トップ (メニュー)  >  議事録  >  [WSF2010]不可視化する女性移住労働者たち/青山薫(2010年1月)
『季刊ピープルズ・プラン』49号掲載
ジェンダー視点からオルタナティブ社会を考える
 世界社会フォーラム・首都圏(WSF2010 in TOKYO)
 分科会報告 2010年1月24日


不可視化する女性移住労働者たち
青山薫
(ピープルズ・プラン研究所共同代表)

 私は専門は社会学で、移住「性」労働の実地調査をしています。だから、鈴木さんがおっしゃった新国際分業論や第三世界の女性たちが踏み台にされている話が関わってきます。そして最後の、そのシステムの中にいる人たち自身がこれをどう生き延びるかという点にとくに興味を持っています。

 なぜ女性が注目されるかなんですが、1980年代から移住労働者の中の女性割合が高まりました。実際に女性が増えたことも確かだと思いますが、そこに注目するフェミニズムの分析が出てきたからです。しかし一般的には、受け入れ国と送り出し国の両方に女性が男性より不安定・非正規労働に就く傾向があり、それが移住を伴ってさらに危険な状況へ女性を押しやることになる。それから最近の傾向として、日本の外国人介護労働者の合法化に見られるように、受け入れ国側でのケア労働の需要が増大している。背景には少子・高齢化があって、これも南北格差が激しい現象です。

 女性の移住の背景に注目しますと、まず「貧困の女性化」があります。「1日の収入が1米ドル以下」という世界銀行の非常に批判の多い基準があるんですが、とりあえずこの基準を使った「貧困層」にやはり女性が増加している。もう一つは「労働の女性化」。これも一方では女性の労働市場への参加実数が増えるという資本主義国で一般に見られる傾向を指していますが、他方では労働全体が不安定・非正規な「女性的」なものになってきたことを指しています。大雑把な話ですが、GDP(国内総生産)換算で日本円にして一人頭平均300万円ぐらいの年収がある「リッチな」国々は、北西ヨーロッパ、北米、日本、シンガポール、アラブ諸国。韓国は200万円ぐらい。オーストラリアを除いた「南」の国々との格差は歴然です。「安い南」で「北」が工場を建てたりして労働市場ができる。そこに、鈴木さんのお話にあったように女性が活用される。「南」から「高い北」に稼ぎに来る人の流れもでき、そこにも女性が乗ってくる。リッチな国々では、女性移住労働者の割合がやはり九〇年代までに半数を超えたということがわかっています。
 一方、世界中で2000年には年間1000億USドルの移住労働者の仕送りがあった計算がされています。これはODA総額よりも大きくて、商品取引総額で比較すると石油に次ぐ二番目の金額です。経済的に無視できない。たぶん、私たちはもう移住を「止めろ」と言える状況にはないと思います。

 そういった中で女性の側に「移住労働への自由」という感覚も見られるようになります。貧困からの自由はもちろん大きな動機です。親や夫と離別した場合に他に行き場がないということもある。学歴が低くて他に稼ぐ道もない、男性の暴力から、地域のプレッシャーや性的な規範から逃げたいということもある。移住労働に就いてみると、自律的な仕事ができる側面もある。何しろ自分の時間や空間、少なくても自分で稼いで自分で使えるお金を初めて手にするわけですから。都市生活自体が新しい冒険だったり発見だったりもする。仕送りすれば地域で顔が立つ、親きょうだいへの義務も果たせる事情もあります。

 受け入れ側はと言うと、移住労働のとくに女性にとってアングラ化しやすい危険のなかで人身取引も話題になり、取り締りが一生懸命なされるようになる。日本は2005年に「人身取引禁止罪」を創設して取り組んでいます。法務省は、同時期に「不法滞在者五年間半減計画」も実施し、「不法就労は減った。犯罪が少なくなった」といって報道発表もする。でも現場の人は信じていません。たとえば性産業で働く人では、2005年以降正規滞在者が多くなっている、非正規滞在者に会うのは難しいが、それはみんないなくなったのではなく、ますます地下化してしまった、日本人のセックスワーカー自身、私みたいな研究者には出会えないところへ潜ってしまった、という実感があります。

 入国管理局や警察は、歴史的に、「悪いガイジン」を追い出すために「被害者」や順法市民を「良いガイジン」として区別してきました。そして、不安定・非正規の移住を強いられ、地下化した社会でなんらかの被害に陥る人は実際にいて、その被害者を救うため、往々にして善意の人ほど取り締まり当局のこの分け方にハマってしまう。私はそれを、私たちの側の言説で乗り越える必要があると思っています。逃げ隠れしなければいけない条件で囲い込めばネットワークや選択肢が減り、彼女たちを「奴隷状態」の危機に追い込むことになるからです。

 鈴木さんの言葉にもありましたが、ジェンダー格差にはいろいろな不平等が絡んでいる。貧乏人の子どもだったり、若い女の子だったり、農村の出身だったり、いろいろ複合的な差別が絡み合って彼女たちはその立場に置かれている。しかし移住によってそれを乗り越えよう、あるいは自由になろうとしている。そこで「不法」な「悪いガイジン」とされてしまうこともある彼女たちを疎外しない「ジャスティス」を、受け入れ社会はどう確立するか、グローバルな格差の中で考えなければいけなくなっていると思います。そのためには、当事者の選択した行為をそのまま承認することをまず前提にしたいと思っています。
(あおやま かおる)
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