<民主党マニフェストを採点する>
【4】障害者政策編
つるたまさひで
ピープルズ・プラン研究所運営委員
2009年8月15日
最初に言い訳から書かないと気がすまない性格なのですが、ぼくは障害者政策の専門家でもなんでもありません。だから、民主党の障害者に関するマニュフェストを評価するという仕事に適任だとは思えません。ただ、こういう仕事の必要性は感じるし、誰かにやって欲しい仕事ではあるので、とりあえず、挑戦してみたいと思います。ただ、情報不足や欠けている視点は少なくないように思います。情報不足に気づいたり、異論や反論があれば、ぜひ出して欲しいです。
ぼくが障害者問題にコメントする背景を紹介します。もう四半世紀も障害者雇用のための職場で働き続けている関係で、わりと積極的に障害者運動に参加した時期もありましたし、いまでも職場にたくさんいる「障害者」(と分類される人)と話す機会は多いです。その他に知的障害者と呼ばれる人たちのコミュニティにも少しだけ関係しています。また、そんな関係で「障害学」という分野の本を多少、読んだりもしました。
そういう背景のあるものとして、民主党の「マニュフェスト」と「政策集 INDEX2009」の障害者にかかわる部分を読んだ感想を書かせてもらいます。(ただし、この政策集には障害者に関する政策というようなインデックスがなかったので、見落としがあるかもしれません。)
また、民主党の障がい者政策プロジェクトチーム座長の参議院議員谷博之さんのHPには「障がい者制度改革について?政権交代で実現する真の共生社会?(PT報告)」や「障がい者制度改革推進法案」関連の資料など民主党の障害者政策にかかわる資料が多数掲載されているので、それらも少し参照しました。
まず、マニュフェストを見てみます。障害者政策に関しては以下のような記載があります。
======
26.「障害者自立支援法」を廃止して、障がい者福祉制度を抜本的に見直す
【政策目的】
○障がい者等が当たり前に地域で暮らし、地域の一員としてともに生活できる社会をつくる。
【具体策】
○「障害者自立支援法」は廃止し、「制度の谷間」がなく、サービスの利用者負担を応能負担とする障がい者総合福祉法(仮称)を制定する。
○わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、「国連障害者権利条約」の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置する。
【所要額】400億円程度
======
この【政策目的】に関しては、いままでの与党も同様のことを言っています。しかし、実際、行われてきたことの多くはそれと逆行するようなことでした。だから、これだけでは何も判断できません。
問題は具体策です。上に引用したとおり、マニュフェストの項目は二つで、ひとつは自立支援法の廃止、もうひとつは障害者政策の総合的かつ集中的に改革ということがうたわれています。
マニュフェストより詳しい「政策集 INDEX2009」には、いくつかの項目で障害者に関する政策について書かれているのですが、いちばん総合的なことが記載されているのは、「障害者自立支援法を廃止し、新たに障がい者総合福祉法を制定」という項目です。ここには3つの段落があり、順番は一つ目が「障害者政策の総合的かつ集中的な改革」に関して書かれていて、二つ目に自立支援法の廃止、また、それに加えて、障害者雇用の促進という段落があります。この段落ごとに見ていくことにします。
最初の段落の内容を以下に引用します(p.29)。
======
わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、国連障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置します。推進本部には、障がい当事者、有識者を含む委員会を設け、政策立案段階から障がい当事者が参画するようにします。そして、障がい者施策に関するモニタリング機関の設置、障がい者差別を禁止する法制度の構築、障がい者虐待を防止する法制度の確立、政治・選挙への参加の一層の確保、司法に係る手続における支援の拡充、インクルーシブ(共に生き共に学ぶ)教育への転換、所得の保障、移動の自由の権利保障、障がい者への医療支援の見直し、難病対策の法制化など障がい者が権利主体であることを明確にして、自己決定・自己選択の原則が保障されるよう制度改革を立案します。
======
国連障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備の問題ですが、批准のために、どの国内法をどのように整備しなければならないのか、という問題を明確にする必要があります。例えば、義務付けられている「障害者に対する合理的な配慮」ということで、どの法律が問題になり、どのように変える必要があるのか、というようなことです。このような数々の問題での開かれた議論が必要です。その議論は行われているようですが、障害者問題に関心のある人にさえ、どのような議論が行われているか見えにくい状況が続いているように思えます。自民党の内部には、法律を変えなくても批准できるという声さえあったと聞きます。いろんな立場の当事者を始め、さまざまな立場の人が、国連障害者権利条約を実効性のある権利条約として批准するための国内法整備の議論に加わることができる環境を、具体的に多少のコストがかかっても整備する必要があるはずです。
ここに書かれているように政策立案の段階から、障害者当事者がかかわれるようにするというのは大切なことなのですが、これは自民党なども言ってきたし、実際に聞き分けのいい大手の障害者団体には門戸を開いてきた経過もあります。また、現状でも立法化される場面などでは、パブリックコメントという制度があります。それを政策立案のできるだけ早い段階から求めることは必要でしょうし、現在、かなり形骸化し「聞くだけは聞いておきます」という風に思えることが多いパブリックコメント制度に、具体的にどのように議論に反映し、結果に反映したか(または反映しなかったのか)ということを丁寧に報告していくようなプロセスを加えていくことが必要だと考えます。
制度の策定プロセス以降のこととして書かれている課題については、その選び方について、例えば介助保障が抜けているのはどうしてか、などの疑問が残りますが、「障害者差別禁止法」の策定など大切な課題が記載されていることは評価していいと思います。
さらに、さまざまな問題を引き起こしてきた「障害者自立支援法」を見直すのではなく、廃止するという方向は正しいと思います。それに代わるものとして、「障がい者総合福祉法(仮称)」が提案されています。その中身が問題なのですが「政策集 INDEX2009」やPT報告なども含めて読むと、評価できるかなりまとまったものが準備されているように感じます。
実現に向かうステップとしては、今年4月に民主党が提案した「障がい者制度改革推進法案」が最初に提案されることになるのでしょうか。
ここには以下のような内容が記載されています。
「障がい者に対し障害を理由として差別することその他の障がい者の権利利益を侵害する行為を禁止する新たな制度を設ける」
「義務教育制度について、障がい者が障がい者以外の者と共に教育を受ける機会を確保することを基本とし、障がい者又はその保護者が希望するときは、特別支援学校又は特別支援学級における教育を受けることができるようにするものとすること」
「障がい者の雇用を一層促進するため、障害者の雇用の促進等に関する法律に定める障害者雇用率について、その引上げ、その算定の基礎となる障がい者の範囲の拡大等を行うものとする」
「公契約の落札者を決定するに当たって、その入札者が障害者の雇用の促進等に関する法律の規定に違反していないこと、障害者支援施設その他の障がい者に就労の機会を提供する施設又は障がい者が従業者のうちに占める割合が高い事業所から相当程度の物品等を購入していること等を総合的に評価する方式の導入について検討するものとすること」
「国等の物品、役務等の調達に関し、障害者支援施設等の受注の機会の増大を図るよう、国等が障害者支援施設等から物品等を優先的に調達する等のための措置を講ずるものとすること」
これらが本当に有効に機能する法律が作られるなら、それは評価に値すると思います。
しかし、マニュフェストには400億円と記載されているのに対し、「この法律の施行に伴い必要となる経費は、平年度約二億二千万円の見込みである」とのこと。これはあくまで基本法を定めるまでの費用ということなのでしょうか、実効性のある措置は、ここに書かれていることが立法化されてからということになるのか。また4年で400億円で足りるかどうかは微妙なところだと思います。本当にこの政策目標をクリアするなら、介護費用だけでもう少しかかりそうな気もします。
さらに、多くの施設が既に自立支援法体系の組織に転換しています。そういう現状でも、自立支援法の廃止には賛成ですし、民主党の障害者政策をめぐるいくつかの文章を読んで、個々に書かれていることに納得出来ます。しかし、具体的にどのような新しい体系が考えられるのか、という点は不明確な感じがします。
自立支援法で変わったばかりの体系を混乱なく、当事者の意見を酌んだ体系にもっていくのはかなりの困難が予想されます。もちろん、その看板と負担のシステムを変えただけで、中身は自立支援法のままであれば、混乱は少ないでしょうが、それはあまりにひどい話です。他方で根本的に変えることになれば、一昨年とか昨年、無理して組織的な転換を図ったばかりの施設からはため息が聞こえてきそうです。
続いて、「政策集 INDEX2009」の次の段落を引用します(p.29)。
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障がい者等が当たり前に地域で暮らし、地域の一員として共に生活できる社会を目指します。障害者自立支援法により、利用料の負担増で障がい者の自立した生活が妨げられてしまったことから、福祉施策については、発達障害、高次脳機能障害、難病、内部障害なども対象として制度の谷間をなくすこと、障がい福祉サービスの利用者負担を応能負担とすること、サービス支給決定制度の見直しなどを行い、障害者自立支援法に代わる「障がい者総合福祉法(仮称)」を制定します。
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この理念はほぼ合意できる話です。ただ、「障がい福祉サービスの利用者負担を応能負担とすること」という、その福祉サービスの中身を、ここに記述されている政策目標に向けて、どのようなものにしていくのか、応能負担の中身として、どのようなものを準備するのかということが問われています。先日までの国会には政府・与党の障害者自立支援法見直し法案が提出されていました。解散でこの法案は廃案になりましたが、この政府・与党案では、中身はほとんど変わらないまま、名目だけは「応益負担」から「応能負担」に変更されていたのです。提案者の何の反省もない名称変更は当事者の運動の力が強制したものですが、それを提案した政府・与党が持続可能な制度のためにどうしても必要だと主張し続けていた「応益負担」を何の反省も総括もなくひっこめるというのにはあきれました。
また、ここに記載されている、制度の谷間を埋めることは大切なことです。これは急がなければならない施策です。現状の3種類の障害者手帳制度の見直しも民主党の障害者政策プロジェクトでは提案しています。ボーダーラインの軽度の精神障害の認定なども課題になるでしょうし、発達障害と呼ばれる人をどう判断するかというのもそんなに容易ではないように思います。しかし、生き難さを抱えているそれらの人が制度の谷間に埋もれないような政策は必要だと思います。それらの人がすべて認定されることになると大幅に障害者が増えることになります。それは障害者雇用率の算定方法見直しの問題にも直結するでしょう。
ここで提案されている「障がい者総合福祉法(仮称)」をどのように提案し、どのように論議を組織するかということで、民主党はまず問われることになるでしょう。また、多少時間がかかるかもしれないそのプロセスの前に、緊急に変えなければならない制度もあると思います。
続いて、「政策集 INDEX2009」の最後の段落です(p.29)。
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また、障がい者福祉予算を拡充し、中小企業を含め障がい者雇用を促進します。精神障害者を中心とした社会的入院患者の社会復帰と地域生活の実現に向けて関連法制度の整備等を進めます。
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ここに具体策は書いてありませんが、「障がい者福祉予算を拡充し、中小企業を含め障がい者雇用を促進」する政策については、少し前に紹介した「障がい者制度改革推進法案」の内容などが軸になると思います。そこで提案されている内容は必要なことだとは思います。しかし、障害者雇用の促進と所得保障の関係など、原理的なことを含めた見直しも必要です。
また、ここに記載されている「社会的入院患者の社会復帰と地域生活の実現に向けて関連法制度の整備」について、行政がそれを支持し、みんなが総論では賛成でも、地域の住民が反対する場面も少なくありません。そのような問題を含めて、どう解決していくのかということが問われています。
見てきたように。この間、とりわけ障害者自立支援法以降、障害者政策として行われてきたことを考えると、民主党のマニュフェストで書かれていることが文字どおり実現できれば、障害者運動としても評価できると思います。そして、問われているのは障害当事者をはじめとしたすべての関係者が納得できるプロセスを作れるか、それが絵に描いた餅に終わるかどうかなのではないかと感じます。
また、鳩山代表はさかんに政策のプライオリティ順に手をつけていく、というような発言をしているので、障害者政策にどれだけのプライオリティを持たせるかということも課題になります。
結論として、これらの政策がどうかと言えば、書かれていることはそんなに悪くないと感じます。問題はそれが本当に実行されるのか、また、どのように実行されるのかということになります。見てきたように、かなりの困難が予想される課題も少なくありません。過度な期待は避けたほうがいいようにも感じますが、仮に民主党が中心の政権が出来たとしたら、本当にこれらのことが実現できるのか、それがどのように開かれたプロセスとして実現されるのか、ということに注目し、注文をつけていくことが必要だと思います。また、その注文に民主党が開かれているかどうか、ということも課題になるでしょう。
(以上が民主党の「マニュフェスト」と「政策集INDEX2009」の障害者政策についての中心的な項目を読んだ感想ですが、政策集INDEXには他に「高齢化など社会環境に対応したまちづくり」や「インクルーシブ(共に生き共に学ぶ)教育の推進」や「無年金障がい者救済の拡充」という項目もあります。)
★補足その1
現在、ピープルズ・プラン研究所が呼びかけて進められているオルタナティブな社会をめぐる討論とこの障害者政策の関係はどうなのか、という点も書きたくなったのですが、文字数が予想以上に多くなり、時間もないし、能力の問題もあるので、書けませんでした。一言だけ書くと、障害者政策については、めざすべき課題は、そんなに違わないかもしれないと感じます。あるいは「障害者認定」というようなことをしなくても、困っている人に必要な援助が与えられるシステムを構想することが可能でしょうか。いずれにしても、問題はこれらの政策を、例えば経済が縮小するかもしれない社会で実現できるかどうか、実現できるとしたら、どのような手法によって可能になるのか、というようなことが課題になるのだと思います。
★補足その2
「障害者・障がい者」という表記について
民主党は障がい者という表記を用いていますが、ぼくは障害者と表記しました。これは障害者に「障害」をつくり出している原因の多くは社会の側にあると考えるからです。単純化して書くと、身体などに障害を有しているから障害者なのではなく、社会に障害を与えられているから障害者という考え方です(だとしたら、社会は障害者だらけじゃないか、とも言えますが)。実はぼくも一時期、ひらがな表記を使っていたこともあります。当事者がそれを望むなら、それでもいいかなぁとも思います。
※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくはこちらをご覧ください。
【4】障害者政策編
つるたまさひで
ピープルズ・プラン研究所運営委員
2009年8月15日
最初に言い訳から書かないと気がすまない性格なのですが、ぼくは障害者政策の専門家でもなんでもありません。だから、民主党の障害者に関するマニュフェストを評価するという仕事に適任だとは思えません。ただ、こういう仕事の必要性は感じるし、誰かにやって欲しい仕事ではあるので、とりあえず、挑戦してみたいと思います。ただ、情報不足や欠けている視点は少なくないように思います。情報不足に気づいたり、異論や反論があれば、ぜひ出して欲しいです。
ぼくが障害者問題にコメントする背景を紹介します。もう四半世紀も障害者雇用のための職場で働き続けている関係で、わりと積極的に障害者運動に参加した時期もありましたし、いまでも職場にたくさんいる「障害者」(と分類される人)と話す機会は多いです。その他に知的障害者と呼ばれる人たちのコミュニティにも少しだけ関係しています。また、そんな関係で「障害学」という分野の本を多少、読んだりもしました。
そういう背景のあるものとして、民主党の「マニュフェスト」と「政策集 INDEX2009」の障害者にかかわる部分を読んだ感想を書かせてもらいます。(ただし、この政策集には障害者に関する政策というようなインデックスがなかったので、見落としがあるかもしれません。)
また、民主党の障がい者政策プロジェクトチーム座長の参議院議員谷博之さんのHPには「障がい者制度改革について?政権交代で実現する真の共生社会?(PT報告)」や「障がい者制度改革推進法案」関連の資料など民主党の障害者政策にかかわる資料が多数掲載されているので、それらも少し参照しました。
まず、マニュフェストを見てみます。障害者政策に関しては以下のような記載があります。
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26.「障害者自立支援法」を廃止して、障がい者福祉制度を抜本的に見直す
【政策目的】
○障がい者等が当たり前に地域で暮らし、地域の一員としてともに生活できる社会をつくる。
【具体策】
○「障害者自立支援法」は廃止し、「制度の谷間」がなく、サービスの利用者負担を応能負担とする障がい者総合福祉法(仮称)を制定する。
○わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、「国連障害者権利条約」の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置する。
【所要額】400億円程度
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この【政策目的】に関しては、いままでの与党も同様のことを言っています。しかし、実際、行われてきたことの多くはそれと逆行するようなことでした。だから、これだけでは何も判断できません。
問題は具体策です。上に引用したとおり、マニュフェストの項目は二つで、ひとつは自立支援法の廃止、もうひとつは障害者政策の総合的かつ集中的に改革ということがうたわれています。
マニュフェストより詳しい「政策集 INDEX2009」には、いくつかの項目で障害者に関する政策について書かれているのですが、いちばん総合的なことが記載されているのは、「障害者自立支援法を廃止し、新たに障がい者総合福祉法を制定」という項目です。ここには3つの段落があり、順番は一つ目が「障害者政策の総合的かつ集中的な改革」に関して書かれていて、二つ目に自立支援法の廃止、また、それに加えて、障害者雇用の促進という段落があります。この段落ごとに見ていくことにします。
最初の段落の内容を以下に引用します(p.29)。
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わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、国連障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置します。推進本部には、障がい当事者、有識者を含む委員会を設け、政策立案段階から障がい当事者が参画するようにします。そして、障がい者施策に関するモニタリング機関の設置、障がい者差別を禁止する法制度の構築、障がい者虐待を防止する法制度の確立、政治・選挙への参加の一層の確保、司法に係る手続における支援の拡充、インクルーシブ(共に生き共に学ぶ)教育への転換、所得の保障、移動の自由の権利保障、障がい者への医療支援の見直し、難病対策の法制化など障がい者が権利主体であることを明確にして、自己決定・自己選択の原則が保障されるよう制度改革を立案します。
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国連障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備の問題ですが、批准のために、どの国内法をどのように整備しなければならないのか、という問題を明確にする必要があります。例えば、義務付けられている「障害者に対する合理的な配慮」ということで、どの法律が問題になり、どのように変える必要があるのか、というようなことです。このような数々の問題での開かれた議論が必要です。その議論は行われているようですが、障害者問題に関心のある人にさえ、どのような議論が行われているか見えにくい状況が続いているように思えます。自民党の内部には、法律を変えなくても批准できるという声さえあったと聞きます。いろんな立場の当事者を始め、さまざまな立場の人が、国連障害者権利条約を実効性のある権利条約として批准するための国内法整備の議論に加わることができる環境を、具体的に多少のコストがかかっても整備する必要があるはずです。
ここに書かれているように政策立案の段階から、障害者当事者がかかわれるようにするというのは大切なことなのですが、これは自民党なども言ってきたし、実際に聞き分けのいい大手の障害者団体には門戸を開いてきた経過もあります。また、現状でも立法化される場面などでは、パブリックコメントという制度があります。それを政策立案のできるだけ早い段階から求めることは必要でしょうし、現在、かなり形骸化し「聞くだけは聞いておきます」という風に思えることが多いパブリックコメント制度に、具体的にどのように議論に反映し、結果に反映したか(または反映しなかったのか)ということを丁寧に報告していくようなプロセスを加えていくことが必要だと考えます。
制度の策定プロセス以降のこととして書かれている課題については、その選び方について、例えば介助保障が抜けているのはどうしてか、などの疑問が残りますが、「障害者差別禁止法」の策定など大切な課題が記載されていることは評価していいと思います。
さらに、さまざまな問題を引き起こしてきた「障害者自立支援法」を見直すのではなく、廃止するという方向は正しいと思います。それに代わるものとして、「障がい者総合福祉法(仮称)」が提案されています。その中身が問題なのですが「政策集 INDEX2009」やPT報告なども含めて読むと、評価できるかなりまとまったものが準備されているように感じます。
実現に向かうステップとしては、今年4月に民主党が提案した「障がい者制度改革推進法案」が最初に提案されることになるのでしょうか。
ここには以下のような内容が記載されています。
「障がい者に対し障害を理由として差別することその他の障がい者の権利利益を侵害する行為を禁止する新たな制度を設ける」
「義務教育制度について、障がい者が障がい者以外の者と共に教育を受ける機会を確保することを基本とし、障がい者又はその保護者が希望するときは、特別支援学校又は特別支援学級における教育を受けることができるようにするものとすること」
「障がい者の雇用を一層促進するため、障害者の雇用の促進等に関する法律に定める障害者雇用率について、その引上げ、その算定の基礎となる障がい者の範囲の拡大等を行うものとする」
「公契約の落札者を決定するに当たって、その入札者が障害者の雇用の促進等に関する法律の規定に違反していないこと、障害者支援施設その他の障がい者に就労の機会を提供する施設又は障がい者が従業者のうちに占める割合が高い事業所から相当程度の物品等を購入していること等を総合的に評価する方式の導入について検討するものとすること」
「国等の物品、役務等の調達に関し、障害者支援施設等の受注の機会の増大を図るよう、国等が障害者支援施設等から物品等を優先的に調達する等のための措置を講ずるものとすること」
これらが本当に有効に機能する法律が作られるなら、それは評価に値すると思います。
しかし、マニュフェストには400億円と記載されているのに対し、「この法律の施行に伴い必要となる経費は、平年度約二億二千万円の見込みである」とのこと。これはあくまで基本法を定めるまでの費用ということなのでしょうか、実効性のある措置は、ここに書かれていることが立法化されてからということになるのか。また4年で400億円で足りるかどうかは微妙なところだと思います。本当にこの政策目標をクリアするなら、介護費用だけでもう少しかかりそうな気もします。
さらに、多くの施設が既に自立支援法体系の組織に転換しています。そういう現状でも、自立支援法の廃止には賛成ですし、民主党の障害者政策をめぐるいくつかの文章を読んで、個々に書かれていることに納得出来ます。しかし、具体的にどのような新しい体系が考えられるのか、という点は不明確な感じがします。
自立支援法で変わったばかりの体系を混乱なく、当事者の意見を酌んだ体系にもっていくのはかなりの困難が予想されます。もちろん、その看板と負担のシステムを変えただけで、中身は自立支援法のままであれば、混乱は少ないでしょうが、それはあまりにひどい話です。他方で根本的に変えることになれば、一昨年とか昨年、無理して組織的な転換を図ったばかりの施設からはため息が聞こえてきそうです。
続いて、「政策集 INDEX2009」の次の段落を引用します(p.29)。
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障がい者等が当たり前に地域で暮らし、地域の一員として共に生活できる社会を目指します。障害者自立支援法により、利用料の負担増で障がい者の自立した生活が妨げられてしまったことから、福祉施策については、発達障害、高次脳機能障害、難病、内部障害なども対象として制度の谷間をなくすこと、障がい福祉サービスの利用者負担を応能負担とすること、サービス支給決定制度の見直しなどを行い、障害者自立支援法に代わる「障がい者総合福祉法(仮称)」を制定します。
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この理念はほぼ合意できる話です。ただ、「障がい福祉サービスの利用者負担を応能負担とすること」という、その福祉サービスの中身を、ここに記述されている政策目標に向けて、どのようなものにしていくのか、応能負担の中身として、どのようなものを準備するのかということが問われています。先日までの国会には政府・与党の障害者自立支援法見直し法案が提出されていました。解散でこの法案は廃案になりましたが、この政府・与党案では、中身はほとんど変わらないまま、名目だけは「応益負担」から「応能負担」に変更されていたのです。提案者の何の反省もない名称変更は当事者の運動の力が強制したものですが、それを提案した政府・与党が持続可能な制度のためにどうしても必要だと主張し続けていた「応益負担」を何の反省も総括もなくひっこめるというのにはあきれました。
また、ここに記載されている、制度の谷間を埋めることは大切なことです。これは急がなければならない施策です。現状の3種類の障害者手帳制度の見直しも民主党の障害者政策プロジェクトでは提案しています。ボーダーラインの軽度の精神障害の認定なども課題になるでしょうし、発達障害と呼ばれる人をどう判断するかというのもそんなに容易ではないように思います。しかし、生き難さを抱えているそれらの人が制度の谷間に埋もれないような政策は必要だと思います。それらの人がすべて認定されることになると大幅に障害者が増えることになります。それは障害者雇用率の算定方法見直しの問題にも直結するでしょう。
ここで提案されている「障がい者総合福祉法(仮称)」をどのように提案し、どのように論議を組織するかということで、民主党はまず問われることになるでしょう。また、多少時間がかかるかもしれないそのプロセスの前に、緊急に変えなければならない制度もあると思います。
続いて、「政策集 INDEX2009」の最後の段落です(p.29)。
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また、障がい者福祉予算を拡充し、中小企業を含め障がい者雇用を促進します。精神障害者を中心とした社会的入院患者の社会復帰と地域生活の実現に向けて関連法制度の整備等を進めます。
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ここに具体策は書いてありませんが、「障がい者福祉予算を拡充し、中小企業を含め障がい者雇用を促進」する政策については、少し前に紹介した「障がい者制度改革推進法案」の内容などが軸になると思います。そこで提案されている内容は必要なことだとは思います。しかし、障害者雇用の促進と所得保障の関係など、原理的なことを含めた見直しも必要です。
また、ここに記載されている「社会的入院患者の社会復帰と地域生活の実現に向けて関連法制度の整備」について、行政がそれを支持し、みんなが総論では賛成でも、地域の住民が反対する場面も少なくありません。そのような問題を含めて、どう解決していくのかということが問われています。
見てきたように。この間、とりわけ障害者自立支援法以降、障害者政策として行われてきたことを考えると、民主党のマニュフェストで書かれていることが文字どおり実現できれば、障害者運動としても評価できると思います。そして、問われているのは障害当事者をはじめとしたすべての関係者が納得できるプロセスを作れるか、それが絵に描いた餅に終わるかどうかなのではないかと感じます。
また、鳩山代表はさかんに政策のプライオリティ順に手をつけていく、というような発言をしているので、障害者政策にどれだけのプライオリティを持たせるかということも課題になります。
結論として、これらの政策がどうかと言えば、書かれていることはそんなに悪くないと感じます。問題はそれが本当に実行されるのか、また、どのように実行されるのかということになります。見てきたように、かなりの困難が予想される課題も少なくありません。過度な期待は避けたほうがいいようにも感じますが、仮に民主党が中心の政権が出来たとしたら、本当にこれらのことが実現できるのか、それがどのように開かれたプロセスとして実現されるのか、ということに注目し、注文をつけていくことが必要だと思います。また、その注文に民主党が開かれているかどうか、ということも課題になるでしょう。
(以上が民主党の「マニュフェスト」と「政策集INDEX2009」の障害者政策についての中心的な項目を読んだ感想ですが、政策集INDEXには他に「高齢化など社会環境に対応したまちづくり」や「インクルーシブ(共に生き共に学ぶ)教育の推進」や「無年金障がい者救済の拡充」という項目もあります。)
★補足その1
現在、ピープルズ・プラン研究所が呼びかけて進められているオルタナティブな社会をめぐる討論とこの障害者政策の関係はどうなのか、という点も書きたくなったのですが、文字数が予想以上に多くなり、時間もないし、能力の問題もあるので、書けませんでした。一言だけ書くと、障害者政策については、めざすべき課題は、そんなに違わないかもしれないと感じます。あるいは「障害者認定」というようなことをしなくても、困っている人に必要な援助が与えられるシステムを構想することが可能でしょうか。いずれにしても、問題はこれらの政策を、例えば経済が縮小するかもしれない社会で実現できるかどうか、実現できるとしたら、どのような手法によって可能になるのか、というようなことが課題になるのだと思います。
★補足その2
「障害者・障がい者」という表記について
民主党は障がい者という表記を用いていますが、ぼくは障害者と表記しました。これは障害者に「障害」をつくり出している原因の多くは社会の側にあると考えるからです。単純化して書くと、身体などに障害を有しているから障害者なのではなく、社会に障害を与えられているから障害者という考え方です(だとしたら、社会は障害者だらけじゃないか、とも言えますが)。実はぼくも一時期、ひらがな表記を使っていたこともあります。当事者がそれを望むなら、それでもいいかなぁとも思います。
※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくはこちらをご覧ください。