法人税の大幅引き下げやワールドワイド課税※の見直し)によるコスト引き下げを提供することによって、生産拠点を米国内に引きとめようとする。
 ※ワールドワイド課税:企業が海外で稼いだ利益を配当で自国内に戻す際に、その配当に対して法人税を課す税制。日本も含めて他の先進国は、海外法人=子会社の利益の本社への配当には課税しないテリトリアル課税をとっている。法人税の高さとワールドワイド課税が米国から本社を海外に移す多国籍企業を増やしている、とされている(秦正彦「トランプ政権は言われるほどひどくない」、日経ビジネス17年2月7日)
(2)それでも海外への移転を行う企業に対しては、国境調整税によって輸入(海外子会社からの逆輸入)に高いコストを課して、制限する。国境調整税は、輸出企業に有利であるから輸出促進効果があるが、企業内貿易として展開されている多国間横断的なサプライチェーンを寸断し割高なものにしてしまう。

5 トランプの経済政策は、多くの点でグローバル化推進のための新自由主義的な政策をとりながら、“製造業の保護・復活による雇用の拡大”という時代錯誤の産業政策を進めようとしている。つまり、成長部門ではない分野を保護する、そして職業訓練による労働力の流動化ではなく非成長・衰退部門での雇用継続を保障するという時代遅れの産業政策である。それは、産業再編による雇用の劣化として表面化した資本(多国籍企業)と国家の間の軋轢・矛盾を時代遅れの産業政策によって解決しようとする。
(1)米国の経済面における優位性、すなわち米国系多国籍企業が急成長し巨額の利益を稼ぎだした分野は、ITと金融部門にある(マイクロソフト、アップル、グーグルやJPモルガン、ゴールドマンサックスなど)。
 ※全米企業収益全体に占める製造業部門と金融部門の比率は、1950年代には60%:9%であったが、1980年代半ばを境に製造業が縮小しはじめ、2000年代には5%:45%と金融部門が圧倒するようになった。GDPに占める製造業と金融部門の比率も、1950年には29.3%:10.9%だったが、1980年には20.8%:15.0%、2000年には14.5%:19.7%、2005年には12.0%:20.4%と逆転した。米国は「工業生産大国」「ものづくり大国」から「金融サービス国家」「金融カジノ資本主義国家」へと変わったとされる(新藤榮一『アメリカ帝国の終焉』)。
(2)自動車に代表される米国の製造業は、中国・インド・メキシコなど新興国・途上国に生産拠点を移し、本国では相対的に縮小・衰退してきた。
 ※世界の自動車生産は、1980年には3850万台で北米が24.4%を占めていたが(日本が28.7%、中国が0.6%、欧州が29.3%)、2015年には9078万台で北米は19.8%に後退し(ただし、生産台数は1.9倍に増大)、中国が27.0%とトップに立っている(日本は10.2%、生産台数も16%減少)。(進藤、前掲)
(3)米国はグローバル化の推進に向けて戦略的な産業政策を推進してきたが、その内実ははITや金融など先端・成長部門を支えるインフラ整備であった。だが、トランプは、ITや金融部門における米国(系多国籍企業)の優位を維持しながら、自動車をはじめ製造業も復活させ、この分野でも米国系多国籍企業の優位を取り戻す戦略をとろうとしている。製造業の復活の狙いは、?国際競争力の向上で製品の輸出拡大と輸入抑制を実現し、貿易赤字を縮小する、?国内の雇用を拡大する、ということにある。そのための方策は、国境調整税の導入、海外移転する企業に対する「口先介入」、米国への投資の促進である。

6 しかし、トランプによる製造業の保護・復活の政策は、ひじょうに矛盾に満ちたもので、現実性を欠く。競争力強化のためにはコスト削減が必要不可欠だが、米国内で白人労働者を優先的に雇用させようとすれば、いちじるしいコスト高を招くことになる。貿易赤字縮小を目的に輸出競争力強化のためにコスト削減を図れば、むしろ雇用削減を加速する。
(1)コスト削減のためには、生産性を飛躍的に向上させる自動化・機械化(ロボットやAI導入)がいっそう推進される必要があるが、それは労働者からますます雇用を奪うことに行き着く。
 ※米国の製造業雇用は、1990年末の1739万人から2015年末の1232万人へと500万人、29%も減少しているが、製造業生産指数(1990年を100とする)は90年末の75から15年末の129へと、1.72倍も増えている。「米国の製造業は、過去25年の間に労働生産性を著しく高めている。これが製造業の雇用が減少した主因である」、「労働者の雇用を奪っているのはメキシコ人ではなく、主に機械の発達、つまり産業用ロボットやAIである」(吉松 崇「トランプ氏の『介入主義』で米製造業の衰退が始まる」、『エコノミスト』17年1月24日号)。
(2)また、コスト削減のためには低賃金で働くヒスパニック系の移民労働者を雇えばよい。とくに1100万人とされる不法移民は、法定最低賃金の3分の1の低賃金で就労する。しかし、これは白人労働者の雇用機会をいっそう狭めることになる。そして、トランプの移民制限政策は、低賃金労働力の利用を自ら放棄し、コスト高に道を拓くものである。

7 トランプの製造業保護・再生の主な方策は、国境調整税を導入する形での保護貿易主義への回帰である。これは、事実上の輸出補助金と輸入関税引き上げの働きをする。トランプ自身は、メキシコからの輸入に対して35%もの高率関税を課すことを主張している。
(1)輸出補助金と輸入品への関税引き上げはWTOルール違反であるが、トランプ政権は、通商政策の年次報告書においてWTOでの紛争解決手続きについて「米国に不利な決定がされた場合、それは米国の法律を自動的に変えるモノではない」として、決定に従う必要がないとの姿勢を示した(朝日新聞17年3月2日夕刊)。
(2)国境調整税という形の保護貿易主義の措置は、対米輸出の割合が高い中国に打撃を与えるが、同時に中国が対抗措置をとって米国からの輸入を制限する悪循環を引き起こすリスクを抱える(日本経済新聞17年2月22日)。
(3)自動車をはじめとする現代の製品生産は、多くの国にまたがるサプライチェーンに依拠して行われている。したがって、輸入に課税する措置は、多くが輸入される部品コストを高騰させ、米国製品の輸出競争力を弱める結果になる
(4)そもそも米国の抱える巨額の貿易赤字は、ドルが基軸通貨の位置を維持できているかぎり、米国にとっては悪いことではなく解消されるべきものでもない。貿易赤字は、資本流入(資本収支の黒字)によって埋め合わされるからである。そして、相手国(中国や日本)の黒字は、米国の国債購入に当てられて米国の巨額の財政赤字をカバーしている。
(5)トランプは、メキシコに新工場を建設する計画をもっていたフォードやトヨタを批判する「口先介入」を行って、米国内での生産と雇用創出を行うように仕向けた※1。しかし、こうした「介入主義」は、一時的に成功しても長続きしない。高労働コストの米国内での生産に大挙して回帰して雇用を拡大することには、先に見たようにあまりにも多くの困難が立ちはだかるからである※2。
 ※1:フォードはメキシコ新工場建設を撤回、トヨタは撤回しなかったが米国での5年間100億?の投資(計画済み)をアピール、クライスラーは米国内での約2千人の新規雇用を発表したが、GMはメキシコでの生産増強を言明した(朝日新聞17年月11日)。なお、大手空調設備メーカーのキヤリアは、メキシコへの工場移転(2000人を解雇)を一部撤回して850人の雇用を確保し、代わりにインディアナ州(知事はベンス)から700万?の税優遇を受けることになった。
 ※2:キヤリアの事例について、A・ハンクスとK・バーンは、手厳しい批判をしている(「トランプとキヤリア社の雇用維持取引は詐欺だ」、「ニューズウィーク」16年12月9日)。すなわち、キヤリアと親会社は海外移転を完全に中止したわけではなく、1000人を3年以内に解雇する予定である。解雇と失業が避けられないのなら、政府は補助金を出すのではなく転職のための職業訓練に税を使うべきである。また、ドイツでは買収の決定に際して労働者代表が取締役会に立ち会う権利をもつが、トランプ政権がやるべきことは企業に金を出すことではなく、海外移転について労働者代表が決定の場に立ち会う権利を付与することだ、と。

? 「米国第一」のグローバル化で何が変わるか
1 トランプの経済政策は、要するに「米国第一」のグローバル化、すなわち米国(米国系多国籍企業)だけが利益を独占するグローバル化である。
(1)これまで米国が推進してきたグローバル化は、事実上は米国(米国系多国籍企業)に有利なグローバル化であったとはいえ、自由貿易と世界大の普遍的なルール(グローバル・スタンダード)を建前に掲げていた。TPPに見られるように、すべての国・地域に一律に適用される世界的な自由競争ルール(WTOルール)の下で、グローバル化を推進してきた。それによって、米国系多国籍企業は、自動車などの製造業では優位に立てなかったが、IT・金融・バイオ(製薬)、農業などの分野で圧倒的な優位を確保してきた。
(2)しかし、トランプ政権は、米国(米国に本拠を置く多国籍企業)だけが優位に立ち利益を独占するグローバル化を推進しようとしている。それは、典型的に二国間FTAの推進に表れている。
*通商政策の報告書は、「貿易拡大の目標は、多国間交渉よりも2国間交渉によって達成できる」と明記し、「米国からの輸出のために、他国に市場開放を促すすべての可能な手段をとる」としている。2か国間FTAでは、TPPでは実現できなかった米国の自由化要求(米国が優位に立つ農産物の関税撤廃、保険市場への自由な参入、バイオ新薬のデータ保護期間の延長など)を押し通しやすくなる
(3)また、法人税の大幅な引き下げによって米国への投資を呼び込む。製造業であれITの分野であれ、海外企業の米国への投資を誘い込む(トヨタやソフトバンクなど)。同時に、大幅な法人税減税によるコスト低下措置、さらに国境調整税の導入によって、多国籍企業の海外生産へのシフトを制限する介入を行う。いずれもグローバル化と雇用の拡大を両立させようとする狙いだが、工場の海外移転の規制や輸入への国境調整税は、企業内貿易(サプライチェーン)に障壁を築いてコスト上昇を招き、グローバル化にブレーキをかける。
(4)トランプ流のグローバル化について、佐伯啓思は、トランプは「グローバリストであるがゆえにこそ反自由主義である」と的確に批判している。
 ※「グローバリズムの中心にあるのは、金融グローバリズムであって、金融市場が世界的に統合されつつあるという現実……とモノの自由な貿易を主張する自由貿易論とは異なっている。グローバリズムのなかで現実に生じることは戦略的な産業政策であり、政府による成長産業や先端技術の育成という新重商主義なのである」(「グローバリズムという怪物」、『新潮』17年2月号)。
 「トランプは保護貿易主義を打ち出しているが、彼が反グローバリストかどうかはかなり疑わしい。トランプは……金融市場の規制緩和を打ち出しているし、またソフトバンクなど日本からの投資を歓迎しているわけで、反グローバリズムとはいいがたい。……グローバリストであるがゆえにこそ反自由主義である、という事態は十分に生じえるのだ」(同)。

2 トランプの経済政策は、1兆?(約110兆円)のインフラ投資と財政支出拡大政策への期待感が異様に高まり記録的な株高を引き起こしている。しかし、1兆?のインフラ投資の財源は確保されておらず、政府債務の急増が重くのしかかり、株高ブームが反転する可能性が大きい。
(1)NY株(ダウ工業株30種平均)は初の2万?に乗せ(1月25日)、3月1日には2万1000?を超えた。そのため、世界の株式時価総額は73兆8800億?(約8400兆円)にまで膨らんだ(日本経済新聞17年3月3日)。
(2)金融規制の緩和への期待も、ゴールドマン・サックスなど金融機関の株価を高騰させて、株高に一役買っている(同3月7日)。
(3)しかし、米国の株高は必ずしも経済の好調さを反映したものではなく、「株高の裏で経済成長率が低下する『株価と経済の乖離』」、「高株価と低成長の乖離」が続いている(日本経済新聞1月27日)。
(4)1兆?のインフラ投資や軍事費膨張などの歳出拡大は、大幅な減税(10年間で6.2兆?の税収減)とセットで予定されている。いいかえれば財源の裏付けは不明確であり、財政赤字が急激に拡大し、政府債務は10年間で5兆3000億?(約600兆円)に膨らみ、対GDP比は2026年度には105%にまで高まると予想される(同1月10日)。

3 しかし、「米国第一」のグローバル化は、さまざまの軋轢を引き起こし、また大きな壁にぶつかって、転換を余儀なくされる可能性が高い
(1)すべての国の多国籍企業の国境を超える自由な活動を保障する制度的枠組み(WTOルール、NAFTAやTPPなどの広域FTA)をいったん破壊し、米国に都合のよい仕組みに再編しようとする試みは、EU解体の危機(Brexit、反EUの右翼ポピュリズム政党の台頭)と相俟って、グローバル化に混乱と不確実性の増大を生み出す。米国が主導してきたWTOルールを無視し、米国に都合のよい二国間FTAを次々に締結しようとしても、相手国の抵抗に遭ってあちこちで交渉が難航するだろう(日米FTAでさえも簡単ではない)。
(2)製造業の復活や米国内での投資=生産拡大とそれによる雇用拡大を狙うトランプの政策は、高い労働コストという壁に阻まれて遅かれ早かれ挫折せざるをえない。多国籍企業の海外生産(とくにメキシコへの移転)を止めることは、必ず失敗するだろう。
(3)金融の規制緩和による金融資本主義化の再加速は、株高のブームに見られるバブルをいっそう加速し、その破裂による経済の不安定化を招くにちがいない。
(4)金融規制の緩和、所得税減税、オバマケアの改悪などは、貧富の格差拡大をさらに推し進め、トランプに対する失望と怨嗟を生み出すだろう。
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